第24話 トウシチョウジャ

 統一歴 二千二百九年 水無月二十四日 転移九十六日目 尾張 武蔵総合学園 食堂



「誠様、はいあ~ん♥」

 愛おしくてたまらないという声色で誠にまとわりついているのは織田三郎五郎信広。

 元安祥城主であった女性である。


 なぜこうなったか? と言えば、信秀死去の影響で援軍が間に合わず信広が奮戦するも城内で敵兵に囲まれたところを、ヒヒイロカネで武装した数名の女生徒と共に今川・松平連合軍の兵を文字通り蹴散らして窮地の信広を救い出し、安祥城から連れ出したのが誠であり、その誠の武者ぶりと誠実な性格に惹かれた信広は半ば押しかけ女房のような形で武蔵総合学園に居座り、何かと誠の世話を焼くことに生きがいを見つけたようである。


 信長より安祥失陥は援軍を出すのを遅れたせいでもあるので咎めないとは言われているのだが、信広はここにいることが自分の望みであり仕事であると言って譲らない。

 出来れば彼女に幾らか領内の仕事を手伝ってほしいのだろうが、信広は誠の傍から離れそうな気配はまるでなく、それどころか生徒会の女子たちに働きかけ夫婦の契りを結べるよう許可を取ろうとしている。


 誠自身は

「吊り橋効果で錯覚しているだけだ。しばらくすれば覚めるだろう」

 とあまり乗り気ではないようだが、嫌っている訳ではないらしい。

 ヒヒイロカネを使ったとはいえ少数で突撃して救い出し、彼女が落ち着くまで何くれとなく気遣いをしていた程度には好意的ではある。


 生徒会女子役員達も三郎信長が穂村を奪いに来た時とは状況が違うだけに、信広を応援し誠に関する情報は流しても強権を発動するつもりはなさそうだ。


 夘月に友貞から米が大量に納められた辺りから武蔵総合学園の食糧事情は大幅に改善された。

 その結果非常食を全校生徒揃って校庭で食べるという非常事態宣言は解除され、現在は寮内にある各食堂で食事をするようになっている。

 各種調味料も外勁を使えるようになった生徒の協力で学園内で使う分には十分な量が確保できており。

 今は干物などの保存食が中心となっているメニューを、今後はもっと豊かに、出来れば元の世界における現代レベルの食事の再現を目標にしている。


 その友貞は今川による安祥侵攻を事前に報告しなかったことで穂村ジャイアンに呼び出され、

「また足の指を一本ずつ砕かないと分からないのかな? 今度は腕のいい医者もいるから治してからまた砕くこともできるよ?」

 等と穂村から散々に叱責された後に脅迫され、泣きながら謝罪して

「義元公には尾張方面を攻める際必ず詳しく使者を送ってくださるようお頼みします。もう二度とこのようなことが起きないよう、東西から攻めることが出来ぬから必ず使者をとお願いいたすのでお許しください」

 とベルク・カッツェのように許しを乞う。


 穂村は

「役に立たねば今度こそ長島一帯を更地にするぞ」

 と念を押してから友貞に

「役に立てば褒美もくれてやる。何が欲しい?」

 と聞いたところ、

「秘名で印を結ぶやり方を教えて頂ければ……」

 と申し出てきたので

「働き次第だな」

 と可能性を示して返す。

「本願寺には印を結べるものはおらんのか?」

 と穂村が探りを入れると

「石山にはおられるようですが、某のような土豪風情にはいらぬ知識だと申されて……」

 長島城主という立場とは言え宗教屋にうまく搾取されているようである。


「その方がおれに忠誠を誓い、長島城主の立場を用いて知りうる情報を全て流すのであれば秘名で印を結ぶやり方を教えてやる。印を結べるかはお前次第だがな。我が配下となればやり方くらいは教えてやる」

 穂村が友貞をスパイにしようと勧誘するが、

「某は真宗の門徒でございます。夏生様のご機嫌を損ねるのは恐ろしい事でございますが、信心は捨てられませぬ」

 と抗弁する。

「ならば問おう、お主が信じているのは一向宗の宗主か? それとも御仏の教えか?」

 穂村が問うと友貞はしばし呆然とした表情で口ごもる。


「友貞よ。お主は真宗の教えを利用して門徒を繋ぎ止め、本願寺教団の組織力を利用して長島一帯を治めているのであろう?」

 そう問いかける穂村に対し

「その通りでございます」

 と答える。

「では真宗の教えを守るのであれば、本願寺教団と必ずしも道を共にする必要はあるまい?」

 重ねて穂村が問う。

「ですがこれまで本願寺に従うを道理としてきた我らが旗色を変えれば……」

 友貞は躊躇いを見せつつ言い淀む。

「ならば長島一帯を本願寺以外の真宗で溢れさせればよいではないか?」

 穂村がそう提案する。

「どうせ長島の本願寺僧は酒色にふけって民を顧みてはおらぬのであろう? ならばその姿を民に見せ、他の真宗の僧と比べさせ、どの門徒になるか決めさせればよかろう。まぁ徐々にやっていけば本願寺の気付かぬ間に長島は真宗で溢れ、我らの庇護のもと繁栄するであろうよ」

 穂村の策を聞いた友貞は表情を改めると、

「夏生穂村様の仰せのままに。末代まで忠義を持って仕えさせて頂きたく」

 平伏してそう願い出る。

 穂村は鷹揚にうなずくと

「よい! 励めよ」

 と返す。

「ははっ!」

 平伏してそう返す友貞に、

「お主が間者であることは当面内密にする。繋ぎは滝川一益の配下を何名か送るので、その者達を通して繋ぎとせよ」

 そう命じると一益と友貞を引き合わせ、内通の手はずを整えさせるのだった。


 水無月も終わりに近づいた頃朽木に出した使者が四条隆益一家だけでなく近衛稙家とその家族を伴って帰還した。

 関白だったことや、太政大臣だったこともある大物で、有名な近衛前久の父でもある。

 藤原長者に何度も就いた人物で、足利将軍家とも昵懇の間柄であるので南近江でも厚く遇されていたはずと言継から助言を受けた穂村達は、彼女らを学園の応接室に案内し、それぞれの家族は寮に案内する。


 地面に穴をあけた排便所は埋められ、尿や糞便は肥料として、また硝石丘の重要な材料として使うため、再利用しやすい仕組みのぼっとん便所を学園敷地内に幾つか作り直している。

 この世界の文明ではかなりましなトイレだと外の世界のトイレ事情を知っている者達は思っているが、まだ元の世界の感覚から抜け出せない者達には不満がある。

 その不満は水洗トイレの開発にぶつけられているが、学ぶべき基礎技術がまだ多く実現はかなり先になりそうではある。


 穂村とクラーラと学園長そして言継は応接室で稙家達を持て成し、遠路はるばる来てくれたことに礼を述べると、公方と昵懇であるはずの近衛家がなぜ態々尾張に来てくれたのかを問う。


 稙家は迷うことなく

「天照大神の加護を持たない公方が帝を名乗ろうとしたので止めた所、公方の勘気を受けて南近江を追い出され、朽木に身を寄せていたおり、尾張に公家を呼び込もうとしている話を聞いたので押し掛けた」

 との事であった。


 穂村は

「おれは月読の加護を持っているが、おれが天下を統一しても天照の加護がなければ帝になれないということか?」

 と尋ねると、

「月読様の加護をお持ちなのであれば、新たな皇統として新王朝の祖を名乗るのには十分でしょう。公方は天照の加護を受けた帝に与えられた官職にすぎぬのに帝を名乗ろうとしたことが問題なのです」

 と答える。


 公方の言い分としては帝が抗えなかった黄泉を自分は食い止めているし、非常事態における官位として自分が最高位で帝がいないのだから自分が帝を名乗ることは正しい事であるということだが多くの公家はこれに難色を示したらしい。


 征夷大将軍は帝に与えられた官位の一つでしかなく、その威や権限は帝に与えられたものにすぎないので公方が帝を名乗ることは大逆に当たると考える者が多かったからだ。


 そして反対した多くの公家を公方は南近江から追放した、これにより黄泉との戦いに苦戦を強いられるようになったとか。

 南近江を治める六角が抜かれれば周辺も危うくなるため下向もやむなしと考えていた所にこの話を聞き同行したらしい。


 学園側にとっては嬉しい誤算ではあったが、黄泉との戦いの最前線が混乱し始めているという情報には苦いものを感じている。


 信長と道三を含めてまた話し合う必要があるかもしれない……


 穂村はそう考えると会談後一益を通して信長と道三に南近江の情勢を伝えるべく一益の元に向かう。


 だが先に信長から援軍の要請を受け取った一益から尾張南東の鳴海城を任せていた山口親子が裏切った為征伐の軍を派遣する旨を伝えられた。


 今川の攻勢はまだ続いていたのだ。

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