第2章-1 陽キャ必衰の理はよ


「ねえ兄貴?」


 ん?

「ねえ兄貴、聞いてんの?」

「ああ。聞いてる聞いてる」

「嘘。聞いてない」

 ったく……うるさい妹様が横でビービーわめいている。ソファでゴロゴロと偉そうにしてないで亜希乃も手伝えよ。

「聞いてるよ。日曜になんたらってのが来るんだろ?」

「それ、聞いてるうちに入んないし」

「だめだだめだ。俺は忙しいんだよ、もう高2だぜ、来年には受験生なんだぜ」

「何言ってるの? らしいこと何一つしてないじゃん。やってんのはひたすら深夜アニメの消化とブログの更新と」

「……勉強しかしてねえよ」

 何故ばれている?

「まあいいけど。そこまでしらを切るならこっちにも考えってもんがあるんだから」

 そう言って亜希乃はメガネをクイっと上げる仕草をする。無論メガネなどかけてはいない。

「……なんだよそれ?」

「あ~~兄貴が最近はまって集めてる、なんだっけ? えーと、魔法少女あけみ……なんとか、だっけ? あのBD―BOXとか、ママにばれたらマズいだろうなあ」

 がちゃん。思わず手から皿が滑り落ちる。幸い割れてない、よかった。じゃねえよ。どうしてお前がそれを知ってんだ? まさか俺がいないときに勝手に俺のPC使ったな……もしかしてディスク入れっぱなしだったか? ぐぬぬ。俺は平静をひたすら装うことにして皿洗いを続ける

「何を言ってるのかわからんな」

「誰かさんがブログで推しまくってたけど? 神回だ! とかなんとか」

 がしゃんっ。おいおいおいおい? 何で俺のブログまでチェックしてんだよ、どこのおかんだよ? それに教えてないのに、どこから情報が漏れている……?

「……で、俺はどうすればいいんだ?」

「きゃあ兄貴さっすがあ話が分かるぅ。というわけで、日曜私と一緒について来てくれさえすればいいから」

「まあいいけど……てゆーか、学校の友達とかと行けばよくないか?」

「無理に決まってんじゃん。友達にばれたらせっかくの私のキャラが壊れちゃうじゃん?」

 平然とそう言ってのけやがった。おいおいどんだけ猫かぶってんだ、妹よ?

「絶対兄貴もはまるからっ! センターの子とか激カワでさぁ? 兄貴もそろそろ二次元卒業しないと将来が心配だよ?」

「余計なお世話だ。それに二次元は卒業するもんじゃねえ。むしろお前らが三次元を卒業しろ」

「出たよ暴論……」

「あくまで世界の理にすぎぬ」

「はあ……まあ兄貴は適当に見てるだけでいいから。とりあえず抽選会の参加券は一人三枚までだから数合わせだけでもっ、ねっ、お願いっ!」

「だから数合わせならもっと他に誰かいるだろ?」

「えーっとなんだっけ? 昨日の晩兄貴の部屋から聞こえてきた……ラブなんちゃらショーットだったっけ?」

 がっしゃん。

 わーったよ。行きゃいいんだろ行きゃあ?





「ってことになっちまってさあ」

「ほ、ほほう」

「まったく。貴重な日曜休みだってのに、せっかくお前ん家でだらだらしようと思ってたのによ」

「お、おお。それは無念」


 昼休み校舎裏の階段のところでいつものごとく飯を食べる。隣で適当に相槌を打ってくるのは同じクラスの太洋、小学校からの腐れ縁だ。同じクラスなら教室で食えよと突っ込まれそうだが、残念ながらそこに俺たちの居場所はないのだ。最近は二次元勢力も健闘してきてはいるが、クラスの陽キャ勢にかかれば「偏に風の前の塵に同じ」って感じ(出典 平家物語)で俺たち二次元を愛する者共の肩身は狭い。いや単純に俺と太洋の肩身が狭いだけかもしれない。妹のこと言えねえわ。

 かの平家物語でも「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」「奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し」というように全ての物は「諸行無常」であり、移り変わるのが世の常、勢いを、強さを保ち続けるものはない、と言われているのだから、早くクラスの陽の者どもは滅び去ってほしい。できれば俺の在学中に、具体的には修学旅行シーズンまでに滅んでほしい。班決めとかガチで地獄でしかない未来が見えるんですが。

 ていうか平氏と源氏が争ったのは平安時代末期、先に栄華を極めたのは平家だった。1167年平清盛が太政大臣となり、日宋貿易で大輪田泊(神戸市)を整備、平氏一族が政治を席巻した。「平氏でなければ人でなし」とはよく言ったものだ。しかしそれからわずかの間に、源平合戦が起こり一ノ谷の戦い、屋島の戦いと平氏は西に敗走し、ついには1185年壇ノ浦の戦い(山口県)にて平家は滅亡する。その後は源氏から執権北条氏に続く長い鎌倉時代が始まった。その栄枯盛衰の様を琵琶法師と呼ばれる語り手が伝えたのが平家物語なのである。だからさぁ、平家繁栄即滅亡は平安時代なのに、源氏が栄華を誇った+平家物語は鎌倉時代。補足すると紫式部が書いた日本初の小説と言われる「源氏物語」は平安時代待ったなし。色々とややこしいんだよなあ……

 ちなみに俺は中学のテストで、源氏物語の作者は清少納言やらかしをしたことがある。よく考えればわかるのだが、なんとなく似てんじゃん? 逆になっちゃうのもやぶさかだよね? 正確な組み合わせは「源氏物語 紫式部」「枕草子 清少納言」である。まあ対応策としては作品名作者名を合わせて合計7文字である。これを思いついて以来、もう二度と間違えることはなくなった。

 ちなみにもう一つ補足すると文学作品では平安時代「枕草子 源氏物語」 鎌倉時代「平家物語 方丈記(鴨長明)徒然草(兼好法師)」ぐらい覚えとくと最低限助かる。和歌集で言うと日本最古の勅撰和歌集として奈良時代の「万葉集」平安時代の「古今和歌集」鎌倉時代の「新古今和歌集」は抑えどころ。特に万葉集は、元号「令和」のもとになった大伴旅人の歌や、九州防備に当たった防人(さきもり)の歌などが入っていることでも有名だ。


「お主、ずいぶんぼーっとして大丈夫でござるか?」


「あ、ああ、すまんすまん、大丈夫大丈夫」

「ならいいでござるが」

「それにしても、いーよなあ大洋は。一日中家でゲームできてさ」

「お、そ、そうでござるな」

 昨日の晩飯の残りが詰められた弁当をぱくぱくしながら、気の置けない友人相手にだらだらと愚痴る。だからか太洋の返答もいつも以上に適当でやっつけ仕事感が半端ない。


「はあぁぁぁ」


 ちょっとわざとらしくため息をついてみる。


「でもお主はいいでござるよ」


「何がだよ?」

「そいつぁ可愛い妹様が休日デートに誘ってくれてるようなもんだ。考えようによっちゃ超裏山でござるよ」

「残念だな。本当に“ようなもの”だからな」

「いやいや話だけ聞いたらそれなりのリア充野郎でござる」

「話だけならな」

 実際のところは裏山の木の一本分のその根っこすらない。枯れ木も山の賑わいとは言うものの、やはり枯れ木は枯れ木でしかないと思うのである。俺と方向性こそ違えど重度のドルオタである妹など一体どこがいいと言うのか。まあ今のところ、あっち方面の腐った方向には行ってないようなので一応安心はしている。


「あああ、凛ちゃんとかがあの声で毎朝起こしに来てくれたらなあ……」

「あの凛様とうちのクソ三次元妹を一緒にするな。稟様が汚れるだろ? まあ本当に毎朝起こしに来てくれるんなら百万円注ぎこんでも安くないとは思うがな」

「相違ない。凛cサイコーでござる!」

「最高でござる!」


 太洋の語尾を真似してみる。しかしどうしてこんな喋り方になったのか……


「今度の劇場版第三弾特典の絵柄がそろそろ公開されるはずなんだが、待ちどおしいくて仕方ないでごわす。まあ全部揃えるのは財力的に不可能。せめて稟cが早めに来てくれればいいんだが」

「一枚1400円だっけ? それで9人分とかどんだけだよって感じだな。社会人ならまだしも学生の財布の軽さ舐めんなって感じだわ」

 学生の気持ち、もっと考えてよ……なんでいろんなことがわかるのに、それがわからないの!?

「仕方ないでござるよ。しかしランダム商法でないのが唯一の救い。とりあえず凛様のは全てコンプするでごわす! この前の第二弾の凛c、誰得俺得サイコーじゃけえ次も期待大でごわす!」

「だよなだよな。そんでさぁ……」


 二次元至上主義のほぼ唯一と言っていい親友と共通の趣味について語り合える、誰にも邪魔されない、誰の目も気にしないで済むこのささやかな時間が、俺の生き甲斐だ。永遠に続いてほしいとさえ思うが、今日も無情にチャイムは鳴る。俺たちはそそくさと弁当をしまって、二人して肩を落として教室へと向かうのだった。


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