6-1『破壊と幸運の隊長H』




 兼井さんの事件が終わって、約三日後。

 警察特殊認可特異行使結社の住浦 秀に殴られた後、事件の真犯人である裁判長は、裁判中と同様に、わざとらしく容疑を否認していた。

 しかし、法廷にいた多くの人の証言によって、利郷 灸堂リサト キュウドウ裁判長はマスメディアに大々的に取り上げられた挙げ句、裁判所を辞任に追い込まれた。

 日之出さんの家元である『日之出コンツェルン』は、今後、利郷元裁判長に訴訟を起こす計画も立てているらしく、彼が地の果てまで落ちていくのは、時間の問題だろう。

 一方、リッサこと利郷 樹里リサト ジュリさんはこれまでのことを釈明する動画を投稿し、今までの反省の意味を込めて活動休止を発表した。

 被害者であるカテキンさん自体も、まだ様々な対応や準備に追われているらしく、改めて動画投稿を再開するのはまだのようだ。

 越権に潰されてしまった、二人の動画投稿者の夜明けは、まだまだ先だ。

 それでも、二人が夜道の中で前を向こうとしているのは、あの裁判の時に、かけてほしかった言葉を掛けてくれた、大切な存在があるからだったと、私は信じたい。

 ちなみに、容疑を否認していた時の利郷元裁判長は、顎が砕けていたがために、通訳を介さなければ、否認内容がほぼ聞き取れなかったと言う。


「ふぅ…」

 報告書の作成はこんな感じで良いのだろうか?

 こう言うお堅い書類を書いた経験は全くないから、正解がわからないな…。

 小休憩も含めて、ふとパソコンから目を話して、近くの窓から外を見てみた。

 この街の空は、今日も晴れている。

 休日だった昨日はどしゃ降りの雨で、どこにも行けなかった物ったが、今日は本栖湖もとすこの水面のように、透き通るような晴れの日で、少しだけワクワクしている。

 ただ、兼井さんの事件が終わってから、ずっと依頼が無かった物だから、今日はまだまだ多くの報告書やら書類作成に追われているのが、少し面倒だけれど…。


 カタカタカタカタ……


「ん…?揺れてる…?」

 突然、机や小物が小刻みに揺れた気がして、首をかしげる。

「あぁ…ヘリポートだろうねきっと」

 隣で仕事をせずにタロットカードを揃えていた水原くんが答えてくれた。

「え、ここヘリポートもあるの?」

「うん。武装警察との連携のためにね」

「そうなんだ…」

 こんなアンティークな街に、まさかヘリポートまであるとは、少し驚きだ。

 新人研修の時、この建物を全て見て回ったけれど、屋上にまでは案内されていなかった。

 なんか、屋上に行くことを禁じられている学校みたいな気持ちだ…。

 でも、確かに、警察認可組織であるここにヘリポートを置くのは必然なのかもしれない。

 警察と連携を取らなければならないという事は、緊急時に警察自体が連携のため、ここにすぐに来れるようにするために、必要だろうからな。

 ただ、ちょっとヘリコプターという存在にはちょっとだけワクワクする。

 そもそもヘリコプターなんて、普通に生活していた僕からすれば、そんなのなかなかお目にかかれない、結構レアな存在だから、なんかちょっとワクワクする。

 お前は子供か、なんて言われてしまいそうだけどね…。


「それにしても…」

 ふと、僕は後ろを振り向く。

「Zzz……」

 僕から見て、ちょうど右斜め後ろ当たりの席。

 四つのデスクが長方形状に引っ付けられているその一角のデスクには、大量のコントローラーや携帯型コンソールやら、大量のゲーム用品が置かれている。

 そんなグチャグチャな席で、住浦さんが顔に新聞を乗っけながら、背もたれに仰け反りながら寝ている。

「むぅ……」

 三日前の事件の時から、彼の事が未だにわからなくて、考えている。

 こんなに利己的な人が、なんでこんなところにいるのだろうかと言うことだ…。

「どしたの…?報告書の書き方わかんなくなった?」

 ふと、水原くんの問いに、ハッとして、小難しく考えていた僕は顔を緩めた。

「ご、ごめんごめん。報告書は昨日のうちに殆ど書き終えたから別に…。てか、水原くんは大丈夫なの?」

「報告書じゃないなら、なんか悩みとかあるの?なんか恋の悩みとか?それとも、新しいエンブレムの形について?」

 あ、報告書の件は鮮やかに無視した…。

「いや、そう言うのじゃなくて……。単純に、スミウラさんのことについてだよ」

 何に気を取られていたのかを伝えると、水原くんはみを溢した。

「あぁ、なんであんなのがスプリミナルやれてるかってやつ?」

「なんでわかんの!?」

 簡潔かつしっかりと的を得た返答に、僕は驚いた。

 思わず大声を出してしまったが、全く寝息が止まっていないから、住浦さんは恐らくぐっすり眠っている…。

「彼の性格からして、そう思うのは無理ないさ。あいつなかなかゲスだし。このスプリミナルで彼を恨んでる人間も、少なく見積もっても3人は確実にいるよ」

「そ…そんなに…!?」

 人間関係において、厳しいことをツッコむ人や、お金にがめつい人って、確かになんか近寄りがたい印象あるけれど…。

 彼のことをそんなに恨んでいる人がいたとは知らなかった。

「じゃあ、なんでここに…?」

「単純に力があるからだよ。あいつの能力は『身体を金属に変える』ってやつなんだけど、彼はそれを生かすための武術を会得してるし、頭脳もスプリミナルで二、三番目位の賢さは持ってる」

 初見でこの返答を聞いたら疑ってしまいそうだが、三日前の出来事を体験していたから、すぐに納得できた。

 先に相手に高利益的な条件を出しておいて、後にその全てを自己利益としてかっさらっていく。

 頭脳的にも身体的にも、強そうな印象はあったし……正直、かっこいいと思っちゃってたからなぁ……。

「ほんっと…銭ゲバみたいな感じじゃなければねぇ…」

「ねぇ……」

 僕らが住浦さんのネックなところを共感しあっているのにも気づかず、当人はまだ眠っている…。

 ちょっと呑気な一面もあるんだな…。

「ただ、彼がここにいれるのには、なにより一人の男の存在があるお陰なんだよね」

「人…?」

 こんな誰も好かないし、好かれなさそうな人に、後押ししてくれるほどの大切な人がいたのか…。

「話せばちょっと長くなるかもしれないけど…その人ってのが……」


 バタァンッ!


「スゥゥゥミウラァァァァァァアッ!」


 突然、水原くんの話をぶったぎるように扉が開くと同時に、寝ていた彼の名前を呼ぶ大きな声が、この部屋全体を響かせた。

「だぁぁあっ!な…なんだ?なんだ?」

 揺れるほどデカい声に、住浦さんは驚いて飛び起きる。

 声のした方向に目をやると、そこにはベージュのロングジャケットとスーツを着こみ、顔を分断するような、斜めの大きな傷がついたガタイのいい男性が入り口に立ち、微笑みながら仁王立ちしていた。

「あ…あなたは…?」

「ゲェェエッ!ハ…ハイカwa…」

 刹那、住浦さんが言い終わるよりもよりも先に、男性の身体は入り口から消え、そのたくましい腕が、先輩の首を捉えていた。

「ぐぁぁあっ!」

 瞬間的に移動していた男性は、住浦さんの首に手を巻き付けながら、彼の頭をワシワシと乱暴に撫でていた。

「ガァーッハッハッハァ!元気しとったかぁ?スミウラァ!相変わらずふてくされとんなぁ!」

 流暢な関西弁で、笑い声をあげる。

「うるせぇっ!相変わらず暑苦し…ぐっ!」

 住浦さんは片耳を人差し指で塞ぎつつ、彼をうざったらしくあしらおうとするも、しっかりと身体を捕まれていて動けない。

「おーそうかそうかぁ!とにかく、今日も生意気に元気そうで何よりや!」

 角刈りの男性がにっこりと笑顔を浮かべている反面、住浦さんは面倒くさげに眉をしかめている…。

「ミ…ミズハラくん…あの人は…?」

 存在を尋ねるために振り替えると、水原くんも眉間にシワを寄せつつ、めんどくさげにため息をついていた。

「さっき言ってた、住浦の存在を後押ししてる陪川ハイカワくんだよ…。僕らの間では、密かに破壊さんとも言われてて、めちゃくちゃ偉い人…」

「え…偉い人…?」

「そんでもって、スミウラに体術を教えた師匠」

「シショウ…」

 陪川と言う人の地位への驚きで、僕は鸚鵡おうむのように言葉を繰り返した。

 スプリミナルの新人として、武装警察とはいつか出会って、しっかりと自己紹介や今後のための挨拶をしなければならない日が来るだろうと思っていたが…。

 こんなにも早く、しかも相手側から直接乗り込んで来るとは思わなかったな。


「おぉっ!今日はカドヤくんもおるやないかぁ!」

 陪川さんが僕の隣の存在に気づくと、住浦さんを突っ離し、とびつくように水原くんに抱きついた。

「うわっ!」

 逃げ遅れた彼は、住浦さん同様に首に手を巻き付けられて、またワシャワシャと頭を撫でる。

「調子はどうやぁ?まーたアオイちゃんの尻引かれてんねやろぉ?お前も元気そうで、なによりやわぁ!」

「あぁ…破壊くんも相変わらずあっつくるしいようで……旧式の石油ストーブにでも抱きつかれてるみたいだよ…」

「なぁーまいきやなぁー!ッハハハハッ!」

 水原くんのいつもの鋭い皮肉も、笑ってあしらうなんて…。

 ここまでフレンドリーな熱さだと、確かに住浦さんと水原くんが苦手になるタイプだろうな。

 ただ、陪川さん自体からは、悪い人のようなオーラが全くしてこない。

 親戚の叔父さんに類似した、ちょっとだけウザくても、誰かを貶すようなことはせず、たまにお小遣いをくれるような人…という感じの雰囲気だ…。

 でも…陪川さん気づいて、水原くんがハグを嫌いすぎて、西洋の悪魔のような顔になっているよ…。


「おっ?君はなんや?依頼者さんか?」

 先輩達を可愛がっていた陪川さんが、ようやく僕の存在に気づいた。

「あ…えっと……はじめまして。ついこの前に特異点になって、なんやかんやで、スプリミナルに加入させていただきました。ユウキ テツヤです…今後ともよろ…」

「おぉー!君が噂の新人さんかぁ!」

「うわぁっぷ!」

 自己紹介をぶったぎるように、陪川さんは先輩達にしたこと同様に、僕に力いっぱい抱きしめてきた。

「はじめまして!俺は陪川ハイカワ威之助イノスケ。武装警察ってとこのトップリーダーで、まぁ総大将みたいなもんやっとるんや!よろしゅうな!」

 陪川さんは僕の肩を両手でバシバシと叩きながら、まさに太陽そのもののように明るく笑った。

 少々ウザったい気持ちが分からなくもないのだが…それよりも……。

「総大将って……ぶっ!武装警察のリーダー!!??」

 驚きすぎて、威勢よくバシバシと叩かれている肩の痛さすらも感じなかった。

 そう言われて見れば、講習で叶さんが彼の名前を言っていたはずだ。

 それに、さっき水原くんが彼のことをお偉いさんとは言っていたけど、まさかここよりも大きな組織の長だったなんて…。

「まぁ、そんなとこやなぁ!よろしく頼むでぇ!!」

「わっ!ちょ…」

 大きな声で陪川さんは僕の入隊を歓迎すると、また水原くん達と同じように首に手を巻き付け、頭をワシワシと撫でてきた。

 彼なりのスキンシップという事なのだろうが、さっきも言った通り、まさに『ちょっとウザい親戚の叔父さん』と言う感じがしなくもないんだよな…。

 でも、僕はこんな触れあいも悪くはないと思うかな…。


 ガチャリ


「やぁ、来たかイノスケ」

 社長室の扉が開き、郷仲さんがオフィスに顔を出す。

 今日の郷仲さんは、目に写るハイライトが強く、表情がいつもより明るいように見えた。。

「トウリ!うーわ、えらい久しぶりやなぁー!この前見たときよりもでかなったなぁ!」

 陪川さんもさらに上機嫌になった途端、僕から手をはなして、すぐに郷仲さんの元へ行くなり、彼の腕を両腕で強く握った。

「お前は親戚の叔父さんか。この前あったばっかりだろ」

「そんなもん、俺に言わせたら一日でも久しく感じるもんやでぇ?そんくらい寂しかったっちゅうことや!」

「どういうことだよ。でも、死んでなくて何よりだ…」

「おいおい、当たり前やんけ!俺がこんなところでお前を置いて死ぬわけあるかいなぁ!」

 ガハハと豪快に笑う陪川さんと、いつもよりも感情を露にして笑う郷仲さん。

 そう言えば、講習の時に叶さんが、二人とヴィーガレンツのボスをあわせた三人で、親友だったと言っていたな。

 確かに、二人とも顔からして嬉しそうだ…。


「…と、武装警察の長であり、サトナカくんの幼馴染みでもある破壊くんは、まさに年中正月かって感じの人なんだよ…。どれだけ初対面であろうと、ああ言うノリで接するから、皆、ある意味彼を尊敬してるらしいよ…」

 乱れた髪を直しつつ、水原くんがこれまでの情報をまとめて僕に話してくれた。

 ありがたいけど…なんか、置いてかれた視聴者のために解説するアニメキャラクターみたいだな…。

「まぁ…俺にとっちゃ、迷惑なオッサンだけどな…」

 疲れと呆れでハァとため息をつく住浦さん。

 しかし、地獄耳のごとく、彼のぼやきを聞いていた陪川さんは、また彼に飛び付いて首に腕を巻く。

「なぁんやぁ?師匠に向かってぇ~。構ってほしいんかぁ?この欲しがりめ!」

 今度は住浦さんの右のこめかみ辺りに拳をグリグリと押し付けている。

「うるせぇ!免許皆伝はしてるし、ここでは対等だろ!」

「なーに言うとんねぇん!階級が同じでも、お前はまだまだひよっこやぁ!」

 子供のようにウザがる住浦さんと、じゃれるように可愛がる陪川さん。

 免許皆伝とか、師匠とか聞くなり、彼らにもなにかしら関係があるようだ。

 ただ、住浦さんはこめかみ部分を鉄化させて、グリグリの痛みを感じさせなくしているようだが、それも陪川さんの拳でへこみつつあって、なんか怖い…。


「それでイノスケ。今日はなんの用事だったんだ…?」

 師弟(?)ムードの中、 陪川さんのペースに動じない郷仲さんが話を切り出し、ようやく今回の本題に入る。

「あぁ、すまんすまん。実はな…近々、結構ヤバい事が起きるかも知れんくてな…」

 陪川さんが住浦さんから手を離すと、彼はスーツの懐から一枚の写真を見せた。 

「これは?」

「指名手配ってわけやないけど、重要監視対象の人物や…。プロミアで目ぇつけられとった異能力者が、今バラーディアに潜伏しとるらしいんや…。しかも、こいつは異能力の申請もしてない上に、ちょいと重めなリージェン支持者らしいてな…」

 陪川さんの言う異能力申請とは、リージェン社会で異能力者が増えたことによって、国に報告をしなければならない制度だ。

 そもそも、異能力によってはどうしても人を傷つけることになってしまう能力もあるため、安全の保証と国から能力コントロールの支援を受けられるようにするために、この制度が立てられたらしい。

 申請をしていなくても、人を傷つけることがなかったら、まだ問題はないらしいのだが、申請をしておかないと、誤って人を傷つけてしまった場合に、刑罰が重くなったりするらしい…。

 ちなみに、特異点の申請制度はまだ出来ていないのだとか…。

「ほうほう…それで…そいつにどんな問題が?」

 郷仲さんが頷き、話が続けられる。

「こいつは最近まで、無差別の人間に嫌がらせやらモラハラやら、そう言う、俺らが手ぇ出せれへんことをしとったんやけど、数年前、それの度を越した軽犯罪で普通警察の方に捕まっとった」

「まぁ、よくある話だね」

「初犯ってこともあったらしくてすぐに釈放されたらしいんやけど…。あまりにも、嫌がらせ行為が目立っとったから、武装警察は目を付けることにしとった」

「さしずめ…最近までは大人しかったのに…という感じか…?」

「せや。真面目に働いとったから、普通警察も監視が許んどったらしく、つい最近バラーディアに逃げてもうたんや…。こいつは現在もバラーディアに身を潜めとって、今は種族を問わん若者を多く集めとるらしいんや…」

 陪川さんと郷仲さんの会話を聞きつつ、僕は、その姑息な犯人の顔が気になって、合間から写真をチラリと見てみた。

 チカチカしそうな程綺麗で眩しい白い髪を携えた1人の若者が写っていた。

 これが、発症すれば自在に能力を使える人間…"異能力者"なのか…。

「それで……その異能力者とシンパ達が、近いうちにリージェン至上のための小さな組織を作って、何かしら大きな犯罪をしでかすかもしれない……と?」

 社長の理解力の速さに、陪川さんは目を丸くする。

「よぉ、わかったなぁ…」

「何年こういう事件に巻き込まれてると思ってるんだい?」

「せやな」

 そう言って交わした二人の笑みが、昭和の兵隊のようで少しかっこいい。

 なんて思っているのはおそらく自分だけだろうな…。

「しかし…組織を作るっちゅうのはあくまでも"推測の範囲"やから、武装警察全体としては手が出せれへんねん。勝手に動くとしても、数人が限界や…。でも、そいつらが政府機関やリージェンが集合する場所にテロ行為なんかしたら、たまったもんやないしな…」

 難しげに腕を組む陪川さん。

 彼の言った『手が出せない』という理由は、なんとなく理解できる。

 警察という組織は、僕らのような秘密組織と違い、多くの世間の目に監視されているわけなのだから、むやみやたらに動くことが出来ないのだろう。

 それに、前にどこかで聞いたことがあるのだが、2020年から比べて、誤認逮捕による罰則も厳しくなったらしいし、慎重にならざるを得ないんだろうな…。


「なるほど……。それで、私たちを利用する…というわけか…」

 陪川さんは全てを察した郷仲さんに向けて、パチンと指を鳴らす。

「言い方は悪いけど、つまりはそう言うことや。やっぱり、こう言う中途半端なところに手ぇ出すのは、お前らの十八番やろ?」

「まぁそうだね」

 ニシシと笑う陪川さんに、郷仲さんがニヒルに笑みを返す。

 少し良いように使われてる感じは否めないけれど、確かにここは"警察の手の届かない場所の事件を捜査する"という組織でもあるから、利には叶っているか…。

「ふむ……わかった、依頼を引き受けよう。なら、君の弟子を連れていくと良い。ついでに、新人研修でユウキくんも連れていってやってくれ」

「「ハァっ!?」」

 郷仲さんから直々に指名された僕らは、驚きのあまりに頓狂声がピタリと揃った。

「ちょっと待て!なんで俺が!」

「なっ!なんで僕もなんですか!?」

 郷仲さんに詰め寄りながら問う僕ら。

 住浦さんは、師匠の扱いに慣れているのだろうからわかるけども、まさか僕まで駆り出されるとは思わなかった。

 それに、てっきり新人研修は昨日で終わっているんだと思っていたし…。

「いったぁ!」

 すると、陪川さんが住浦さんの頭をスパァンと勢いよく叩く。

「やかましわぁっ!久々に師弟コンビ復活や!二人+1で、仲良ぉやっていこうやぁ!」

 不満など問答無用な彼は自分の弟子の肩に腕を回してベタベタとくっつく。

「だから、やめろって!熱いし厚かましいっ!」

 住浦さんも、頬を掴んで引き剥がそうと抵抗するが、やはり陪川さんの方が力は上のようで、頑として動かない…。

「ユウキくん!君もよろしくな!」

「は…はぁ……」

 なにか面倒なことになると行けないから、一応首を縦に振っておいた。

 まぁ、これも経験だし、武装警察の仕事の仕方も知っておいた方が良いだろうし…。

 それに、先日の裁判の時のように、自分が誤った選択に進みかけるのを正せるかもしれないから。

「ユウキくん。占いに関係なく一つだけ注意しとくよ…」

 ふと、僕の肩をつかみながら、水原くんが忠告する。


「今日はできるだけハイカワくんから離れるな…。わかったね…?」


 言葉を伝える彼の顔は、まるで緊迫した籠城現場に居合わせているかのように真剣だった…。

「え…?それはどういう…」

「よぉっしゃあ!二人とも行くでぇー!」

 水原くんの返答を聞くより先に、陪川さんが僕と住浦さんの襟を掴んで引っ張りだした。

「ちょ、ちょっと!それどういう事なのって!?ねぇ!」

「待てハイカワ!ちょっ!せめてもう一人誰か来て!新人だけじゃ頼り無さすぎるぅぅぅぅぅうっ!」

 心許ない空気を預けられたまま引きずられていく僕と、珍しく誰かに助けを乞う先輩。

 見たこともない住浦さんの焦り様が、僕の不安を煽っている。

 どうかこれから始まる仕事は、危険なものじゃないことを祈る…。

 まぁ、無効化人間だから、僕は怪我とかしないだろうけども…。


「「ま、がんばってねぇ~」」

「「呑気に言うなぁぁぁぁあっ!!」」




  ◆




 人生で警察署に来たのは一度きりだ。

 小学校の時、社会見学として普通警察の署に行ったっきりで、確かその時は、警察署の人達が特別に、僕らを停車している白バイに乗せてくれたな。

 ただ、今回は白バイを気軽に乗せてくれるような普通警察とは訳が違う。

 地位的にはその逆の位置にある、武装警察に来ている。

 署内は、普通警察とほぼ同じで、白い壁にタイルの床の空間の中、少し重たい空気が漂っている。

 ただ、普通警察の場合には、もっと交通安全ポスターや振り込め詐欺等の、普通に生きてれば起こりうる事故や犯罪等への対策を訴える物が色々あったけれど、ここは通りかかるポスターが、全て『一部過激派に要注意!』とか『ノーインを見かけたらすぐに逃げろ!』や『誰でも愛せる多様性を』等という、少々殺伐とした事件の物ばかりだった…。

 武装警察は、そう言った非日常的な組織へ対抗するための司法組織だからだろうな。


「ユウキくんは初めてやろぉ?武装警察の中を歩くんは…」

 前を歩いている陪川さんが、微笑みながら振り替える。

「は…はい…」

「そっか」

 返答を笑みで返しながら、彼は通りすがる部下の人々に、よう元気か?等と声をかけていた。

 正直、元詐欺師にとっては、こんなところ歩きたくもない気はする…。

 通りすがるポスターの中にちょくちょく『そのお金、マフィアに使われてます』という詐欺の警告の物まであるものだから、胃がキリキリと痛むし…。

 これは、なにかの罰の類いなのか…それとも拷問か…。

「お前…水原も言ってたけど…絶対にハイカワから離れんなよ…?」

 そんな転嫁的な妄想をしている僕の後ろから、のそのそと着いてきていた住浦さんが、顔を近づけて囁いた。

「だから…何でなんですかって…」

「色々やべぇんだよ。いいか?こいつはな…」


 ガチャ!


 その続きを聞くよりも先に、陪川さんが部屋の扉を開け、話が後回しになってしまった…。

「おいーっす!」

 昔のコメディ番組の掛け声の如く響いた声に、部屋にいた二人の警察官が反応する。

「お疲れさまです!ハイカワ隊長!」

「ッス!」

 二人の警官は、即座に陪川さんの前で起立し、敬礼。

 この光景…まさにフィクションでもよく見る"刑事"という感じがするな…。

「あぁー…よかった、この二人がいて……」

 僕の後ろで住浦さんが小さく安堵している事も知らず、大隊長たる陪川さんは、二人の肩を同時にポンと叩く。

「お疲れさん。いつも通り、ヒカワとシドウは真面目にやっとんなぁ」

「ハイ。悪しきを罰し、この街を守るのが、私の仕事ですので」

「ヒカワさんと同意見ッス!俺たちは、市民を守るために切磋琢磨する組織だと思ってるんで!」

 中年の警官に、僕と同じくらいの歳の警官が続く。

「ハッハッハ!真面目なんはええことや!期待しとるでぇ!」

 部屋に響き渡るくらいの笑い声に、腕を崩した二人の警官の真剣な顔からも、密かに笑みが溢れているように見える。

 それほど、この大隊長の不思議な影響力があるわけだろうな…。

「ハイカワさん…この人たちは…?」

「おっと…ユウキくんは知らんかったな。紹介しとくわ、こっちはバラーディアTK市部長のヒカワ、そんでその部下のシドウくんや」

 陪川さんの紹介と共に、その二人は僕に目を合わせ、再度敬礼をした。

「ご紹介に預かりました。バラーディア武装警察のTK支部長斐川 康生ヒカワ コウセイです。よろしくお願いします」

 斐川さんはメガネを掛けた中年で、背丈は普通くらいの、ちょっとお父さん感のある感じで、なんとなくイメージ通りの警察官というような雰囲気がある。

「そんで俺がその一番弟子の始堂 藤次シドウ トウジッス!よろしく!」

 始堂さんは、坊主から無理やり伸ばしたようなちょっとクセのあるベリーショートで、陪川さん達と比べたら少し背は小さく、どこか『後輩』という言葉を体現したかのような雰囲気だ。

 僕に、真剣で少し冷たい目をしながら敬礼をする斐川さんと、それに対してニッコリと微笑む始堂さん…。

「ど…どうも……ユウキです…」

 彼らに真似て、不格好な敬礼をする。

 目に見ても分かる良い関係の先輩と後輩に少し妬けてしまうな…。

 なにせ、自分の知ってる先輩二人は少々難ありな性格だから。

 それにどっちも年下というのが、なんか屈辱というか腑に落ちないというか…。

「まぁ…役に立つかはわかんねぇが、こいつらが居てくれるだけでも、今日は安心だな…」

 住浦先輩のこう言う見下してる感が尚さらだ…。


「よし皆、会議始めるで」

 陪川さんが少し上の空になっていた僕らを呼び出す。

 ついつい、脳内で愚痴をこぼしていた僕は、住浦さん達と共に、机に向かう。

 部屋の真ん中にくっ付けられた机の上には、それを繋ぐように大きな地図が広げられていた。

 見覚えのある駅とショッピングモールの名前、そしてなにより『Cafeフェイバリット』の名前を見る限り、おそらく地図はTK市部の27区を中心になっている物かと思われる。

「ヒカワ、状況説明頼めるか?」

 大隊長の指示に、はいと返事をしながら、斐川さんは机に置いていた資料を手に持ち、そこから取り出した写真をホワイトボードに張り付けた。

 貼り付けられたその写真は、郷仲さんに見せたものと同じだ。

 眩しいほど白いその髪は、一度見れば忘れない程だ。

「異能力悪用の罪にかけられている『雪待 弘治ユキマチ コウジ』。彼は、旧近畿地方プロミアにて一時逮捕、観察対応となっていましたが、先日、地域の方から、特徴のある白髪の人物が、多くの若い人間やリージェンの中に紛れて笑いあっていたのを見かけた、との報告を受けました」

 斐川さんはホワイトボードに乗っていたペンを指示棒の代わりにしながら解説する。 

「勿論、それだけだと逮捕や捜査の理由とは絶対なりません。私たちが不審に思ったのは、この27区で増えている『違法物売買』なのです」

 違法売買と聞いて、密かにゾッとしていたのは、恐らくここでは僕だけだろう。

 斐川さんの言う違法物売買は、新世界歴2056年の今になっても極めて厄介な犯罪の一つで、リージェン社会になってから増加傾向にある。

 勿論、僕が生まれるよりも前から、違法物の売買という罪は存在していた。

 しかし、リージェン社会において、産業廃棄物であるハイドニウムが、僕ら特異点への対抗術として武器生成に使用できることが、判明していた。

 そこから、マフィアはハイドニウムを集めるために、 小遣い稼ぎと称して、多くの人々を売人や運び人にさせて、指定暴力団対へ大量に流れたという事案が発生した。

 勿論、政府はすぐさまハイドニウムの売買を禁止して、少しは事件が収まったけれど、マフィアのようなアウトロー組織がそれを応じるわけがなく、今でもハイドニウムの違法売買は、麻薬や武器本体と並んで、裏社会で大きな市場を得ているとこのと。

 ちなみに、ハイドニウムは自然と土に返すことができるため、廃棄する際には必ず埋め立てることを義務付けられている。

 と、ついこの前に叶さんから教わっただけなのだが…。

 確かに、なにかしら組織を作り出すとしたら、そっちの方が手っ取り早い気はしなくないな。

「ただ、目撃情報を全部集めてみたんスけど、ユキマチ自体がハイドニウムとかの売買をしているようには見えず、逆に『どこにでもいる普通のやんちゃそうな若者で、怪しそうには見えなかった』と言う印象の方が多かったんス」

「ほう…なら、ユキマチが更正した…っちゅうんか?」

 眉をしかめる陪川さんに、始堂さんは首を横に振る。

「ユキマチだけだったら、そう思うかもしれないッス。でも、目撃情報の中に『ユキマチと一緒にいた人間が、なにか怪しいものを手渡していた』と言うのもあったッス…」

 なるほど、それが先程言っていた、27区の違法物売買の増加と繋がるわけか…。

 雪待容疑者自体はプラスでもマイナスでもない雰囲気を装い、その囲いの人間に手を汚させる。

 詐欺の世界でもよくある方法だな…。

「ただ、目撃情報が多々あるがために、その中に虚偽があったらどうするのか?という見解から、私たち警察側は、下手に動けなかったんです」

「それに、その麻薬売ってたやつを発見して、俺はなんとか捕まえようとはするんスけど、必ず逃げられるんッスよ!」

 僕らに報告する二人は、興奮している。

 斐川さんと始堂さんが熱弁する気持ちはわかるかもしれない。

 勿論、刑事として犯罪者を逮捕しなければならないのだが、そうではなく"正しいから手を出せるはずなのに、多大な責任感のせいで、出すことができない"というのは、僕が子供のころに暴走して軽く失敗した時と少しだけ似ていたから…。

「確かに……目撃情報が多すぎるのに捕まっとらんっちゅーのは…ほんまに気持ち悪いことやな…」

 勿論、責任感のやるせなさ加減は、陪川さん自信もわかっていることだろう。

 大隊長という大きく高い立場だからこそ、慎重にしなければならないのは"疑いの目"なのだろうから…。

「それで、俺とヒカワさんはあくまでも独自に探ってみたんスけど、このように、発見情報が少しまばらで……」

 始堂さんの指差す通りに、地図につけられている青丸の印を見てみると、確かに規則性が全くないようには思える。

 付けられているのは27区だけかと思ったら、その隣の26区と28区の先の方にも印がいくつかあったり、町中にポツンと一つ印がつけられているのも複数あったりと…。

 そこに規則性を求めるには、ちょっと難儀なものかもしれない。

 なんとなく目撃場所に駅が多いような気はするが、バラーディアなんて都会からすれば、電車を使用するのなんて自然だ…。

「ふむ……でも、目撃情報はバラーディアの27区の方が多いな……。あくまでも、警察側を撹乱させるために、まばらな行動をしとる可能性もあるか…。とりあえず、あいつらの情報がまだ少ない限りは、27区から順次に聞き込みしていった方がええか……」

 顎を人差し指と親指で掴みながら、陪川さんはそう言った。

 瞬時に状況把握と捜索案を考えられる姿は、まさに大隊長と言いたくなる程の尊敬ものだ。

 先程まで僕と住浦さんをハグしていた関西弁のおじさんとは思うまい…。

「TK市部で協力してくれると言ってくれた人達は、極めて少ないですが総勢で五人はいます。ここから、カモフラージュのために普通警察の方にも協力をしていただいて、ユキマチ達の聞き込みを強化した方がいいのかもしれませんね。ただ、状況が状況だから、普通側が応じてくれるかはわかりませんが…」

「ユキマチの事よりも違法売買を強調しとけば、少しは協力してくれる子が居るやろな。他にも、鑑識から数名に声だけでもかけとこか…」

 武装警察重役の二人の結論としては、周辺区域の無差別聞き込みの方が有効的と思っているらしい。

 確かに情報が少ない限りは、データを集めたり、聞き込みをして調べると言うのが、探偵にとっても警察にとっても重要な捜査方法に値するようだ。


「バカかお前ら…」


 しかし、それをよく思わない者が沈黙を破る。

「いくらTK市部だって言っても、27区周辺がそこまでちっこいところだと思うか?ただでさえTK市部自体は人口が多いんだ。んなことチマチマやってたら日が暮れるだろうし、相手がシンパを集めてるのなら、一人でいると襲撃される可能性だってあるだろ?」

 対抗馬、住浦秀の口から出るのは、現実を突きつけるような彼なりの未来予測だ。

「露骨に無差別な聞き込みを行うよりも、電車の路線や情報提供の件数から行動パターンを読んで探す方が早いだろ。地図ここから読み取るに、僅かだが花菜村付近の目撃情報が多くなっていっている。なら、奴らの活動拠点はここにある…ってことにならないのか?」

 住浦さんがここに来てからずっと静かだったのは、資料を読んでいたからだった。

 住浦さんは否定するだけではなく、代替案と自分なりの意見も提案する。

 あえて慎重に行こうとする姿が、僕の中の彼の印象と違っていたから、ちょっと意外だった。

 単純に、自分への利益が少ないからだろうか…?

「それくらいはわかってるッス。ちゃんと、情報が多いところを中心にですね…」

「それと、机に提供情報が纏められたファイルがあったんで、少々拝見させてもらった。これをみる限り、中には『27区行きの路線の駅を利用していた』とかそもそも『花菜村の駅で見た』ってのも多かった。これだけでも拠点は花菜村周辺ってのが読み取れるだろ。それ以外に核心をつくような疑問点がなにかあんのか?」

「そ…それは……」

 釈明しようとしていた始堂さんが、怒涛の反論に押されている…。

 少々言い方はキツいが、確かに住浦さんの言う通り、しらみつぶしに聞き込みをするよりも、しっかりと情報を絞って、ここだと言うところに飛び込むのも良案だとは思う。

 しかし、考えればその案にもデメリットはあると思うのだが、僕は口に出せるほどの立場じゃない…。


「あります」

 そんな中、押されて凹みそうになっていた始堂さんを、助けるように斐川さんが割り込んだ。

「疑問点としては、その情報の根本そのものです。いくら27区の路線を使っていたとしても、それはあくまでカモフラージュだったら?異能力で姿を偽造していたら?あえてそこにだけ姿を多く見せて、本当の拠点を隠そうとしていたら?そういう考えがないとも言えませんよね」

「確かに…だが、そう言う情報があるからこそ、まずは聞き込み場所を一点に絞るべきだ。その一点が違ったりしても、どこかですぐにほころびが出る」

「その綻びが出ている間にも、悪事が進んだらどうするんですか?その間にユキマチを筆頭としたテロが起こったら?大体、スプリミナルはそう言うところでは消極的すぎると思います」

 斐川さんの言葉は、まさに自分が言いたかったことだった。

 一点に絞り続けるのは良案だけれど、もしも絞った捜査が外れだった場合、聞き込みをしているうちに、犯罪者もどんどん動いてしまうのではなかろうか…とは思っていた。

 しかし、斐川さんの釈明が住浦さんにとっては面白くないようで、彼は眉をしかめていた。

「なんだ?さっきから何故、被せるように応答する?まるで数十年前の野党みたいだな…」

 ほら、こんな罵倒を含めた反論が来る…。

「なにを仰っているのか意味がわかりません。私のような物の意見も取り入れるのも、探偵の仕事だと思うのですが?」

 しかし、それでも強気に対応する斐川さんに、住浦さんの態度はどんどん悪くなっていく。

「なら、てめぇの検挙率は何パーだ?それほど物を言えるのなら、俺よりも高いわけか?」

「検挙率で優劣を決めるおつもりですか?」

「全ての物事、数は重要な物だ。それもわからないのか?」

「私は数の事を話していません。優劣の付け方についてを話しています。それに、先程からあなたは何様のおつもりですか…?」

 二人の口論がどんどんヒートアップしていく…。

 なんとか止めようと思っても、僕ら若い二人は間に入ることもできない…。

「探偵のつもりだが?」

「それなら、それで毅然とした態度をとるべきです。優劣をつけようとすることは、やってはなりません…それに……」

 斐川さんがその続きを言おうとした瞬間、陪川さんの大きな掌が、彼の言葉をそっと封じた。

「お前らやめぇや。みっともないなぁ……」

 初対面の時とは違って、彼は湖のように冷静に、彼らの口争を止める。

 陪川さんにとめられた住浦さんは、舌打ちをして斐川さんを睨む。

 それに対して、彼は馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、その眼光から目を反らして大きくため息をついている。

 なんとなくだが、ここまで斐川さんが住浦さんに対抗するのは、彼自信が町を守るという志がつよいからなのかもしれない。

 陪川さんが止めた、彼の言葉のその先はきっと『犯罪者の癖に…』だったと思う。

 初対面の時、彼が僕に向けていた目の冷たさは、きっと罪人としての軽蔑なのだろうな…。


「お前らなぁ…ちょっとは仲良くする努力せぇや…一時でも仲間なんやから…。スミウラは否定しすぎ、ヒカワもムキになりすぎや」

 互いに見下し続ける二人を軽く叱る隊長を、住浦さんと斐川さんはバツが悪そうに彼を見つめる。

 どれだけ偉い人が寄り添おうとしても、二人は互いを認めたくはないようだ…。

「そもそもなぁ……こうやったら早いことやろが!」

 すると突然、机の上にあったペンを鷲掴み、目の前の地図にグルグルと大きな円を描いた。

「あ、ちょ!なにやってんだよ!」

 住浦さんが声をかけた時には、陪川さんはフンと鼻で息をつき、ペンにキャップを着けた。

「待とうが待たなかろうが、今日の範囲はここまでや!こんくらいなら今日一日で終わるやろ!わかったら喧嘩なんてみっともない事しとんな!ええか!?」

 大隊長の叱責に、辺りは鶴の一声がかかったかのように、静かになった。

 なんと、大雑把な喧嘩の止め方だろうか…。

 しかし、陪川さんが丸をつけた場所をよく見てみると、目撃情報が多い箇所だけが上手いことまとめて囲まれている。

 ちゃんと彼らが言い合っていた中で、一人で考ていたのか、それともただのまぐれなのか…。

「スミウラ!路線情報は!?」

 陪川さんは怒った形相のまま、彼に聞く。

「ま…まぁ、この範囲で行くとするなら、行動できる線は一つに限られるけど…」

「それでえぇ!このはじっこから、五人で電車乗っていろんな町聞き込みしながら花菜村向かえばえぇねん!どうせ、ユウキくんもスミウラもスプリミナルには帰らなアカンのやから、一石二鳥やろ?はい、それで決定!」

 提案に対する意見は一切聞かず、大隊長は今回の捜査作戦を決定する。

「相変わらずめちゃくちゃだな…ハイカワ…」

 負け台詞紛いの言葉を吐き捨てる住浦さんだが、今ここに陪川さんの決定案に対する案を出そうとするものはいない。

 大隊長として、横暴っぽくも見えるかもしれんが、部下をまとめられる威厳を持って捜査を進めようとする姿は、郷仲さんとは違った長としての余裕があるな…。

 それにしても……まさか、乱暴に描いた丸が、ここまで的確に調査場所を囲めるとは……。

 駅に集められているような青い印は勿論だけれど、他にも町中にポツポツと見受けられる場所の多さも…。

「……ん?」

 ちょっと待て。

 この町中のシールの場所に書かれている場所、確実にみたことがある…。

 もしや…。


「すみません…一個良いですかね…?」

 僕は忍びなく手を上げ、大隊長の決定にやれやれと動き出そうとする先輩達を引き止める。

「どないしたん…?」

「役に立つかどうかはわかりませんが…少し思ったことがあって。この町中の情報提供場所、少し見覚えがあるんです」

 四人もの格上の人間に見られつつ、底辺の僕は近くの机にあったペンを手に取った。

「僕、スプリミナルに入る前は、27区から一つ離れた区に住んでたんです。それで…よく妹とショッピングモールまで行くのにバスを使ってて、それが通る場所を繋いでいったら…」

 口頭では分かりにくいかもしれないから、ペンで地図に描かれたバスの路線を繋いでいく。

 少しずつ作られていく黒色の線が青色の印の上を通る時、そこには必ずその記号が描かれている…。

「そうか…停留所か!」

 いち早く気づいたのは住浦さんだった。

 彼は、僕が全て書き終えるよりも先にペンを奪い、残りのバス停と駅の場所を線で繋ぎ始める。

「新人、モールまでのバスの路線ってこうだったよな?」

「は、はい!そうです!」

「そんで、そのバスの進路は確か……こうか!」

 彼がペンで繋いでいく線が、どんどん警察の目撃情報の印を通っていく…。

 縮尺的には100mにも満たない地点、つまり印の近くには必ず、丸と垂直線で描かれたバス停の地図記号が描かれているのだ…。

「なるほどな……」

 その行動図が完成するよりも 前に、そこにいる人間全員が理解した。

 完成した行動図の中、ペンが繋いだのは『公共交通機関の路線図と、目撃情報の場所の繋がり』だった。

 27区全体のバス停と駅を『花菜村へ向かう』と仮定して繋げば繋ぐほど、目撃情報のあった印を通る。

 その全てを結び終えた頃には、ほとんどの印が線で結ばれていて、中には陪川さんが描いていた円からはみ出ている物だって、その線によって繋がれているのだ。

 そこから、雪待とそのシンパが何故、目撃情報がまばらかつ27区を中心として見つかったのか、ここにいる全員がなんとなく推理ができた。

 彼らは、敢えて身を潜めずに公共交通機関を使っていたのだ。

 普通、目立たないようにこそこそと行動すれば良い話かもしれないが、この世界にはそれすらも怪しむような注意深い人がたくさんいる。

 そう言った人間からの自発的通報から、TK市部にいる警察官に目をつけられてしまうだろう。

 けれど、雪待達はあえて『やんちゃをしていそうな若者達』を演じていたのだ。

 共にたむろしたまま、不確定な場所でバスを乗り降りして目撃情報を多くすれば、"集まって行動していることに怪しい意図はない"と刷り込ませられる。

 その目的は勿論、27区の住民と警察の目を欺くために…。

「さらには、駅や停留所は人が多いから、それで情報提供も増えてカモフラージュが出来たということですか…」

「交通機関を利用していたってのは、そう言うことなんッスね!」

 斐川さんと始堂さんも、その真意を掴んでいたようだ。

「ちゅーことは……まず聞き込みを優先すべきは結局、花菜村になるわけやな……。まぁ、スムウラも思いどおりになってよかったやないか」

 陪川さんが住浦さんの頭を鷲掴むように腕を乗せると、彼は「ガキ扱いすんな」と眉をしかめて振り払った。

「ただ…それでも、何故彼らが捕まらないって言う理由がわかりませんよね…。目撃情報が多いのなら、一つくらいはその違法売買の情報とかもあって良いとおも…ぅ痛っ!」

 弱気になっていた僕の頭を、急に住浦さんがバシンと叩いた。

「それを今から聞き込みして見つけるんだろうが」

 企むようにニヤリと笑うその姿に、僕は作り笑いを浮かべる。

 こう言うところだけを見れば、彼は頼れる先輩なんだがな…。

「おっしゃ!まずは五人で花菜村行くで!もっと深いところまで聞き込みしたりして、奴らを追い詰めるんや!」

「「了解っ!」」

 結局は大隊長に纏められてしまったが、僕の言葉によって僕らは事件解決のために動き出した。

 今回は少し地道な作戦になるだろうけれど、それでも困っている人のためには仕方がない。

 この前の事件よりも役に立たなければな…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る