第7話【未来の芽】

「ミトラ。昨日の話だが。決心がついた。どうかこれからも私をお前たちのパーティに居させてくれ」

「え。本当!? 良かった。嬉しいよ。ありがとう。これからもよろしく!!」


 村長の計らいで村人からお礼の宴に参加していたミトラに、隣に座っていたククルが今後についてを伝えた。

 ミトラは子供のような笑顔を浮かべ喜び、ククルの両手を手に取り礼を言う。


「やったぜ! これで安心してクラン設立に向かって突き進めるな!」

「うん。つっかえは無事無くなったみたいだね」


 向かいに座ったセトとジルバは立ち上がりククルに右手を差し出した。

 ククルも勢いよく立ち上がり、それぞれを片手で握ると嬉しそうに上下に振った。


 ひとしきりククルのパーティ継続を喜んだ後、思い出したようにククルはミトラに疑問を投げかける。


「そういえば。ミトラがバジリスクを一人で圧倒できるだなんて、正直驚いたぞ。あんなに強いのに、何故私だけに戦わせるんだ?」

「ん? ああ。それはね……」


 ミトラの説明はこうだった。

 ジルバもセトも既に知っている事なのだが、ミトラは大抵の事は卒なくこなす万能の天才なのだと。


 しかし、ジルバのように味方を守り全てを受けきれるほどの堅牢さも、セトのように複数に継続する回復魔法をかけることも、そしてククルのように強大な一撃を放つことも出来ない。

 よく言えば万能、しかしもっと言えば特化のない才能だった。


 更にミトラはいくら強くても個人の能力では限界があると知っていた。

 どんな魔物でも倒せる冒険者でも、囲まれてしまえば本来の実力を出し切れずに敗北する。


 逆に個々の力だけでは困難な相手でも、各自が得意な分野を発揮出来れば圧倒することも可能だ。

 才能を視ることの出来るミトラは、結果として個としての最強よりも集団としての最高を選んだ。


「だから俺は、みんなのいい所をもっと伸ばせるように、補助魔法に専念したんだ」


 そう言いながら、ミトラは微笑む。

 パーティは管理局の規定により四人しか組むことができない。


 昔はそれ以上も許されていたが、人数が増えるとパーティ内の運営もそれだけ難しくなる。

 様々ないざこざを経て、メリットとデメリットのバランスから最大四人が決められた。


 しかしそれはいちパーティの話で、複数のパーティが集まるクランにさえ所属すれば、クラン単位で依頼に当たる【集団依頼レイド】を受けることが可能になる。

 クランが抱えることのできるパーティ数も実績によって制限されるが、より戦略的に多角的な攻略が可能になる。


 人数が増えれば増えるほど、ミトラの補助魔法がもたらす恩恵は大きくなっていく。

 ミトラの選択は、未来を見据えたものだった。


「恐れ入ったよ。ミトラの前では、自分が強くなることばかりを考えていた自分が恥ずかしくなるな。まぁ、今日は飲め! これからの私たちの未来に乾杯だ!!」

「うん!」


 ククルはミトラのコップに自分が飲んでいた果実酒を注ぎ、杯を掲げた。

 ミトラも合わせるように目の高さに掲げると、ククルが飲むと同時に自分の口へ流し込んだ。


「あっ!!」

「まずいっ!!」


 同時にセトとジルバの叫び声が上がる。

 セトは青ざめた顔で頬に両手を当て、ジルバは既に席を移動しようと目の前の皿を整理している。


「おい。どうしたんだ? 急に……」

「俺だってなぁ!」


 二人の態度に困惑して何事かと聞こうとした矢先、ククルはミトラに肩を強く叩かれ意識を向ける。

 色白なミトラの顔は赤く染まり、潤んだ目は座っている。


 誰がどう見てもミトラは酔っていた。


「俺だって、色々と思うところはあるんだよ!? 何考えてるか分からないとか! リーダーなのに影が薄いとか!!」

「おい……嘘だろ? 子供も飲むような酒だぞ?」


 突然絡み始めたミトラを見て、ククルは困惑する。

 よく見ればコップの中身はさほど減っていない、典型的な下戸だ。


「でもね!? 頑張ってるんだよ? これでも!! 大体ね? 君には才能あるよ。なんて言ってきちんと聞いてくれる人なんてどれだけいると思う? そりゃあ、俺を信じてくれて頑張ってくれたら、性格に問題あっても、なかなか捨てられないよ!?」

「誰のことを言っているんだ?」


「ククルもさぁ。いきなり来た、身も知らずの男に魔術師やめて剣士になれだなんて。よく言うこと聞いたと思うよ。実際!」

「おい。それは褒めてるのか? 貶してるのか?」


 まくし立てるように若干支離滅裂な気持ちを吐露するミトラを、どうすればいいのかククルは困ってしまった。

 ジルバは既に雲隠れを決め込み、セトは諦めた様子でことが過ぎ去るのを待っているようだ。


「でもね……嬉しかったんだよ。俺のこと信頼してくれてさ。でも、不安だったんだ。いつかまた裏切られるんじゃないかって……」

「そうか……それはすまなかったな。今思うとすぐに返事を返せなかったのは申し訳ないと思ってる。だが安心してくれ。私は神に誓った。今後私から脱退を切り出すことは絶対に、無い」


 ミトラは酒に酔ったせいなのか、それともククルの言葉が嬉しかったのか、涙目になっている。


「うん……」


 そう一言だけ呟くと、糸が切れたようにミトラは眠りに落ちた。

 それを見てククルは微笑み、セトは驚いていた。


「こんなことは初めてだよ。と言っても、酒に弱いことはミトラも知っているから、酔うこと自体珍しいんだけど。いつもなら朝までずっと絡みが続くんだ」

「そうか。今日は大仕事だったからな。疲れが溜まってたんじゃないのか?」


 気持ちよさそうに眠るミトラの顔を、ククルはしばらくやさしい気持ちで見つめていた。



「うぅ……頭が痛い。ククル。昨日俺にお酒飲ませたでしょ。乾杯してから先の記憶がないんだけど」

「え? ああ、そうなのか。すまんな。まさかあんなに酒に弱いとは知らなかった。気をつけるよ」


 次の朝、ミトラはまだ酔った影響が残っているようで、頭に手を当てながらリビングに入ってきた。

 それを見たククルは少し笑いながら、謝罪の意を述べる。


「ほんと、飲める人には分からないかもしれないけど。結構辛いんだからね?」

「ああ。私も何度か飲み過ぎて次の日も気持ちが悪かったことがあるからな」


「あ! ミトラ様、ククル様。おはようございます!」

「おはよう。テレサ。悪いんだけど、少し声を小さくしてくれないかな」


 ミトラに次いで、村長の孫娘であるテレサもリビングに入ってきた。

 昨日ミトラたちが泊まった場所が村長の家なのだから、テレサが居ることはおかしなことではない。


「どこか調子が悪いんですか? まさか……バジリスクとの戦いの影響が今になって?」

「いや。気にするな。ただの二日酔いだ」


 出会った時の失礼な態度が嘘のように、テレサは特にミトラに心酔の念を抱いている。

 そんなミトラがまさか二日酔いで弱っているなどと、テレサは一瞬理解できずにきょとんとした顔をする。


「はぁ……ミトラ様にも弱点はあるんですね。それでは、昨日お聞きした、私が村を守れる。というお話の続きを、今聞くのはいけませんね」

「ああ。大丈夫だよ。それくらい問題ない」


「まぁ! 本当ですか? 良かった。あの……それで、実はもう一人見ていただきたい者が居るんですが、構いませんか?」

「うん? どういうこと?」


 テレサが言うには、昨日ミトラから自分に魔物と戦えるようになるだけの才能があると聞いたことを、幼なじみに言ったらしい。

 思い込みの激しいテレサは既にその気になっていて、自分がこの村を守れるようになるのだと、その幼なじみに伝えた。


「そうしたら、ラキのやつ。それなら俺もなる。俺にも才能があるはずだ。俺がお前を守ってやるって言い出して……」

「へぇ。それはそれは……」


 何やら甘酸っぱい雰囲気を感じ取り、ミトラは興味深そうな顔をする。

 ミトラは人のそういう話を聞くことが好きだった。


「私は、ミトラ様にこちらからお願いするなんて失礼だ。と言ったんですが、聞いてくれなくて」

「うん。いいよ。実際、すごい才能があるかもしれないしね。今から早速視に行こう」


 ミトラはラキのいる所まで案内するようにテレサに頼んだ。

 ラキにこっちに来るように伝えるとテレサは言ったが、それでは二度手間になるからとミトラは一緒に向かうと伝える。


「ククルも来る?」

「ああ。そうだな。そのラキと言うやつがどんなやつだか私も興味がある」


 ククルも悪い笑顔を浮かべ、ミトラたちに同行することを決めた。


「ラキ! ミトラ様が見てくださるそうよ。もう! 感謝しなさいよね!」

「なに!? ほんとか! ありがとうございます! あの、俺、ラキって言います。この村で牛飼いやってて……」


 ラキと呼ばれた少年は、村の牧草地帯に居た。

 牧草地と言っても、この辺りは土が痩せていて、まばらに生えているだけだった。


 その牧草を一生懸命に食べてる牛を見ているのがラキだ。

 深緑色の短い髪と濃い紫色に瞳の人懐っこそうな少年だった。


 その少年を銀色の瞳がじっと見つめる。

 そしてミトラは自分の魔眼で見えたもののせいで、笑みを浮かべた。


「あのっ! こいつが、あ、いや。テレサが。すごい才能あるって言われたって。それで! 俺にもなんか才能ないですか? こいつ一人で魔物と戦わせるなんて、俺、嫌なんです!」

「もう。ラキったら。そう言ってくれるのは嬉しいけど。そうそう簡単に才能が見つかるわけないじゃない」


 ラキはたどたどしくも、ミトラに自分の気持ちをはっきりと伝える。

 誠実で真面目な人格だと言うのが初対面のミトラたちもよく分かった。


 そして、テレサに幼なじみ以上の感情を抱いていることも。

 それに対するテレサの反応も、また分かりやすいものだった。


 それを見たミトラとククルは暖かい気持ちになる。

 もしここにジルバも居たら、羨ましさのあまり、血涙を流していたかもしれない。


「どうですか……? 俺、テレサの前に立って、テレサを守れますかね?」

「うーん。残念だけど。君がテレサの前に立つのはおすすめしないなぁ」


 恐る恐る聞いたラキは、返ってきたミトラの答えにガックリと肩を落とす。

 しかしミトラは更に言葉を伝えた。


「テレサの才能はね、槍を使うことなんだ。前衛向きの才能だね」

「槍ですか? あの、長い棒のような」


「うん。そう。それで、ラキ。君にも才能があるよ。弓を使う才能が。つまりテレサが前で、君が後ろ。その方が上手くいくね」

「え!? 俺が、守るんじゃなくて守られる方ですか?」


 てっきり才能が無いものだと思っていたラキは、ミトラの言葉に驚く。

 しかし、守ろうとしていた彼女に、逆に守ってもらう立場というのが気になるようだ。


「うーん。前衛が後衛を守るって言うのは、そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える」

「どういう事です?」


「魔物が近くに来てしまえば、直接戦うのはテレサで、ラキに魔物が近づかないようにしなければならない。その場合はラキはテレサに守ってもらうことになるね」

「はぁ。それだと、逆に俺が足枷になるのか……」


 ラキはあからさまに落ち込みを見せた。


「でもね。弓の真価はまだ魔物が遠くにいる時に発揮されるんだ。あそこに飛んでる鳥が何びき居るか分かるかい?」

「え? あのミーティアですか? 四匹ですね。それが?」


「凄いな。私にはあれが鳥だと言うことすら分からん」

「ラキは昔っから遠くを見るのが得意だもんね。あんな遠くに飛んでる鳥の種類も数もきちんと分かるなんて」


 ラキはミトラの問いかけの意図が分からず、見えた通りに答える。

 それに対するククルとテレサの反応が、ラキに才能に片鱗を物語っていた。


「近付く前に撃ち殺せる。これが弓士だよ。つまりテレサに魔物が届く前に君が倒せれば、君がテレサを守ったとも言える」

「なるほど!」


 ラキは合点がいったようで、嬉しそうに飛び跳ねた。

 テレサも諦めつつも、心の中ではラキと一緒に戦えたらと思っていたのだろう。


 喜ぶラキと一緒に、目いっぱい喜んだ。

 それを見たミトラとククルは互いに微笑みながら顔を見合わせ、そして笑った。

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