7-1『影のKと忍び寄る者達』




 あれから、二日程が経過した。

 住浦によって連行された雪待は、異能力による殺人並びに違法物の売買や、数々の軽犯罪の経歴に置いて、彼は異能力行使法にのっとり、一審で懲役20年以上の刑が課せられたらしい。

 裁判で雪待は、何度も罪を否定したらしいのだが、あんなことをしておいて、彼の言葉が上に通じるわけがない。

 その態度もあって、彼の死刑を求める声も幾つかあり、最終的な判決はもう少し先になりそうだ…。


 ピピピ……


 曇りであっても、雀は今日も鳴き、野に晒されて生きている。

 その餓えで、真っ白い雲が太陽を隠しているが、雨が降りそうな気配は一つもない。

 なんとも中途半端な天気だ。

 自分と似ていて、中途半端…。

「ふぅ…」

 変な感傷をため息にして吐き、窓から朝空を眺めていると、電気ポットの釦がカチンと上がった。

 呆けた表情のまま、インスタントのカフェオレを淹れ、それを片手にまた窓を眺めた。


「強く…か……」

 陪川さんに言われたことを、未だに僕は考えている。

 人を殴れるくらい強くなれ。

 何て言われても、僕なんかが本当に人を殴れるようになれるのか…と考えても自信がない。

 僕は変に優しさを持ち合わせてしまった偽善者だ。

 きっと、殴ろうとすれば『この人が痛がる』という思い遣りに似たものがブレーキをかけやがるから、なかなか上手くはいかないだろう…。

 それでも、やらねばならないのはわかっているが…。


 それと、自分の能力について改めて考えた所、ほんの少しわかったことがある。

 まず、自分の能力は攻撃と認識したものを無効化することができること。

 それが金属バットであっても、拳銃であっても、恐らく爆弾であったとしても、ハイドニウムでない限りは、なんでも防ぐことができるのだろう。

 しかし、それはあくまで"認識できたら"と言うもの。

 裁判所の時に住浦さんから突然殴られた時は、認識のための時間が足りてなかったから、顔にダメージがいったのだろう。

 だからきっと、なんの情報も無く、弾丸やナイフで心臓を貫かれたら、確実に僕は死ぬ。

 もしも僕が殴れたとしても、不意を突かれてナイフで腹を突かれたら、敵のグルであるスナイパーが僕の脳天を撃ち抜いたら…。

 なんて臆病なたらればをする時点で、僕はダメなんだろう。

 未だ、自分の能力にどれだけの詳細が眠っているのかすらわからないし、人すらも殴れ無い…。

 まだまだ、僕は弱い…。

「だからこそ、頑張らないといけないんだ…」

 母の遺影飾る部屋の中、一人呟き、のし掛かっていくプレッシャーを抱き締めた。

 どれだけ障害があっても、僕は前へ行かなければならない。

 この仕事のために、今も眠っているアヤのために、そして誰にも迷惑をかけないように…。


「……あっ!ヤバッ!ゆっくり考えすぎた!」

 ふと時計を見ると、もうあと数分で始業の時間になっていた。

 僕は慌てつつ、急いで支度を始めた。

 ポットの湯を捨てる暇もなく、いつもの服装にさっと着替え、財布などの貴重品を持って「はやくはやく」と自分を急かしながら、部屋を出た。


 ドン


「わっ…お、おはようございます…」

 部屋を出た瞬間、多くの荷物を持った大柄のベリーショート髪の男性と、ぶつかってしまった。

「すみません!おはようございます!」

 しっかりとした例と挨拶もできず、すぐに扉に鍵をかけて会社に急いだ。

 スマホを見ると、始業まではあと7分…。

 段飛ばしで階段を駆け降りれば2分でなんとか行けるし、そこからエレベーターで3分…。

 これなら、きっと間に合う!




 チーン!


 ぜぇぜぇと息を整えていると、ようやくエレベーターの扉が開いた。

 最後の一段で思い切り顔から転んだが、特異のおかげで怪我もなく無事にエレベーターに乗ることができ、今はようやく4階のフロアを早歩きしているところだ。

時計を見ると、現在の時刻は8時58分。

 なんとか間に合ったな…。

 遅刻回避に安堵しながら、僕は少し深呼吸をして息を整え、探偵課オフィスの扉を開いた。


「ギリギリセー…フッ!?」

 部屋に入った途端、突然誰かに顔を鷲掴みにされた。

「遅い。始業約1分38秒前だ。社員ならせめて五分、新人なら十分前には出社し、仕事と学習のための準備を整え、軽く珈琲を飲めるくらいの余裕は持っておけ」

 僕の頭をつかむ主の冷たい声と、ギリギリと力が入りつつある指が怖い…。

「は…はい…すみません……」

 確実な怒りを感じた僕は平謝りをするが、いっそう頭を掴む力が強まる…。

 特異のお陰でそこまで痛くはないけど、何故かガッチリと捕まれていて抜け出せないし、なにより無効化特異独特の気持ち悪さが…。

「ちょっとちょっと、キヤマくんいきなり厳しすぎだよ…?」

 また聞き覚えの無い声が聞こえると、ふんと息を吐く音と共に、捕まれていた掌がようやく剥がれた。

 自分の頭をパンパンと軽く叩いて、気持ちが悪い感触を払う。

 改めて前を向いてみると、そこには初めて出会う二人の男性がいた。


「ごめんね、新人くん。わざとじゃないんだよ」

 赤色のカーディガンを着て、ぴょんと頭の頂点が跳ねた髪型をし

ている男性が僕に謝る。

「あ…いえ…」

 顔を見る限りは、優しいお兄さんのような感じだろうか…。

 しかし、先程聞いたのとは明らかに声が違うから、掴んできたのはおそらく隣の人…。

「武装警察隊や自衛隊ならこんなもの普通だ。殴られたりしないだけありがたいと思え」

 その頭を鷲掴みにした当人は、ふんと鼻をならしてそっぽを向いた。

 黒の上から白いペンキを上から掛けたような独特な柄のYシャツと紺色のロングコートを着込み、ツンと釣った目をしている。

 如何にも厳しそうな印象だが、髪は雲のようにふわふわの天然パーマで、なんかちょっとだけ気が抜けた。

「いやいや…ここ、そういう場所じゃないし…」

 それを聞いた紺コートの男性は、赤カーディガンの男性を睨む。

「大体、先輩が甘すぎるんだ。スプリミナルは命の駆け引きをする。それくらいの余裕を持っていなければ、すぐに狩られるぞ」

 こちらをギロリと睨む彼。

 なんだか、ギリギリで出勤するだけでも、この業界では命取りなような気がしてきた…。

「言いたいことはわかるけど、そんなに厳しくしちゃったら、新人くん折れちゃうからさ」

 そんな心を締め付けようとする厳しい言葉から、赤カーディガンの男性が優しく僕を庇ってくれた。

 紺コートの男性はジト目で彼を見ると、大きくため息をつく。

「ハァ…わかった。まぁ俺も言いすぎた、悪い」

 彼は呆れつつも、赤カーディガンの彼の言葉を理解してくれたようだ。

 とりあえず、日常生活まで気張りしすぎなくても良いのならよかった。

 というか……彼らは誰なのだろうか…?


「おはよ」

 なんて考えていた時、恐らく気張りなんてしてなそうな少年が出勤してきた。

「あ、おはようミズハラくん」

「おはよう。今日もギリギリアウトな時間だな」

「おはよ、ミズハラくん」

 僕につづけて二人も挨拶をする。

「おっ?キヤマくんとアカギくんじゃん」

 2人の存在に気づいた水原くんが彼らに駆け寄った。

「帰ってきてたんだ。旧中部地方アグルファーで大量発生した蜚蠊型ノーインの討伐指令どうだった?」

 水原くんがきくと、二人の顔がウッと顔を青くなった。

「なんとか完全討伐で終わったよ~…めっちゃ気持ち悪かったよぉ…」

 赤カーディガンの彼は冷や汗を流して自分を抱きながら、身震いし、コートの彼に至っては「さすがにもう見たくすらない」と、今にも吐きそうな表情を浮かべている。

「か…考えるだけで気持ち悪いですね…」

 大量の蜚蠊ノーインを討伐しないといけないなんて考えたくもないし、それが大量発生だなんて聞くだけで吐きそうだ…。

 正直、インターネット検索すらしたくないな。

「まぁ、先輩がパニクって黒炎を出さなかっただけまだマシだったがな…」

「いや、さすがにそんな軽々しく使わないから…」

「そうかぁ…?」

 謎の単語を口にしつつ、紺コートの彼が苦い顔で赤カーディガンを見つめる。

 しかし…大量の(しかも気持ち悪い)ノーインをたった二人で討伐できるなんて…彼らはよほど強い力を持っているようだ…。


「おっと、二人とも、ユウキくんに自己紹介は?」

「あっ、そうだそうだ…」

 水原くんに促され、二人は改めて僕に顔を会わせる。

「ユウキというのか…。俺は基山 彰キヤマ アキラ。特異は『影』だ。よろしく頼む」

 腕を組みながらクールに佇む基山さん。

「そんで、僕が赤城 隆泉アカギ リュウセン。困ったことがあったら、なんでも聞いてね。よろしく」

 ヒラリと手を振って柔らかく微笑む赤城さん。

 紺コートでふわふわ髪の方が基山さん、頂点ピョン立ち髪の赤カーディガンの赤城さんか…。

 結構、二人とも外見からしてキャラが立ってるから、分かりやすい。

「改めまして、ユウキ テツヤって言います。これから、よろしくお願いします」

 自分もお辞儀をしながら自己紹介をすると、基山さんがふんと鼻をならして僕に近づく。


「まぁ、場数が少ないのは分かっているが、決して足手まといにだけはなるなよ」

 やはり、基山さんはちょっと高圧的な気がするな…。

 彼はあまり友好的な性格ではないのだろうか?

「は…はい。キヤマさん…」

「別に敬語や"さん"付けじゃなくて良い。そう言うのは好かん」

「あ…わかりま……わかった」

「それと、連絡網やそれぞれのショートメールのIDについては聞いてるか?部隊は連携が必須だからな……」

「う、うん。一応、叶さんから聞いてるから大丈夫…」

「そうか。今の時代、SNSの通話で事足りるかもしれんが、一応、キャリアの電話番号も控えておけよ。後、エンブレムはちゃんともってるか?」

「うん、これも叶さんや皆から言われたからちゃんと、肌身放さず…」

「それなら良い。ちなみにシフトについてだが……」

 あれ…?なんか、思ったよりもキツくない……?

 基山さ…元い、基山くんはちょっと眼光は鋭くて怖いし、声質も重いけれど、話の内容としては僕の事を心配してくれているような気がする。

「キヤマくんって…やっぱりなんだかんだで面倒見良いよね…」

「キヤマくん、結構サバサバしてるけど、本当は優しいからね~」

 そんな中、水原くんがコソコソと赤城くんとの話し声が聞こえた。

「この前なんて、商店街で迷子になってた子供助けてたよね?」

「その上、商店街の迷子猫まで拾って飼い主に届けてたし?」

「重い荷物背負ったおばあちゃんも助けてたよ」

「めんどくさいとか言いながら、人のために汗かく人だよね~」

「あれぞ面倒見の鬼ってやつ?」

「いや、一周回ってお父さんって感じじゃない?」


「「か~わいい~」」


「聞こえてるからな!?お前らぁ!」

 顔を赤らめながら基山くんは、クスクスとにやける二人に怒った。

 なんか、昨日もみた気がするぞこの光景…。

「そもそも、俺は面倒見がどうだとかそう言う訳じゃない。人を助けるのは当然の事だし、部隊として、こいつに足を引っ張られたくないだけだ…」

 弁解しようとするが、まだ頬が赤い。

 やっぱり、この人は優しい人なんだな…。

「まぁ…とは言うけど、キヤマくんは、人一倍しっかりしてて優しい人だから、あまりかしこまらなくてもいいからね」

「あ…はい…」

 赤城さんの言葉に、より一層、基山くんの顔が赤が濃くなっている。

 自分で思ってないことを人に言われるのが少し恥ずかしいのか…それともちょっとしたツンデレと言うやつなのか…。

 とりあえず、基山くんは面倒見がよくて、赤城さんも優しそう。

 この二人は住浦さんよりかはすぐに仲良くなれそうだ…。



 ガチャ


「おや、今日は依頼待ちの人数が多いね」

 始業時間から数分経って、ついに奥の部屋から郷仲社長が現れる。

「「「社長、おはようございます!」」」

「おはよー」

 社員一同、最低限の礼儀と誠意を持って(一人を除く?)朝の挨拶をした。

「はい、おはよう。早速で悪いんだけど…ちょっと依頼を頼めるかい?」

 挨拶を返すと、彼は即座に茶封筒を取り出した。

 普通の会社と違って、長々と話をしたりしないのが郷仲社長の良いところだ…。

「すぐ近くのビルで、不振な遺体が発見されたそうだ。ミラーマフィアの疑いがあるため、すぐに調査をして欲しいと、先ほど武装警察経由で緊急の依頼があった。場所は29区。今回は基山くんと水原くんに頼むよ」

 郷仲さんは依頼書の入った封筒を二人に提出した。

「了解」

「りょーかいぃ…」

 二人が不揃いな返事をすると、基山くんはその封筒を受け取り、水原くんはめんどくさげに欠伸あくびを一つ。

「あれ…水原くん今日は素直…?」

 いつもなら、めんどくさいと文句の一つは言うのに…。

「そりゃあ自分もサボりたいけどさ…基山くんがめんどくさいからぁ…」

 ジト目で応える水原くんの顔には、デカデカと『行きたくない』と書いてある…。

 本当に仕事が嫌なようだな…。

 昨日は一日待機だったくせに。

「いつも普通の事を言ってるだけだがな。目上にはちゃんとへりくだれと」

「へいへい…」

 基山くんの言葉は社会に置いて当然の物なのだが、水原くんにとってはそれが嫌らしく、いい加減な返事をしてあしらっていた。

 こんな二人で、大丈夫なのだろうか…?

「そして、アカギくんとユウキくんは依頼が来るまでは待機だ。今日はフェイバリットの方に行ってくれ」

 僕らはとりあえず、いつもの仕事か…。

「今日は接客ですね。了解です」

「僕も同じく了解です」

 使命感のまま返事をする僕と赤城さん。

 まだここに来て一週間になるかならないか位だが、喫茶のお仕事にはとりあえず慣れた。

 任務に行って自己鍛練ができないのは少し勿体無さがあるかもしれないが、これも仕事。

 しっかりとこなして、役に立たねば。

 まぁ本音をいうなら、危険なお仕事をしなくて済む…と安堵する気持ちが少なからずあるけど…。

「そんじゃ、それぞれ後は頼んだよ。私も仕事してくるよ」

 いつも通り、彼は逃げ文句のような言葉を吐いて、また社長室へと帰っていった。

「……今日のサトナカくんは絵を描くと思う人」

 全員挙手。

「だよねー…」

 これもいつもの流れに、ミズハラくんは呆れていた。

 大体、社長の仕事ってどんなものか見せてもらってない時点で、なんかそう言う疑惑はある。

 郷仲さんがめちゃくちゃ強いのは初対面したその日に知ってるし、それなりの大変さはあるのだと信じたいが…。

 まぁ…マフィアに入りたいが故に僕を殺そうとした前の会社の社長よりかはましだと思っとこう…。 

「まっ、今日もほどほどにがんばってくるよ」

「店番よろしくな」

 任務を命令された二人は、手を振りながら部屋を出ていった。 

「行ってらっしゃーい!」

「気を付けてね!」

 取り残された僕らも、探偵に負けない程、大変な仕事が待っている。

 赤城さんがどんな人かは、まだつかみきれてないが、とりあえず今日も一日がんばろう。




  ◆




 まだ少し眠い。

 昨日は読書に集中してしまって、あまり眠れなかったから少し頭の回転が遅い。

 正直、今日の仕事には行きたくなかったのはそういう理由だ。

 だが、こういう仕事には確固たる誠実な基山くんが今日の相方バディだから元々抜けられないだろうし、スプリミナルの社則『一度受けた仕事はやりきる(僕の解釈あり)』ってのもあるから、まぁ仕方がない。

 今日もボチボチ頑張るとしよう…。


「ここか……」

 僕らは依頼書通りの場所にたどり着くと、そこはまさに廃ビルの路地裏だった。

 こそこそと怪しいことするやつって、よく路地裏を使うよな…。

 廃ビルを少々観察してみると、せいぜい物が少し散乱しているだけで、それ以外にはあまり建物がくたびれた様子はない。

 使われなくなったのは最近だろうか?

 埃の匂いも少ないし、以前にビルを使っていた人間の忘れ物か、芳香剤のような香りも僅かにしている気がする…。

 ただ、どうしても路地裏独特の辛気臭さは残るが…。

「おい、水原」

 ふと手招きをする基山くんに、返事をしながら僕は彼に駆け寄る。

「うぇ…」

 そこには懸案の死体が地面に転がっていた。

 その亡骸は亡骸と呼ぶには、あまりにもグロテスクすぎる状態で、少々胃酸と消化物が零れ出しそうになった。

 僕はその死体に手を近づけてみると、まだ温もりが消えて間もないことを感じる。

 地面には数量の血液が付着しているが、それ以外の場所に傷などがついている様子もない。

 いくら場数を踏んでいると言っても、死体を見るのはなかなか慣れないものだ…。

「こいつぁ酷いな…。これが依頼で言ってたしたいだろうな…」

「そうだろね…」

 見れば見るほど吐きそうになる。

 こんなむごたらしいものが、今回の事件の鍵になるわけか…。


「スプリミナルのお方でしょうか?」

 ふと聞こえた声に振り返ると、スーツを着た少し体型の大きな男性が話しかけてきていた。

 話の流れ的に依頼者だと察した僕らは、そっと各々のエンブレムを取り出し、スプリミナルであることを表明した。

「ヨネヤマさん…ですか?」

 基山くんが聞くと、彼は嬉しさで頬を朱に染めながら、大きく頷いた。

「よくぞ来ていただきました…。わざわざこんなところに申し訳ございません…」

 米山くんは謙虚に僕らに頭を下げ、依頼の受理への礼を言う。

「大丈夫です。これが仕事ですので」

 それをクールに返す基山くん。

「気合入ってんねぇ…」

 というか、気取ってるね…。

 とも言いたかったが、後々めんどくさくなりそうだからやめた。

「それで、遺体とはこちらの事なのですが……」

 米山くんの指差す死体を、僕らは再度確認する。


 今、僕らの目の前にあるのは、メクラアブ型の男性リージェンの死体だ。

 遺体に服などは着せられておらず、産まれたままの姿。

 羽を広げてうつ伏せの状態になっており、その少し歪な全身には、無数の弾痕や穴がつけられている。

 黄土色の血液が滲む遺体をよーく観察してみると、顎の部分が砕かれている…。

 死体にしてはあまりにも現実離れした殺され方をしている。

 確かに、これを見て不振に感じて、スプリミナルこっちに助けを求めたくなるのも、わからなくはないか。

「一応……ここは私共の物件なので、こんな物が無作為に置かれてしまうと困るのですよ……」

「だから俺たちに頼ることにしたんでしょう?わかってます。」

 眉をしかめて困窮する米山くんに、基山くんは淡々と言葉を返す。

 確かに、死体なんかが物件に置いてあったら、買い手なんてつかないわな。

 凡庸なサスペンスミステリー小説だったら、テナントが決まったとしても、深夜にこのリージェンの幽霊が化けて出てきて、事故物件だー…とか言われたりして…。

 って、なんか悠樹くんみたいなたらればを言っちゃったな。


「この傷の付き方…やはり酷い物だな……」

 死体をまじまじと眺めつつ呟いた基山くん。

「蜂の巣…ってこういうことを言うんだろうね…」

 言葉を返しながら、僕は手袋をして、リージェンの亡骸をしっかりと触れてみる。

 先ほど手を近づけた時と同様、長期間放置された形跡がないのはわかる。

 血液を含めて体全体の温もりはもうないが、肉質が落ちているようにはまだ見えないからだ。

 今回の事件は、少々、奇怪だな……。


「……やっぱりリージェン至上主義ミラーマフィアのせいなのでしょうか…」

「なんでそう思うの?」

 ふと、米山さんの呟きが気になり、僕はその真意を聞いてみた。

「だって…こんなに蜂の巣にされてる遺体なんて…マフィアくらいしか作れない気がするんです…。それに、一般人の考えとしては…仲違いだとか、組織の秘密を知ったとか……。もしかして、この人は同じマフィアとかなんじゃないですか?」

 オロオロしながら米山さんは応える。

 確かに、極道漫画とか読んでたらそう思うかもしれないが…やはり一般人は本当の殺し方を知らないか…。

「マフィアの殺り方は様々だけど、こんな殺し方はしないよ。スタンダードな物だと、全身を縛ってから礎や石段を無理矢理噛ませて、そのまま後頭部を蹴り、拳銃で適当な部分を三ヶ所それぞれゆっくりと撃ち、悶絶する姿を楽しむ。勿論、あくまでもこれは殺し方のひとつで、他にもコンクリの生き埋めだとか、椅子に縛り付けてそのまま海に捨てる…だとか、色んなものがある」

 またチラリと死体を見てみる。

 相変わらず、杜撰ずさんで惨たらしい。

「でも、マフィアはこんなに辺りに見つかるような効率の悪い銃の使い方はしない。弾丸も無駄だし、下手すりゃ警察に足が捕まるようなこんな殺し方をする方がバカだよ」

 あくまでもスプリミナルと警察が調べた結果だから、他にも殺し方はある可能性も無きにしもあらずだけども…。

 でも、ここまで目立つような場所に遺体を捨てるか?と考えてみれば、マフィアが牙を剥いたとは考えられないのだ。

「では…誰が…?」

「現時点ではわかりません。今からそれを解決するのが俺たちです。必ず事件を解決させます」

 誇りを持ったような言い方で基山くんが宣言する。

「おっ、たくましい~」

 少々囃し立てると、少々照れ臭げにふんと息を吐いた。

「うーん……」

 基山くんがここまで胸を張っているのに、米山さんにはしっくり来ていないようだ…。

「ですが、結構若い方がお二人と言うのが、なかなか心配なのですが…」

 確かに、14才と24歳で、米山さんよりも若いから不安なのはわからなくはないが…。

「なに?子供だからってバカにしてる?」

 なんか、言い方にカチンと来たから、じっと睨んでやった。

 僕の眼光にドキッとした米山さんが首を素早く横に振る。

「いえ…そういうわけでは……」


 キィン…


 彼が弁明しようとした瞬間、僕らの頭に超高音が鳴り響く…。

「…っ!来る!」

 基山くんの声と共に、僕らはエンブレムを握りながら、厳戒体制にはいる。

「え…?な…なにが……」

 空気の変化に依頼者が狼狽えていた途端、その声の主がその路地裏の角か姿を表す。


 ギジャァァァァァアッ!


 僕が四人いても足りないぐらい大きな蜘蛛のノーインだ…。

「ひ…ひぇぇぇぇぇぇえっ!」

 目の前に登場した化け物に怯えて、腰を抜かした米山さん。

 ギチギチと音を立てながら牙を剥くノーインに、基山くんは即座に手袋型のエンブレムを取り出し、右手に着ける。

「手伝おうか?」

「いい。これくらいなら一人でやれる…っ!」

 僕の加勢を断った途端、黒い手袋がぼんやりと光りだす…。

肉体換装トランス!&特具武装アーツアンフォールド!」

 詠唱の如く叫んだ途端、基山くんの姿を、黒地紺ラインでロングパーカータイプのトランススーツに変えると共に、エンブレムがの短いランス型のアーツに姿を変えた。

「ふっ!」

 すると、基山くんは紺ライン光るカーゴパンツを揺らしながら壁を伝って飛び上がり、暴れる蜘蛛の背中に乗る。

「動くな、化物が…っ!」

 罵倒の呟きと共に、彼は蜘蛛の身体に槍を突き刺した。

 

 ギシヒャァァァァァァァアッ!


 痛みで暴れ狂うノーインに、振り落とされそうになっている基山くんだが、特異のことを考えれば、今の彼の状況はほぼ無敵の状態…。

「#000トリプルゼロA02…」

 謎の番号を口にした途端、突然ノーインの周囲に存在する影が、突然沸騰した湯のようにボコボコと小さく盛り上がりはじめる…。


千墨針せんぼくしん!」


 その途端、沸き立っていた影から幾つもの針が伸びて出現し、暴れていた蜘蛛ノーインを四方八方から串刺しにした。

 攻撃を受けたノーインはギシギシと軋むような音をたてると共に、針を伝って緑色の体液を漏らしながら絶命した。


 これこそが、基山彰の特異。

 彼は存在する影を自由自在に操ることができ、今のような幾つもの針を出現させたり、影の中に身を潜めたり、影自体を龍や蛇のような魔獣の形に変えたり等をすることができる。

 先程、蜘蛛が串刺しにされたときに、彼もまとめて影の針が突き刺さっていたが、彼自信は影とどうかすることもできるため、一切のダメージを受けていないというお得な仕様。

 言わば、基山 彰と言う人間は影さえあれば最強に近い戦士なのだ。


「あっ……あぁ…」

 突然の事に頭が追い付いていない米山さん。

「ふん……この前の騒動より楽だったな…」

 一方の基山くんは、ふぅと一息つきながらノーインの身体から降り、トランスを解除すると、蜘蛛に突き刺さっている針が消え、亡骸が地面に落ちた。

 その亡骸は蓮の葉のように穴が空きまくっていて、まるでそこにある遺体と同じようになってしまっている。

 集合体恐怖症が奇声をあげて失神しそうな屍になったな…。

「まーた、後片付け大変そうだなぁ…。でも、さすがは影使いだね……」

「こんなことで自慢など出来んがな」

 少々おだててやると、基山くんはふんとそっぽを向いた。

 僕から見れば彼は一応後輩に値するのだが、僕に負けず劣らずの巧みな戦闘術と、強力な特異の使い手だから、決して侮ってはいけない…。

 味方として、本当にたくましい存在だ。

 ただ、結構ドライだからお世辞も通用しないのがちょっとつまんないけど。

「ヨネヤマさん。これでも…信用はできませんか…?」

 手袋を脱ぎながら依頼主に聞く基山くん。

「い…いえ!そんなことはございませんっ!むしろ、心の底から頼れるといいますか…何故ずっとここに頼らなかったのかと…」

 彼の実力に驚いていた米山くんは、大きく首を横に振った。

 どうやら、スプリミナルの圧倒的な力が、ようやく彼にとっての証明になったようだ。

「じゃ、大丈夫だね」

「精一杯お仕事させていただきます。よろしくお願いします」

 腰に手を当てる僕と頭を下げる基山くん。

「ほら、お前も」

「へーい…」

 頭を抑えつけられて、僕も渋々お辞儀をさせられた。


「こ…こちらこそ、よろしくお願い致します…」


 米山さんの返答により、依頼の受理は完了された。

 さて…この事件はどういう方向に行くのか…今回も少々楽しみだ。


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