盗難保険③

 冒険者ギルドに辿り着いた俺達は、顔見知りのギルド職員への挨拶も程々にギルド長――アドランの部屋へと赴いた。


「おぉ!? リクか。よく来たな。例の保険はどうなった?」

 アドランは俺の姿を確認すると、笑顔見せる。


「その件で相談がある」

「報告では無く、相談か」

「そうだ。盗難保険は型になりつつあるが、完成させる為には、冒険者ギルドの力が必要となる」

「ほう。うちは盗難保険にはあくまでノータッチだ。相談するなら、うちじゃなくて商業ギルドに相談すべきじゃないのか?」

「いや、冒険者ギルドにしか頼めない相談だ」

「うちにしか頼めない相談事か……。面白い話してみろ」

 こうして俺はアドランに、運搬と護衛の関係についての説明を始めた。


「なるほどな。つまりは、護衛付きの商隊以外は盗難保険を売りたくないと」

 アドランは俺の話を聞いて、深く頷く。


「まぁ、端的に言うと、そうなるな」

「それ、俺への相談というのは何だ? 流石に、俺の力じゃ商隊に護衛を強制は出来ないぞ?」

「いや、そういう話ではない。俺が頼みたい相談とは……護衛の料金をもう少し安く出来ないか?」

「は? 護衛のクエスト報酬金を下げろだと?」

「そうだ」

「なぜ、リクと商業ギルドの利の為に、冒険者ギルドが損をせねばならんのだ」

 アドランは俺の意見を真っ向から否定する。


「落ち着け。この話は決して冒険者ギルドが損をする話ではない。むしろ、冒険者ギルドに利をもたらす話だ」

「ほう。うちに利があると?」

 俺の話を聞いて、アドランがすっと目を細める。


「確かに単価――クエスト当たりの報酬金は減るが、依頼数が増えたらどうだ? 例えばの話だが、クエスト報酬が二割減になっても、依頼数が倍になったらどうだ?」

「クエスト報酬が二割減って、依頼数が倍だと……どうなるんだ?」

「冒険者ギルドが得る報酬金は一.六倍になりますわ」

 悩むアドランを見て、シャーロットが即座に答えを告げる。


 売上の基本は客数(依頼数)×客単価(クエスト報酬金額)。客数が落ちても、客単価がそれ以上に上がれば売上は上がるし、客単価が落ちても、客数がそれ以上にあがれば売上は上がる。商売の基本だ。


「な!? 一.六倍だと!?」

「ですわ。運搬の護衛クエストに限った話となりますが」

「う、うむ。そ、そうか……しかし、あれだ、実際に依頼数が二倍になる可能性はあるのか?」

「そうだな。俺の算段では、上手くいけば依頼数は倍になるだろう」

「それは誠か!」

 俺の言葉を受けて、アドランは目を見開いた。


「シャーロット。例の資料を渡してくれ」

「畏まりましたわ」

 シャーロットはアドランに、運搬の護衛を付ける割合及び護衛有無による被害率を纏めた書類を手渡す。


「ふむふむ……って何じゃこりゃ! こんな細かい数値を見せられてもよく分からんわ!」

 アドランは書類を一通り眺めた後に、目の前の机に叩き付けた。


「ノリツッコミかよ。愉快なおっさんだな」

「アドラン様には少々難しい書類ですわ」

「ご安心下さいなのですよ。ルナもチンプンカンプンだったのですよ」

 俺とルナで必死に纏めた書類だ。ぞんざいな扱いをされれば悪態もつきたくなる。


「クッ!? 口で説明せい!」

 アドランは高揚し叫ぶ。命令形かよ! とツッコみそうになったが、アドランの沸点的に遠慮しておいた。


「了解だ。現状、護衛を付けている商隊の割合は四割だ」

「四割というのは、商隊が十あったとしたら四という意味ですわ」

「そのくらいわかるわ!」

 シャーロットが優しさから解説をするが、アドランはご立腹だ。


「話を戻すぞ。今から商業ギルドに赴いて、先程の話をする」

 先程の話というのは、運搬と護衛の関係性の話だ。


「ふむ。確かに商業ギルドの連中も興味は持つ話だな」

「そして提案をする。護衛の重要性と護衛のクエスト報酬の値下げ。そして、護衛を付けた場合の盗難保険の保険料の話をする」

「ふむふむ。続けよ」

 アドランは俺の話に釘付けとなる。


「仮定の話をしよう。百万Gの商品を運搬している商隊がいる。運搬に成功すれば、得られる利益は三〇万G。しかし、失敗すれば損害額は百万G。この運搬を十回行ったとする。護衛を依頼するであろう私兵を持たない中小規模の商隊の被害率は二〇%。故に、八回成功して利益が二百四十万G。しかし二回は失敗して損失が二百万G。利益は四〇万Gとなる」

「ふむふむ」

 俺はゆっくりと、白紙に数値を書きながら説明。アドランはしきりに相づちを繰り返している。


「次に護衛を雇い、且つ盗難保険に加入した場合だ。護衛を付けた場合の被害率は五%。但し、護衛を付ける商隊が増えると、護衛付きでも商隊が襲われる可能性が高くなると想定して、一〇%と仮定しよう」

「ほぉ。自分の商談に不利になる要素を自分から盛り込むか」

 俺の言葉を受けて、アドランは楽しそうに笑う。本音で言えば、一〇%も被害率が上がるとは思わないが、ここは文句言われない数値に設定した。


「話を続けるぞ。護衛の費用を運搬費の八%と仮定する――」

「待て! 相場は運搬する商品の一〇%だぞ」

 アドランは腰を上げて声を荒げる。


「話を最後まで聞いてくれ」

「むぅ。分かった」

 俺は落ち着いた様子で片手を上げると、アドランは腰を下ろす。


「護衛の費用を運搬する商品の八%と仮定し、保険料を運搬する商品の七%と仮定する。すると、運搬にかかる経費が一五%となる。すると、運搬に成功した時に得られる利益は一五%の一五万Gになる」

「ふむ。続けよ」

「運搬を一〇回続けた時に得られる利益だが、九回成功して一三五万G。一回は失敗する計算となるが、損失は保険で補償されるので損失は〇G。つまり、得られる利益は一三五万Gと、護衛及び保険を適用する前よりも九五万G上がることになる」

「なるほど。この説明を聞けば、商人はギルドに護衛を依頼し、保険に加入するであろう。であるならば、護衛クエストが倍増するという話にも真実味が帯びる。しかし――リクはそれでいいのか?」

「俺の心配をしてくれるのか?」

「ふっ。お主が潰れては盗難保険も潰える。今の説明通りに事が進めば、リクは十回の運搬の盗難保険を請け負うことにより、七〇万Gの保険料を得ることが出来るが、支払う保険金が百万Gとなり、三〇万Gの損失を被ることになる」

 完璧な計算が出来たのかアドランがドヤ顔を決める。ちなみに、俺とシャーロットの予想では、護衛を付けば場合の被害率は七%。実は、このまま運用しても赤黒トントンなのだが、それを言う必要は無い。


「「おぉ」」

 俺とシャーロットは驚いた表情を浮かべて、パチパチパチとアドランに拍手に送る。ルナだけは「アドラン様賢いのですよ」と本心からアドランに称賛を送っている。


「そこに気付くとは、流石はアドラン!」

「流石は、冒険者ギルドの長ですわ」

「ぬかせ! お主達がこんな簡単な計算を見逃す訳がなかろう」

 あくまで称賛の体を保つ、俺とシャーロットにアドランは老獪な視線を向ける。


「まぁな。そこで、アドランにもう一つ頼みたい内容がある」

「頼み事じゃと?」

「そうだ。護衛を失敗した場合は、その損失の半分を冒険者ギルトに補って欲しい」

「損失の半分を儂らに補えと?」

 アドランの瞳が剣呑を帯びる。


「この頼み事をする理由は、二つの理由がある」

 俺は指を二本立てる。


「一つは、アドランが先程指摘した通り、俺が破綻するからだ。仮に盗難に遭っても、冒険者ギルドが半分を補償してくれれば、先程の例で言えば、俺の損失は五〇万G。保険料は七〇万G得られるから、二十万Gの黒字になる」

「ふむ。そうなるな」

「二つ目の理由は、真剣に護衛クエストを全うして貰うためだ」

「どういう意味じゃ」

「仮に盗賊に襲われても、損失が全て保険で補償されると知れば、護衛に手を抜く可能性も考えられる。あり得ないとは思うが、盗賊に遭遇した瞬間に逃亡するとかな」

「むぅ……。そのような事態は……冒険者ギルトを統括する者としては……」

「あり得ない、と言いたいと思うが、傷害保険の毒の件もある。保険は悪用しようと思えば、どれだけでも、悪用が出来る」

 歯切れの悪いアドランに、俺は言葉を言い放つ。


「うむ……しかし……」

「運搬に失敗すれば、商人は成功すれば得られるはずだった利益を失い、俺は保険金を支払うことにより損失を被る。ならば、護衛をする冒険者にも同様にリスクを背負うべきだ。関わる者全てが同様にリスクを負って、初めてこの計画は上手くいくと思う」

「しかし……そうなると……うちの取り分が……。冒険者に全て損失を負わせるのは……流石に無理じゃし……」

「冒険者ギルドが負うべき損失の案分はそちらに任せる。しかし、仮にこの話が上手く進めば、護衛の依頼は間違いなく倍増するだろう。冒険者ギルドとしては、損失を支払っても十分にメリットのある話だと思うが?」

「うむ……しかし……」

「俺からの話は以上だ。この条件が飲めないのであれば、申し訳ないが盗難保険の話は無しだな」

 俺は最終的に全ての決定権をアドランへと委ねた。交渉のポイントはイニシアティブを握ることだ。こちらがお願いをする立場であれば、いつまで経っても弱者のままだ。時に決定権を委ねることも大切だ。


 俺は頭を抱えて悩むアドランを無言で見つめる。


 アドランのうなり声のみが聞こえる空間に耐えること三分。


「無理かな? ならば、仕方が無い。この話は無かった――」

「待て! 無理とは言っておらぬ!」

 部屋から出ようとした俺をアドランが声を荒げて制止する。


「ほぉ。と言うことは?」

「ぐむむ。分かった! お主達の話に乗ろう。但し、一ヶ月様子を見て、ギルドが被る損失が大きかったら、全てを見直せよ!」

「了解。安心しろ。そうなったら、俺も破綻だ」

 苦虫を潰した表情をするアドランに、俺は苦笑を浮かべて答える。


「とは言え、本番はここからだ。この話に商業ギルドが納得しなければ、全てが白紙だ。アドラン、商業ギルドには同行をお願いしてもいいか?」

「勿論じゃ! この話は冒険者ギルドも大きく関わることになる。お主が嫌と言っても付いていくわい!」

 こうして、盗難保険を実現させる為の第一の関門――冒険者ギルドの説得に成功した俺達は、そのまま商業ギルドへと赴くとことになったのであった。

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