第17話 ジョウシキ

 統一歴 二千二百九年 弥生 三十日 07:20 転移十二日目 晴天 武蔵総合学園 普通科第一校庭



「神武による大業……この言い回しは秋津統一と秋津国建国を示す定型句でござる……それがなされる以前より能力の表示は世に広まっており、それを利用した技術を編み出す者もいたそうござるが、神武は偶然見つけた金属からヒヒイロカネ精製の技術を完成し、それを用いたかの大帝の子や孫により秋津本土、四界、九国と近くの島々の統一がなされました」

 政秀が注意深く、自らにとっての常識的な知識の一つ一つを幼子に噛んで含めるような丁寧さで説明する。


 言継が穂村に忠誠を誓った日から三日後には今後の教育内容と指導者の割り当てが決められ、その結果を見て具体的な人員の配置を決めることになった。


 そして皆が校庭に集まる食事時間の内、朝食と夕食を食べた後の一時間を一般常識の講座として朝は政秀が、夕食後は言継がそれぞれ講師を務めることも決められた。


 五千人近くいる学園関係者に対し、伝達術式の亜種というものを校庭の各所に設置して講義を行うそうなので、きちんと聞いてれば聞こえないものは出ないらしい。


 元々は遠距離の者同士で会話するための術式を開発する過程で出来た物だが、目的地までの途中でも音声が聞こえ続ける為失敗作としてあまり活用されることがなかった術なのだが今回は役に立っているので、何が幸いするかわからないものだと言継が苦笑いをしていた。


「神武は男性であったそうでござるが、余に満ちる魔の法則……すなわち魔法は存在するとして大王の立場を用いて知恵と知識のある者達にその究明を命じられたそうでござる。能力的な格差がなぜできるのか? 男女ともに大半の能力は五以下の能力であり、優れた男が十程度、少数の女が二十から四十、神武自身は百近くではあるが何をどうやっても百に届くことはなかった。これを調べさせたのが後に秘名、勁術、荒武者融結の技術に繋がったというのが定説でござる。ただ神武も秋津を統一して天照大神の加護を受けた後は百を超える能力を持ったとか……」

 政秀がなかなか面白い内容を説明してくれる。


 なるほど生徒会役員達の中には百に届く能力のものが何人かいるが、そういえば全員が神の加護を受けていた。

 学園長と生徒会役員以外では神の加護を持つ者がいなかったし、そこまで能力の高い者もいなかったので神の加護で能力が高いのかと思っていたが、能力の限界を突破するための加護であったのか。


「時代が移り変わりヒヒイロカネの産出が減り始めると魔法について研究していた者達は焦りはじめ、五百年かけて秘名、勁術、荒武者の原型を作り上げたのでござるが、それを完成させるのに御仏の教えなるものを信じる者達の協力があり、朝廷は従来の神々を信仰する派閥と仏門の徒の間で激しい権力闘争が行われ、結果仏門衆は朝廷に食い込むことになり申した」

 政秀の説明を聞いてこの世界での仏教は死後の救済と称してあるかないかもわからないものを固定観念として刷り込み、そこから金を巻き上げる商売ではなく学術的側面が強い集団なのかと推測する。


 ただ権力に群がる点ではそう大した差はなさそうだが……


「秘名とは印を用いて魔の法則を使役し、世界との契約をなして己の能力を何倍にも高める秘術であり、出来る者と出来ないものがはっきり分かれるのでござる。ただ秘名にはいくつか弱点がござり、他人に秘名を明かすということは自らの命を相手の手に委ねることと同義なのでござる。今後講義で秘名を得る方々も居られるでござろうが、この点努々忘れませぬようお気を付け下され」

 政秀が重々しくそう告げる。


 信長が去り際に教えてくれた雷という秘名も、言継が教えてくれた癒という秘名も命を預けるという信頼の証だったのか……

 これは彼女たちの想いをもっと真剣に受け止める必要があるな。

 そう穂村は思う。


「勁術は三つの分類があり、凡そ一人につき一つの勁術しか使えぬのでござるが、稀に二つを使えるものがおり、数世代に一人全ての勁術を身につけられるものが出るそうでござる。勁術とはその方に向いた魔の法則の発露の仕方であり、己の内にある力を高める内勁、己の外に力を発現させる外勁、魔の法則の具現化を行える象勁の三つの分野がござる。これは戦に出る方々には必ず身につけて頂く技術でござる」

 政秀が有無を言わさぬ口調でそう語る。


「荒武者とは、刀や槍に宿る意思と共鳴出来る者が操ることが出来る巨大な武者なのでござる。使いこなせれば神をも打ち倒せるといわれるほどの力を発揮できるのでござるが、共鳴する者に対する負担が大きく長時間や連続した融結は命を縮めることになるのでござる」

 政秀が分かり易く説明しようとするが、感覚的なものが多すぎて今一生徒に伝わっていないようだ。

 これは本物を見た方が早いかもしれない。


「本題に戻りまするが、その後朝廷では神々派と仏門派で権力闘争が起こり、仏門派が優位に立ったのでござるが、のちの天智天皇による政変により仏門派の有力者は粛清され生き残った僅かな者達も都を追われたのでござる」

 この辺りは元の世界の日本史でいう物部氏と蘇我氏の争いから乙巳の変が起き大化の改新へと向かった辺りに近いのではなかろうか?


「この時代までは男でも能力の高い者はいたようで、その者らの助力もあって研究されてきた技術が実用水準になったそうでござる」

 政秀が補足する。


「ただ技術が発展するにつれ地の能力が高い者は減っていき、魔の法則には女の方が馴染むということも明らかになった結果、一部を除いて女が一族の当主となることが徐々に増えていき申した」

 政秀が時代の毀誉褒貶を淡々と語る。


「その後、世は公家が朝廷に代わって世を治める平安の時代となり。平安とは名ばかりで宮中内外での権力闘争を繰り返し生き残ったのは諸族の内、白もしくは銀の髪を持つ源氏、黒髪の平氏、青い髪の藤原氏、赤い髪の橘氏が後に続くのみであり、他の諸族の者は地方に逃げ延びるか、族滅させられるかという過酷な時代であったそうでござる」

 嘆息するように政秀が言葉を紡ぐ。


「その結果公家衆の数が減り、秋津全土の統治はおろか都の維持までおぼつかなくなったのでござるが、そこへある武家が公家衆の手が届かぬところを補うので対価に知識をと願い出たものがおり、そこから一部の武家に対して秘名、勁術、荒武者の知識を与えることが許され始め申した。そのきっかけが平清盛であり清盛こそが秘名をもって印を結んだ最初の武家、となったのでござる」

 ちょっと誇らしげに政秀が語る。


「その後清盛は立身出世を遂げ位人臣を極めたのですが、その成り上がりぶりに反感を持つ者も多くおり、素の能力がより高く大天狗の加護を受けた源義経に滅ぼされ、義経は兄頼朝に……」


 その後の内容は元の世界の日本史の流れをこの世界の常識でアレンジしたようなものであったが元寇はなかったので、言継に聞いてみた所


「この世界には秋津しか海の上に土地はおじゃりませぬ」

 という答えだった。


 どうもこの秋津は元の世界でいえばニューヨーク辺りから西方向に向かって太平洋を渡りユーラシア大陸を飲み込んでジブラルタル辺りまで続く弓のようにしなった超大陸であり、東北から南東に出航したら大西洋くらいの海を越えて九国北部に着くらしい。


 なんとまぁ広大な土地を統一出来たものだとは思うが、神武に出来て他の者に出来ない道理はないだろう。

 だからこそ応仁以来皆必死に生き残ろうとして戦い続けているのだろうし、その結果戦が長引いているのであろう。


 だが亡者の群れという脅威が存在する以上、いつまでも争い続けている場合ではない。

 穂村はそう考えを巡らせると


 信長とおれで天下を統一し亡者を滅ぼす、まずは尾張統一からだな。


 内心で目標を定め始めたのであった。

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