ドロさんの大変身

「それにしても、あいつは遅えな〜」

 

 さっきから夜多郎が貧乏ゆすりをしている。


「どうしたんだろうね」

 

 夜多郎の隣に座った風魔が、なおも酒を飲みながら相槌を打った。


「あいつ? あいつって誰のこと?」


 モジャラが首をかしげると、「ドロさんだよ。決まってるじゃないか」と風魔が言った。


「いや、決まってると言われましても……ワタクシは先程まで」

「そうだった、自分の墓穴を掘ってたんだっけ」

「くっ、オイラは本当に風魔が埋まってたら良かったと思うよ」

「またかよお前ら。仲直りしたんじゃないのか? いい加減にしろよ」


 夜多郎が呆れ顔で仲裁に入った。


「あれだよモジャラ、風魔が『ドロの恋を応援してやるのに、良い作戦を思いついた』ってんで、ドロはもちろん、俺や十時にも招集をかけたのさ」

「へぇ、十時もここに来てるの?」

「そうだよ。この作戦には彼の力が必要だからね」


 風魔はやにわにモジャラを引っ掴むと、高く高く持ち上げた。


「うぎゃわ、何やってんだよっ!」

「ほら、そこのカウンター席に十時がいるだろう?」


 なるほど、カウンター席で十時が様々な薬品や書物や実験器具を前に、ゴソゴソやっているのが見えた。


「わかったから、もう降ろしてくれぇ!」

「ほい」


 風魔はテーブルの上にモジャラを投げ出した。


「いてて……あーもう、風魔は乱暴だなぁ‥‥まぁそれより、風魔の作戦ってなんだ?」

「それは、ドロさんが来てからのお楽しみ」


 その時、ガラガラガラ……と店の引き戸の開く音が聞こえた。


「お、やっと来やがった! ドロのやつだろう」

「多分ね」

「わ〜い、お客さんだぁ!」


 風魔はまたお猪口に酒を注いでいたが、夜多郎はすぐに立ち上がり、かわうそと共に客の出迎えに行った。


 すると、五秒後に「お、おお?!ど、ドロ、お前……」「えっ………」と言う二人の声が風魔の席まで聞こえて来た。しかし、なぜかその後の言葉が続かないようだ。


「どうしたんだ?」


 怪しんだ風魔とモジャラは、自分たちも立ち上がって入口へ向かった。

 そして絶句した。


「こ、こんばんは……」


 オドオドとお辞儀をするドロのローブは、スパンコールがびっしりと付いて、店の灯りにビカビカと反射するミラーボールのようなド派手ローブになっていたのである。

 その上、フードからのぞく髪まで虹色に染め上がっているし、大きな鎌には人魂イルミネーションがたっぷりと付いていて、やたら華やかだった。


 ドロは大変身を遂げてしまったのである。


「あの……皆さんに色々と、アドバイスを頂いて、あの……少しくらいの変化、では……いけないと思い……」


 思い切ってイメチェンしてみたのだとドロが言った。


「お、おかしく……ないでしょうか……?」


 おかしい妖怪ひとに面と向かって『おかしい』と言う妖怪ひとはいない。


「……悪くはねぇんじゃねぇか? ……なぁ?」と夜多郎が風魔に救いを求める目をした。

「まぁ………ね、すごいねぇ、ドロさん」

「お、オイラはイケてると思うよ、かなり……」


『どうしてドロはこんなにこじれてしまったのだろうか』と風魔たちは思った。

 かわうそに至っては、あまりの衝撃が彼のか弱い精神に大きな負荷をかけてしまったのだろう、石のようにカチンコチンに固まってしまっている。


「ところで……あの、風魔さんのお話というのは……」

「そ、そうだな、そろそろ席へ行こうぜ」


 入口に固まっていてもラチが明かないので、ドロがおずおずと言い出したのを潮に、風魔と夜多郎はかわうその代わりにドロを席へと案内した。モジャラはチョコチョコと歩いて十時を呼びに行った。

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