デスペレーター ~トウマ&ゲイリーの何でも屋

檻墓戊辰

第1話 線路は続くよ

第1話① 依頼

 世界から国境が消えたのはいつの事か。

 人口の増加に伴い、文化・人種が入り乱れる。世界は混沌と化した結果、〝国家〟という概念が消えた。都市部は慢性的な土地不足で、高層マンションが建ち並び、必要なら地下まで使う。貧富の差は広がるばかり、治安維持が行き届いた富裕層の一方で、行き届かないスラムでは犯罪率は向上していた。

 ここはそんな都市の一つ。〝ダーティ・ゼロ〟と呼ばれる街。全ての貧困はこの町から始まったとか、始まらなかったとか。

 トウマ・カガリはこの街で暮らしていた。ヨレヨレの黒のスーツにネクタイ、酸性雨を防ぐためのベージュのコートを羽織る。黒縁眼鏡をかけた姿は、都市伝説と化しているサラリーマンのようだった。食料の入った紙袋を手に、鼻歌まじりにゴミの散らばる大通りを歩く、脇の建物には多種多様な言語の看板が所せましと掲げられ、無国籍さを一層引き立てていた。

 彼はボロイ建物に入り、軋む階段を上って、一室へ入った。表札には擦れ、消えかかった文字で「トウマ&ゲイリーの何でも屋」と書かれている。

 扉をくぐった廊下は、外と同じく床にはゴミが散らばり、壁には統一性のないポスターが貼ってある。トウマは床に落ちる郵便物を拾い上げ(郵便受けはないためポストに入れると床に落ちる)、奥へ。事務所に使っている空間は幾分か綺麗に片づいている。

「おはよう。ゲイリー……なんだこりゃ?」

 来客用のソファーで眠っているゲイリーに挨拶をしながら入ると、天井に大きな穴が開いていた。いつもの光景ではない。トウマが穴を見上げれば、彼のデスクが何階も先、遥か上階の天井に突き刺さっていた。

「マジか……俺の机……」

 ため息をつきながらも、そこを離れる。そして、棚から取り出したコーヒーメーカーを使って豆を挽き、コーヒーを作る。

 トウマの唯一といっていい贅沢な趣味だろう。お湯を入れ、香りが立ち始めた時に、ゲイリーはようやく起き始めた。端正な顔立ちに長い髪の毛など女性を虜にする要素の塊だが、それ以上に目を引くのは彼の顔や体に残るつぎはぎの傷痕だ。ノロノロ起きると、軽く手を挙げる。

 決してトウマに挨拶したわけではない。

 トウマの前に置いてあるコップの一つがひとりでに宙に浮き、そのまま彼の手の中に納まった。

 ゲイリーをわかりやすい言葉で言えば、先天性の超能力者だ。ハッキリとした時期は不明だが、百万分の一ほどの確率で突発的に異能力を持った子供が誕生するようになった。そのような者たちや能力は〝ノック〟と呼ばれる。

 ノックの力の強弱はまちまちだが、このゲイリー・フォノラズは、恐らくその中でもトップクラスの能力者だ。裏稼業で彼を知らない奴はもぐりだ。

 そして彼の性格を一言で言い表すなら〝きょうぼう〟。〝狂暴〟でも〝凶暴〟でも漢字はどちらでも。先ほどのデスクも彼の仕業だろう。「声がうるさい」「音楽がうるさい」「ドンドンするな」など、近所のトラブルが後を絶たない。

「さてと、何か依頼はないかなぁ~」

 トウマはコーヒー片手に、残された自分の椅子に腰かけながら、郵便物を読む。ゲイリーも服を着替えて近づいてきた。彼の服はトウマとは対照的に、見た目からして高級そうな物ばかりだ。コーヒーを啜りながら、先ほど持ってきた紙袋からバーガーを取りだし勝手に食べ始める。

「おはよう。ゲイリー。つかぬ事を聞くけど、俺のテーブルどうしたの?」

 一瞬、トウマの方を見たが、それ以上のアクションはなく、食べ続ける。その様子にため息をつきながらも何も言わない。

 いつもの事だ。

 気を取り直し、郵便物に目を落とすが結局、期待したような依頼状はなかった……



 来客を知らせるベルが鳴ったのは、それからしばらく暇を持て余していた頃だった。音が響いても気にすることもなく、お互いの作業を続ける。ようやく動き出したのは四回目のベルが鳴った頃。動いたのはもちろんトウマの方だ。

 お客は若い女性。上等なスーツに身を包んだ姿を見れば、かなりの身分だとわかる。一昔前ならば“役人”との単語が思い浮かぶが、この時代だとおそらくはどこかの組織の人間だろう。トウマが扉を開けると、女は彼に見向きもせずに廊下を通り抜け、事務所に。

「あなたが、ミスターゲイリーですね?」

 銃の手入れをするゲイリーの前まで脇目も振らずに近づき、女は手を差し伸べる。された本人はといえば、差し出された手を一瞥してから、軽く鼻を近づけて、そして離れる。その行為に何の意味があるのかは、ゲイリーしかわからない。

「すみません。あまり話さない奴で、俺はトウマと言います。トウマ・カガリ」

 追いついてきたトウマが、出されたまま硬直する女の手と握手しようとしたが、女は寸での所で何事もなかったかのように踵を返して話始めた。

「さすがは、帝王と呼ばれた男ですね。ミスターゲイリー。家族(ファミリー)を引き連れていた時代とお変わりが無いご様子で。弟君と一人になられたこと以外は……まぁ、それは今話すことではありませんね。実はあなたが今、何でも屋をされているとの噂を聞きつけ、仕事のご依頼をさせていただこうかと思いまして、わざわざ来ました」

「どうもありがとうございます。それでご依頼とは一体?」

 無反応、かつ無表情のゲイリーに代わり、トウマは愛想よく応える。握手を求め躱された手は、さりげなく自身の頭を掻いている。さすがに女も諦めたのか、トウマに依頼内容を語り始めた。

 要するに荷物の運搬。運び屋の仕事だ。と言っても、運転するわけではなく、輸送方法は列車。彼らは荷物の護衛を任せたいとのこと。

「なんだ、ただ荷物番をしてればいいんですか」

「ええ、その通り、簡単なお仕事です。ただ、ミスターゲイリーをお探しする前に、三件ほど同じ依頼を別の方にお願いしていたのですが……任務の前に全員殺害されました」

「何が簡単だ! めっちゃ危険やないですか~!」

「それで、報酬の話ですが」

「グイグイ攻めてくるな。この美女さん!」

 自分のペースを崩さずに話すこの女性をトウマは仮に美女さんと名付ける。その後の話し合いの結果、依頼の件は保留になった。金額は申し分ないが、危険すぎるとトウマが判断したのが一番の理由だ。ゲイリーは黙って葉巻をふかすだけ。

「仕方がありません。考えておいてください。後日、また伺わせていただきます」

 美女は納得がいかなそうな顔をしながらも、二時間にも及ぶ「やる」「やらない」の壮絶な押し問答に折れた。

 トウマとゲイリーは美女を車まで見送る。外には黒塗りの車が停まっており、武装した屈強な男たちが待つ。ゲイリーの姿に一瞬、ざわつくもそこはプロだ。すぐに表情を殺した。

「では……っ!」

 美女が車に乗り込む前に振り向き口を開いたと同時に、ゲイリーの頭が揺れ、体ごと吹き飛んだ。その後に訪れる静寂を切り裂く轟音と化した銃声と、放たれる弾丸の嵐。通りを挟んだ場所に車が現れ襲ってきたのだ。

 相手は二台。

 両手持ちの大型機関銃は容赦なく彼らに放たれる。残念ながら銃弾に当たった者は、力なく地面へ。残った者は車の陰に隠れながら、所持する拳銃で反撃するも火力が違う。美女はいきなりの事にアタフタし、やられた男の落とした拳銃を拾う。

 どうやら彼女は素人のようだ。

 ほとんどの銃器には認証システムが付けられており、使用者以外は撃てないようになっている。もちろん彼女が、凄腕のエンジニアで認証を楽々解除できるのならば別だが。

 トウマも身を隠しながらも所持する拳銃で応戦し、口で手袋を外す。手の甲には、筋に沿って金属が埋め込まれている。身を低くしながら車のドアを開け、中へ入る。そしてエンジンをかけた。

「情報、漏れ漏れじゃねぇか! だから引き受けたくないんだ。おい、美女乗れ。安全な場所まで……んあ?」

 トウマは愚痴りながらも、小さくなる美女に手を差し伸べるが、車に違和感があった。浮き始めている。

 見るとすぐそばにはゲイリーが立っていた。相変わらずの無表情。額には潰れた弾丸、服にも弾丸によって穴が開いている。額の弾丸は地面に落ち、彼は自分の服を確認する。視線を上げた時には、眉間にしわを寄せて〝怒り〟のモードになっていた。

 未だ止まぬ弾丸の嵐のなか、片手で車を持ち上げる。

「あ、ゲイリー。俺、乗ってるんだけど……」

 無視。

 降りる間も与えず、そのまま投げつける。飛んでいった車から、微かに「ゲイリーさぁ~ん」と悲鳴にも近い声が聞こえた。

 激突した相手側の車は炎上。同時にゲイリーは残った相手へ駆けはじめる。焦った襲撃者は一層の弾丸の雨。ロケットランチャーまで取り出し発砲。が、飛んできた弾丸はゲイリーの皮膚に当たり潰れて落ち、ランチャーを素手で掴み無力化する。彼らには悪魔のように見えたことだろう。



「情報が漏れていたようね。その点に関しては謝るわ。しかし、これであなたたちは、私たちの仲間と認識された。現状を改善させるには、私たちの依頼を成功させるしかないようね」

 冷静に美女が話す。大破する襲撃車両の炎で葉巻を吸うゲイリーと、その隣でハンドルを握りながら放心状態のトウマ。ちなみに両方無傷だった。

 彼らは、この依頼を引き受けることになった。

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