さまよう弟

「さっ・・・・・・寒い、はっ!」


 僕は目を覚ます。右肩に冷たい鉄の感覚。間違いない、また檻の中だ。頭はまだぼーっとする。ゆっくりと体を起こす。


「ここは・・・・・・どこだ?」


 今度は公園ではなく、地下駐車場のようだった。車は数台停められているだけで人はもちろんいない。とても静かだ。


「確か・・・・・・毒ガスで」


 恐らく、ドゥルジが毒ガスで眠った僕をここまで運んだのだろう。そうか、公園の檻に僕を閉じ込めたのも彼女だったんだ。そして、この僕の居場所をフォルネウスに伝えたのか。


 そうすると、今まで僕に彼女が仲間だと思いこませるために、一芝居していたということだろうか。助けにきたようにわざわざ嘘をついていたのは絶望に染まっていく僕の顔を拝むために・・・・・・。


「そうだ!」


 僕はシャツを脱ぎ、右肩を見る。彼女の細胞という発信機が埋まっているはず。だが、どこにあるかはさっぱり。今もこうして右肩を見ている僕の顔を彼女は笑いながら見ているのかもしれない。地下駐車場には冷たい風が流れきていたため、急いでシャツを着る。


「いい人だと・・・・・・思ったんだけどなぁ」


 冷たい鉄格子にもたれかかる。


 悪魔か・・・・・・この世界に住んでいた人はさぞかし災難だったろう。違う世界から犯罪者を送り込まれ、挙句の果て、滅茶苦茶にされてしまった。この現象が、僕の世界にも起きようとしている。


「僕が早く元の世界に帰らないと」


 しかし、この鉄格子を破る手段はない。僕が持っているのは携帯とビデオカメラ、そしてポケットの奥の方に沈んでいた自転車の鍵。また鍵の存在忘れてた。


 このまま、ここにいたら僕はどうなってしまうのだろう。フォルネウスの要求を飲もうが飲まないが、いづれあの人肉塔に加えさせられるだろう。最悪の場合、奴の手によって僕の世界にいる人たちも殺されることになる。それを避けるため、この世界でひっそり暮らす作戦にしたとしても、ドゥルジはどこまでも追ってくるだろう。唯一の望みは、彼女に追いつかれる前に元の世界へ帰ること。でも結局この鉄格子から出なければ作戦は始められない。


「はぁ・・・・・・」


 と深いため息。






 数分間、風の音を寂しく聞いていると、遠くから声が近づいてくることに気づいた。


「・・・この世における円周率はおもしろく太陽は登り女は誘う、真実は家にしまい世に隠すことあまのじゃく。神は誰を祀り上げている?昨日は確か麦を飲んだ。さすらいの旅人は金を貯めていく。僕はなにを貯めている?期待にそぐわないアイドル、アマゾンのワニ。花に蜜を注がなければ、虫はよりつかない・・・」


 鉄柱の影から声の主が出てきたときはぎょっとした。近づいてくる声の主はボロボロの布をまとい、髪はぼさぼさで、素足で歩いてくる。何時代の人間だよと思った。 

 

 息を吸う暇もないほどに言葉を発していたが、彼の発する言葉自体には意味はないようだ。


 その声の主は鉄格子を掴んで立っている僕の前にピタリと止まる。


「青い炎、黒い雲、赤い海、白い森あると思うか?いやない、ここにはそんなものはない」


「はっはぁ・・・・・・」


「宇宙には巨大なカモメが住んでいるからして、海にクジラがいるのには納得がいくが、ところで私の望みは?」


「・・・・・・」


 一瞬、フォルネウスやドゥルジの仲間だと思っていたが、何もしてこない。むしろ、意味不明なことばかり言っていて精神的にしんどい。僕は、その男の反対側の鉄格子によりかかる。


 そこで、フォルネウスの言っていたことを思い出す。フォルネウスはここへ弟を連れてやってきた。弟は支離滅裂な言葉を話すようになり、以前のように会話をすることも難しくなってしまった・・・・・・。


「もしかして・・・・・・」


「少年。希望を捨ててはいけない」


「へぇっ?」


 突然、よれよれの男の目と声は力強くなり、僕の背中を伸ばす。男はいままでの言動が芝居だったかのように、ゆっくりと落ち着いた声で話す。


「ここから出してやる」


「あんた・・・・・・普通にしゃべれるのか?」


「ドゥルジが見ていないときだけだがな」


「どういうこと?」


「お前は、腕に注射針を刺されるときに昨日の夕飯のことを思い出せるのか?それと同じさ、彼女が意識を集中していないときは、こっちを見ていないのさ。私にはその瞬間がわかる」


「なるほど・・・・・・えと、弟さん僕を出してくれるって?」


「ああ、私もこの世界の住民にもすまないことをしたと思って・・・・・・アマガエルの鳴き声は天女のベール。ユートピアに住みたくば地獄から出ていかなければならぬ・・・・・・」


「あ~」


 ドゥルジが見ているということか。






 数分後


「さて、なんの話だったか」


「ここから出してくれるっていう・・・・・・」


「そうだった。私もこの世界の住民にはすまないことをした。兄の言う事を聞き、私も共犯者としてこの世界にやってきた。これで兄はこれで元に戻ると思っていた。しかし、彼の行動はエスカレート・・・・・・じゃがいも、おいもふしだらに若き血潮に枕投げ~」


「ちょっちょっ!」


 このやりとりは夜まで続いた。

 

 時計は進み、日にちは3月5日になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る