第15話 イカズチ

 統一歴 二千二百九年 弥生 二十四日 08:30 晴天 武蔵総合学園 講堂



 昨日女子教職員寮内の食堂において同盟締結とその詳細が決まった後、翌日早朝から代表者会議が開催されることが連絡され、そこに信長一行も出席することになった。


 生徒会役員達はいい加減この小回りの利かない運営の仕方にいささか辟易していたので、体制の抜本的改革を行う必要があると認識している。


「皆さんおはようございます。昨日我が校をご訪問下さった那古野城主 織田三郎信長殿と我が校の間でいくつかの取り決めを行い、長島と清洲への牽制および相互の軍事的協力を結ぶことで、当方の望む食材と教導役の人員派遣等々の支援をしていただけることになりました」

 明るくクラーラが報告する。

「それでですね、これまでは代表者会議として基本方針を固めてから行動に移してきましたが、今後軍事的衝突が起きる可能性なども含めて考えますと問題が起きてから翌日に代表者会議で方針を図るというのは非効率というよりも、被害の拡大を見逃す結果につながると思いますので、意思決定機関としての生徒会の決定権とそこから教導を受けた実働部隊としての各学科の再編成を行いたいのですが。いかがでしょうか?」

 講堂にざわめきが満ちる。

 転移前なら絶対に通らなかった提案だが、今朝は学園長の隣に同盟者である信長が座っており、その後ろには恒興と一益が信長を守るよう後ろに控えている。


 彼女等は当たり前のように帯刀し、そればかりか隙なく周囲を伺っている。


 迂闊に近寄ろうものなら真っ二つにされかねない緊張感すら漂っている。


 三年の女子が挙手し、クラーラが指名する。

 彼女は立ち上がると

「帰る方法はないんですか?」

 と当たり前の希望を聞いてくる。


「昨日三郎殿との交渉時にお尋ねしましたが、この地『秋津国』にはそのような話は一つもないようです。もしかしたら根絶やしにされた帝の一族なら知っていた可能性はあるかもしれないとのことですが、戦乱の世が続く中で千引の岩が動かされ亡者により西日本が壊滅し都まで黄泉の領域となり、近江に落ち延びていた公方様が実質的指導者として黄泉の侵攻を食い止めている現状、それらの技術を開発できる方がいても後回しになるでしょう。戦乱の世を他勢力と鎬を削り生き抜いた後に亡者を駆逐しなければ、我々も帰るどころではないというのが今我々が置かれている状況です」

 クラーラが信長の嫁入りを認めた後話し合ったことから周知すべきことを告知する。


 三年の女子が悄然として着席する。


 三年の学年主任が挙手しクラーラが指名する。彼は立ち上がると。

「教導に来ていただける方はこちらからどういう分野に詳しい方かリクエストできるのですか?」

 と質問する。


 クラーラは

「三郎殿のお話では人材によってこちらに来ていただけるとしても時間がかかる方もおられるようですが、三郎殿を導かれた平手政秀殿を始め出来得る限りの人材を派遣していただけるそうです」

 そう穏やかに答える。


 平手政秀という名前を聞いて一部の生徒がざわめく。


 元の世界の日本史で信長の傅役として彼に英才教育を施し、諌死でもって最後まで尽くした忠臣中の忠臣を派遣することの意味をよい方でも悪い方でも悟った者がいるからだ。


 ”戦って生き残るしか道はない”


 そういう世界に来たのだと、改めて思い知らされたものがざわめいているのだ。


「最小限の被害で勝ち続け、生き残る。そのための抜本的改革が必要とされています。ご賛同いただける方はご起立ください」

 クラーラがそう促す。


 幾人かを残してほぼ全員が立ち上がる。


 多くが現実に打ちのめされ仕方なくといった様子だ。


 だがこれにより賽は投げられた。



 統一歴 二千二百九年 弥生 二十四日 10:20 晴天 武蔵総合学園 農業科正門前



「それでは彦右衛門後を頼むぞ」

 浮き車に載った信長が、見送りに出てきた一益にそう告げる。

 一益を取り次ぎ役として残し、信長と恒興は那古野に戻って様々な手配をする予定だ。


「母上の許可を貰い次第祝言の為に戻ってくる。それまで抜け駆けはなしでお願いしますぞ」

 と穂村を取り巻く女性生徒会役員達を牽制すると、

「平手の婆やを始め教導役は出来るだけ早くこちらに向かわせる。時間が出来たらワシも顔を出す故、おねがいしますぞ」

 クラーラと愛子に挟まれて立つ穂村に念を押す。


 穂村は昨夜夫婦の部屋とされ、生徒会女子役員達により用意された女性教職員寮の大部屋でクラーラ、愛子、菖蒲、ちはや、聖子に猛抗議を行ったのだが彼女達は

「三郎殿が正室だったら那古野に連れていかれただろうけど、それを防いだことに感謝されこそすれ批判されるいわれはない」

 と反論し、恐らくそうなっていたであろうことは確実なので穂村も口を閉ざすしかなかった。


 だが、

「五人も嫁になる必要はあったのか?」

 という疑問に対しては、

「離れたくなかった」

 とクラーラがこぼし

「会長のおかげで踏ん切りがついた」

 と愛子が安堵の表情を見せ。

「ずっと気にはなっていたけどクラーラがいたから言い出せなかった」

 と菖蒲がおずおずと答え

「良いなぁとは思ってたんですよぉ……」

 意外とあっけらかんとちはやが言うと

「し、仕方なくなんだからね!」

 と天然のツン発言で聖子が強がってすぐ

「でも嫁入りできたのは嬉しい……」

 とデレた。


 嫁入り前として信長だけが恒興と一益と一緒の部屋で寝ることになったので、彼女はちょっと不機嫌なのである。


 そしてちょいちょいと穂村を手招きする。

 穂村はなにかと思って近づくと、信長が口に手を当て内緒話をしようとする。

「我が秘名は雷、これよりあなた様と添い遂げる者である。秘名の意味は彦右衛門なり婆やから聞いて下され」

 恥ずかしげにそう囁くと姿勢を正し

「出る!」

 と一声上げると穂村が一歩下がるのを確認してから浮き車を発信させるのであった。


 一歩下がった穂村は下がったというよりは衝撃にたじろいだという感触であった。


 信長から秘名を聞いた直後、身体の内に崩れ落ちそうなほどの衝撃を受けてよろめいて一歩下がり体勢を立て直しただけなのである。


 あの姫様は婚姻の証に何かとんでもない置き土産を残していったのではないか?

 身体の内で荒れ狂う何かに吹き飛ばされそうになるのを耐えながら穂村はそう思うのであった。

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