1-4『詐欺師Yと少年K』


 銃声と共に僕は死んだ…。

 今までの人生を振り替えれば、こんなヤニ臭い路地で死ぬのは、僕の人生にとってぴったりすぎるのかもしれない。

 ここまで人を騙してきたこんな僕に、光なんて射すはずがないんだ。

 そんなことわかっているのに…死ぬのが辛いというのを…こんなにも強く感じることはできるんだな……。


「うわぁぁぁぁあっ!!」


 死想に浸っていた刹那、耳の中に差し込んできた断末魔に驚き、僕の開くはずの無い目は、無意識に開いていた…。

「……へ?」

 そこには、今まで見たこともない程の大きなクリスタルが鋭く突出し、社長の心臓部分を中心に、彼の身体を大きく貫いていた。

 路地の上空から漏れた光が照らすマゼンタ色の結晶…。

 血がじわじわと滲み出し、動かなくなってしまった社長。

 その心臓を貫く結晶の出本をゆっくりと目で追っていくと、その美しくも残酷なクリスタルは、先ほど確かに撃たれたはずの僕の胸から輝き、大きく強く生え出していたのだ…。


「な…なんだ…これ……」


 目に飛び込んできたのは、フィクションで見るような死者のための地獄ではなく、現世と言う名の生者の地獄だったのだ。

 僕の身体の所々からグラデーション鮮やかに滲み出してくるように、マゼンタの結晶が肥大していきながら突出している。

 感覚的には、痛くも痒くもない。

 それよりも先に感じていたのは、目の前でさっきまで生きていたはずの人間が、僕から出た結晶によって死んだ罪悪感。


 言い換えてしまえば、"僕が殺した"という罪悪感だ…。


「…っ!撃て!撃てぇ!!」

 突然のことに焦る唐橋さんが、唖然とする彼らに指示を出すと同時に、一気に目を変えた元仲間たちは、目を閉じる暇もない僕に向けて再度弾丸を連射する。

 だが、放たれた全ての弾丸は、僕の身体を傷つくことはできず、まるで僕自身が居ないとすらも思えるかのようにすり抜け、『当たった』という衝撃だけが僕の身体を走り、異常な不快感を覚えた。

「き…効かない……」

 僕ですらも何がなんなのかわからない中で、その異形の力を目にした元仲間達は怯え、弾の切れた銃を握りながら、じりじりと後退していく…。

「なんだよ……なんだよこれ…」

 未だにメキメキと育っていくマゼンタの結晶と身体に巡るむず痒さが苦しい。

 痛くないというのが、これ程に怖いものなのか…。

「ね…ねぇ……皆さ…」


 ドスッ!


 それは僕が一人の仲間に手を伸ばそうとした刹那、腕から生えていた一つの結晶が、急に孫悟空の如意棒の如く延び出し、彼の心臓をぐさりと貫いた。

「ガ…カガ…ガフッ!」

 バール大の太さに肥大した結晶が心臓を貫いた衝撃と、それを見てしまったショックによって、体内から血液が逆流、吐血し、その直後に彼の体から熱が失われた。

「う…っ!うわぁぁぁぁぁぁあっ!」

 絶命した人間を見て、僕の身体と言う危険を察知した彼らは、思わず怯えて逃げ出し始める。

「助け…助けてよ…誰かっ!」

 なにもわからないこの状況で助けを乞う僕。

 それを裏切るように、僕の体から生える結晶は枝のように分離し始めに、次々に延びていく。


 ドスッ!ドッ!ドスンッ!


 延び出した結晶は、逃げ惑う人々の身体を次々に貫いていく。

 それは足や腕には収まらず、肺や腹、酷い者は脳天までも貫かれ、死体がごろごろと地面に転がっていった…。

 最早、自分の意思では操作が出来ない恐怖心が僕の中枢神経を包み込む一方、体から生えている結晶はどんどん成長していき、僕の全身を少しずつ包み始めているように見える…。

「ひ…ひぃ…っ!」

 死体が転がり、結晶の枝が広がっていく中で、なんとか逃げ回っていた濱野さんだけが一人、地に足をつけて立っていた…。

「ハ…ハマノさん……僕は……僕は…っ!」

 一番親睦が深いと感じている彼に向けて、最早立つことも儘ならなくなっている僕は、四つん這いで彼に近づきながら、必死に助けを求める。

「く…来るな……来るなぁ!」

 怯える彼は大量の汗と涙をダラダラと流す。


 ザスッ!!

 

 だが、彼は僕に手を差し伸べようとする筈もなく、後ろを向きながら逃げようとしていた瞬間、その肩を結晶に突き刺されてしまった…。

「ぐ…がぁぁぁあっ!」

「っ!ごめんなさい……っ!…ごめんなさいぃっ!」

 肩から吹き出す血液を止めようとする彼に、汗腺から焦りと罪悪感を吹き出す僕はひたすらに謝るが、そんなもので許されるわけがない…。

 自分から発されるその病的な驚異によって、僕の心がギリギリと締め付けられてい中、彼が僕に向けた視線は軽蔑や怒りと呼ぶにはあまりにも冷たすぎた…。


「この……この……化け物がぁぁあっ!」


 彼が発したその言葉を聞き、心臓に自らに生える結晶が、グサリと突き刺さったような感覚がし、直後に大粒の涙がまた一粒流れた…。

「バケ…モノ……」

 言葉はいつも、誰かを傷つける。

 彼から受けとってしまったその言葉に、僕はもう普通という物ではなくなった。

 もう純人類ではない。

 僕は、汚ならしい怪物だ…。

「僕…は……」


 ギジャァァァァァァアッ!!


「……っ!」

 流れた涙が震えるほどに、大きな鳴き声が響くと共に、天空から飛来したのは、どぶ色の巨大なコブラの頭に、白虎のような体、そして大鷲の翼が生えた異形な生命体…。

 無知能生命体ノーインだ…。

「な……なん……」

 その怪獣が飛来した直後、目の前の彼が死んだのは一瞬だった。

 なんだこいつは、と言いかけたであろう濱野の体は、突然現れたキメラ型のノーインによって、たった一口ごくりと飲み込まれてしまったのだ。

 今までみたことの無かったノーインの恐怖に、僕は頭の先から氷水をぶちまけられたかのように、全身をめぐる血の気がサーッと引いた…。

 鏡の中にある世界を住み処として、ヘトロモーガン:ノーインが生息しているのは、母からいつも読み聞かせてもらっていた絵本から、昨日見た死亡事故を取り上げたニュースまで、常人並み位には脳に刷り込まれてきた。

 そのはずだったのだが、こんな体験を一度も実感した事がなかった僕は、今こちらにギョロリと目を向けているそのキメラに、この世の終わりかの如く、強く強く恐怖を感じている。

 だと言うのに、身体から生えるこのマゼンタの結晶は、恐れ等知らず、まだ煌めきを放って今もまだグングンと延び続けている…。

 人一人を飲み込んだキメラノーインは、僕から目を向けながらも、転がっている死体にかぶり付き、ギュルギュルとうなり声をあげている。

 僕はと言えば、さっきまで仲間だった人間を殺したという罪悪感と、その死骸を食い続けるノーインへの恐怖が、未だグルグルと全身を巡っている…。

 空っぽな空の下、泥臭い路地の中で、得体の知れないものを生やしながらガタガタと震える自分が一層に惨めに思える…。

「こ…して……」

 こんなに惨めな僕に、生きる価値などあるのだろうか。

 そう感じ始めた頃に頭に浮かんだ言葉を、僕は無意識に吐き出していた…。

「殺して…くれ……」

 もういっそ、死んだ方がましだ。

 裏切られたとて、無意識に殺してしまった命には償いをせねばならない。

「誰か……もう…僕は……」

 僕が生きても、このまま妹に会わせる顔もない…。

 得体の知れない結晶と共に、得体の知れない能力まで得て、人間数名を殺してしまったのだから…。


「違う…」


 ふと、パニックで忘れていた…。

 この結晶が生えてから、僕の体は、何故か『あらゆる攻撃を透かし通してしまう体』になってしまっているのだ。

 だから、例え噛みつかれようが、飲まれようが、衝撃が入るだけ…。

「死なない…いや、違う……死ねないのか……死にたくないのか……!?ちがうんだ…違うんだ……っ!」

 状況を冷静に考えてしまったからこそ、流れ込んできたこの混沌に飲まれてしまい、僕は言わば、一種のパニック状態に陥っていた。

 自分は死にたくないんだ。

 死にたいなんて初めから思っていない。

 人を殺しておいて、犯罪を犯しておいてなんだその態度は?

 どうせお前はいつまでもそうなんだよ。 

 ちがう…違う…違うんだ…。


ギジャァアッッ!!


 怪獣の咆哮音が路地のなかで乱反射する…。

「もう…だめか……」

 もうどうでも良いかなんて、思っていたいのに、本能は未だに助けを乞うている…。

「誰か…助けて……」

 この苦しみからの解放を願うと、唾を撒き散らしながら大きく開いたその口が僕に向けられた。

 これで…もう本当に終わりか……。

 永遠にこの腹のなかに住まわねばならないことを決意し、僕はそっと目を瞑った…。


 ごめんな、アヤ。

 約束…守れなかった…。




 ドガァァァァアンッ!


 事実上の死を覚悟したその時、突然大量の液体が大きな鉛や鉄塊に打ち付けられるような音が鳴り響いた。

 唐突な轟音に心臓がビクリと跳ね、何が起こったのか確認するため、僕は恐る恐る目を開いた。

「……っ!?」

 その景色を見た僕は驚愕した。

 目の前に広がったのは、大量の水の球体がキメラノーインの頭に降り、その頑丈そうな頭を凹ませていた光景。

 そして、その頭の上に凛と起立するは、キラリと光る禍々しい形の双剣を持ち、黒地に水色のラインが光るパーカーとジャージを着込んだ、一人の少年…。

 弾けた水の玉から出た雫が、僕の頬に着地する頃、少年は上空を見ながら、被っていたフードをあげた。

 パッチリ開き、ツンとつった目、果実のように丸い顔と透けるような白い肌、額が大きく露出して、不器用に切られた前髪…。

 こんな非常時の中、キメラを打ちのめしてニヒルに笑う彼の姿に、水を被る僕は被写体的な考えで、『美しい』と感じた。

「うっし…。……おっ?」

 彼は僕の存在に気づくと、気絶しているキメラの頭の上から軽々と飛び降りると、剣を二本とも片手に持って肩に乗せながら、僕に近づいてくる…。

「だーいじょうぶー?詐欺師くん」

 頬についた水を拭いながら、彼は僕に向けて安否を聞く。

「なんで…僕のこと……」

「事前情報で君のことは知ってたんだよねぇ…特殊な仕事してるもんだから……」

「ど…どういうこと……?」

 特殊な仕事と事前情報と言う言葉に首をかしげる僕を無視し、彼は話を続ける。

「まぁ、でも…こんなに早く結晶化してるとは思わなかった……こんな大変な状況で、君も特異点になっちゃったなんてねぇ……」

「とくい……てん?どういうこと…ですか……?」

 今まで聞いたことのないその単語と、この延び続ける結晶になにか関係があるのだろうか…?


グルルル…


 そんなことを考える暇もなく、気絶していたキメラノーインが目を覚まし、怒りのまま僕らを睨み付ける。

「めんどくさ…。とりあえず、それはあとで言うから、ほれ」

 すると、彼は起きるキメラに向けてため息を吐きながら、パーカーの中から、小さな水晶のキーホルダーが投げられた。

 すると、足元に落ちたそれを忌み嫌うかのように、僕の体で育つ結晶の侵食がピタリと止まった。

「助かりたいなら拾って。まだ、結晶化が全体に出ていない。掴むだけで、その結晶が消えるから、多分助かるよ」

 彼は剣をまた両手に取り、刃先を地面に向けながら、キメラを睨む。

「……僕は…」

 だが…僕はそのキーホルダーに手を伸ばすことはできない…。

 というより、伸ばしてはいけないような気がしてならない…。

「助かってはいけない……僕が…殺したようなものなんだ…僕が……」

 数分前から取り憑き始めたその背後霊達は、少しずつ元の形を取り戻そうとしながらも、殺した僕を呪い始める…。

 一生この罪悪感を背負うことになると考えれば考えるほど、僕という人間に生存価値がない気がする。

 もしも、結晶化なんてことにならなかったら、被害は僕だけでよかったはずなのに…。


「殺す……?」

 彼は僕の言葉に首をかしげながら辺りを見回すと、少しずつ朽ちていく数々の死体と、キメラによって踏み潰され、地面にへばり付いている亡骸を見つける。

「……あぁ、そう言うことね…」

 その情報だけでなんとなく悟ったように頷きながら、彼はしゃがみこんで、僕の肩に手を置く。

「僕は専門外だけど、スプリミナルは能力者の心理ケアも承っている。だから、一個言っておくよ」

 彼の言葉に顔を上げると、その少年は手から、パチンコ玉位の水の球体を出現させる。


「特異点は治すことのできない病だ。だから、君が意図的に彼らを殺したとは断定できない」

 

 彼はそう伝うと、デコピンをするように、その水を僕の額にピシャリとぶつけた。

 痛みのない、その冷たい水を当てられたことで、ヒートアップしていた思考が少し覚めたような気がした。

「…僕は……殺して…ない?」

 弱々しくその言葉を返すと、彼は立ち上がり、僕にまた虚無的な微笑みを向ける。

「君が信じたかったらそれで良いと思うよ」

 ビル外の隙間から差し込んだ光が、言葉と共に少年を照らす…。

「殺してない……そう…そっか……」

 言葉というのは、時に無責任だ。

 たった一つの言葉で、人を傷つけることも、人を治すこともできる。

 それが『死ね』であろうが『生きろ』であろうが。

 今放たれた『殺していない』という言葉でさえも…。

 

「殺したのは…僕じゃない……僕じゃないんだ……」


 こんな犯罪者に、一時の安寧と、希望を与えてしまうのだから…。

 僕はやっていない。

 悪いのはこの力だ。

 大丈夫。

 こんな犯罪人を肯定する言葉が、頭のなかで湧水のように生まれ続けていた…。


「……まぁ、安心できるなら今はこれで良いか…」

 僕の姿を見た少年は苦笑いで溜め息を吐くと、先程まで息を潜めていたキメラノーインが、ついに痺れを切らし、少年に向けて爪を立てて振るった。

「うぉっとぉっ!!」

 それに気づき、少年が避けると、地面にボゴンと音をたてながら、穴を開けた。

「ちょっ…タイミング早すぎだろ…っ!」

 焦る少年に間髪いれず、キメラはそのまま大口を開けて、彼を飲み込もうとする。

「くっ!」

 すると、少年は全身を水に変換させ、口が閉じたタイミングで、水の体を移動させ、キメラの頭の上に乗っかった。

「わわっ!」

 すると、キメラはグルルと唸り声を上げながら、ブンブンと頭を振るい始めた。

「くっ…!このっ!」

 動くキメラに翻弄されながら、彼がその怪獣の頭にしがみつく。

「…っ!君!」

 ハッと気づいた僕は、咄嗟に目の前に落ちているその透明な水晶のアクセサリーを拾って立ち上がる。

「うっ…あぁ……」

 すると、拾い上げたそのアクセサリーが柔く白く光り出すと共に、僕の体から生え出していた結晶が、体内の中へ戻るように縮こまっていき、ついには皮膚上から綺麗に消え去った。

「すごい…こんなちっちゃい物が…」

「それ握って、肉体換装トランスって言ってみて!それで完全に治ると思うから!」

 感動している刹那、少年は僕にそう指示をしながら、双剣をキメラの頭に突き刺す。

 すると、その怪獣は痛みに反応するように、さらに頭を振る勢いを増した。

「え…えっ?」

「早くっ!」

「ト…トラン…ス?」


 キィン…


 戸惑いながらも、言われた通りにその言葉を呟くと、柔く光っていたその光は、甲高い音を鳴らしながら、急に強く発光しだす。

「うわっ!」

 すると、光はマゼンタに変わって僕の全身を包み、次の瞬間には、僕が着ていたその服から、少年の物とは少し違う形でマゼンタ色のラインの入った白いパーカーとジャージのズボンに姿を変えた。

「な…なにこれ…?」

 今まで見たこともないデザインのその服と、実感もなく突然、着替えさせられた事に、僕は驚いた。

 その上、何故か疲れきって重くなっていたこの身体も、まるで風船になったかのように軽く感じる…。

 まるで別人の身体になったみたいだ…。

「とりあえず…説明は後っ!!」

 捕まっていた少年は一本の剣を抜き取ると、怪獣の頭を踏み台にして飛び上がる。

激流シュトロームっ!!」

 すると、少年は背からジェットのように大量の水を噴出して勢いをつけながら、手に持つ剣の柄頭を、突き刺さっている剣の柄頭に向けて打ち付けると、その剣がキメラの顎を貫き、血のついた剣が地面に突き刺さった。

「す…すご…」

 まさにその戦い様は、手慣れた狩猟手のようだ…。


 ギャァァァァァァアッ!


 痛みを与えられた少年に向けて怒るキメラは、穴の空いたアゴからヒュウヒュウと音を鳴らしながら咆哮、そして翼を大きく広げて飛びながら、爪で彼を襲う。

「うわっ!くっ!」

 少年はその攻撃を避けながら、背から出していた水を足からの出水に変更し、そのままキメラに水を浴びせながら距離を取った。

「詐欺師くん!アーツ出して!」

 未知の能力を駆使したアクションに圧巻している僕に、少年は声をかける。

「ア…アーツ?」

「アンフォールド!」

「アン…フォールド?」

 これまた始めて聞く単語を、僕が復唱すると、手に握っていたキーホルダーが、光りながらその形を変えていく。

「うわっ!」

 次の瞬間には、そのキーホルダーは、まるで警察が使うような一丁の白い拳銃に変化した。

「予備用の汎用型だから拳銃だけど…っ!とりあえず、それでこのデカいの撃ちまくって!」

 少年は足を捻らせてキメラに当てていた水の向きを変えて、地面に向けて飛ぶ。 

「は…はいっ!」

 それを追うようにキメラが、首を伸ばしながら、少年を追うところで、僕がその拳銃の引き金を引くと、銃口から白い弾丸が発射され、それがキメラの胴体に着弾し、怪獣のバランスを崩す。

「当たった…当たった!」

 バランスが崩れ、キメラが地面に落ちたのを見て、拳銃を放ったことすらない僕は拳を上げて喜ぶ。

「一発で喜ぶなバカッ!そんなので死なないんだから!」

 だが、地面に突き刺さっていた剣を抜き取って飛ぶ少年に、僕は怒られてしまった。

 始めてのことに喜んでいた間、キメラは体を起こしてまた翼を広げる。

「ッチ……。屋上にプール…ならっ!」

 すると、飛んでいた彼はビルの頂上へ行くと共に、その影に隠れて見えなくなってしまった。

 それをしめしめと、キメラが追いかけるように飛ぶ。

「あっ!この!」

 僕は何度も引き金を引くが、キメラに着弾するのはせいぜい1/5弾。

 獲物を諦めるには少なすぎる弾数だ。

「く…っ!」

「原水圧縮!機関銃ハルトヴァッサー!」

 キメラを止めるにはどうするべきかを考えようとした瞬間、突然無数の水の弾丸がキメラを襲う。


 ギジャァァァァァァアッ!


 幾もの弾丸によって翼を撃ち抜かれたキメラノーインは、一気に地面へと落下した。

「な…上でなにが…!?」

 すると、キメラノーインを追うように、屋上から地面へ、軽々と着地した少年。

 彼の肌は、先程見た物よりも潤いが増しており、まるで水浴びから上がった赤子のように艶々だった。

「水の充電完了…っ!はぁぁぁぁあっ!」

 すると、彼の体内から無数の水の弾丸が出現し、マシンガンのようにキメラへと発射される。

 だが、そのキメラの背後には僕も居て、体を貫通した流れ弾が、こちらに襲いかかってきた。

「うわぁっ!」

「やべっ!」

 突然の飛弾に驚き、思わず防御をしようと、顔の近くに腕を出しながら、目を閉じる。


 シュン…シュン…


「うっ……って…あれ?」

 だが、僕の身体は、着弾しようとした刹那にまるでホログラムかのように透過し、水の弾丸の攻撃を貫通させて受け流す。

 流された弾丸は壁に着弾し、穴を空けた。

 勿論だが、身体は傷一つついてない。

「……まじか…攻撃を一切通さないのか…!?」

 少年は僕の体に起きている異常に驚きつつ、血を噴き出しながら、襲いかかってこようとするキメラを避ける。

「詐欺師くん!それが君が新たに手に入れた能力だ!詳しくはどんな感じかはよく分かんないけど、とにかく『攻撃を無効化する』と言うことだけはわかる!それを有効的に活用するんだ!」

 彼の即席分析を聞き、僕は改めて自分の体を見つめた。

「これが…能力…?」

 確かに、仲間だった人達からの銃撃を受けても、全てがすり抜けてしまい、傷つきも出血もせず、撃たれたと言う衝撃だけが走っただけだった。

 攻撃の無効化。

 少年の能力に比べると地味に見えるかもしれないけれど、これは結構使えるかもしれない。

「これなら…怪我の心配はない……」

 その利点を考えた上で、これをどう有効活用する…?


 ギシャァアッ!


 そう考える隙に、キメラノーインは、咆哮しながら、先程よりも一回り小さな鷲の翼が背中から再度生成され、奴はついに僕に向けて牙を向ける。

「くっ!」

 翼を広げて飛び、頭をグッと伸ばして僕を飲み込もうとするキメラノーインだが、僕の能力が発動されたため、キメラは対象物を飲み込んだかのような感覚だけを口にしまい、そのままゆっくりと空へと飛ぶ。

 やはり、獣だから僕の能力を理解するには時間がかかるようだ…。

「待てっ!」

 少年は水の弾丸を飛ばすが、その威力が弱まっているのか、キメラにはそれが効かず、更には少年の肌が先程よりも乾燥しているのも確認した。

 きっと、彼の能力には上限のようなものがあるのかもしれないな…。

「僕もやらないと…っ!」

 そう決めて拳銃を握るが、僕は少年のように百発百中というわけではない。

 なら、あの怪獣を叩き落とすにはどうする?

 ここ最近、詐欺でしか使わなかった頭で考えろ…周りにはなにがある?

 苔むしたコンクリート、ヤニと下水の臭いがする壁、貯まった雨を排出するための雨樋パルプ…。

 ……そうだ、ここはそもそももう使われていないビルの路地。

 リージェンに住みやすい世界を目的とした近代化や、郊外や地方都市の整理、近年の法外組織情勢等のせいで、古いビルは放棄され、そのまま放置されていることが多い。

 その上、少年の攻撃の影響で、ビル自体にも亀裂が入っているし、キメラも生えたばかりの翼で上手くは飛べないはず……。

「それなら……っ!」

 効くかどうかはまだわからないが、僕は頭に浮かんだその作戦を実行に移すために弾丸を連射し、ビルの壁を何度も何度も撃った。

「なにを…?……あぁ、そういうことねっ!」

 少年がそれに気づいたかのように、続けざまに水の弾丸を乱雑に壁に向けて放つ。

 すると、元々ついていたその亀裂が少しずつ上階へとひろがっていき、ついには壁がビキビキと鈍い音をたてながら、瓦礫となって崩れていく。


 …ッ!ギジャッ!!


 情けない声をあげるキメラを巻き込みながら…。

「うおぉぉお!」

 自分にダメージは無いことはわかっている癖に、やはり瓦礫と共に怪物が落ちてくるなんていう状況に即座に安心などできず、咄嗟に目を瞑ると同時に、それは僕らもろともガラガラと地面へと落下した。




  ◆




「おっと……」

 宙を舞っていた全ての瓦礫が落ちた後に目を開けると、壁だった場所にはビルの内部が露出し、地面はもはや、フィクションの破壊され世界のようにガタガタになっていた。

 僕の体はと言えば、下半身は瓦礫に埋まっていたが、ゲームのバグのようにぴょんとジャンプをするだけで、瓦礫の上に飛び乗れた。

「……あっ!あの子は!?」

 この作戦に協力をしてくれていたが…まさか命と引き換えに彼は瓦礫の下に…!?

 周りを見てみると、瓦礫の一部に水が付着し、全体的に見てみると、血液が付いている物まで…。

「そんな…そんなまさか…」


 ボゴォンッ!

 

「っだぁあ!死ぬかと思ったぁ!」

 自分の心配をよそに、彼が瓦礫の中から出てきた事に、僕は思わずずっこけた。

 少し古典的なギャグだな…。

「あっぶなぁ!僕が水の特異持ちじゃなかったら死んでたよこれ!」

 文句を言いながら、彼は全身を水に変換させて、体が埋まった瓦礫からするりと抜け出し、そのまま瓦礫の上へと足をつけて元の身体へと戻った。

「ご…ごめんなさい!避けられると思って!」

「別にいいよ。いい作戦だと思うし。水の身体だから、ダメージも少ない」

 謝る僕をあしらいながら、少年はパーカーについた埃を払い、埋まっていた剣を抜き取って、背中に納刀する。

 すると、剣は水飴のようにグニャリと形を変えながら、パーカーのジッパーについた直角三角形のキーホルダーへと変わる。

「えっと……あれは…?」

 周りを見回すと、彼は先程僕が見つけた血のついた瓦礫を見つけ、それを雑に投げて退ける。

 すると、そこから虎の毛が露出し、彼はさらに瓦礫を退かし続けると、虚ろになった蛇の目玉と、ボロボロに傷付いた翼が瓦礫の中にあった…。

 耳を澄ませてみても、生きている証拠となるその音は、もうその怪獣から聞こえては来ない。

 この姿を見た人々は、さっきまで生きていたキメラを可哀想と思うのか、それともこれでよかったと思うのか…。 

「とりあえず…駆除完了ってことで…後は武装警察に任せるとしよう……。ハァ…こんなのボーナス貰わないとやってけないからなぁ…サトナカのやつ……」

 亡骸の上で、見事に害獣を駆除した少年は大きくため息をつくと、彼の着ていたラインの入った黒い服が消え、一瞬にして水色のブランド物のジップパーカーに変化した。

「あ…あの……」

「あぁ、戻れって思ったらすぐ消えるよ。そもそも、トランスってのも言っても言わなくてもどっちでも良いし」

 僕が戻り方がわからない事に気づき、少年は水晶に関することを少し解説しながら、戻り方を教えてくれた。

 言われた通り念じると、拳銃は即座に元の水晶キーホルダーへ変わり、黒いパーカーも元々着ていた服装に戻った。

「おっと……これ、ありがとうございました。助かりました…」

 彼から受け取ったキーホルダーを返そうと差し出すと、少年は首を横に降りながら、受け取りを拒んだ。 

「それ、手放したら死ぬよ?」

「え…っ!?」

 唐突に告げられた真実に驚き、思わずキーホルダーを握る手を強めてしまった。

「君は僕と同じ、"そう言う人間"になってしまったんだ。死にたくなかったら、絶対に離さずに持っておくことだね」

 彼の注意に背筋を凍らせながら、僕は了解の意味を込めて、首を縦に振りながら、キーホルダーを胸元に持ってきて握りしめた。

「ポッケにいれてても良いよ。……てか、僕は元々、君を逮捕するためにここに来たようなものだったんだけどもね…」

 まるで、ついでのように話された真実に、また驚かされてしまう。

「た…逮捕……っ!?」

「そっ、スプリミナルとして」

「スプリ…ミ…?」

 なにがなんだかわからなくなってきたところで、少年はポケットからカードケースを取りだした。

「まぁ今後、君がお世話になるかもしれない場所さ。はいこれ」

 彼がそこから取り出した一枚の名刺を、僕は恐る恐る受け取ると、そこには、警察特殊認可特異行使結社と長い名前の社名と、少年の物と思われる名前があった…。

「何時でも良いから、明日そこに来て。場所がわかんなかったら、近所の人に『青い瞳のコーヒーはどこですか?』って聞いて。来てくれれば、特異点について全部話すから。それじゃね」

 少年はそれだけ言い残し、僕に背を向けて歩き出した。

「あ、ちょっと!」

 止めようとした瞬間、彼の姿は踵から吐き出された水と共に、上空へと飛んでいった…。


 結局、この身体の事は詳しくわからない。

 何故、結晶が身体中から生えたのか。

 何故、僕が逮捕されなかったのか。

 そして…彼はなんなのか…。

「スプリミナル社員……ミズハラ カドヤ……」

 名刺に書かれているその名を復唱すると、路地に一筋の風が吹いた。 

 今日、確かに僕は死んだ。

 "今まで無能だった僕"が、銃に打たれて死んだ日だ。

 水原角也と出会ったその日、僕という人間は変わる。


 普通ではない人間に…。




To Be continue…

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