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「ねぇ!! この子、欲しいわ!! グレッシオ様、この方、くださらない?」

「ジョエロワを気に入ってくださったようで、良かった。でもジョエロワはやれないな」




 リージッタとジョエロワがグレッシオたちの元へ戻ってきたのは、二時間後のことだ。

 まだ真夜中と言える時間であり、他の乗り合い馬車に乗っていた客たちのほとんどが眠っている時間帯である。




 グレッシオたちの元へ戻ってきたリージッタとジョエロワは、互いに怪我を負っていた。

 リージッタとジョエロワ、互いに包帯がまかれている。リージッタは戦いあった後だというのに満面の笑みでご機嫌な様子である。



 どうやらジョエロワの事を気に入ったらしい。とはいえ、欲しいと言われたからといってニガレーダ王国の国民を渡せるわけでもない。



「えー、駄目なの?」

「駄目に決まっているだろう。そんなに気に入ったのか?」

「ええ。ええ。とても気に入りましたわ。私の素性を知りながらもこんなに容赦なく私に切りかかる殿方など、そうはいません。何より、その強さ!! ほれぼれしますわ。近くにおいて是非とも観察したいものなのよねぇ」



 興奮しているリージッタとは対象的に、ジョエロワは無言である。特にスイゴー王国の姫様に気に入られようとどうでもよいと思っているようである。




 グレッシオはこういう所がジョエロワらしいと思ってしまう。ジョエロワは他国のお姫様に好かれようが、どうでもいいと思っている。普通なら騎士が姫に気に入られたとなると心がなびいたりするかもしれないが、全くそんな素振りを見せないのである。




「俺はスイゴー王国には行くつもりはありません。俺はニガレーダ王国に剣をささげているので」

「まぁまぁ、真面目なのねぇ。そういう所もいいわ。

 良いわ、貴方を私の傍に置く事は諦めましょう。そうそう、グレッシオ様、貴方たちはとても楽しいわ。私は満足したから貴方達を王宮に引き渡すのはやめてあげる」




 リージッタは、グレッシオとの戦闘が大変お気に召したらしく、にこにこと楽し気に微笑んでいる。





「――聖魔法の使い手を国外に出すのも見逃してあげる。その代わり、我が国から聖魔法の使い手を連れて行くのだから、使いつぶしたりはしないでくださいませ。まぁ、その少年にとってはグレッシオ様に買われる方が良かったかもしれませんが」

「それは良かった。そして安心してほしい。折角手に入れられた聖魔法の使い手を使いつぶす気はない。……この少年、神官の傍に居た聖魔法の使い手だが、リージッタ様は何かご存じで?」

「ニガレーダ王国には噂通り聖魔法の使い手がいらっしゃらないのですねぇ。

 そうですねぇ、この少年は神官の不興を買ってしまったのですよ。あの神官は、表では評価が高いですが、裏の顔が大きいですからね。その少年は結構綺麗な顔をしているでしょう? 夜のお誘いをして断られて、態度が気に食わないと売り飛ばしたようですね」

「やっぱりあの神官、ろくでもない奴だったのか……」

「ええ。ろくでもない神官です。ちゃんと我が国のために動いてくださっているのであるならば、少しぐらいは大目に見ますが、流石にやりすぎな部分が大きいです。なので、次にグレッシオ様がデジチアに来る時にはもういないでしょう」



 名を馳せていたあの神官は、裏ではろくでもないことをやっていたというのを笑いながらリージッタは告げる。


 リージッタとしても国のためになるなら少しは大目に見るつもりだったようだが、流石に目に余る行動を起こしていたらしく、容赦をする気がないようだ。




「そうか。それにしてもリージッタ様はお供もつけずにこんな所にいていいのか?」

「問題ないわ。私はそれだけの強さがあるもの。それにちゃんと家族には、私が遊びに出かけて死んでも気になさらないように言ってあるもの」



 王族が領地で死亡する――なんてことが起こったら、その土地の領主はどんなふうに悪評を立てられるか分かったものではない。

 勝手に遊びに出かけて、勝手に死んで――それで周りに迷惑をかけるという真似はしたくないと思っているのだろうか。



 どちらにせよ、王女がこんな風に自由気ままに行動することを許されているなんて普通ではない。




「よく許されているな……」

「それは私だからよ。私は第五王女という死んでも比較的問題がないぐらいの立場だし、何より私が滅多なことでは死なないことを家族は知っているもの。グレッシオ様の方こそ、よくお忍びで他国に行くなんて許されたわね?」

「我が国は人手不足だからな」

「あらあら、聖女さまのいた国は私が思っているよりもずっと衰退しているのねぇ。まぁ、私はふんぞり返っている王侯貴族より、自分で動いている王侯貴族の方が好きなので、グレッシオ様への好感度も高いわよ」


 ……そんなことを言うリージッタはよっぽど自由気ままに生きているのだろうとその口調からも分かる。所々、庶民が口にするようなことを言っているのである。



 何にせよ、グレッシオたちが聖魔法の使い手を連れ帰る事を見逃してもらえるということで、グレッシオたちは安堵している。





「じゃあ、ウキヤの街まではよろしくね?」



 そしてリージッタはそれだけ言ったかと思うと、少し離れた位置を陣取って眠り始めた。



 女性が一人で眠るなんて――と思わなくもないが、不審者が近づいてきた時、どうにでも出来るだけの対策はおそらくしているのだろう。





 ――そして夜が明けた。



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