4-4『Y講習中、K仕事中』



 あのちっこい籠の中に押し込められ、なんとか僕が戻ってこられたのは、約十数分後の事だった。

「あぁ~……死ぬかと思った…」

「そぉ~んなバカなぁ~。プリズンシールは麻酔も入ってるんだよ?それに、お肌もプルプルになってぇ~」

 彼女はプリズンシールと、プリズンシールに投獄された生物を取り出すための機器を持ちながら笑う。

「怖かったって意味ですっ!」

 正直、押し寿司を作る型枠の中に詰め込まれてぎゅうぎゅうに押されているような気持ちだった。

 だが、叶さんのいうとおり、確かに、この前からおでこにできてたニキビも綺麗さっぱり消えて、肌もより一層綺麗になったような気はする…。

 どうせ死にかけだから、このぎゅうぎゅうに詰められて気持ちが悪いという気持ちよりも、助けてほしいという気持ちが勝つだろうから、これで良いのかと、プリズンシールの中に詰められてから納得はした。

「ごめんごめん…。とりあえず、次の項目で最後。あなたが戦うときについてを教えておくわね」

 彼女がそう言うと、スクリーンに『対人、対獣時について』という題名が大きく書かれた。

「まず、対人を行う際には、特異の調整を含めて、このエンブレムと呼ばれるアイテムを使います!じゃあ、改めてあなたの戦闘時の姿を見たいから、トランスしてみてくれる?」

「あ、はい」

 彼女からの指示を受け、僕はポケットの中に入れていた水晶キーホルダーを手に取ると、それは柔らかくぼんやりと、白い光りを醸しだす…。


肉体換装トランス


 意思をもってその言葉を口にだすと、光の白はマゼンタへと変わり、僕の全身を包み込む。

 その次の瞬間に光が溶けると共に、マゼンタの上着とジーンズが、まるで魔法のように、ラインの入ったパーカーとズボンに姿を変えた。

 三度目の装着だからもう慣れた…と言いたいところだったが、今回の服はこの前とは違う。

「あれ…?黒くなってる…?」

 服に描かれているラインや、丸のなかに描かれたバツマーク等の装飾は変わらないが、前まで白だった筈のパーカーとズボンの下地の色が、黒へと変わっていたのだ。

「講習前にあなたが社員登録してくれたからよ。さっき開発室に行って、それを預かったときに、トランススーツの布地を黒に設定させて貰ったわ。色が黒であると言うことは、ちゃんとスプリミナルの人間であり"まだ攻撃等の活動が出きる状態だ"と他者にも分かるように、服の色は区別されてるのよ」

 そうか、だから僕の服だけ白かったのか…。

 そう言えば、スプリミナルのシンボルマークの下地が黒だったのも、これに関係しているのだろうか…。

「カドヤくんが持っていたような緊急時用のエンブレムはまた時期が来たら渡すわね。ちなみに、トランスをした後について、なにかわかったことはある?」

 彼女の問いに、僕は今までトランスした時の記憶と、今トランスしている身体の状態を合算して考えてみる。

「そうですね…。これ使うの三回目なんですけど…なんか、使ったら体が軽くなる気がするんですよね…。その上、銃を撃ったときも、反動とかがあんまり来なかった気がするし、それにいつもより早く動けていた気がしたんです……。」

 これが僕の記憶から導かれた答え。

 その解答を聞いた彼女の顔が、パッと明るくなった。

「そう!あなた達がトランスをした時、実は肉体は"特異が適しやすい体"に変わっているの。その影響で、体が軽くなったり、普通なら耐えられない衝撃が耐えられるようになったりと、まるで自分のものじゃないように思えるでしょう?」

 彼女の熱烈な解説に、少し引き気味になるが、この服の特性を知れることに関しては興味は沸いた。

 なるほど、だから水原くんはあんなにダイナミックに水を噴出できていたし、自分もいつもより機敏に動けていたわけか…。

「そうだったんですね…確かにすごく動きやすいんです!」

「ね!それが"肉体換装トランスをする"と言うことになるの!特異に適した身体になるわけだから、使い続ければ自分の発動する特異がさらに使いやすくなったり、特異使用の幅が広がったりと、トランスをして戦いを積んでいけば、思わぬ力がわき出てくることがあるのよ!」

 彼女が力説する最中、スクリーンに写されているのは、トランスをした人間による、特異効果の循環を表す図だ。

 水原くんがあそこまで自分の特異を使えているのは、トランスと言う補助と、今まで特異を使い込んできた日数が関係するわけか…。

「えっと…ちなみに…この服自体の意味って、なにかあるんですか…?」

 力説を割るように僕が質問すると、叶さんは「えぇ」と首を縦に振り、画面が僕が身に付けている服の解説に変わる。

「改めて説明すると、そのパーカーやズボンは『トランススーツ』といって、身体全体の機動力を上げてくれているの。武装警察の解説の時に言った通り、これを武装警察が身に付けて、異種族や能力者への対応もしているの」

 彼女は僕のパーカーを摘まみながら説明する。

 身体が軽い理由のなかには、この服の効果もあったのか…。

「なるほど…じゃあ、トランスとの関係性は…?」

 失礼になりそうだから口には出さないけど、わざわざトランススーツは必要なのか?と少し思ってしまっていたのだ。

「スーツをつける理由ね。言ってしまえば、確かにスーツはわざわざ要らないかもしれない。でも、このスーツをつけていることによって『特異を使う機会を増やす』ことができるの。機動力をあげることによって、早く特異を使うことができるし、早く使うことが出来ると言うことは、"その分時間がコンマ数秒浮いて、機転を利かせることができる"ということなのよ」

 彼女の解説と共に頭に浮かんだのは、水原くんやあおいちゃんの戦い方だった。

 確かに、弾丸が着弾仕掛けていたときに、あおいちゃんは即座に避けれていたし、水原くんの剣技も、素人目であっても鮮やかかつ素早いと思える物だった…。

 それもこのスーツのお陰か…。

「ちなみに、トランススーツを着けた人によっては"素っ裸になったみたい"なんて言って現場で無茶をする人もいるらしいわ」

 この時の叶さんはちょっと呆れ顔だった。

「素っ裸…まぁ、分からなくもないですけどね……」

 まぁ、確かにあの時、逃げ回ったり、銃を撃ったり、爆弾抱えようとしたりした時、身軽すぎてなにも着てないんじゃないか?とも陰ながら思ってはいた。

「ちなみに、中のシャツはTシャツ型で大丈夫?要望によっては、袖無しやYシャツにもできるけど…。それに、ズボンもショートパンツとかに形状を変えることができるし、ご要望なら、ネクタイやスカーフ、アクセサリーとかも追加出来るわよ。ただ、スプリミナルの規約でフードを取るような変更はダメだけど」

 この服、そんなに種類を変えられることが出来るのか…。

 そういや、あおいちゃんのスーツはショートパンツだったな…。

「大丈夫です。自分、普段着もこれに似てるから、これが一番良い気がするんです」

 彼女から話を聞いたときには少しワクワクしたが、言葉の通りの理由で、形状を変える必要はないと思った。

 フード付きはあまり着ないから心配だけど、少しでも着なれた形状の方が、動きやすい気がするし。

「そっか、んじゃ服装は大丈夫ね。それじゃあ、あとはアーツについてね。出して貰っても良い?」

「あ、はい。えっと…特具武装アーツアンフォールド…だったっけ?」

 彼女の指示通りに、その言葉を口にだすと、握っていたエンブレムが強く光り、クリスタルのような素材で出来た拳銃に形状を変えた。

 相変わらず、その冷たい武器は、光に照らされて綺麗に映える一方、ズシンと命を獲るような重みが強い…。

「アーツは、特異点だけが使える強力な武器。であると共に"特異を制御する"ための、とっても大切な物なの」

 彼女がそう言った瞬間、またスクリーンの画像が変わる。

 今度は、僕が今持っているものと同じ、拳銃のアーツの三面図だ。

「特異の制御…ですか…?」

「うん。例えば、ミズハラくんの場合なんだけど、水の力を使って相手を切り裂くっていう武器的利点と共に、水の使いすぎを防いだり、使用者の形を保ってくれるという、制御的な意味での利点があるの」

「形…って?」

 首をかしげる僕に、頷きつつ彼女は解説を続ける。

「実は、ミズハラくんのような変質系は、特異を使いすぎてしまうと、自分の元々あった身体の組織が崩壊して、形を失ってしまう可能性が提言されているの。それを防ぐために開発されたのがアーツで、それこそが一番の存在意義なの。勿論、身体を変化させる以外の特異にも似たようなデメリットはあるから、それを補う能力も勿論あるわ」

 彼女の説明に合わせるように変わっていたスクリーンには、特異点が能力の酷使によって、人間の形が崩壊すると言う図が写る。

 残酷なものにならないようにフリー素材のイラストにしてあるのだが、それでも水原くんが自分の特異によって死と背中合わせだった事を知り、僕の心の中で一抹の不安と彼への慈悲が過った…。

 正直、トランススーツ同様に、異能力があるのに武器がいるのか?とは思っていたのだが、これを聞いて、アーツの存在がどれ程に重要なのかというのが、よく分かった気がする…。

「じゃあ、僕の場合も変質系…ってやつなんですかね?」

 アーツの存在意義に従い、僕が系列について聞いてみると、彼女は眉間にシワを寄せ、首をかしげた。

「うーん…ユウキくんの"攻撃を無効化する"って場合は……多分、特殊系だと思うわ。身体を透過させるわけでもないし、相手の攻撃をなかったことにするような感じでもない。それに武装とも環境とも言えないから…少しわからないわね…」

「そ…そうなんですね…」

 特異点のスペシャリストにもわからない能力を持つ自分とは一体…。

「ちなみに、リージェンを除く異形能力には"変質系"、"武装系"、"環境系"、"精神系"、"特殊系"と一応、スプリミナルでは、勝手に5つに分けているわ。まぁ非公式だから、別に気にしなくて良いけどねぇ~」

「は…はぁ…」

 特異点中心の組織なのにえらくテキトーだな…。

 しかし、能力が分類されていることで、なんとなく相手の次の行動であったり、攻撃のパターンの多さ等が、戦闘時にわかりやすくなるのだろうか…。

 アーケードゲームとか、たしかそういう感じで攻略してる人がいた筈だし…。

 能力の分類が知れたといっても、まだまだ勉強しないといけないことは多そうだな…。

「そして…アーツの極めつけは、なによりもその形状よ!」

 彼女がそう言った瞬間、スクリーンには、大盾やフルアーマー、双剣、スナイパーライフル等、無数の武器が広がった画像が写し出された。

「形状…ですか…?」

 手に持っているその重たい拳銃を、僕はチラリと横目に見る。

「そう。今ユウキくんが持っているアーツは、拳銃型よね?それはあくまでも初期型。スプリミナルの使うアーツは"学習型"って呼ばれていて、その人の特異を学習していって、最終的にその人の特異に合った武器になってくれるの。それを『覚醒』と呼んでいるわ」

 たった漢字二文字のその単語に、男心を擽られない人間はいないだろう…。

「覚醒…なんかかっこいい…」

 中二病とか思われそうだけど、こう言う物には心の奥にある少年時代を掘り起こされる物なのだ…。

「ちなみに、武装警察の使う"汎用型"で、警察の人たちは特異を持っていないから形状が変わることはない。武器がそれぞれの物に変わるようになるのは、基本スプリミナルの物だけなの。他のメンバー全員はもう覚醒が済んでるから、後々あなたも覚醒すると思う。さて、どんなアーツになるかは、これからの楽しみね!」

 僕に向けて親指を立てる叶さん。

「自分の武器か…」

 彼女の解説を聞いて、僕は内心ワクワクしている。

 水原くんの使う禍々しい双剣や、あおいちゃんが使ってたブーツ…。

 それらが頭に浮かぶ物だから、自分がもしも覚醒したときに、どんなアーツになるのかというのが、より一層楽しみになってきていた…。


 と、そんなことを考えていると、スクリーンの映像が突然消えた。

「さて……これまでにアーツのことや特異のこと、スプリミナルに関して色々話したけど、最後にこれだけは知っておいて欲しいの」

 足元の照明が少しずつ明かりを強め、暗かった部屋が光を取り戻そうとする中、彼女はおもむろにその口を開いた。


「スプリミナルは完璧ではない」


 重厚な力を持って放たれたその言葉に、僕は首をかしげた。

「完璧ではない…というのは?」

 大体、こう言う命を守る機関は、完璧でなければならないのでは?と思っている。

 しかし、完璧ではないとは一体…?

「テレビや新聞、インターネットではあまり報じられないかもしれないけど、警察にしても、自衛隊にしても、その場にいる人間を必ず全員救えるという保証は絶対に無い。犠牲の元に到達された目標もあれば、現状被害が報告されてなくても野放しになっている悪だってある…。それはどんなに強いヒーローでも、完璧な防衛主義者でも『この世界全てを救いきるのは難しい』ということだけは、覚えておいて欲しい」

 彼女の羅列したその言葉は、お伽話に出てくるような禁断の扉を開ける鍵のごとく、僕の中の記憶を次々に甦らせた。

「…いわば…どうしても、手が届かない場合があるってことですね……」

 思い出したのはあの事件の日の事。

 鏡から放たれた光による大災害が起きたあの日、多くの人間やリージェンが死に、生存者の確認や街の清掃に駆り出されていた自衛隊や地元警察が、休憩も無しに汗水垂らして働いていたにも関わらず、惨劇から逃れてしまったバカに「警察なら早くしろ」と、死体を蹴って詰め寄られていたのを多く見た。

 あのバカの言動全てが腹立たしかったことを忘れていた時点で、自分にとって、あの事件はそれ程の物だったのか?

 妹があんな状態になったのを守れなかったくせに、なにが完璧を求めろだ。

 そんな言葉が、僕の頭の中でぐるぐると回った…。

「実はね…。特殊な職に就いた人は完璧を求めすぎてはいけない、という見解もあるの。スプリミナルだけじゃなくて、武装警察に入った人のなかにも、"あと一歩届かなかった自分の手を恨んだ人"がたくさんいて、中には辞めていった人もいる。幸い、うちには辞めた人はいなかったけど、罪悪感で吐いたり塞ぎ混んだりした子は沢山いた」

 今、僕の中で起きている葛藤を知らない叶さんは、そのまま話を続けていた。

 あと一歩届かなかったという思い。

 スプリミナルに入る前から、それは自分の中でもあったわけだし、あの日の警察官や自衛官の人々も、きっとその無念を心の中にずっと深くとどめていたはずだ。

 もしもあの日、僕が警察官の人たちと同じだったら、きっと耐えられなくて逃げ出していただろう。

 自分自身の思想を見つめ直したことで、僕は心の底から、警察や自衛隊等への申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

「とにかく……できるだけ重く見すぎるなと言うことですね…」

「一応そうね。ただ…これだけ言葉を掛けても塞ぎ混んでしまう人はいる。あなたがそうなる可能性も否定できない。だから、この事は片隅においておくだけで良いわ」

「わかりました…」

 彼女は優しくそう言ってくれたが、正直僕は少し怖くなった。

 自分の手が届かないという状況への対峙が。

 自分自身が、そうなってしまうかもしれないという可能性が。

 だからこそ『完璧だと思うな』という言葉を彼女は、スプリミナルの人間全員にかけているのだろう…。

 完璧でなくてもいい。

 できることをやっていこう…。


「……よし、これで粗方の研修は終わり。あなたが本格的に現場に出るのは明日からね」

 彼女は手に持っていたペンを机に置きながら、少しうつつ気味になっていた僕の目を覚ますようにそう言った。

「…そういや、探偵業務の現場って…詳しくはどういうことをするんでしょうか…?」

 僕が聞くと、彼女は指を折って詳細な業務説明をする。

「そうね…依頼が出るまで報告書の作成等の事務仕事。それか、ノーインの出現の際に迅速な対処をするためのパトロール。まぁ、基本的には依頼が来たら、その依頼を全うするのがお仕事ね。そして依頼や武装警察からの指令によっては、バラーディア以外の場所にも出張で行って貰うことがあるから、よろしくね」

「地区を跨ぐこともあるんですか。なかなか大変ですね…」

 パトロールや依頼業務に重ねて、いろんな場所にも飛ばなければならないとなると、やはりなかなかの激務なんだな、スプリミナルの仕事は…。

「まぁ、新人の内は出張はないから大丈夫。あなたはとにかく依頼を全うする事と、人を守ること。それを念頭にがんばってくれたら良いから!」

 新人へ期待を乗せるように、叶さんは僕にそう言った。

 人を守ること。

 警察認可組織としては、当たり前かもしれないけれど、その一言に、僕は少し背中を押された気がした。

「はい!」

 色々大変だけれど、頑張っていこう。

 完璧じゃなくても良い。

 今は覚醒していなくても良い。

 とにかく、誰かの役に立てるように…。


「じゃあ早速、お仕事体験よ!あなたがこれから受け持つ場所へと行きましょう!」

 早速の仕事への命令に、胸の鼓動を鳴らしながら、僕は立ち上がる。

「了解っ!」

 パトロールでも、事務仕事でも、必ずこなしてみせるという意味を込めて、僕は彼女に元気よく返事をした。






  ◆




 地下の駐車場と言うものは、いつも車の排ガスと人間の香りが籠る。

 トランススーツを身に纏い、フードを被って影に隠れてスマートフォンでSNSを眺めている中、疲れきった顔の生物達が、やれやれと肩の荷を下ろし、車を発車させる。

 この会社は17時に定時な上にやけにホワイトなようで、先ほどから車が出ていくばかりだ。

 リージェンが来てからもブラックとホワイトの労働概念は存在してしまうが、2020年代辺りと比べれば、給与やら待遇やらは結構マシにはなったらしい。

 まぁ、完全歩合制で超肉体労働組織の僕からしたら、正直そう言うの関係ないけど。

「遅いな…」

 スマートフォンのホーム画面を見てみると、時刻はもう約束から30分を過ぎている。

 社長というのはやはり大変なようで、来たときには満車だった駐車場の車も、もう数えるくらいしかなくなっていた。

 僕は携帯をポケットにしまい、腕を組んで目を閉じ、そっと壁に背をつけて寄りかかった。

 少々時間は掛かったが、一連の騒動の全てのトリックは解けた。

 何故、娘はいなくなったのか。

 なんの理由があって娘の姿が消えたのか。

 誘拐なのか、行方不明なのか。

 結局、この事件の犯人は誰だったのか…。

「ミズハラさん!」

 その全ての鍵が、たった今業務を終えて、ここに来た彼に握られている。

 少し駆け足できたのか、彼の額には汗をかいていた。

「どうですか…?進展ありましたか…?」

 駐車場の片隅、悲願の目を向ける彼に、僕は調査結果を単刀直入に告げる。


「娘さんの居場所…わかりましたよ…」

 枝分かれした分岐点の中、全ての捜査と推理の末に導き出されたのは、"娘は生きている"という物だった。

「本当ですか!?それは…どこですか!?」

 結果を聞いた彼は、瞳孔をかっ開きながら、僕にしがみつく。

「どこか…ねぇ……」

 全ての真実を知っている僕は、眉間にシワを寄せながら、彼を睨み付ける。

「カネモリさん。あんた…この会社で隠してることあるでしょ…?」

 僕が問うと、汗腺が一気に開いたかのように、彼の額からブワッと汗が流れ出し、僕の袖から手を離す。

「な…なにを言い出すんですか…?そんなの娘と関係が…」

「あってしまったんですよ…。今回の誘拐事件と…」

 動揺している彼の話を遮り、僕はこれまでの経緯を説明し始める。

「まず、あなたは先に"警察に依頼していた"と言ってましたが、それは嘘。武装警察にデータ管理をしている部署があるけど、そこにあなたの来署履歴はなかった。それは…嘘じゃないですよね?」

 僕が問い詰めると、彼は汗の流れ続ける顔をゆっくりと縦に振った。

「ですが…スプリミナルは武装警察の認可組織…警察からの紹介がないといけないと聞いたので、電話から……」

「はい、また嘘。来署履歴と一緒にそう言うこともわかってんだから、今さらそんなこと言わなくてもいいよ。ちゃんと全部言うから」

 言葉を遮られ、真実を向けられたことに戸惑う彼に向け、僕はふんと鼻から息を鳴らしながら、話を続ける。

「スプリミナル自体、秘密組織であっても本社があるし、わざわざワンクッション置いて書類を通さなくてもこちらに来ればすぐに手続きは出来た。ならば何故、君がが「一度警察に来署した」と嘘をついてこちらに来たのか、僕はその理由を探していた…」

 話を他所に、この駐車場に止まっていた最後の車が、僕らの横を走っていく…。

「スプリミナルの情報捜査課に金城コーポレーションの歴史を調べて貰った所、今から約四年前に、金城コーポレーション会長の金城 孔明が、鏡面発光事件の影響ではぐれていた愛犬を探すためにスプリミナルに依頼をしていたようだ。それも…スプリミナル最初のお客様としてね…」

 兼森くんの汗の出方と、微妙な息づかい、そして心臓が波打つ回数と速度の変化で、如何に彼が動揺しているのかがわかる。

 彼の隠している物に近づこうとしている僕は、カードゲームの切り札の如く、二枚の書類を取り出した。

 書類はどちらもデザインが違っており、その内の片方は少し黄ばんでいる上に、情報が記載済みだ。

「それを知った僕は、改めて君から貰った依頼書を見てみた。そしたら、提出された書類がスプリミナルが出来た初期に僕らが作っていた、少し纏まりのない部類の物。文庫本に例えると、初版の物だったことが分かったんだ。きっと、会長が僕らに依頼をした時、余分に貰っていた書類が残っていたんだろう。それを君が使った…ということだろう?」

 全ての車が去って静かになった駐車場の中、彼に提示した書類を見た彼は、また首を縦に振る。

 やはり、彼が警察に行っていなかったのは本当だったわけだ…。

「それとついでに…その会長、数日前に死んでますよね?それって、なんでか知ってますか?」

 排ガス薫るこの空間、真実に煙たがる彼の尻尾はついに露出される。

「それは…変死…では……?」

 もう真実までもう少しって所なのに、まだはぐらかすか…。

「違う。会長は殺されていた」

 その真実を告げて、普通なら血の気を引かせる筈だか、彼から見えるのは『バレた』とでも言いたげな、苦虫を潰した顔だった。 

「警察のデータベースから事件の真相を見つけたのは勿論。 監視カメラを365日24時間ハッキングして、データを集めている部署もあるから、殺害時の証拠もちゃんと見つかった。まぁ、犯人は全身を隠していたらしいから、それが誰だったのかはわからないけど…」

 金城コーポレーションの事件が起きた当時は、とある大手ゲーム会社の倒産騒動やら、芸能人の不倫やらが話題だったから、報道されても、残念ながらあまり目につかれることがなかった。

 そのため、この推理すらもはぐらかされる気がして心配していたのだが、彼から流れた一筋の汗がコンクリートの地面に落ちるのを見れば、もう隠す気はないということが明らかだ。

「警察にも頼れないし、会長が殺されている…。その状況下から考えられる課程が僕の中で一つ…」

 僕が人差し指を立てた瞬間、ついに彼の口が開いた。


「もしかして……私が犯人だなんて……良いませんよね…?」


 その問いに対して答えることはできるが、僕はあえて黙ってみることにした。

「私は…私は!実の娘の行方不明をでっち上げるなんてことしません…っ!それに!会長の訃報は、本当に知らなかったんです!」

 僕の無言の反応を見て、彼は社長の訃報の真実を突きつけられたとき以上の動揺を見せている。

 彼は少々浅はかな人間だ。

 目の前の情報にだけすがってしまい、何もかもが見えなくなっている。

「全ての答えは……こういうことだ…」

 僕は手を天井に向けると、体から水分の球体が滲み出し、それが集まって、巨大な水球へと変化させる…。

「原水圧縮…」

 気泡が水球からプツプツと消え始め、少しずつその液体は強固な物へと変わりだす…。

 原水圧縮は、水分を圧縮させて硬化させることができる、自分の特異能力の一つだ。

「そ……そんな…冤罪だ!私は…私は!そんなこと絶対にしないっ!そんなことをする理由自体がないんだ!」

 僕の上空にある水球を見て、地面に尻餅をつきながら後ずさりする兼森。

 ここまで怯えられるのは心苦しいが、真実を伝え、統制を守るのが自分の仕事だから、仕方がない。

 

シャオム


 僕が腕を振り下ろすと、その水球が連動し、そこへ向けて落ちていく。

「…っ!わぁぁぁぁぁぁあっ!」

 彼の悲鳴が空回りする頃、それはついに目的の場所へと着弾する…。


 ドゴォォオンッ!!

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