3-1『自己否定な僕と社長のS』




 なにか懐かしい匂いがする…。

 原因がわからないから、言葉で現せられないその香りに、僕は昔通っていた学校を思い出しながら、エレベーターを降りた。

 ほとんど口外されていない存在、警察特殊認可特異行使結社スプリミナル

 それの社員が集まるための基地……とは名ばかりで、少し古びているカフェの付いた、昭和を感じる古ビルの外見で、自分の想像とは大きくかけ離れていた。

 部屋の内部も、普通のオフィスのような空間だが、リージェン繁栄時代の技術も使われていて、タッチパネルや外を見渡せるようなエレベーター、そしてまるで四次元かのように、様々な部屋がこのビルのなかにぎっしりとつまっている…。


「わぁ……」

 尚且つ、連れてこられたこの社長室が一番の見所だ。

 昔ながらの木彫の外見と共に映える、絶景と言わざるを得ない町並みが見える大きな窓がとても印象的だった。

「すごいでしょ?ここもリージェンの輸入技術なんだって」

 にっこりと微笑みながら、あおいちゃんは僕にそう言った。

 確かに、こんなにすごい光景は始めてで、まるでこどもの頃に戻ったのようにワクワクしている。

 カメラを持ってくれば良かったと心底思った。

「普通の4階建てくらいのオフィスビルのはずだったのに…こんなに高い位置にあったんだ…」

「いや、本当は4階建てのビルだよ。これはあくまでも映像の一種さ」

 感動している傍ら、郷仲さんが軽くここのからくりを話す。

「この街で凶悪犯罪があった場合、すぐに指令が出せるようにしてあるのさ。長として、これはとても重要だからね」

 なるほど…。

 たまに、漫画やアニメで見る悪役のボスがこんなでっかい窓の前で鎮座してることが多いけど、カッコつけってだけではなくて、一応、利に叶った理由があったのか…。

「すごく考えられてるんですね……」

「まぁ、これの方が僕らも現場に駆けつけやすいしね」

 水原くんは窓に親指を指す。

 その窓の先で、烏が飛んでいったのが見えた。

 こんなにアンティーク溢れる部屋の中だが、この窓以外にも、部屋全体には近未来的な物が隠されているのだろうか…。

「コーヒーどうぞ~」

 そんな事を考えていると、僕の目の前に一杯の珈琲が差し出される。

「あ…どうも……」

 僕はカップに入ったそれを受けとり、会釈する。

 それを持ってきてくれたのは、籠城犯役だった女性だった。

「私は、その事務課の課長を勤めてるサトナカカナエと言います。さっきはごめんね」

 彼女はお盆を抱えながら、先程の事について謝罪を踏まえ、改めて自己紹介をする。

「いえ……大丈夫です…」

 あの演技の印象があるから少し引き気味にはなるが、彼女が本当にあの性格ではないというのはわかっている。

 だから、そんなに怖じ気づくな。と、頭のなかで自分に言い聞かせながら、受け取ったコーヒーを一口茶屋飲んだ。

「あ…美味しい…」

 珈琲独特の苦さのなかに、木の実のようなマイルドな甘味がある。

 自分はブラックは飲めないから、必ずミルクと砂糖はいれるのだが、それをいれなくても良いと思えるほどの甘酸っぱさが、このコーヒーにはあった。

 そりゃあ、これが看板商品として売れる筈だな…。

「ありがと。あおいちゃんが挽いて淹れるともっと美味しいんだけどねぇ~」

 郷仲 叶がそう言うと、あおいちゃんは『それほどでも』と頭を掻いて照れ笑いをしていた。

 例え、初対面があまりよくなくても、中身を見ればちゃんといい人なんだということは分かるんだ。

 コーヒーをまた一口飲みながら、僕はそう思った。


「さて…君の知りたいことは、特異点についてだったね…」

 社長室の中心に置かれた大きな机の上に、いつの間にか座っていた郷仲さんは僕に確認する。

「あ、はい…」

 コーヒー片手に僕が返事をすると、彼はそれを返すように微笑む。

「解説してあげよう。ミズハラくん、少し手伝ってくれるかい?」

「へいへい……」

 郷仲さんは身軽に机からスタッと降りると、水原くんの近くに寄り、彼を標本として、僕に特異点の解説を始めた。

「良いかい?特異点と言うのは、人間の進化の一つだ。人間がアウストラロピテクスから、今の姿に変わっていったのは、わかるだろう?」

 彼は少し不満げな顔をした水原くんの肩を掴む。

「は…はい」

「旧世界歴の2041年、異形生命体ヘトロモーガンが進行し、地球が危機に貧した時、一人の英雄が『見たこともない力』を使って、ヘトロモーガンを異知能生命体リージェン無知能生命体ノーインに分けて、世界に近郊をもたらした…」

「そういう…おとぎ話がありますよね…」

 昔、絵本で何度も読んだことがあるから、そういう紀元があるかもしれないと言うのはとりあえずわかる。

 ただ、年齢が上がろうが、大学に進もうが、それ以降それが本当だと教育されることはなかったから、きっと、それはフィクションだと、多くの人間が思っていた筈だ。

「いや?それは決してお伽噺などではないと私は思っている」

 だが、郷仲さんはそれを真っ向から否定する。

「その証拠が、彼のような特異点だ」

「こういうことね」

 そう言うと、水原くんは手のひらから水の球を出現させ、ふわふわと宙に浮かせる。

 確かに、こんな人間が存在してること自体、旧西暦の人からしたら、それこそお伽噺に近いことだよな…。

「人間は、リージェンからの勢いに負けぬよう、目には見えなくても知能やアイディアは大きく進化していった。だが、リージェンは身体的に人類の上を行っている…。身体能力特性があるからね…」

 確かに、リージェンは姿がそれぞれだからこそ、様々な特性があると昔から聞かされたことがある。

 例えば、僕が前に住んでいた階の隣に住んでいたイルカ型のリージェンは、イルカの特性がそのまま身体に反映されているようなものだから、聴力が人間よりも発達していたし、この前入った安い中華飯店でも、サラマンダー型のリージェンが、口から火を吹いて、炒飯に仕上げをしていた。 

 それ以外にも、エイリアン型はテレパシーであったり、蝶や鳥型は翼を介した飛行能力と、そんな人間には到底真似できない特性があるのだ。

「この世界の数パーセントの人間は、本能的に『へトロモーガンの特性から、身を守らなければならない』と言う物に目覚め、知能だけではなく、英雄と同じ、異形の能力を持つようになってしまった」

「それが、特異点と言うことですか…?」

「そうなのだが…少し違う。人間が進化していく内に手に入れた力は『異能力』と『特異点』のどちらか二つだ」

 郷仲さんの説明に、僕は首をかしげる。

「それの…どこが違うんですか?」

 そもそも、特異点がどんなものなのか、と言うことすらよくはわかっていないし、その上で特異点や異能力と言った異形の力の、なにが違うのかすらもわからない…。

 というか…ほぼ同じにも聞こえるんだが…。

「異能力と言うのは、手から爆破エネルギーを出したり、ゴミを植物に変えたり、虎に変身したりと、普通の人間には出来ないことをするんだ」

「それだと…特異点と同じじゃないんですかね…?」

「確かにそうだね。しかし、特異点と言うものはその能力が更に強化されてしまったもの、つまり『強すぎる異能力』なんだ。例えば、先程言ったゴミを植物に変えると言うものが特異点になったら"あらゆる物が植物になる"となるね」

 彼の手振りでの解説を聞き、僕は学修はするが、自分が特異点になったときを思い出すと、それだけではまだもう少しだけ疑問が残る…。

「後、普通に異能力に目覚める人間は、なんの前触れもなく突然、それに目覚めてそれっきりだ。特に提言できるようなデメリットはない。しかし…」

 すると、郷仲さんは水原くんの着ているパーカーの飾りに手を掛ける。

 なにをする気だろうかと思った次の瞬間、カチャンと音を立てながら、少年のパーカーからエンブレムのアクセサリが外された。

「うっ……ぐっ…!」

 その瞬間、彼は服の心臓部分をつかみ始め、皮膚からは快晴と同じ色の結晶が、少しずつ少しずつ姿を表し始めた。

 それは、僕が特異点となったあの日と同じ…。

「特異点が目覚めた場合、その能力は一気に暴走。その能力の強さを体現するかのように、肌からは結晶のようなものが浮き出すんだ。それは、どんな能力の特異でも同じ。それを私たちは『結晶化』と呼んでいる」

「そ…それは僕も体感したんで、ミズハラくんのそれを!」

 苦しむ水原くんを見て焦る僕だが、郷仲さんは冷静で、彼の近くにそっとエンブレムを近づけると、枝分かれを始めようとしていた結晶の侵食が、ピタリと止まる…。

「この結晶化を止めるには『ルストロニウム』と呼ばれる特殊な物質で作られた物に触れるのが絶対条件だ」

 そう解説をしつつ、郷仲さんは水原くんのパーカーにパーカー飾りを再度装着すると、皮膚に侵食していた結晶は消え、元の少年らしい白い肌へと戻った。

「ッハァ!あー…しんど……」

 水原くんは少し息を荒げながらも、結晶からの侵略を防ぎ、人間の体を保つ。

 見るだけで昨日の事を思い出して、僕の全身に心霊現象の時のようなひんやり感が走る…。

「結晶化を止められなかった場合、ほとんどの人間は身体を結晶の中に包まれた後、臓器まで全て人間ではないものに変わってしまい、死んでしまう…と、考えられている…」

 彼の告げた最後の動詞に、僕は首をかしげる。

「そこは…推測なんですか…?」

 スプリミナルは異形生命体ヘトロモーガンや特異点等が絡んだ特殊事件の専門家というイメージがついていたから、そういうものは全て明確に分かっているものなのだと思っていた…。

「一応ね…。というのも、しっかりとしたデータは警視庁側が管理していて、私たちのような認可組織でも秘密だからね…」

「へ…へぇ…」

 言ってしまえば、自分達も知りたいけれど、あくまで探偵組織だからそう言うところは、警察機密情報として見せてもらえない…ということなのかもしれないな…。

「だが、特異点は強力が故に発症する人間はあまり多くはない。逆に多いのは異能力の方だ」

 郷仲さんはそう言うと、水原くんから離れ、椅子側へ移動したかと思うと、机に備え付けられた引き出しの中から、一枚の紙を取り出す。

「異能力はデメリットが少ないが故、人の性格すらも変えてしまう可能性が考えられている。その例の一つが『人間至上主義団体』だ…」

 彼が僕に見せたその紙には、白色を下地に所々血のような赤黒い色で彩色され、まるで人間の目を模しているような独特なマークが闇のような真っ黒い線で描かれていた。

 どこか恐怖心がそそられるこの画像には見覚えがある。

「人間至上主義については知ってます。たまにネットニュースとかでデモがあったって言うのをみたことが……」

 たまに、インターネットの記事に添付されている、政府へのデモの画像の中にプラカードを持っている物が多くいるのだが、その人混みの中で、小さくその国旗のようなマークが描かれているのを、何度か見たことがある。

 それに、この人間至上主義団体の活動は、インターネット上の草の根運動を見たことがあって、SNSではリージェンへの人種差別的な発言を促していたり、如何に人間がすごいのか、如何にリージェンが愚かなのか等と言った投稿や、デモの様子を撮影して動画投稿サイト載せる、等といった物が多い。

 まぁ、それが結果的に何の意味を為すのかはわからないけれど…。

「しかし…私たちの追う人間至上主義団体は、君の想像できるような生ぬるいものじゃない…」

 彼がそれを話し始める時、目の奥からは、どこか熱く燃える怒りのような物を感じた…。

「人間至上主義団体、私たちは"ヴィーガレンツ"と呼んでいるが、彼らは異能力を行使して影で多くのリージェンを虐殺している…。それは罪のあるものでも、ないものでも…関係は無しだ…」

 顔と感情から笑みを外した彼が人間至上主義団体ヴィーガレンツについて話している時の音程は、先程の好意的な物よりもさらに下。

 それほどに、彼にはヴィーガレンツへ憎しみがあるのかもしれない…。

「その異能力を使う人達が…そんなおぞましい悪意をもって…。それに、人間を至上するために関係ない命まで奪うとは……」

 口頭の解説であっても、ヴィーガレンツという存在の隠れた恐怖に、僕は一時の不安を感じた。

 ただのインターネットの草の根運動に、そんな本性が隠れているとは思ってもいなかった…。

 すると、郷仲さんは自分がヒートアップしていたのを気づいたのか、ふぅとため息をついて、また感情の見えない笑みを浮かべた。

「もちろん、異能力者が全員悪なのかと言われると、決してそうではない。今日、人質役になってくれた事務員のユウカくんは、異能力者だが、私たちの味方だよ」

 そういや、あの女の子、爆発は自分の能力が引き起こしたと先程言ってたな……。

 あれが異能力か…。

「悪い行為に走ってしまうという症例が多いだけ…という感じですかね?」

「まぁ、そう言うことだね」

 よくわかっているねと言いたげに、彼の口角が少し緩み、その目に写っていた怒りの感情は、また冷ややかな感情と奥に通ずる暖かさで、かき消されていた。

「そして、私たち特異点が行う事は『人間と異形生命体との統制を図る』と言うものだ」

 彼が大きく手を広げる後ろにあるのは、大きな水色の球体を中心として、その球を囲う円、そこから左右対称に様々な方向へと伸びる白線と白い球が描かれているマークのようなものが、社長室の中の額縁が飾られていた。

 これが彼らスプリミナルのシンボル…。

「統制…言わば、世界平和ですかね…?」

「まぁ、少し似てはいるね。リージェンからも、人間からも、頼まれた依頼をこなすと言うのが、まずは根本の活動。その上で大きな目的というものは『人間とリージェンの自由を守るため、ミラーマフィアとヴィーガレンツの駆逐』と言うものでもある…」

 郷仲さんがそう伝えた瞬間、その場にいた彼以外の三人のスプリミナルメンバーの眼光が鋭くなったように見えた。

「互いの至上主義をある程度消さなければ、この世界の統制を達成することは出来ない…。だからこそ、私たちは武装警察と連携して、ミラーマフィアとヴィーガレンツ、特異点を行使してでも、彼らを止める。それこそが、スプリミナルの目標ということだ……」

 互いの至上主義の撲滅…。

「なんとなく…わかったようなわからないような……」

 あまり推理機能には優れていない自分が理解するには、まだ少し時間がかかる…。

 けれど、行きすぎた正義や思想を押さえないと行けないのはなんとなくだけどわかる。

 暴走した正義がテロや戦争に発展することなんて、2000年代よりも前からわかってたんだから…。

「まぁ、詳しいことはおいおいわかっていけば良いさ。簡単に言えば、綺麗事をするお仕事ってだけだからね」

「はぁ……」

 少しはぐらかされた気もするが、とにかく、スプリミナルはこの世界の統制を守るために、リージェン至上主義ミラーマフィア人間至上主義ヴィーガレンツの働きを止めようとしているのだけはわかった。

 彼らが法に触れるような悪いことをしていると言うわけではないことはわかったし、さらに深いところは、ここから追々……。

「…ん?おいおい?って…?」

 その単語の違和感を感じ、僕は首をかしげた。

「そうだねぇ…単刀直入に言えば…」

 すると、郷仲さんはコーヒーを一口含もうとする僕に向けて、その言葉を告げる。


「ユウキ テツヤくん。君、スプリミナルに入らないかい?」


「ブフッ!」

 一応うっすら予想はしていても、本当にその通りの勧誘をされたら、含んでいたコーヒーを吹き出すほど驚いてしまう物みたいだ。

「ぼ…僕がですか!?そんな、僕はなんも出来ない元詐欺師ですよ!?」

 その上、お人好しで役立たずというのもこの台詞に追加したいほどだ。

 後ろの二人が特異点としてどれだけ有能かと言うのはあの盛大なドッキリを経てわかったし、叶さんの演技力だとか、郷仲さんの地位を見ても、スプリミナルのスペックの高さは甚大だ。

「それに…僕が詐欺師の間でも、一番役にたたないってこととか…知りませんよね…?」

 この人たちと比べてしまえば、僕の存在なんて無能極まりない…。

「え、詐欺師だったの!?」

「アオイは黙ってて」

 今さら知ったあおいちちゃんとそれを黙らせる水原くんに、僕は少し脱力し、それに間髪いれず郷仲さんは口を開く。

「そうだねぇ…。まぁでも、君のことは昨日の任務でちょっと調べさせてはもらったんだよ…。株式会社ラーアで働く下っぱの詐欺師。各務グラフィックス専門学校芸術写真コース中退。ピンク系統の上着と跳ねた天然の茶髪が特徴で、何度もバイトをするも、何度も失敗。たどり着いた先で詐欺師となってしまい、ラーアの故き社長であるハヤメにスカウトされる。好物はカツ丼と甘い物で、苦手なものは辛すぎる物。趣味は写真撮影で特技は家事、そして……」

「ちょっと待ってくださいなんでそんなに知ってるんですか」

「「「「そりゃあ、スプリミナルですから」」」」

 メンバー四人で声を揃えられても…。

 探偵組織だからここまで調べあげたと考えれば、わからなくはないけれど、ここまでしっかり調べあげられると、やはり怖いものだ…。 

「その上、君の特異点は異能保持者でさえも羨むスーパーレアケースだ。『あらゆる攻撃を無効化する』という物なのだから…」

「そ…そりゃあ…能力自体はすごい物だとは思いますけど…。でも、僕はそんなすごい人間じゃないんです!弱いし、臆病だし、なんか攻撃される度に違和感するの気持ち悪いし…皆さんの足を引っ張るのは目に見えてますから!」

 ほんの少し自画自賛を含んでいるような気もするが、自分だけが攻撃を無効化したところで、誰かを攻撃できるような物ではない。

 水原くんやあおいちゃんのように水や重力を操れたりするような、そんなスーパーヒーローが使えるような、すごいものでもないし…。

「とにかく……僕は…無理だと思います…」

 ひたすらに自分を卑下する姿を見て、郷仲さんは小さくため息をついた。

「そうか…しかし……私はそうとは思えないがね…。なぜなら……」


 ガチャン!


 彼が言葉を続けようとしたその時、社長室の中にある、僕らが出入りしていなかったもう1つの扉が開いた。

「パパ…ママ…?」

 扉を開けたのは、キャラクター物のTシャツを着た小さな女の子だった。

 短い髪を揺らしながら、寝ぼけ眼を擦っている。

「おっと、起きたかい?イチカ」

 郷仲さんは彼女を見てニコリと微笑むと、女の子は今だ覚めない眠気に目を細めつつ、叶さんの方へと歩み寄った。

「さっき、すごいゆめみたよ…。プルキュアがいっぱいでてきたの…」

 寝ぼけた声で女の子は微笑みつつ、カナエさんと郷仲さんに話す。

「良かったわねぇ~。プルフローズンには会えた?」

「あえたぁ~。かわいかったぁ…!」

「それは良かったねぇ~」

「パパ、またいっしょにプルキュアごっこしてねぇ…」

「うんうん。よろこんで」

 楽しげに女児向け魔法少女アニメを話している三人…。

「あ…あの……」

 微笑ましい平和を感じる光景に水を差すのは申し訳ないが、少し彼らの空間に割って聞く。

「なんだい?」

「えっと…サトナカさんって…子持ち…ですか?」

 もしやと思って聞いてみると、彼は子供の頭をそっと撫でながら、答える。

「子持ちというか…」

「「私たち、夫婦ですので」」

 二人で仲良く声を揃えると共に、二人の間に挟まれている娘さんは、ニコリと微笑みながら小さなピースサインを作って僕に向けた。

「え…えぇ…」

 その答えを聞いた僕は少し引きぎみだった。

 確かに、凍治叶イチカと名のつけられた女の子の顔のパーツを観察してみると、なんとなく二人と共通しているものがある。

 柔らかそうな目は叶さんに似ているし、どことなく静けさのある雰囲気は郷仲さんに似ていて、どちらかというと父親要素の方が強い…。

 しかし…これは良いのだろうか…?

「今、年の差婚って思ったかい?」

「いや、そっちじゃなくて!あの…スプリミナルなのに…家族いても良いのかなってふと……」

 家族がいると、足枷になる。

 そんな小説の悪役の台詞じみたことを思っているが、それは現実的にも同じだと思ってる。

 詐欺師をしていた頃、いつ警察や裏社会のやばい奴らが、病院に押し入ってきて、妹を人質にとるかと思うと少しビクビクしていて、一時には、一筆かいた書類か拳銃辺りを持ち歩いておこうかと考えてしまうほどだった。

 あくまでも、病院と言う囲いがあったから大丈夫だったのだろうが…そう言う、悪しき目が少なそうな場所だからこそ、医者や患者を装って妹を殺されたらなんて思ってしまうから…やはり少々怖い…。

 ここはそれ以上に危険なのではないかと感じているから、尚更だ。

 そう思っていると、途端に彼は僕の思想を鼻で笑う。

「そんな固定概念はここにはないさ」

 すると郷仲さんは、今度は水原くんとあおいちゃんの近くに寄る。

「この本拠地は地域の密着度が高いから何かあったらすぐに分かるし、武装警察の目もこちらに行き届いている。それに、ここはどんな人でも加入OKさ。詐欺師だろうが、子持ちだろうが、孤児だろうが…どうだい?君も…」

 彼の言葉と共に、そこにいる人間全員の視線が僕に向けられた。

 それはまさに、"対人的な危険を犯すリスクがあっても、ここにいる"か"逮捕との危険を背負いつつも、妹にとってはまだ安全な方"か、という選択を今まさに僕に迫っているよう。

「僕は……その…」

 少し冷静に考えてみると、常連さんがこんな臨場感溢れることをしてくれるのだから、確かに彼の言うとおりなのかもしれない。

 それに、彼らは特異点のスペシャリストのような物なのだから、きっとここにいれば、自分の特異点との向き合い方も分かる気もするし、強い人たちがいるからこそ、リスクすらも緩和される可能性もなくはない。

 自分にとってのメリットが、あるといえばある。

 どちらの道を選んだとしても、壊れそうな橋がかかっているくらいで、崖っぷちというわけでは決してないだろう。

 だが…。


「……考えときます…」

 自分には、まだここに入ってもうまくやっていけるという自信がない。

 こんな自分がいきなり武道派の探偵だなんて無理な話だと思うし、詐欺師の時と同じく逆恨みで殺されたくない。

 それに、先程も言ったけれど、自分は役に立てるような人材じゃないというのが一番の理由だ。

 ここに入っても本当に大丈夫なのか…もう少しだけ考えてみたいのだ…。

「エェー…入って欲しいのになぁ…」

「仕方ないよ。ユウキくんにも事情はあるんだろうし。こんなもん、城跡に数分で決めろってのが無理なんだよ」

 肩を落としてまで、最後まで期待してくれていたあおいちゃんには申し訳ないと思う反面、水原くんは特に引き留めもしない程、ドライだ。

 けれど、事情を悟ってくれているのはありがたいし、それくらいの期待度のほうが、まだ気が楽で良いと思える。

 けれど、誰の本心も自分には見えることはないから、ここにいる全員が、僕に対してどう思っているのかを想像すると、恐怖すら考えそうになる…。

「……あ、事情で思い出した。僕、ちょっとこれから行くところあるので、今日はこれで…」

 一度、この少し息苦しい空間から抜け出したいと思い、僕は所用を思い出したことを理由に、そそくさと扉へ向かった。

「あぁ…。前向きに考えてくれると嬉しいよ。ユウキくん」

 空虚な笑みを浮かべる郷仲さん。

 その後ろでは、彼の娘が僕に向けて小さく手を降っており、後の社員も僕を見つめているだけだ。

 彼らに僕を追う様子はなかったことが、何故か少しホッとした。

「はい…それでは……」

 頭を下げながら、別れの言葉だけを告げて、僕はその部屋から出た。

 少し冷たいタイル張りの廊下、僕は壁に身を寄せて歩きながら、先程の問いについて考えていた。

 自分はこれからどうすれば良いのか。

 というのを、この地域に来てからずっと考えていたが、ここに来てから、その迷走の思いが、さらにさらに深くなっていった気がする。

 道が二つに狭まっているように見えても、重要なのは選んでからどこへ向かえば良いのか…。

 元ド下手詐欺師の僕にとっては、詐欺師を詐欺にかけてやることよりも難しい問題なのかもしれない…。




To be continue…

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