6-3『破壊と幸運の隊長H』




 それから聞き込みが終了してから、約40分くらい後の事…。

「どや?見つかった?」

 室外機と汚水の匂いが混じる路地裏の中、狭苦しい道を僕らは一列で進んでいく。

 先頭は僕だ…。

 というのも、あのあと僕らはテレポートの異能力者と雪待を見つけるため、僕の所有する"無効化の特異"を利用させてくれと、陪川さん直々に命じられた。

 僕の無効化の特異なら、テレポートをするための依代よりしろのような物を無効化し、彼らの潜伏場所をあぶり出すことが出来るのではないか?という作戦らしいのだが……。 

「あの…見つかったとかどうとかじゃなくて…僕『攻撃の無効化』なんで、そんなにすぐに入れるかわかりませんよ?」

 それに、僕はまだこの能力を住浦さんみたいに自在に操れている実感がないし…。

「大丈夫だ。特異の根本の性質が働けば、きっと奴らをこっちに引きずり出せるか、お前があっちに行けるかのどっちかだ」

 ご丁寧に(しかも最後列にいる)住浦さんが解説をしてくれるが、正直ちんぷんかんぷんだ。

「ど…どういうことですか…?」

「だから。お前の『降りかかる攻撃が効かない』っていうのと『テレポートをさせる』ってのが互いに反発しあって、異常効果が発現するんじゃないか?ってことだよ。言わば、絶対に弾くスプレーがかかった物体と大量の水ってことだ」

「な…なるほど?」

 とは言ったが、正直全くわからない。

 全くの"ま"と"た"の間に入る"っ"の数が何個あるのか数えられない位わからない。

 そもそも例えすらも解りづらすぎるし…。

「あ、簡単に言えばテレポート用のマスターキーって事なんじゃないッスかね…?」

 始堂くんの例えでもっとわかりづらくなった気が…。

 とりあえず、自分が歩いていれば、ホシが見つかるかも…ってことで良いのかな。

「とにかく歩いてりゃいいんだよ。怪我はしねぇだろうから安心しろ。多分」

「その多分が恐いんですって…やってみますけど…」

 偉そうな住浦さんをあしらいつつ、僕は目一杯に手を伸ばして、テレポートのためのポータルを探す…。

 役に立たない自分が役に立つためだと考えれば、少しは気分が良くなるけど……なんか、単純に探知機としてしか使われていないような気もしなくはないんだよな……。

「……にしても、こんなやつがまさか無効化とはな…」

 ふと住浦さんが呟き、少し胸にドキッとなにかが刺さる。

「ホンマ、トウリは良ぇ子連れてきたなぁ!これで事件解決の幅がまた広がるかもしれんなぁ?」

 その前を歩く陪川さんの言葉にまたドキリ。

「というか、無効化の特異点なんて初めて聞きました。まさかユウキさんの能力がそうだなんて……」

 さらにその前を歩く斐川さんにドクリ。

「めっちゃスゴいっすよ!!俺もほしくなっちゃいます!!」

 そして、僕の真後ろを歩いている始堂くんの言葉に、グサリとトドメを刺された。

 この人達は…他人事だと思って…っ!

「ちょっと!プレッシャーヤバイです…」


 ズゴォッ!


「っでぇっ!」

 僕がツッコもうとしたその瞬間、突然伸ばしていた手をデカい掃除機で吸われているかのように、目の前に現れた真っ白い渦のような物が僕の身体を引き込み出した。

 咄嗟に見えた渦の先には、微かに白髪の男の姿も…。

「来たっ!シドウ!」

「ウッス!!」

 斐川さんの声に従い、始堂くんが空かさず僕の足を掴んだ。

 しかし、能力と能力のぶつかり合いによる力はすさまじく、今にも頬が千切られそうな程の大きな力が、僕を異空間に引きずり込もうとしている。

「す…すっげぇ力ッス…っ!」

「耐えろユウキ!シドウもなんとか引きずり出せ!」

 偉ぶる住浦さんの命令で、始堂くんが僕を引っ張る力が強くなっていく。

「いたたたたたたたたたたたたたっ!」

 互いの力が強すぎて、今にも間接が外れそうだ。

 僕の間接の中の気泡がピキポキと音をあげて潰れていくのがわかる…。

「いや…ちゃう!お前らシドウを掴んで力抜け!」

 そんな中、陪川さんは弟子とは逆の指示をする。

「ど、どういうことですかぁ!?」

 吸い込まれている真っ最中の僕が聞くが、それよりも早く住浦さんが指示の意味に気がついたようだ。

「なるほど…てめぇと一緒にそっちに行って袋叩きにするってことか!」

「は…はいぃっ!?」

 ちょっと待って!

 それだと引っ張るよりも重い力が僕の身体にかかるんじゃ!?

「なるほど!んじゃ、ユウキさんすんません!」

 始堂くんのその言葉と共に、一気に四人の成人男性の体重が、この左足にズンとのし掛かり、まるでカートゥーンアニメに出てくる金床が足にのし掛かったような感覚が走る。

「痛い痛い痛い痛い痛いたぁぁぁぁぁあっ!」


「うるせぇぇえっ!とっとと入れぇっ!!」


 パキン!


 うちの先輩の身勝手な怒号の瞬間、骨が外れると共に僕らは異能の渦へと引き込まれていった…。




  ◆




「うわぁあっ!」

 渦に巻き込まれた直後、突然地面に身体を思い切り叩きつけられる。

「うわっ!」

「おぉっとぉ!」

「わわっ!」

 それと同時に、武装警察の皆も着地した。

「よっと」

「ぐぇえっ!」

 のだが、一人スミウラだけは、地面じゃなくて僕の背中に着地しやがった…。

「あ?なにやってんの?」

「あんたのせいでしょ!ちょ…いったぁ……ちょっとまって…足の骨外れてる絶対…」

 弱ぁ、とほざきながら、住浦さんが僕の背中から退く。

 背中に乗られたのがトドメとなったのか、本格的に全身が痛くなってきた…。

 たった今、こういう"不可抗力の時には特異が発動されない"と分かってしまったのも辛い。


 痛みにもがいていると、ふと清んだ青色が見えた。

 三途の川を渡りかけているわけではなく、この建物の天井が崩れているから。

 どうやら、ここは廃棄途中で壊されている途中のビルの中のようだ…。


「な…なんだてめぇらぁっ!」

 そこに響いた突然の大声にビックリし、地面に這いつくばったまま前を向くと、そこには多くの厳つい男達が僕らを睨んでいた。

 辺りを見回せば、パンクファッションや剃り混み、マスク、釘バッド、メリケンサック等の武器を着けた、如何にも旧世代の不良って感じの男達ばかりだ…。

「いきなり現れてなにもんだゴラァ…」

「なんでここに来てんだぁ!!」

「なに睨んでんだゴラァ!」

 威勢が良すぎる単調な脅し文句に、気弱な僕は脅えていた。

「ひ…いや、僕は…その……」

 もしも、この足が脱臼せずに動かせるなら、仕事をすっぽかして光速で逃げていただろう…。

「動くな…!警察特殊認可特異行使結社スプリミナルと…」

「武装警察のおっちゃんやっ!ユキマチィ!おるんやろぉ!?」

 しかし、僕の後ろにいる人々は、決して臆さない…。

 武装警察の二人は拳銃型の汎用アーツを握りしめて銃口を彼らに向け、師弟は拳を握りしめながら、不良共を睨み付けていた。

 威風堂々、先輩と大隊長は互いのエンブレムと警察手帳を掲げ、周りの不良達の顔は威圧から警戒へと変わる。

 しかし、この場所の奥、ドラム缶の上に鎮座していた男は、他の不良とは全く違う。

 白いYシャツとベージュのスキニー、そして眩しいほどの白髪…。

「……さすが…武装警察ですね…」

 ドラム缶から飛び降りてニヤリと微笑む姿に、周りの不良達も注目して期待を向ける。

 彼こそ僕らの探していた犯罪異能力者、雪待 弘治ユキマチ コウジ』だ…。


「ようやく姿を現したか…」

 斐川さんは雪待に真っ直ぐ銃口を向けると、長への危険を察知して、新たに数名の不良達が現れた。

 その腕には、違法取引で手に入れたであろう銃が握られている…。

「でも……私は貴殿方には従わない……殺れ…」

 自発的に笑みを無くし、彼が右手をあげると、銃を握っている不良達が引き金を引いた。


 ダダダダダダッ!


肉体換装トランスっ!」

 弾丸が陪川さん達に向いていると察知した住浦さんは、即座にトランスした後、身体のあちこちを金属化させて、瞬発的に全ての弾丸を弾いた。

 その間、コンマ数秒…。 

「ッチ……きもちわりぃな…」

 守り終えた後の捨て台詞は、まさに歴戦の人間そのものだ…。

「鉄化の能力か……。ハイドニウムを用意しておけ!」

 雪待の指示で、遠くにいた人間達が数名、アタッシュケースを取り出す。

 どうやら、相手は本格的に戦闘に入る気のようだ…。

「どうする?ハイカワ…?」

「戦闘に入るっスか…?」

 斐川さんと始堂くんも拳銃を握る力が強くなり、住浦さんはゲームコントローラー型のエンブレムを取り出す。

 ただ、その前に僕の足も治してください…。

「まずは待て…やることやらなアカンからな…」

 陪川さんは待機を命じると、僕らよりも数歩前に出た。

「ユキマチ。お前の目的はなんや?違法薬物を売って、なにがしたいんや?」

 陪川さんは情けをかけようと問うと、雪待は鼻で笑いつつ一歩前に出る。

「知っていますか…?この世界には迫害されている者が沢山いる…」

 彼の言葉に陪川さんは眉をしかめ、雪待は大きく手を広げる。

「異種族だからと言って軽蔑され…異種族だからと言って殴られ…異種族だからと言ってなにもしてもらえない者がいる…。海外には…その異種族が大量虐殺された所もあるそうじゃないですか…」

 彼の演説を聞き、不良達は悲しげに全員彼から目線を反らした。

 よく見ると、その中の数名は目に涙を貯めている者もいる。

「そんなの間違っている…私は…人間を代表して、人間を潰す……っ!リージェンに栄光を与える!そのためにハイドニウムを売った!そのために金を集めた!そして、人間を恨んでいる共謀者達を集めたぁ!」

 震える悲声から、少しずつ大声の早口になっていく様と、掻き乱れる美しい白髪。

 その刹那、急に動きが止まったかと思えば、見えた顔は不気味な笑みを浮かべていた。


「そして……我らが新たなリージェン至上主義ミラーマフィアとなる!初めての人間の首領としてなぁ!!」


 彼が強き信念を声と共に吐き出すと、仲間の不良達も武器を天に掲げ、まるで森で屯している狼が同調して咆哮するように吠え出した。

 その雄叫びは、この崩れたビルのなかで空回って響く…。


 彼らは狂っている…。

 人間がリージェンを好きになるのは自由だが、崇めるように至上するのは間違っている。

 そんなことをすれば、この世界にどれだけ大きな悪影響が滅ぼされるか…。

 そう思って眉間にシワを寄せているのは、僕だけではない。

「それが、お前の望みか…」

「あぁ…。そして…私もいつか死ぬのだよ……大好きなリージェンに囲まれて……」

 ニタリと微笑みながら、頬に手を当てる姿は、異常なまでの幸せを表現していた…。

 サイコパスとまでは言えないが、彼のリージェンに対する気の違った愛情は、僕のような凡人には理解に苦しむ。

「ありふれた理由だな……人間独特の同情ってやつか……」

 僕よりも長い時間、犯罪者と言う存在に触れている住浦さんは冷静に彼の思想を分析する…。

 同情しているわけでは無いだろうが、犯罪理由くらいはわかってやろうとはしてるようだ。

 というか、その前に僕の今の怪我もわかっててください、めっちゃ痛い…。


「武装警察。そして…スプリミナルと言ったか?貴様らも汚い人間共と同等だ……即刻殺すっ!そして、リージェンに栄光をっ!!」

 彼らの歪なコール&レスポンスはまだ鳴り止まない。

 まさにデモ行進の如くかき鳴らされる彼らのアンチテーゼは、圧倒されそうな程の声量と熱気だ…。

「ガッハッハッハ!威勢が良いのは、俺は好きやでぇ?」

 しかし、そんな熱気を冷めさせたのは、陪川さんの笑いだった…。

「でも……それはあかんねん…。片方の至上思想で誰かを殺そうとするなんてのは、身の程も知らん愚か者のやることや…。人間には人間の、リージェンにはリージェンの良さがある…。それを認めずに消そうとしてどないするんや…?」


 バァン!


 突然、雪待の持つ銃から放たれた弾丸が、陪川さんの頬を掠める。

「黙れ。貴様らのような国家の犬の綺麗事は…一切聞きたくない…っ!」

 余程、考えたくないことを言われたのか、銃を向ける彼は、また白髪を掻き乱しながら鬼の形相を浮かべている…。

「わざと外しとるくせに…なにをイキがってんねん…」

「だまれ…だまれこの人間風情がぁ!」


 バァンッ!


 その現象が起こったのは一瞬だった…。

 陪川さんの態度に激怒した雪待は、彼の心臓に向けて弾丸を放った。

 弾丸の速度など目で追える筈がない程で、そこから避けるのもほぼ不可能だ…。

 

 バキュンッ!


 しかし、陪川さんの心臓に弾丸が当たることはなかった。

 たったコンマ数秒、風か鳥か、原因はわからないが、突然、上空から落ちてきた小さな瓦礫が、弾丸を打ち落としたのだ。

「あっぶなぁー……もうちょっとで当たるとこやったわぁ…」

 地面に落ちた弾丸とコンクリート片を広いながら、陪川さんがニヤリと笑う。

「どう言うことだ…!?撃て!撃て!」

 雪待の指示に従い、多くの人間がまた銃を撃つが、今度は上空から人間をすっぽりと包めるような大きな瓦礫が降り、彼を守った。

「だから…撃ったらあかんて……」

 瞬間、陪川さんが銃を構えていた一人の不良の懐に入る。


「言うてるやろぉっ!!」


 叱責と共に、鮮やかなアッパーカットが決まり、不良の身体が宙を舞う。

「ぐぁっ!!」

 さらには、その不良の身体がまた別の不良の上に着地し、二人の不良は目を回して気絶。

「くそっ!!」

 最中、陪川さんの一番近くにいた不良が、その隙を見逃さず、彼の脇腹に銃口を近づける。


 バァン!


「熱っ!!」

 しかし、引き金を引いた途端に銃が暴発して、熱を帯ながらバラバラに壊れてしまった…。

「な…そんな!」 

「ふんっ!」

 好機を逃さず、突然の暴発に混乱している不良の腹を、陪川さんが殴って気絶させる。

 なんという幸運だ…。

 確率を数字に直せば、幾分の何になるのだろうか…。


「この…国家の犬がぁ!!」

 雪待のグループの一人が放った言葉で、彼を含む多くの雪待シンパ達が、強い憎しみに似た視線と武器を僕らに向け始めた。

「全員!戦闘準備!」

 それに煽りを受けた陪川さんも、その言葉で僕らを目覚めさせた。

「ハッ!」

「了解ッス!」

「はいよ…」

 武装警察とスプリミナルの戦士達の目が一気に鋭いものに代わり、危険人物達に対抗するように武器を構えた。

「いや、できるわけがないんですけど…」

 先程からずっと怪我をスルーされて、構えることすらままならない僕…。

 それに"ようやく"気がついた住浦さんが僕をジト目で見つめながらため息をついた。

「んだよ…めんどくせぇなぁお前…」

「あんたがやったんでしょうが!」

「わーったわーった…ちょっとジッとしとけよ」

 住浦さんは僕のからだの前でしゃがむと、パーカーの内ポケットから、赤黒い液体が入った注射器を取りだす。

「なんですかそ…痛っ!」

 突然、有無を言わさずそれを僕の尻に突き刺した。

 なにを注入されたのか分からないまま、刺された後の痛みがじわりと薄れていく…。

「あ…あれ……?」

 その痛みの収束は針の痛みだけではなく、外れた骨の痛みすらも収束していき、たった数秒経過した頃には、しっかりと足が動かせるようになっていた…。

「スプリミナルお手製の治療薬だ。女医に感謝しとけよ?行くぞ!」

「あ…は…ハイ……」

 本当に人間扱いが雑な人だ…。

 やれやれと立ち上がりながら、僕も肉体換装トランスし、改めて戦闘態勢に入った。

「お前らやれぇっ!!こいつらを完膚なきまでに叩き殺せ!!!」

 乱れた声で雪待が命令した途端、不良達は武器を片手に奇声をあげながら僕らに飛びかかってきた。


「「特具武装アーツアンフォールド」」」

 僕と住浦さんスプリミナルが声をあわせると、僕の右腕にはマゼンタの結晶の拳銃が握られ、住浦さんの両腕には銀色の結晶でできた巨大なナックルダスターが装備された。

 あれが、先輩のアーツなのか…。

「おらぁあっ!」

「うぉおっと!」

 なんて気を取られていると、前から釘バットが飛んできた。

「だぁらぁっ!」

 僕が特異を使って避けた途端、住浦さんは、アーツから鉄化させて、敵を殴り飛ばした。

「ほんっと…便利な特異だな…」

「あ…ども……」

「皮肉だよっ!」

 そう言いながら、住浦さんは自身の後ろから迫っていた男を裏拳で殴って気絶させる。

 不良は鼻をへし折られて傷つき、僕も僕で皮肉になんとなく心に傷を負いながらも、無策に襲いかかってくる攻撃を特異で避け続けた。

「死ねっ!!」

 最中、ナイフを振るってくる不良が現れた。

 なんとなく彼らの行動パターンは単調だってことはわかった。

 まぁ分かったところで、どうやっても僕に攻撃は当たらないから、無意味ではあるんだろうけど…。

「…っ!」

 しかし、僕の顔にナイフが振り下ろされようとした瞬間、後ろに住浦さんの背中があることに気づいた。

 自分の特異は、攻撃を無効化すると同時に"攻撃を貫通させる"と言う内約もある。

 このままでは彼に突き刺さる…! 

「スミウラさ…!」


 ガァンッ!


 彼に気づかせるために声をかけようとしたその直後、僕の身体を通り抜けて、住浦さんのナックルダスターが、不良の顔面にめり込んだ。

「邪ぁ魔ぁっ!」

 そのまま拳を押し出すと、不良は鼻血を吹き出しながら倒れてしまった。

「新人。俺が背後から来る敵が解らねぇ訳がねぇだろ?俺はスプリミナルで一番になる男なんだぜ…?」

 ニヤリとほくそ笑みながら、彼はまた迫ってくる別の不良を思い切り殴り飛ばす。

「だから…てめぇはてめぇで、生き残ることだけを考えとけ!!」

 勝利への一笑と共に、彼は僕の背中を押して、自分の戦いへと向かった。

「は…はいっ!」

 さすが先輩だ…たくましい…。

 生きる云々よりも、恐らく棒立ちしてても生き残れる自信はあるけども…。

「くらえっ!」

 でも、前に住浦さんから殴られたときのように、何かの拍子に自分にダメージがいく可能性もある。

 背後から殴ろうとして、すり抜けて転んだこの目の前の不良のように、安易に勝てると思ってはいけない。

 出来るだけ注意を払うんだ…。

 皆が傷つかないように…。


「シドウ!」

 戦いの最中、斐川さんは後輩に声をかける。 

「はいっ!」

 以心伝心、斐川さんの考えていることを察したようで、始堂くんは銃を持ちながら、軽い身のこなしで群れの合間をすり抜けて、斐川さんから対角線上に離れた場所へと移動する。

 武装警察は戦闘服代わりとして、スプリミナルが戦闘時に使っているトランススーツとほぼ同じ素材の衣服を身に付けているため、バットくらいの衝撃なら少々耐えられるし、機動力にも猛ているらしい。

「用意っ!」

 斐川さんの一声で始堂さんが振り返り、二人は不良達に銃口を向ける。

「「ファイヤ!」」


 バァンッ!バァンッ!バァンッ!バァンッ!


 多くの不良を簡易的に挟み込んだ二人は、掛け声と共に敵の手に向けて弾丸を連射する。

「痛っ!」

 腕を打たれた者達は、思わず武器を落とし、真っ赤に晴れ上がった患部を抑えた。

 彼らの使う武器も汎用型アーツなのだが、日本の警察は未だに重火器の使用に白い目を向けられているため、銃の中に入っている弾丸は、BB弾やゴム弾に近い素材のもののようだ。

「ふぅっ!」

 不良達が怯んだ隙を見逃さず、始堂くんはポケットから、特殊素材の縄を取り出すと、高速で不良達の身体に巻き付けた。

「確保ッ!」

 日に照らされて輝く縄をぐいっと引っ張りながら、彼は縛られた不良の身体に脚を乗せ、斐川さんにサムズアップを向ける。

 声をかけて僅か三十数秒、慣れた手付きで捕らえた二人。

 彼らにおいても、凡人の僕からすれば『すごい』とか『さすが』とかの語彙力崩壊程度のリスペクトに値する。

 どれだけ戦おうとしても、弱い僕は逃げることしかできないからな…。


「ガキども…お前らはめっちゃアホやなぁ!」

 その一方で、不良達に囲まれながら、陪川さんは仁王立ちでガハハと笑う。

「うるせぇクソジジィがぁ!!!」

 必要以上に怒る不良が、似合わない金髪を靡かせながら金属バットを振るう。

「ぐ…!?」

 だが、彼は安易に殴られるような男ではない。

「やけど…その度胸はおもろいわ…」

 片手でつかんだバットを握りしめて凹ませながら、彼は笑顔のまま不良を睨み付ける。

「この因業ジジイがっ!」

 反り込みをいれた不良が、背後からメリケンサックをつけた拳を向ける。

「ふぅうんっ!」

「「うぉっ!うわぁぁぁあっ!」」

 すると、彼は手に持つバットを金髪の不良ごと、反り込みの不良にぶん投げて、二人を豪快に撃退した。

「お前らえぇ態度やなぁ…?まぁ、陪川流元師範として……その度胸くらいは…」

 最中、立て続けに五人ほどの色とりどりの髪をした不良が、一斉に金属バットを彼に向けて振り上げる。


「買ったるわぁ!!」


 振り下ろされた瞬間、陪川さんは大きく深呼吸をしながら拳を振り上げる。

 すると、その拳は丁度バッドが重なった点を射抜き、それを持っている五人の不良の頭に一斉に帰る。

「ぶっ!」

 ゴン!と鈍い音を響かせながら、男五人は目を回し、額から血を流して倒れた。


 転がる身体を避けながら、また戦いに出向く背中を、僕は見ていた。

「ハイカワ流…?」

 首を傾げつつ、不良からの攻撃を避ける。

「うっ!陪川さんは武術の名門の末裔なんですっ!」

 背中を殴られながら斐川さんが僕の疑問に答えると、陪川さんが割り込むように、彼を殴った不良の顔を殴って失神させた。

「色々あって、道場はもう閉めてもうたけどなっ!」

 彼はそう言い残すと、今度は始堂さんを助けに向かう。

 武術の名門の家元だったと言われれば、確かにここまで強いのは納得だ…。

「そんで…俺がその弟子だった…って訳だよ……っ!」

 そう言って、襲いかかってきた不良達を三人ほどまとめて殴り飛ばす住浦さん。

 そうか、同じ道場の下で強さを高めあってたから、今までの関係があったわけか…。

「おうスミウラ!久々に見したったらどうやぁ?新人もおるんやしなぁ!」

 住浦さんと背中を合わせて敵を蹴飛ばす陪川さん。

 彼の提案を聞いた住浦さんは、フンと悪く微笑んだ。

「こんなチンピラどもに使いたかねぇが……まぁ、りょーかい…」

 すると、彼はガンとナックル同士をぶつけると、若干、左手を前に出しながら両の拳を引き、独特な型に構える…。

「陪川改流……鉄ノ武…」

 音を出さず、大きく深呼吸をすると、金属化させていたアーツのオーラがうって変わり、重々しい銀色に変わる……。


「アイアンクラスタッ!」


 水原くんの時のように、技名を口に出した途端、その不意を突こうと武器を構えていた不良達に向けて、連続でパンチを繰り出し、腹に数発の無機質な拳を食らわせた。

 いつも高飛車に笑う彼だが、この鉄の拳を食らわすときだけは、極めて真剣な顔をしている…。

「ッチ…もっと早くしねぇと…」

 攻撃が終わり、不良達が白目をひんむいて倒れていく。

 その最中、彼は腕につけているスマートウォッチを見ながら舌打ちをし、また戦いへと向かっていった。

 正直、スプリミナルの先輩達が繰り出す必殺技のような物には、いつも感激させられる。

 カッコいいと言う少年の感情を揺さぶられているという方が、似合ってるか…。


「皆…ホントすごいな……」

 なにもない自分はただ避ける位しかまともにできないし、陪川さん達のようにもできない。

 こんな自分のまま、ここに居たくないとは思うのだが…。

「おらぁぁぁあっ!」

 突然、また背後から釘バットを振るってくる不良に出くわす。

「うぉっとっ!」

 まぁ、先ほどからルーティーンの如く繰り返しているが、今回もそれは同じくして、バッドが自分の身体をすり抜けるわけだ。

「…っ!?ハッ!?何なん!?」

 なにも見ていなかったのか、不良は僕の特異に驚き、咄嗟にしゃがんだ僕の顔面を、何度も何度もバッドで殴り飛ばそうとするが、全く当たらない…。

「えっと……」

 殴られ続けて、なんか気持ち悪さが募る…。

 これ以上付き合っていても無意味だと悟った僕はやれやれと立ち上がった。

「うわっ!」

 すると、不良は攻撃的されると思ったのか、驚いてバットを投げて地面に尻餅をつく。

 すると、宙を舞ったバッドが、グルグルと地面に落ちると共に、タイミングよくバッドの先が不良の股間に当たった。

「いぃっ!っだぁ…!」

 やはり、どれだけ鍛えてもソコだけは強くなれないようで、彼は涙目で踞ってしまった。

 悪いのはそっちだけど、なんだか罪悪感が…。

「はい、お縄!」

 それに見かねた始堂くんが、縄を持って彼をさっと縛った。

「自分で言うのもなんだけど……便利だなぁこれ……」

「でも、すごいっすよ!ちゃんと対処はできてるんスから!」

 始堂くんにも能力を称賛されるが、なんとなく自分が能力に使われているような気もしなくはない…。


「「「このやろぉぉおっ!」」」


 今度は、束で僕を囲うようにかかってきても、全く攻撃は聞かないどころか、身体が透けてしまったものだから、それぞれが味方の頭を殴ってしまった。

「てめぇ、なにしてんだこの野郎!」

「あぁ!?こっちは血が出てんだよ!」

「かたわにしてまるどおめぇ!」

「てめぇはなに言ってるかわかんねぇんだよ!!」

 お互いを殴ってしまった不良達は、そのまま普通に殴り合いの喧嘩になってしまった…。

 やはり、寄せ集めの集団だから、彼らの結束力はあまりないようだ……。

「始堂くん…どうしよこれ……」

「後で斐川さんとまとめて取っ捕まえときます。まぁ、もうほとんど片付きましたけど…」

 始堂くんの言葉を聞き、改めて周りを見てみる。

 確かに、僕らに楯突いていたほとんどの不良が、縄に縛られているか、気絶して延びているか、地面に這いつくばっているかの状態だ…。

 体感時間はわからないけど、もうこんなに倒したのかと考えると、なんとなく強くなった気はする。

 まぁ、ほとんど倒したのは陪川さんと住浦さんなんだろうけど…。


「さぁっ…次は…お前やユキマチィっ!」

 気絶している不良達の中、白髪を掻き乱していた男が一人、立ちすくんでいた…。

「ユキマチさぁんっ!」

 縛られている不良の一人が、情けなく彼の名を呼ぶと、彼はその不良を睨む…。

「役立たず共が…」

 舌打ちを混じえつつ、小声でシンパ達の悪口を呟きながら、僕らを怨めしく睨む雪待。

 屍のように延びている不良達の力は借りれない。

 彼がお縄につくことになるのは、もう秒読みだろう…。

 少し疲れが足に来たのか、僕は一瞬の安堵と共にストンと腰を下ろした。


「ん…?」

 そんな中、突如、白くて柔そうな物が、ハラハラとここら一帯に降り始めた…。

 肌に着地すると、冷たさがやんわりと伝わる…。

「雪か…?」

 しかし…雪が降るには、さすがに早すぎる…。


「…っ!」


 気づいたときには遅かった。

 途端に、雪が身体についた人間が、身体が地面にズシンと落ち、身体を動かそうとするも、なにか痺れているようで指ひとつも動かなくなってしまった…。

「ッフフフフ……。どうですか…?私の異能力『雪童子』は…」

 異能力を疲労し、得意気に笑う雪待。

「雪に当たったら…体が重くなる…重力操作異能やな…」

「ッチ……だっせぇ名前つけやがって…」

 腹這いになった住浦さんと陪川さんが、異能の分析や誹謗を、苛立ちと共に溢す。

 そう言えば、これに似たのを僕は見た覚えがある…。

 スプリミナルに入るよりも前、言わば入隊試験の時、意気揚々とあおいちゃんが披露していた。

 重力操作をクリアするには、相当な力や工夫が必要だから、きっと能力の保有者は優越感に浸れるんだろう…。

「ハッハッハ……それでは失礼しますよ…。"私"は忙しいので…」

 優雅に笑いながら、仲間を置いていこうとする彼に、重力操作を受けている不良達は驚愕する。

「ユ…ユキマチさん!俺たちは…!?」

 焦る一人の不良を雪待はゴミを見るような目で、開いた彼は掌を彼に向ける。


 バンッ!


 すると突然、彼に声をかけた不良の全身が、重力の影響で地面にベッタリと張り付いた。

「…っ!な…なにを…!」

「……人間一人殺せないチンピラに用はありませんよ……」

 蔑んだ目を向けられる彼は、少しずつ少しずつ、その身体を地面にめり込ませられる…。

「ぐ…ぐぁ…や……やべ…で…」


 ベギンッ!


 全身の骨が一斉に折れたような音が辺り一帯に響く。

 昔見た小説では、死体はアルミ缶のようにくしゃりと潰れるなんて書いてあった気がしたが、この世界ではそんな訳がなかった。

 衝撃的なデカイ音と共に、グジュリと内蔵や脳が潰れるような音が、微かに存在している…。

「う…っ!」

 僕は吐いた。

 あまりにもエグく、唐突すぎる死を目の当たりにして、平気なわけがない…。

「異能で潰しやがった……。仲間を…」

 この愚行には、さすがの住浦さんでさえも引いている…。

 仲間達の目の前で、仲間だった人間を重力で押し潰すなんて、本来あってはならない、酷く愚かな行いだ…。

「お前…何やったかわかっとんのかぁ!!!」

 鬼の形相を向ける陪川さんだが、この重犯罪者が彼に向ける視線は、旧北海道クルストに吹く豪雪よりも冷ややかだ。

「役に立たないゴミは捨てるだけ…それだけですよ……」

「この…人でなしがぁっ!」

 非道な雪待への怒りを糧とし、彼はなんとか重力を打ち破ろうとするが、身体は震えるだけで一ミリも持ち上がらない。

「煩わしい…」

「うぐっ!」

 その上、彼は陪川さんにのし掛かっている力を強め、馬鹿力で技を解かれないようにと釘を刺した。

 敵の体を地面に張り付けたのだから、誰もかれを追ってはいけない。

 完全なる勝利だ。

 きっとこの大犯罪者はそう思っているだろう。

 唯我独尊、雪待はふんと得意気に鼻息を吐いて、僕らから背を向ける…。

「それでは…皆さん。これでさようなら…」

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