取り引き

「ジルドゥさんは・・・・・・嘘の名前。本当の名前はドゥルジ・・・・・・?」


「まぁ、扱いさえ間違えなければ害はないだろう。私と似たようなものだ」


 彼女も罪人?それも一番重い罰を受けたためにここへ来た?そんな・・・・・・あんな優しそうな人なのに・・・・・・。じゃぁ、この世界を見回っているという話はすべて嘘なのか?


「嘘だ・・・・・・絶対違う。そうだ!彼女は僕を人喰いから助けてくれたんだ!」


「助けることにメリットがあるとしたら?君は彼女の恐ろしさを理解してないからそう言えるんだ」


 フォルネウスは右手をテーブルの上に置き、椅子に座って縮こまった僕を覗くように見る。


「信じないぞ!朝、あんたと話をしに行くって言ってた!どこかに閉じ込めてるんだろ!」


「ほう、彼女がそんなことを・・・・・・残念だが、朝になってから彼女とは一度も会っていない」


「会ってない・・・・・?」


 そんな・・・・・・じゃあ、彼女は僕に嘘を?じゃあ今、彼女はどこに?

 フォルネウスはため息をつきながら、テーブルから手を放し、僕を見る。


「さぁ、君の質問には答えてあげたよ。今度は僕の番だ。なぜ君は洗脳の影響を受けなかった?心配しなくていい。君に害を与えないことを約束する。現にこうやってランチも出してあげているしね。手をつけてもらえてないが」


 沈黙。彼女が嘘をついていたという事実を知り、彼女がいたことでしばらく忘れていた孤独感が再び僕の体を締め付ける。体が恐怖で固まり始めるなか、何とかフォルネウスの質問に答える。


「・・・・・・違う世界から来ました」


「ほう、それは私の世界のような場所かい?それともこの世界に似たような場所かい」


「この世界と似たような場所です・・・・・・」


 この情報を口にしてしまったことを後々後悔することになる。


 フォルネウスは急にスピーカーの音量を上げたかのように、叫ぶ。


「やはり、私の考えは正しかった!!」


 フォルネウスは希望に満ちた顔で、急に歩き出し、ミュージカル俳優のような声量で語りだす。


「この世界に来て、私は驚き軽蔑した!どうしてこれほどにこの世界はつまらないのかと!つまり、生きる意味目的が彼らになかった!必要以上に食物を食い荒らし、目的もなく子を産み、住む場所を占領し、その場所を求めて争い合う!この世界には神や精霊たちがいないのにも納得がいった!私も彼らのように腐っていくのかと思っていた。しかし!私がここに来たのは、彼らと同じように腐っていくことではない!これは神から私に課せられた運命だ・・・・・・使命なのだと・・・・・・。彼らを使って芸術作として完成させる。私にしかできないことだ。そして私は成し遂げた!彼らに私の最高傑作の材料になるという生きる意味を、ここまで子種を絶やさなかった結果を与えてやったのだ!」


 男の意味不明な供述は、続く。僕の体は震え、口は相変わらず渇ききっている。


「だが、いつまでたっても元の世界から誰も迎えに来ない。神や精霊たちも私を天界へ連れて行ってくれない。私の方法がまずかったのか?実は生き残っている人がいるのかなどと自問自答する生活がこれから永遠に続くかと思っていた。だが、君を見つけたときある考えが浮かび上がった。もしかすると、私に与えられた使命は、この意味のない世界を導いていくことなのではないのかと。それはこの世界だけに限らず、違う世界、いやすべての世界を導かなければならないのだと」


 ダアンッ!とテーブルを叩き、フォルネウスはゆっくりこっちを見る。


「すまない、つい興奮してしまった。芸術家はこうなりやすいんだ」


「いっいえ・・・・・・」


 早くここから逃げ出さないと、奴の話を聞いてわかった。奴の狙いは僕の世界に住んでいる住民だ!彼が僕の世界に来れば、この塔のように人間が殺されてしまう!


「取り引きをしよう。君に僕の仕事を手伝わせてあげる。君はどうやってここへ来た?その方法がわかり次第、君にも生きる意味を与えてあげよう」


「僕はっ・・・・・・僕は・・・・・」


 ガタッ!

 

 僕は椅子から転げ落ちるように飛び出す。右手で体をおこしつつ、足の力を抜くことは一切無く、一直線に僕の後ろにある扉へ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ドン!


 ドアに全力タックル。鍵がかかっていたらどうしようという不安が一瞬よぎったが、鍵はかかっておらずドアノブをひねるという動作以外にスピードダウンの原因となるものはなかった。フォルネウスがどんな顔をしているか、慌てて追いかけてきているかなど確かめる暇もなく走り続ける。


「エッエレベーター!」


 部屋を出て、廊下の先にあるエレベーターを見る。しかし、エレベーターの手順から考えれば、この状況で

元の世界へ行くことはできないだろう。とにかく、ここからすぐに1階へ降りてこの建物から出なければ!


 非常階段は見当たらず、それを探しまわってフォルネウスに捕まってしまうぐらいならば、このエレベーターに乗った方が早いだろう。そう思い、エレベーターの降りるボタンを連打する。車椅子のマークの近くにあるボタンも連打する。エレベーターの速度が変わるわけではないと思うが、1階から登ってくるエレベーターを待つ。この階は11階。あと少し!


 後ろを振り返り、いつ奴が廊下の角を曲がって姿を現すかという恐怖を感じながら、早くエレベーターが開いてくれと念じる。


 今、エレベーターは8階。あと少しだ。廊下の長さから考えて、今奴が来たとしても何とか間に合うだろう。緊張が少しとけ、できる限り早くエレベーターに乗り込めるよう、扉の前で待機する。


 心に余裕ができたとき、人の思考も余裕ができるもので、僕はある疑問を感じる。


 僕以外に人はいない。いるとしたら異世界から来た悪魔たちだ。そして、僕はフォルネウスに連れられ、1階から11階まで上がってきた。なのに、このエレベーターは11階にそのままいたのではなく、また1階から昇ってきている・・・・・・。


 だとすると・・・・・・だとすると・・・・・・。誰かが1階へ降りるのにエレベーターを使った。もしくは・・・・・・。


 チーンとエレベーターが到着する音がする。


 もしくは・・・・・・誰かが1階から、エレベーターに乗って来ている。


 扉がスーッと音を立てずに上品に開く。


 僕の視線の先には、見覚えのある人がいた。いや今となっては悪魔か。ドゥルジ・・・・・・。


「あっ!舵夜くん!無事だったんだね。よかった!」


 ドゥルジとエレベーター内で2人きりになる怖さはあるが、後ろからフォルネウスがやってきて肉片にされるよりはましだと思う。 


 そして、僕は疑いの心を持ったまま、しぶしぶエレベーターに乗った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る