Goodbye my blue days

聖願心理

砂の城で、恋を奏でる

 私が、先生をいいなと思うようになったきっかけは、ピアノを弾いている姿を見たときだった。


 柔らかい音色と、どこか寂しげな空気感。

 周りにはいつも人がいるのに、本質的には独りなんだろう。そんな風に赤子を扱うように、鍵盤に触れる。


 大人の色気、とでも言うのだろうか。

 儚さと温もりを持つ、先生のオーラ。

 先生から目を離すことなんて出来なかったし、私自身胸がきゅうう、と痛んだ。



 それから私は、先生に興味を持ち、惹かれ、惹かれ合った。



 *


 先生の側は心地が良い。

 ピアノを弾いていると、尚更。

 安心感からか、眠気が襲ってくる。


 放課後の音楽室。

 そこにいるのは、私と先生のふたりだけ。


 先生と私は、ピアノの椅子を半分こして座っている。

 先生は音を奏でるために指を動かし、私はその指を見つめている。


 音楽室に響くのはピアノの音だけ。

 演奏してる先生が話すわけもないし、そんな先生に私も話しかけない。

 柔らかい音色だけが、この空間を支配する。



 ペダルを離す音がする。

 それで、曲が終わったんだな、と私は実感する。


「先生のピアノ、私好きです」


 演奏が終わると、私はいつもこれしか言わない。


「いつもそれだよな、常磐ときわは」

「だって、他に言うことが思いつきませんもん」


 音楽に詳しくも、興味もないから、「この曲名はなんですか」とか「作曲家は誰ですか」なんて聞く気にもなれないし、技術的な面を褒めるほど、偉くない。


 先生が奏でるピアノが好き。

 それだけだ。


「常磐らしいといえば、らしいけどな」

「でしょう」


 そう言って、胸を張れば、先生はくすくすと笑う。その笑い顔は、授業中に見せない、私だけが知っている顔。

 そんな独占欲に嫌気がさしながらも、でもやっぱり嬉しくて、私も返すように微笑む。



 少しだけ、スリルのある恋。

 禁断の甘い密。

 誰にもバレてはいけない。


 でも、私たちの中に流れる空気は穏やかで、幸福感に満ちていた。


 いつ崩れるかわからない砂の城で、私たちは恋を奏でていた。


 だから、崩れるのは唐突で。

 傷がひとつでもついてしまえば、あっけなく崩れてしまう。

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