第2話 誰かの為の可笑しな世界

「ローラ様、如何致しましたか?」


 全く持って分からない。

 前回は、産まれた時からスタートしていたと言うのに今回はご入学と言うのだから、学生から?

 何故、こんな事に……?


「ローラ様?」


 メイドの声に、はっとして意識を戻する。

 いけない。

 何も把握できない今、ただ一つ私がローラである事がわかっている。

 下手に騒いで、下手に説明しても状況が良くなる試しはない。ならば、ここは現状わかる箇所だけに頼るしかないのだ。


「……何でもないわ。時間を無駄にして悪かったわね。準備を始めて頂戴」

「かしこまりました」


 メイドが頭を下げて退出すると、私はすぐさま起き上がり、ベッドの横にある鏡台に向かう。


「矢張り、ローラになってる……」


 そこには、矢張りローラ・マルティスが映っていた。

 間違いなく私はローラになっている。いや、戻っていると言った方が正しいのか?

 しかし、どう言う事だ?


「あの時代の続き……?」


 いや、そんな馬鹿な。

 あの時代の私は死んだ筈だ。

 あの戦いでランティスを庇い学園長に胸を貫かれた。

 続きなんて、何もない。

 死んだら終わり、そうだろ?


「腕も、あるな。いや、しかし、今日が入学日とか言ってたし、時間が巻き戻った?」


 宿敵ギヌスに切り落とされた腕はまだある。

 髪も長いまま。

 可能性としては、入学式の日に巻き戻ったと考えたい所だが……。


「でも、ここは実際にローラとして暮らしいていたマルティス家とは違いすぎる」


 周りの小物や家具、美術品に至るまでどう考えてもゴシック寄りになっている。

 私がいたあの時代のものではない。

 それに、あのメイドだ。

 あの屋敷であの様な黒髪の人間は見たことがない。

 でも、私はローラだし……。


「どうなってるのよ……」


 いや、待てよ。

 ローラと言えば、私はここに来る前にローラに会ったんじゃなかったか?

 一人で酒を煽って、乙女ゲームをやって、ローラの言葉に勝手に傷付いて、それで、ローラが画面から出て来ていた。

 彼女が私の腕を掴み……。


「……ちょっと、待て」


 今、私は何と言った?

 ローラが画面から出て来たと、言ったよな?

 では、彼女が帰る場所は?


「……マジかよ」


 私は自分の顔を手で押さえる。

 成る程、来てしまったのか。

 ここは、現世でも、あの時代の続きでもない。


「ここは、ゲームの中の世界だ」


 私は思わず深いため息をつく。

 分かったからどうしたと言うのだ。

 全く、魔法も奇跡もない世界だったくせに、何だこの急速な不思議展開は。

 いや、前回も飛ばされた時だけは十分不思議展開だったがな。


「しかし、そうなるとローラは?」


 ここに私を連れてきた張本人はどうしたのだ?

 私がローラになっていると言うことは、ローラは居ない?

 考えられるのは、肉体交換……?

 私がローラの中に入り、ローラが私の中に入った。

 不思議展開ならば妥当な展開だ。本人からすれば面白みは何処にもないがな。


「くそ、訳がわからん。取り敢えず、何とかして、元に戻らな……く、て……」


 本当に?

 どこからか、声が聞こえた。

 私の声が。

 ふと、目を上げ鏡台を見れば、鏡には私がいた。

 ローラ・マルティスではない。

 安田潔子が。

 戻ってどうするの?

 そう、彼女が笑うのだ。

 また、一人の夜を過ごすの?

 ランティスは、もう私の事が好きではないかもしれないのに?

 ランティスが好きなのは、安田潔子ではなくローラ・マルティスなのに?

 私は、安田潔子に戻りたいの?

 そう、鏡の中の私が笑った。


「……煩いっ!」


 思わず、私は声を荒げて鏡台に置かれたクシを鏡に叩きつける。

 私は、私は……っ!


「ローラ様!?」

「お嬢様っ!?」


 音を聞きつけた侍女達が部屋に入ってくる。

 やめろ。

 考えるな。

 余計な事は考えるな。

 冷静になれ。

 ここで喚いて騒いで何になる。

 戻る戻らないではない。今、私はここにローラとしているのだ。

 ローラではないと訴えたところで、暴れた所で、意味などないのはわかり切っているだろう。

 逆に、もしローラではないと分かった時点で、どんな行動に出られてもおかしくないんだぞ。

 だったら、やることは一つだろ。


「……ごめんなさい。王子の事を考えていたら、鏡が割れてしまったの。早く片付けていただける?」


 私は、ここではローラだ。

 ローラ・マルティスだ。

 則ち、私はここでローラ・マルティスを演じなければならない。

 それが今の私の優先事項。

 無事に帰るのならば、ある程度の安全の確保は必要条件だろうに。

 取り敢えず、ランティスの事は置いておいて、戻る選択肢以外私にはないのだ。

 向こうには先輩もフィンもタクトもいる。ランティスだけじゃない。


「は、はい、只今」


 忙しなく、侍女達が動き出す。

 鏡なんて見るんじゃなかった。ローラだと分かれば直ぐに離れるべきだったのだ。

 まだ現実世界を引き摺っている程余裕なんてない筈なのに。

 まるで追い詰められたネズミだ。

 自分で勝手にそして酷く一方的に。

 冷静さを欠く可能性があるものは徹底的に排除するべきだな。冷静さを欠ける程の暇は、今はない。

 だが、現状把握と目標は、ある程度出来た。

 次は情報だ。

 私にある情報はアリス様視点でゲームで見えた場所だけ。

 ここがゲームの世界と言うのならば、裏側に描かれてるものは何も知らない。

 この世界があの時代と近いものである保証もなければ、まったく違うと言う保証もない。

 使用人一つ取っても、私はまだ知らないことの方が多い訳だ。

 この状態が何を意味するか。

 この世界で私が生きていく事が不利だと言う事実に他ならない。

 何処かで情報を集めるか?

 誰か見繕うか?

 しかし、ゲーム通りならば私の悪名は既に知れ渡っているんだよな。捕まえられる気がしないんだが。


「ローラ様、ご準備が伴いましたのでこちらに」

「ええ」


 取り敢えずは様子見だ。

 下手な事はせず、極力喋らず動かずだ。

 制服に身を包み髪を解かされながらじっくりと周りを観察する。

 起こしに来たこの黒髪のメイド以外は、ローラの事を恐れているな。

 私の前では何処か怯えているし、皆動きが固い。

 いや、それもそうか。

 ゲームの中ではローラは我儘なご令嬢だ。

 噂に違わぬ悪役令嬢である。

 皆、ローラを恐れていてもおかしくはない。

 となると、このメイドが異様なのだ。

 歳は若そうだな。二十歳ぐらいか?

 他の侍女達に指示を送っているところを見ると、どうやら上の役職のメイドである様だ。

 随分と若いな。不自然な程に。しかし、所詮ゲームだ。現実にそれ程基づいている方がおかしいか。

 ならば、良く見る設定で幼い頃からのお目付役か?

 そんな設定が本当にあるかは知らないけど、あっても不思議には思わない。

 しかし、入学式か。

 何やるんだっけ?

 最近、スキップを多様すぎてローラの話す箇所を覚えてなんていないんだが。

 でも、何かやらかしてたな……。

 あー、ティール王子にも会うのか。気が重いの一言に限る。

 入学式のスチルは好きだが、それ以外は興味がないからな。

 何たってアリス様が入学式に……。


「アリス様……!?」

「ローラ様?」

「こ、香水はあって!? 髪も少しだけ結ってくれないかしら!?」

「え、はぁ。構いませんが……?」

「お願いね。少しだけ、見てくれを良くしてくれればいいからっ!」


 そうだ。

 この世界がゲームの世界だと言うのならば、アリス様がいらっしゃる!

 勿論、あの時代のアリス様も素敵だったけど、謂わばこの世界のアリス様は私の中では信仰をする神の様な存在なのだ。

 言い方は悪いが、私に取ってはこちらの方が本物。

 本物の神なのだ。

 憧れのアリス様に会えるとか、嬉しすぎて言葉が出ないのだけど……っ!

 あの時代を過ごした所で、彼氏ができた所で、何があった所で、アリス様への憧れも想いも変わらない。

 今でも、私の推しはアリス様ただお一人。

 そんなアリス様に、今日出会えるかもしれないなんて……。

 せめて少しぐらいの見てくれは良くしていかなければ。


「そうですね。今日から王子と共に暮らすのですから、それぐらいは必要ですものね」

「ええ。寮生活ですものね」


 いつ、アリス様と出会ってもおかしく無いわけだ。

 生スチルが拝見できると思うだけで、心が躍る。ああ、サインとか貰えないのかな。家宝にしたい。

 あれやこれやの回収必須スチルを考えていると、あれよあれよと言う間に準備が終わっていく。


「ご朝食の準備は出来ております。皆様、先に召し上がっておりますので、ローラ様も」

「ありかとう」


 結った髪を見て笑うと、私は朝食の場まで連れて行ってもらう事にした。

 それもそうだ。場所なんてわからないわけだし。

 それにしても、一年ぶりに父と母の顔が見えるのか。

 向こうの時代では、随分と親不幸をしてしまったからな。

 ランティスからは死体も多分残らなかったと思うと言われた。

 残すものは、何もなかったんだろう。

 会って、一瞬だけでもいい。

 勿論、こちの両親が向こうの両親と同じとは思わないが、少しでも面影があるのならば。

 少しでも今だけは楽しい食事を楽しみたい。


「ローラ! 今日は一段と美しいね」


 食卓に着くと、あの頃の父がいた。

 姿は変わらない。


「お父様」


 いつも、私を愛してくれた父だ。


「ええ、本当に。この国の時期妃に相応しいわ」


 いつも、優しかった母だ。


「お母様……」


 込み上げてくるものがある。

 もう二度と会えない人達が目の前にいるのだ。

 この国の為、そして仲間の為に命を散らした事は何一つ後悔はしていない。

 けど、残された両親はどうしたのか。

 その気がかりだけは、現世に戻ってもここの何処かに残っていた。現代の両親と和解したからこそ、まるで、そこにシコリとして残っていた。

 幸せだけの人生ではなかったが、彼らに与えられた幸せは確かにそこにあったのだ。

 二度と会えないはずの彼らに、たとえプログラムだとしても会えた事が純粋に嬉しい。


「私には勿体ないお言葉ですわ」

「あらあら、そんな言葉を使うだなんて大人になったのね。制服のおかげかしら?」

「ええ、そうですわね」

「謙虚なローラも素敵だよ。さあ、食べなさい。セーラはもうたべ終わってしまったよ」


 え?


「……セーラ?」

 

 何かが、腹の底で冷えて固まる。

 何処にも聞き覚えがない、女の名前が一つ。


「ふふふ、ローラったら大人になったと言うのに、慌てん坊さんね。セーラが見えなかったのかしら?」

「セーラもローラと同じ制服を着ているよ。ああ、こんなに可愛い娘二人が揃うと、華やかなものだ」


 娘?

 ちょっと待て。

 何処の軸にも、ローラには妹はいない。

 まして、セーラなどと言う名前など一度も聞いた事がない。


「あら、そう言えば髪型もお揃いね。本当に貴方達双子は仲がいいわ」

「双子?」

「でも、お姉さんの方がお寝坊さんなのは頂けないよ、ローラ」

「ええ、そうよ。ローラ」


 母と父が話している間で、私はゆっくりと顔を動かす。

 見てはならない。

 けど、見なければならない。

 このゲームにはあり得ない、異物な存在。

 外から来た私でさえ、このゲームに『役』があり、『キャラクター』となっているのに。

 メイドとも両親とも違う。

 同じ学校に通い、この一年を共に過ごさなければならない正体不明の双子の妹。

 何だ?

 どう言う事だ?

 振り向いた先には、同じ髪型をした、私と同じ顔が一つ。

 こいつが、セーラ?

 ローラの双子の妹?

 違うところといえば、セーラと呼ばれた女の方が垂れた髪が絵に描いたように悪役令嬢の様に巻かれている。


「お姉様、おはようございます」


 そう笑う彼女をみて、私はゆっくりと唾を飲み込む。

 可笑しい。

 いや、そうだ。存在からして、可笑しいし、有り得ない。

 でも、この可笑しさはそうではない。

 何と言っていいのかはわらない。

 だが、これだけはわかる。

 こいつは、普通の、この世界にとってのイレギュラーだ。

 可笑しいんだ。

 格好、言動、可笑しいものは何もないと言うのに。ただただ、存在だけが可笑しい。

 誰だ?

 何者だ?


「お姉様、早く食べてしまければ遅れてしまいますよ」

「……え、ええ」


 今にもセーラの首を捕まえ、お前は誰だと言いたい衝動を抑えながら私の口は何とか動いてくれた。


「ローラ、セーラの言う通りよ。早く食べなさいな」

「……はい。お母様」


 ただのプログラムではない。

 そんな気がする。

 この感覚は恐怖だ。

 恐怖に限りなく近い感情を私はこの女に抱いている。

 怪しまれない様に、朝食を流し込む様に食べれば周りは忙しなく私達の出かける準備へ取り掛かっていった。

 観察すら、出来ない。

 何か一つでも間違いを起こせばそこでゲームオーバー。

 そんな気しかしないのだ。

 淡々とローラ・マルティスを演じることしか、今の私には許されない。

 先程までの少しだけ疲れた感覚が急速に冷めていく。

 まるで、脳内に氷水を注ぐ様に。

 何だこの違和感は。

 同じ顔のないないはずの双子の妹。

 誰もが受け入れているにもかかわらず、誰もが彼女の存在をギリギリまで認識しない。

 だってそうだろ?

 もし、プログラムで作られているのならば私があの部屋に入って来た時に両親共々会話の輪に入るはずだ。

 いや、それ以上に。

 あの部屋に入った瞬間、あの異物に私が気付かない筈がない。

 両親に会えた喜びで見えなかった?

 そんなわけがないだろうに。

 明らかに、おかしい。

 この妹は、何かおかしい。

 その時だ。

 セーラが私を呼んだのは。


「お姉様、馬車の用意が出来ましたので向かいましょう」


 おい。

 おい。

 おいおいおい。

 悪い夢でもみてる様だ。

 それは、メイドの仕事だろ?

 何故、それをお前が奪える?

 何故、それをお前が実行できる?

 何故、この世界でお前が主導権を握っているんだ?


「……ええ、有難う。では、行きましょうか」


 得体の知れない妹。

 ここは、本当にあのゲームの世界か?

 私の見立てが、間違っているのか?

 ヤバい。前提が揺らいできている。

 前に飛ばされた時はゲームの世界だと信じていたが、あれは間違いなく過去だった。

 だが、それはどうでもいい。私がアリス様を救いたいと願った結果だ。どんな時代でどんな世界だろうが、私は彼女を守る。

 そもそも飛ばされた状況が違うのだ。

 あの時は、間違いなく私は現代では死んだと思っていた。

 実際は意識不明の重体。随分と図太く心臓が動いてくれていたらしい。

 しかし、今回はそれと大きく異なる。

 まず、私は死んではいない。

 余談だが、死んだのかと理解すると人間諦めは火を見るよりも早い。仕事のこと、先輩のこと、残してきたもの達に対しての見切りが早い。

 いや、悪いことではないし致し方ない事だろう。だって、死んだんだ。どうしようも出来ないだろ。頑張ったら生き返ります。この不思議な薬を飲んだら蘇ります。そんな絵空事の様な魔法も何もなかったのだ。

 ならば、ああ、私は死んだのか。それで、終わり。足掻く気にもどうする気にもなれない。

 死に救済処置などないのだから。

 だが、今は違う。

 私は生きている。

 いや、まあ、多分だけど。

 恐らく、私はゲームの中のローラによってこの世界に連れてこられた。

 連れてこられたならば、帰る手段は必ずある筈。

 そこに諦めなど存在しない。

 ならば、何としてでも現代に帰るのが人間というものだろうに。

 しかし、ここがゲームの中だとは少なくとも私の仮説に過ぎない。

 ここに来る前に、ローラがゲームから飛び出してきた事。腕を掴んだ事。私の姿がローラ・マルティスだと言う事。

 以上の点から導き出した答えに過ぎない。

 前提が、違うのか?

 ここは、本当に、何処なんだ?


「お姉様」


 突然、揺れる馬車の中で名前を呼ばれた。


「……何かしら?」


 声を掛けてきた対面に座っているセーラを見ずに、私は返事を返す。

 目を見たら、動揺を悟られるかもしれない。

 何か、私が粗相をするのかもしれない。

 恐ろしい事が起きるかもしれない。

 顔は向けられない。


「何かご心配事でも?」

「……別に……、そうね。これからの学園生活について少々不安なのかもしれないわね」


 これがベターな返信だろ。


「あら、不安ですの?」

「ええ」

「あれだけ過ごしておいでなのに?」


 は?

 私はセーラの顔を見る。

 こいつ……っ!


「何千回も、何万回も見てらっしゃるではないですか。勤勉なお姉様は」

「……それは、どう言う意味だ?」


 仕掛けてきた。

 それも、向こうから。

 誤魔化すのは明らかに悪手。


「どう言う意味も、そのままですわ。終わらない一年を永遠に繰り返しているではありませんか」

「……何を言っているのか、もっと分かりやすく言葉は選べないのか? それとも、何か勘違いをしているのかしら?」


 様子見ならば、この逃げ道を取る。

 しかし、様子見ではなく……。


「勘違い? あら、それは失礼致しました。何千回も繰り返したいのは、あの一年ではございませんでしたね。なんたって、ランティス様がいらっしゃらないのですものね」

「……っ!」


 私はセーラの襟を掴み上げる。


「誰だ?」


 同じ体型、同じ体重。これならば、此方の方が先に動けば、馬車から蹴落とせる。


「何故、お前がランティスを知っている?」


 矢張り、ここはゲームの世界ではないのか。

 あの世界に、ランティスはいない。

 彼を知っているのは、あの時代に生きた人間のみ。


「あらあら? 何をお怒りで?」

「答えろ。それとも、馬車から飛び降りたいか?」


 私は、馬車の扉を指で示す。


「あら、怖い」

「ああ、怖いし痛いだろうな。だから、慎重に選べよ。私の問いに答えるか、答えないかを。もう一度言う。お前は誰だ?」

「セーラでございます」

「ローラ・マルティスに双子の妹はいない。ゲームの中でも、あの時代でも。お前の存在は有り得ない。お前が仕込んだのか? 私がこの世界に来る様に」

「何故?」

「お前だけが、この世界で異質だからだ。お前だけが意思がある。お前の都合で、世界が動く。お前が言えば、馬車は来るんだろ? お前が喋れば、お前はさもそこにいた様に出来るのだろう? お前が欲しがれば、お前はどんな役にもなるのだろ? 私がそんな事にも気付かない盆暗とでも思ったか? おめでたい頭をしているな」


 私は座っていたセーラをドア側まで引き摺り下ろす。


「もう一度だけ聞こうか? お前、誰だ」


 セーラの肩が小さく震えている。

 恐怖を覚えたのか?

 それでいい。お前の正体を……。


「さ、流石でございますっ! お姉様っ!」

「……はぁ?」


 え?

 ちょ、ちょっと!?


「素晴らしき観察能力に、有無を言わせぬ言動! 流石でございますっ! 矢張り、私の目に狂いはなかった!」


 え、本当、何?

 どう言う事?

 いや、こっちが狂いそうなんだが。

 急に目を輝かせて、一体何がどうした。


「どうか、どうか私をお救い下さいっ!」

「……ごめんなさい。ちょっと待って? 急展開すぎてついて行けないんだけども」

「急展開ではございません! 説明させて頂いたではないですか!」

「いや、え? あー? ……知らないし、貴女は誰なのかすら私わからないんだけど」

「な、何を聞いてらっしゃったのですか! 私、言いましたよね!?」

「そのテンションの落差にもついて行けないんだけど。貴女、淑女な顔してたじゃない。……取り敢えず、一回最初から話してくれる?」


 んー……。

 何か、思ってたのとは随分と違う話になって来たんだけど。

 取り敢えず、敵意はないのは分かった。

 これ以上ごねたところで旨味はなかろうに。


「……はぁ。矢張り、何処か抜けてますのね。いいですよ。初めからお話しします。けど、それはこの馬車を降りてからにした方が良いですね」

「え? 何で?」

「……先ほどのお姉様は素晴らしかったのに。気付きませんか? 今し方、馬車が学園内に入ったからですわ。ほら、景色を」

「……本当だ」


 いつの間にか、私たちが乗っていた馬車は学園の門を越えていた。


「……実際の学園とは少し違うのね」

「ええ。人の遠い記憶とは、朧げになりますもの」

「人の記憶……?」

「はい。遠い遠い、記憶でございます。さあ、馬車が止まりましたよ。お姉様。貴女の取り巻きが外でお待ちですわ」

「取り巻き?」


 私に?

 いや、ローラに?

 居たかな。居た様な気もするが、特に立ち絵も何もなかったし、記憶がない。

 一体、どんなご令嬢がそんな役に?

 私が眉を潜めていると、馬車のドアが開く。

 そこには……。


「フィン!?」


 銀色の長い髪を靡かせた、一人の美少女が立っていた。


「ローラ様、ご機嫌様」


 そう言って、少女はスカートの掴み礼をする。

 いや、フィンじゃないのか? 名前を呼んでも特に反応がないところを見れば別人かもしれない。

 美しい顔はフィシストラと瓜二つだが、左目に眼帯をしている。

 フィンに似せたご令嬢って事……?


「あ、ええ。ご機嫌様」


 私も挨拶を返すと、振り向きセーラに合図を送る。

 こいつは誰だ?

 しかし、セーラは首を振るばかり。

 え? それってどう言う事?


「如何致しましたか? ローラ様」

「……ええ、妹が馬車の中で少し酔った様で……」


 セーラも名前がわからない?

 いや、でも、お前が言っただろう。取り巻きって。

 何か、可笑しい。


「それは大変ですね。医務室に向かいましょう」


 これは、不味い。

 何とか誤魔化さなくては。


「ご心配なく、軽く酔っただけですので」


 私が笑えば、眼帯の美少女は私の手を取る。


「本当に? 酷く、酔ってらっしゃるのでは?」

「そんな事は……」


 ヤバい。

 怪しまれてる?

 その瞬間だ。

 眼帯の美少女は意地悪そうにニヤリと笑ったのは。


「朝からビール二本開けて、私のメールに気付かないなんて酔ってらっしゃるとかしか思えませんよ? ローラ様」


 ビール?

 メール?


「……ふ、フィンっ!?」


 一体、何がどうして、こうなっているんだ!


 


次回の更新は6/15(月)12時半ぐらいに更新致します。

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