隣の葵子さん
しおぽてと
第1話
鏡に近づき、今度はアップで顔を映す。化粧のノリ具合を念入りに確認した後、隣の和室に居る夫の
「私、今から美容院に行ってきます。帰りは、いつもより遅くなりますから」
返事は無いが、葵子は気にもしない様子で
「行ってきます」
そう残すなり、鍵を開けてノブを回し外へ出た。
オレンジを基調とした行きつけの美容院へとやって来た。傘立てに日傘を差して鞄を店員に預ける。昨日の夜に予約を入れたと伝えると、すぐに案内された。革張りカットチェアに腰掛け、茶色のカットクロスを着せてもらう。案内してくれた子と交代するように、顔見知りの美容師が傍へとやって来た。
「今日はどうします? いつものように、整えるだけにします?」
纏めていた髪をほどくと、さらりと腰まで落ちた。美容師は髪を一束手に取ると、念入りにチェックをし始める。
「ショートカットにしてくださいな」
「せっかくここまで伸ばしたのに?」
美容師は目を丸くし、鏡越しに本当に切るのかと再度問うてくる。
「ええ。もう疲れちゃったのよ、大事にするのも」
「まあ、ロングはお手入れが大変ですからね」
「本当にね。ところで……一つ、お聞きしたいことがあるのだけれど」
「はい、なんですか?」
「私、前より可愛いかしら」
「え?」
「写真写り、いいかしら?」
「――……ええ、とても」
美容師は答えるも、それ以上は何も言わず、シザーバサミを握ると慣れた手つきで髪を切り始めた。すぐ傍に用意されていた何冊かのファッション雑誌を一冊手に取る。パラパラとページを
一時間ほどでカットは終わり、鏡に映る自身の姿をじっと見つめた。髪は顎の先で綺麗に切りそろえられている。荷物を受け取り、会計を済ませると、美容師に満面の笑みでありがとうと伝え、胸を張って店の外へと出た。日傘を差し、ヒールの音を響かせながら道を歩く。通りすがる誰しもが振り返り、凛とした葵子に目を奪われていた。
しばらく歩くと交番が見えた。前には若い男性警察官が立っている。
「こんにちは」
警察官は元気に声をかけてくる。笑顔で、こんにちは、と返し、足を止めた。
「今日は良い天気ですわね」
「ええ、そうですね」
「ところでおまわりさん、ちょっと私のお話を聞いてくださるかしら」
「ええ、良いですよ」
「ありがとう」
パタンと日傘をたたむと、肩に提げていた鞄から不恰好に何かを巻いた桃色のタオルをそっと差し出した。警察官はタオルを見るなり小さく首をかしげる。葵子は、まるで太陽のような温かい微笑を浮かべたまま答えた。
「実は私、夫を殺しましたの」
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