タイムリミット

「んー、これは面倒な展開みたいね」


 ドゥルジは1階のロビーで閉じていた目を開き、呟く。5階で起きた出来事を舵夜の肩にある細胞から音を聞き、フォルネウスの危機を理解した。


「彼には大人しく、フォルネウスに協力して欲しいんだけどな~」


 ドゥルジはボタンを押し、5階にあるエレベーターを呼んだ。






「ローズルさん!しっかりして!」


 フォルネウスの左頬をぶん殴って吹き飛ばした後、咳き込んで倒れたローズルに駆け寄る。こんなに思いっきり人を殴ったのは初めてのことで右手がひりひりする。やっぱり暴力はつかれるだけだな。いやいや、そんな感傷に浸っている場合ではない。早くここから逃げなければ!


「ローズルさん!立って、ここから逃げますよ!」


 うんうんとうなっているローズルを引きずり、エレベーターの所へ、しかし、5階で待っていてくれると思っていたエレベーターはすでに出発し、1階へと移動しているのがわかった。


「ドゥルジだ・・・・・・」


 大声で叫んだし、殴った音もそれなりにフロアに響いた。彼女がフォルネウスの身に起きたことを知らないわけがない。ここでエレベーターを待っていれば彼女と鉢合わせするのは確実。ローズルを連れて行く以上、動きが制限される。最悪、ローズルを置いて逃げなければならないことになるが、どちらにしろ、エレベーターは使えない。それに、ぼくがローズルを置いていけば、彼はまたフォルネウスに暴力を受けてしまう・・・・・・。


「それは、ダメだ!」


 進路を変更。エレベーターは諦め、非常階段を使ってこのビルから出た方がいい。壁にくっついている非常時の避難経路パネルを見て、非常階段がここから廊下を真っ直ぐ進んだ先にあることを確認する。


「くそ・・・・・・凡人がぁ・・・・・・私の顔を殴るなど・・・・・・」


「うっ!」


 フォルネウスは自分の身に起きたことを理解し始め、両腕を使い、床から上体を起こし始めていた。怒りで声は震え、無礼をはたらいた男に天罰を与えようとしている。


 僕は、フォルネウスが体を起こしきる前に、横を通り過ぎようと走り出す。ローズルを背中におぶるが、まだ意識が朦朧としているようだ。僕より体は大きくて重たく、思ったように速度がでない。


「どこへ行く!」


「!」


 フォルネウスが這いながら手を伸ばし、ものすごい力で僕の左手靴を掴んできた!


「お前は絶対に許さん!」


「離してくれ!」


 掴まれていない反対の足で、フォルネウスの手を思いっきり踏んだ。


「うあっ!」


 フォルネウスはあまりの痛さに手を放した。その隙をつき、苦悶の表情を浮かべるフォルネウスの顔面、高い鼻めがけて思いっきり蹴飛ばした!


「グオッ!!」


ローズルを背負いながらであったため、普段の70%ぐらいの力でしか蹴れなかったが、相手にダメージを与えるには十分。

 

 フォルネウスの頭は上下に激しく揺さぶられ、口と鼻から血が吹き出て、壁に飛び散る。


 フォルネウスが痛さで悶絶し、仰向けになって口を手で覆っている隙に廊下を進む。


「はぁっ!はぁっ!」


 何とか、非常階段までたどりつき、階段を降り始めた。




 チーン。ドゥルジを乗せたエレベーターの扉が開く。


「あら、派手にやられたわね」


 ドゥルジは壁にもたれかかっているフォルネウスを見つける。肩で息をし、つらそうな表情。だが血は止まっているようだ。


「ドゥルジ・・・・・・奴の場所を教えろ・・・・・・絶対に逃がすものか」


「はいはい。この音は・・・・・・階段を降りる音ね。あと、あなたの弟さんの唸り声も聴こえるわ」


「非常階段で1階まで降りる気だな・・・・・・ドゥルジ、1階へ行くぞ・・・・・・」









「ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・」


 急がないと。


 階段とエレベーターなら断然エレベーターの方が早い。ドゥルジとフォルネウスが1階に先に着き、待ち伏せされる前に建物から出なければ・・・・・・。


 しかし、ただ降りるだけの単純な運動ではない、自分より一回りほど大きい男を背負いながら降りているのだ。


「つっ・・・・・・疲れるなこれは」


 踊り場の数字を見てここが2階と3階の間であることを確認する。


「あと少しぃっ!」


 


「ぐぎぎっ」


 ついに1階につく。非常階段から正面出口の距離は、エレベーターよりも近いため、もしかしたら間に合うかもしれない。廊下の先に、僕から見て右側から外の光が差し込んでいるのが見える。あそこがゴール。外へ繋がる自動ドアだ!


 力を振り絞り、できるだけ早く、そこへ向かおうと足の回転を速くする。


 が、しかし。


 グラグラ!ゴウン!カン!カン!ドン!ギュイイ!ドスン!


 自動ドアがある場所へ、たくさんのがれきや鉄、ロビーに置いてある様々なものが積みあがっていく!しまった、無機物を自在に操れるのは奴しかいない。フォルネウスだ!間に合わなかった!


 自動ドアの前にはがれきの山が出来上がり、立ち入ることは出来ない様子だった。エレベーターの降り口からフォルネウスとドゥルジが歩いてくる。僕はとっさに物陰に隠れる。


「ドゥルジ、奴らはまだ建物内にいるか?」


「ん~そうね。場所的に建物内にいるのは間違いない。そして、かすかにだけど、私たちの声も、彼を体を通して聞こえるわ」


「!」


 どうする?このまま隠れていても、時間の問題。かといって飛び出していっても勝ち目はない。もう一度非常階段を登って距離を離すか?いやだめだ。上に逃げても結局は袋のネズミだ。


「やぁ、舵夜くん!聞こえているだろう?降参したまえ」


「くっ!」


「手荒な真似はしたくなかったんだが、私の使命をまっとうするためには、仕方ないようだ。今ならまだ間に合うぞ。五体満足でいたいならすぐに出てくるんだ」


 もう、諦めるしかないのか。固い意志を持っていたとしても、拷問を受ければ秘密を話してしまうのだろうか。自信がない。出来るだけ考えるための時間を稼ぐんだ。


「なあ、相談がある!僕もあんたの仲間になるっていうのは?」


 広いロビーに声が響く。フォルネウスもその声を聞き、薄ら笑いをしながら答える。


「仲間か・・・・・・良いだろう」


あっさりオッケーの返事。いや、きっとこれは僕を誘き出すための口実で、用済みになったら殺すつもりだろう。奴の僕たち地球人に対するヘイトは並大抵のものではない。


「本当?!痛いことしない?」


「あぁ、痛いことはしなさ」


「弟にも?!」


「・・・・・・それは別だ」


「どうして!?弟が可哀想だとおもわないのか?」


「・・・・・・ドゥルジ。弟は目を覚ましているか?」


 後ろに待機しているドゥルジに小声で確認を取る。


「うーん。多分起きてないわ」


「そうか。少年!弟が可哀想だと言ったな。残念ながらお前の考えは間違いだ。常日頃、恐怖を感じているのは私自信だ」


フォルネウスは話を続ける。


「いつ弟が私を洗脳し、操るか分からない。いつ全世界の人間を洗脳し独裁を始めるか分からない。それぐらい弟の力は強大だ。それ故に、弟をコントロールできる状態にしておかなければならない。結果、徹底した教育により、私の安全と世界の安全は保たれた。嫌でも、弟を支配しなければならない私の悲しみがお前にはわかるまい!」


彼の主張を聞き、背中におぶっている男がさらに重く感じた。確かに、彼が暴走しなかったのは兄による支配のおかげかもしれない。だが・・・・・・。


「嘘をつけ!弟の力を利用したかっただけだ!自分の力のように使いやすいようにしただけだ!世界の安全?この世界のどこに安全がある!」


行けない。つい感情的になって言ってしまった。冷静になって、これからどう逃げるのか考えないと。


 フォルネウスとの無駄な交渉がしばらく続く。だが、この状況下。飛び出して降参するぐらいしか方法が浮かばない。


 いや、まだひとつ方法がある。僕が拷問を受ける前に秘密を隠したまま死ぬこと。自殺。それしかない。


 両親や友人、バイト先の人々にもう一度会いたいが、それは叶えられそうにない。それならば、僕一人が死んで、世界を救う方が絶対に良い。


 悔しいが、どうやって命を捨てるか、考え始めようとしたとき、僕の背中から声がする。


「自分を犠牲に、だなんて思うな。迷惑をかけた。下ろしてくれ」


「ローズル!」


 背中からローズルを下ろす。


「体の方は・・・・・・」


「ああ、もう大丈夫だ。君と兄との話を聞いていたよ。こんなにも他人のために戦ってくれる人に初めて会えたよ」


「えっと、いつから起きてたの?」


「兄の私に対する思いを述べていたところだ」


「あっ、結構前からだったんだ・・・・・・」


 フォルネウスがしびれを切らしたかのように話しかけてくる。


「いい加減諦めたらどうだ?君はもう詰んでいるんだよ!」


「くそっ、どうしたら」


「少年よ。私は君に恩がある。それに、人のために行動すれば、自分に帰ってくる。それがこんなにもうれしいことだと気づかせてくれたのは、君だ」


「えっ?」


「私に任せてくれ」


 ローズルは物陰から堂々と出ていく。


 フォルネウスはその姿を見て一瞬戸惑ったが、いつもの口調で話しかけた。


「我が弟よ。やっと目が覚めたか。さっきのことは許してくれ。私もどうかしていたよ」


「気にしないでください。兄さん」


「・・・・・・?どうした?いつもと様子が変だぞ?」


 いつもは背中を丸めるように立っているが、今のローズルはすがすがしいほどに背筋が伸びている。

 

 僕は物陰からローズルの勇士を眺める。


「今まで自分にとって世界とは兄だった。だが、私の心の中にある正義の心が本当の世界を見せてくれたのだ」


「何を言っている?」


「私は今から、本当の友のために犠牲になる!兄よ。そしてドゥルジ。私の!声を!聴け!」


「よせ!ロー・・・・・・」


 今までのローズルでは考えられないほどの大声。この世の言語ではないのは確かだが、心の叫びのように聞こえたのは僕だけだろうか。


 ローズルの声を聴いたことで、フォルネウスとドゥルジの体は固まる。


「少年!」

 

 ローズルは、僕の方を向き、叫ぶ。


「私が彼らを止める!すまないが、1時間ぐらいしかもたない!」


「1時間・・・・・・。だめだローズル君も一緒に・・・・・・」


「我々はもともと、関わってはいけなかった存在だ。私も君と一緒に行きたいが、それを許すことは出来ない。うぅっ、この世界の住民とは違ってこいつらは抵抗力が強い。常に私が念じていなければ洗脳は解けてしまう。さぁ早く!」


 そんな、せっかくここまでこれたのに・・・・・・。僕が帰ったあと、ローズルは間違いなくフォルネウスの逆鱗に触れるだろう。彼を助けたい。だが、無力な僕にはそれを変えることはできないのか・・・・・・。


「わかった!本当に・・・・・・本当にありがとう!」


 ローズルに向かって感謝をし、勢いよく物陰から飛び出す。ローズルは僕の姿を見て微笑む。


「兄よ。がれきの山をどかし、少年を通せ」


 弟がフォルネウスに命令する。フォルネウスはうつろな目で手だけを動かし、自動ドアの前に積もったがれきをどかしていく。フォルネウスも心の中で抵抗しているのだろう、手ががくがくと震えている。


「どうか無事で・・・・・・」


 僕はローズルの背中を見届けながら、建物から出た。





 これからは、僕の自身の問題だ。


 携帯のホーム画面を見る。携帯は17時36分を表示していた。そうなると、僕は18時36分までにはこの世界から脱出しなければならない!


 できる限り人肉塔からはなれたビルを全力疾走しながら探し、その中へ滑り込んでいった。

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