第4話 ゼンコウシュウカイ

 XXXX年 X月 X日 晴天 武蔵総合学園 普通科第一校庭



「気を失っている生徒の皆さん、先生方、職員の方目を覚ましてください。緊急事態が起きた模様です。全員の安否を確認するために普通科第一校庭に学学科、各学年、各クラスごとに集合し整列してください。繰り返します……」


 クラーラの透き通るようなソプラノボイスが拡声器を通して歪んだ響きを伴い響く。

 彼女は学園の建物の合間を縫って歩きながら呼びかけ続ける。


 放送室に向かった穂村達だったが、電気が供給されていないので結局使える道具は拡声器のみだったのだ。

 なのでそれをクラーラに託し愛子をお供につけて全校内に呼びかけて回るという手段を取らざるを得なかった。


 しばらく呼びかけ続けると、普通科の校舎を始め敷地内にあったほかの学科の校舎や、同じ敷地内になかったはずの学科の校舎から生徒たちがぼつぼつと校庭に集まり始める。


 穂村達三人の男達は全校に呼びかけて回るクラーラの手伝いとして、徐々に集まり始めた生徒の学科と学年を尋ね整列する位置を指定して並ばせている。


 最初はぼつぼつとしか出てこなかった学生たちだが、やがてそれは一つの群れのような集団となり校舎から全生徒が吐き出される。


 やがて教員たちも校舎から出てきて整列の指示を手伝う。

 全校舎を回ったクラーラに詰め寄る教員もいるようだ。


 それを目にした穂村は『名門』武蔵総合学園の教員といえど生徒にイニシアティブをとられればあんな態度に出るのか、ああはなりたくないなと内心で思い、汚物を見るのを避けるように視線を集まりだした生徒に向け、声をかけて整列を促す。




 やがてほぼ全校生徒が揃ったかのように生徒が校庭に整列し、安否確認が済む。

 各クラスのクラス委員から報告を受けたクラーラに穂村は状況を尋ねると、

「どうもの生徒と全ての教職員が転移したようね。ご丁寧にも敷地や校舎や備品ごと」

 クラーラは穂村に向けて茶目っ気たっぷりな表情でいたずらっぽくそうぼやく。


「学園長は食料と水の供出は許可してくれましたか?」

 それを無視して喫緊の問題を尋ねる。


「ええ、致し方なしということで全面協力してくださるそうよ。ただこの独断専行に関してはお小言頂いちゃったけど」

 美麗な顔立ちに苦笑いを浮かべクラーラがそう返す。


「まぁそこは仕方ないでしょう、様にも立場がありますし……他の教員への手前必要性は認めても釘を刺しておかなければ示しがつきません」

 肩をすくめて穂村が惚ける。


「で、基本的なことは修正路線でいいのね?」

 クラーラが確認をする。


「ええ、あれで行きましょう。これからしばらくは従姉ねえさんに過大な負担がかかると思いますが、俺達も出来る限り手伝いはしますので。無理しない範囲でまとめ役をお願いします」

 申し訳なさそうに穂村が肯定する。


 実際この異世界の可能性が高い土地で、が生き残るためには皆が認める指導力の高いリーダーは必須なのだ、それ故その役割を担う者は心労も疲労も重圧も他の者とは比較にならないほど重いものがかかる。


 だがクラーラは超絶不況の日本において数少ない成長を続けた企業グループのオーナー家である鷺宮家の嫡女であり高貴なる者の義務ノブリスオブリージュを理解している、だからこそ後継の最有力候補と目されてもいたのだ。


従姉ねえさんには申し訳ないけど……お願いします…」

 そう穂村は願い出る。


 全員で生きて帰るのはおそらく無理だろう。

 見知らぬ土地で生き抜くための準備をしている間に脱落者が出るかもしれない。

 準備ができる前に野生動物に襲撃される可能性もあれば、原住民と不幸な接触があるかもしれない。

 未知の病原菌が存在すればあっという間に生徒の大半が死ぬ可能性だってある。


 だからこそ頂点に立つ者リーダーは皆が認めている人物でなければまとまらない。


 それでもリーダーに対し不満をぶつけるものは出て来るだろう、自分の人生に常に不満を抱えている者はどこにでもある程度いてその責任を他人のせいだと思うバカ者は一定以上存在する。


 そういう奴が現れた時こそ自分が仕事をする番だ。

 個別に話をして希望を聞き、皆とやっていけないようなら独自で道を切り開いてもらう。

 それも嫌なら他人の希望をへし折らせないないようにになってもらおう。


 この何もない土地で一から全てを作り大集団を生かす為には、ある程度の間引きは必要である。

 群れが生きていく為には力を合わせる必要があり、造反して社会グループを分断するものは必要ない。

 そういうのは確実に食っていける豊かな社会だからこそ許されるのだ。

 勿論人の命を手にかけることは良いことではない。

 だがそうしなければ恐らくもっと大勢の命が失われる、ならば自分は悪党、畜生と謗られようと、自らと自らの大切な人たちを生き残らせるために全力を尽くそう。


 それが例え人の道を外れていたとしても……


 改めてそう決意すると、光に満ちた方へ従姉を送り出す為に

「よろしくお願いします」

 と深々と頭を下げ、頼み込むのであった。


「わかりました、引き受けましょう。ほっくんも無理はしないようにね。今のあなたうちに引き取られてきた時の怖い目つきになっているわよ……」

 穂村の決意に気付いたのかクラーラがそうたしなめるが、

「必要なことをする人間はどこかにいなくちゃいけないんですよ……」

 己の意思を曲げることはないと暗に穂村は示す。

「そう……背負いこみすぎないでね。最小限の大事なことだけ確保して逃げたっていいんだから」

 従姉は道を示す。

「心に留めておきます」

 決定的な決別は避けられたが、二人の道は分かたれたのかもしれない。

 それが分かるのは後になり結果が出てからであろう。

 壇上にクラーラが上がる。

 彼女を待っているのはどんな運命か?

 今の段階でそれを知る者はここにはいない……



「皆さん既にお分かりの方もいらっしゃるかもしれませんが、我々は見知らぬ土地にいる可能性があります」

 クラーラがそう言いながら周囲を示し。

「このような風景は我々の知る土地にはありませんでした。また軽々しく言いたくはありませんが異世界である可能性もあります。このように、ステータス。自分の能力を確認したいと念じながら『ステータス』や「能力」を含むワードを発言してください」

 そうステータスを表示して指示する。


 それを聞いた者たちは最初はまばらに、表示がされると分かると徐々に騒ぎが増し。

 ついには騒然と能力を表示していく。


「皆さん落ちついてください。ここが異世界である可能性はご理解いただけたと思います。我々は…いえ異世界に転移した可能性があり、おそらくインフラはほぼ全て断絶していると思います。ある程度残っているのは貯水槽の水くらいでしょう」

 そう断言する。

 校庭に集まった者たちがさまざまな感情の叫び声をあげる。

 絶望に打ちひしがれた者、物語のようだと喝采を上げる者、帰りたいと嘆く者、様々だ。

「ですが幸いにも我が校には災害避難時の救難物資が貯蔵されています。学園長先生の許可もあり、それを供出していただくことになりました。それで当面はしのげると思います」

 希望はあるという意思を声に込めてクラーラが言う。

「まず食料と水はこの校庭で配布します。食事を摂る時はこの校庭でお食べになってください。それがまず第一の規則です。ここ以外に食料を持ち出し誰かに奪われたとしても我々はそれに感知しません。食料が実際に奪われたのかどうかを証明できないからです。なのでもう一度申し上げますが食料は絶対にここでお食べ下さい」

 叫び声を上げる者はずいぶん減ったが、ざわめきは静まらない。


「配給は生徒会と有志生徒主導で行います。お手伝い下さる方は後で生徒会役員にお申し出ください。配給の際は吹奏楽部の方々にその度ごとに校内に告知の演奏をしながら巡回していただきたいのですが、よろしいですか? 曲は『線路は続くよどこまでも』でお願いします。それと物資の盗難を防ぐため、柔道部、空手部、剣道部、総合格闘同好会、ボクシング部、レスリング部の方々に24時間体制の警備をお願いいたします。各部ごとの警備ではなく、少なくとも三つの集団から各自一人は常に出す形でお願いします。無理なく24時間体制で警備できるよう後で話し合いましょう。吹奏楽部の方々を含め役割を担ってくださった方々は多少物資の融通は利かせますがいかがですか?」

 落ち着きを取り戻した生徒が頷くが、不満の声を上げる者もいる。


「このような未知の状況で皆さんにストレスがかかるのは理解しておりますが、それでもより多くの人たちが生き残る為に、役割を担ってくれる人を無碍にすべきではないでしょう?」

 クラーラはそういって不満の声を封殺する。


「この後に各学科、各学年のクラス委員はクラスの方々のステータスを写し取って記録し生徒会へ提出してください。教職員の皆様方も同様にお願いします。ステータスで表される内容を一言一句漏らさず一人A4用紙一枚使って書き込んでください。それがこの窮地を抜ける鍵になるかもしれません。その後に普通科は各学年ごとに男女二人ずつ、他の各学科、各学年は男女一人ずつ代表者を今日中に選んでください。明日の朝八時半から教員代表と各学科、各学年の代表者、生徒会と有志代表により代表者会議を開き、今後の役割を話し合います」


 そう宣言する。


「まぁ明日の朝までに元の世界に戻れていたら開催しませんけどね」

 はにかみながらそう茶化すと雰囲気が一気に和らぐ。


「あと寝るのは全員寮生なので大丈夫だとしても電気は使えないので日が暮れたら職務以外での外出は禁止。各女子寮は寮生による警備と巡回をお願いします。これは寮長と寮母さんを中心に話し合ってください。とりあえずは以上ですね。まだ日は高いですが話し合っていたらすぐに日は暮れると思います。我々は仕事をお願いする各部との話し合いの後、十七時頃に配給を始める予定ですので皆さんも代表者の話し合いの後女子は寮の警備について話し合ってください。ではごきげんよう」


 言い終わってクラーラが壇上から降りると、堰を切ったように生徒たちが騒ぎ始める。


 流石従姉さんだ。穂村は内心で喝采を上げると、絶望したり自暴自棄になるものが出ず最悪の事態を避けられたことにほっと胸をなでおろすのだった。



 XXXX年 X月 X日 深夜 晴天 XX XXXX XXXX



「姫様、よろしいでしょうか?」

 障子の向こうから声をかけられる。


「良い、何事か?」

 膝の裏まで届きそうな黒く艶やかな長髪を床に広げ、片肌を開け襦袢を晒したミニスカ和服を着た目尻が釣り気味のつぶらな瞳の美少女が障子の向こうの乳姉妹に先を促す。


「庄内川の河口に見たこともない城が突如現れたとのこと。それを知った長島城主 服部友貞が攻め入る様子でございます」

 気真面目そうな少女が乳姉妹であり主君であり友人である美少女にそう報告する。


「物見を増やしておけ、母上と末森は様子はどうだ?」

 緊張をはらんだ声で美少女がそう問いかける。


「報告は入っているようですが動きはありませぬ」

 少女が答えると、

「では友貞めがどうなったかが分かり次第動くとしよう。友貞が勝てば叩く必要がある。もし友貞が退けられるようならば誼を通じたい、そなたと泉で供をせよ」

 美少女がそう言うと、

「姫、いささか供回りが不足しているのでは?」

 少女が中元を加える。


「友貞めは軍を率いて乗り込むだろう、そのあとで誼を通じたい我らが軍を率いて話が通るか? 土産の品は酒と食い物がよかろう。戦で荒んでいる心にはそれがましな差し入れだろうしな」

 美少女がそう指示を付け加えると。

「承知いたしました」

 と少女が納得し準備のために下がる。


「しかしあの地に一夜にして城を建てるとは、どのような者の仕業であるか……」

 そう呟くと楽しげに笑うのであった。



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