8.バッタと戦車

 黒服たちを一掃したクロガネと新倉は、彼らが潜伏していた倉庫内を探索する。

 ちなみにナディアは補給のため、ウニモグに戻っていた。

 探索中に遭遇した黒服の残党を、速やかに無力させていく元暗殺者と剣鬼。

 共に屋内での近接戦闘を得意としているため、向かうところ敵なしだ。

 物陰から敵が顔を出した瞬間には、クロガネが瞬時に撃ち倒している。探索を始めてから、新倉の出番があまりなかった。

「……流石だな。現役時代よりも反応が速くなっているんじゃないか?」

 新倉の問いに、クロガネは「いや?」と否定する。

「相棒のお陰だよ。ネット回線を通じてこの眼鏡と繋がっているから、敵の位置を教えてくれるんだ」

 ここから遠く離れた探偵事務所に居る美優が、ハッキングと検索機能を駆使して現場に居る人間が持つPID(もしくは他の通信端末)のGPS信号を拾い、その位置情報をリアルタイムでクロガネに伝えているのだ。

『――こちらにも、そのデータが送られているから助かるよ』

 出嶋が通信で割って入る。ちなみに別個体のアンドロイド端末デルタゼロはクロガネの到着を待ってから他のゼロナンバーの救援に向かった。

「まるで、というより、まさにレーダーそのものだな」

「ああ、本当に優秀な奴だよ」

 クロガネは、どこか誇らしげだ。

(その顔は、とてもナディアには見せられんな……)

「どうした?」

「いや、何でもない……ところで残党は今ので全員狩り尽くしたか?」

『――どうやらそのようだ。運よく逃走した輩が居たとしても数人程度。これだけの人数を無力化したら充分だよ』

「それじゃあ、あとは警察の仕事だな」

 任務終了の知らせに肩の荷は下ろしつつも、油断なく周囲を警戒する。

『――あァ……キミ――ちは……の――で』

 突然、通信に激しいノイズが入り、二人は眉をひそめた。

「デルタゼロ? どうした?」新倉が呼び掛けるも、

『――ジャ……グだ……逃げ……――』

 ブツリ、と通信が途絶し、美優のサポートも遮断される。

通信妨害ジャミングか……!」

「敵の増援か? すぐに合流しよう」

 その時、倉庫の外で悲鳴が上がり、銃声が聞こえる。

 クロガネと新倉は顔を見合わせると頷き、出口へと走った。



 倉庫を出ると、あちこちに置いてあるコンテナから機械人形オートマタが這い出ては、無力化した黒服たちを次々と襲っている場面に遭遇する。

「ああ、来るな! 来るなぁあああッ!」

「た、助けてッ! たす――ぁ」

 まともに動けない黒服たちは拳銃を乱射し、這って逃げようとするも、オートマタ達の両腕から伸びたブレードによって心臓を貫かれ、首を刎ねられ、無残に殺されていった。

 倉庫街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、血の海が広がる。

「見慣れないオートマタだ。新型か?」と新倉。

 見た目はベストセラー機である〈ヒトガタ〉に近い標準型。

 頭部には赤く光る大きな複眼が二つ。通信用のアンテナだろうか、額の辺りから長い触覚が二本伸びていた。

 そして前腕から生えた鋭利な刃で、黒服たちの命を刈り取っている。

 全体的に細身でありながら脚部がアンバランスに大きく、バッタの後ろ足のような逆関節機構をしている。そこから生み出される跳躍力は凄まじく、十メートル以上も離れていた黒服の元に、一足で飛び掛かっていた。

 大きな複眼に触覚に跳躍力、日本を代表する特撮ヒーロー……某バッタの改造人間のデザインを改悪したようなオートマタだ。

「見た感じ、瞬発力に特化した戦闘型だ。目的は黒服たちの口封じだろう」

 グロックを抜いたクロガネは、今まさに黒服の命を奪おうとしたオートマタの頭に、ゴム弾を三発ほど撃ち込む。突然の妨害にオートマタは動きを止め、クロガネの方へ振り向いた。

「撤退しないのか?」

 新倉の問いをよそに、弾切れになるまで他のオートマタにもゴム弾を撃ち込む。

「……逃げようにも、生き証人を見殺しには出来んだろ」

 オートマタ達が、一斉に振り返る。

 黒服たちから注意を引き付けることに成功するも、彼らに代わって自分たちが命の危機に晒される事態となってしまった。

「まぁ、そうだな。俺も仕事の邪魔をされるのは、我慢ならん」

 新倉は抜刀する。その口元は、どこか楽しそうに歪んでいた。

「新型の殺人人形か……相手にとって、不足はない」

 求道者である剣鬼にとって、この程度の地獄はむしろ大歓迎なのである。

「こういう時、お前が味方で本当に頼もしいよ……」

 辟易しながらクロガネはグロックをホルスターに収め、背中に提げていたショットガンを構えた。

 直後。

 オートマタ達は僅かに身を沈めると、その驚異的な瞬発力を以て、一斉に飛び掛かって来た。



 ***


「はぁッ!」

 高周波ブレードが、頑強に造られた装甲を金属骨格もろとも切断する。

 真っ向からの唐竹割りで、脳天から股間にかけて文字通り真っ二つにされた一体目の背後から、続く二体目が新倉に躍り掛かる。

 突き出した前腕ブレードが新倉を貫くよりも早く、その手首が切断されて宙を舞い、次の瞬間にはオートマタの胴が薙ぎ払われた。地に立つ己の下半身を見上げるオートマタの頭部が地面ごと斬り裂かれ、二分割にされる。

 背後から三体目がブレードを横薙ぎに振るうも、地を這うように身を低くした新倉の頭上を素通りした。そして、全身のバネを最大限に利用した斬り上げから、返す刀で袈裟懸けに斬り捨てられる。

 新倉は振り抜いた刃を即座に返し、間合いに入った新たな獲物の首を刎ね、宙に舞った頭部を更に両断。

 上下運動を排した摺り足で素早く移動しながら、絶えず刀を振るい続ける。

 『∞』を描くその刃の軌道上にあるものは一切の例外もなく切断し、殺人プログラムを入力された最新のオートマタは、次々と解体されていった。

 その剣は瞬速にして捉えることは叶わず。

 その動きは絶えず変幻自在の風の如く。

 その間合いに踏み込んだら最後、為す術もなく斬り刻まれる。

 それはまさに、竜巻の如し。

 哀れにも、恐怖心のないオートマタは次々と新倉に飛び掛かり、悉く返り討ちの憂き目に遭っていた。



 ***


 一方のクロガネは、オートマタの瞬発力と行動を制限するため、あえて狭い(倒した黒服たちが居ない別の)倉庫内に誘い込んだ。

 振り下ろされたブレードを紙一重で躱しつつ、ショットガンの銃口から放たれた徹甲弾が、オートマタの頭部を破壊する。

 クロガネも新倉と同様、無駄を省いた摺り足移動で効率よくオートマタの猛攻を回避してはショットガンで返り討ちにしていた。

 とはいえ、銃本体に装填できる弾薬は有限であり、それ以上の数で攻められたら手の打ちようがない。

 案の定、弾切れになって腰のホルダーに収められた予備の弾薬に手を伸ばした。

 その隙を突いてオートマタが突撃するも、次の瞬間には顔面に左拳がめり込んで吹き飛ばされた。リロードの仕草はフェイントだ。

 今度は横合いから飛び掛かって来たオートマタを、クロガネは左手でいなして一旦やり過ごし、後方からの突き出されたブレードをショットガンの銃床で打ち払いつつ間合いを測り、鋭い踏み込みから腰の回転と体重を乗せた左フックをぶちかます。

 一連の戦闘で引き裂かれた手袋の下に、機械仕掛けの義手が覗く。

 文字通り鉄拳だ。強烈なカウンターを喰らったオートマタの頭部骨格が絶望的に歪み、特徴的な大きな複眼が砕け散った。

 クロガネはホルダーからショットシェルを右手で四本掴み、二本ずつ一気にショットガンに装填――クアッドリロードを行い、先程やり過ごしたオートマタの頭部を吹き飛ばす。

 脱力落下で両膝を着いて死角からの横薙ぎを躱し、オートマタの顎下に銃口を突き付けて発砲。首無し人形が倒れ込む前に立ち上がり、一番近いオートマタから順番に頭を吹き飛ばしていく。

 弾切れになれば体術を駆使して切り抜け、リロード、発砲、弾切れ、体術によるカウンター、合間にリロード、発砲を繰り返す。

「新型といっても、大したことないな」

 髪に付着した破片を振り落とし、クロガネはそう呟く。

 どれ程の性能差があろうとも、人間だけが持つ想像力と創造力創意工夫が、時としてAIの思考速度を上回る。無論、時間を掛ければAIは学習し、新たな行動パターンとアルゴリズムを構築するだろうが、そんな猶予を与えるほど甘くはない。

「……残弾一。ペース配分を間違えたか?」

 残るオートマタは五体。だが、クロガネは冷静だった。

 油断なく、冷静に周囲の状況を見極める。

 周囲には貨物用のコンテナや荷物などが所狭しと置かれている中、十メートル四方のぽっかりと空いた空間に、クロガネとオートマタが対峙している。

 正面六メートル先に逆関節型のオートマタが五体。

 武器は両腕のブレードで、刃渡りは四〇センチほど。

 背後には、パンパンに中身が詰められた三〇キロの頑丈な紙袋がうずたかく積み重ねられており、袋の表面には『小麦粉』と記載されてあった。

 人形たちは壁を背にしたクロガネを取り囲むように左右に展開し、じりじりと間合いを詰めてくる。

 クロガネは自身の脳から全身の神経を通って光が行き渡るようなイメージを思い描くと同時に、人形たちは一斉に飛び掛かって来た――瞬間、カチリと脳のスイッチが切り替わるような感覚と共に音が遠のき、世界が色褪せる。


 ――生存の引き金サバイブトリガー


 体感で二秒間、目に映る全ての動きをスローモーションで捉えるクロガネの特殊能力だ。

 まるで水中に居るかのように全てが重く、遅くなった世界の中で、ゆっくりと五体の殺人人形が迫ってくる。

 クロガネは膝を折り、重力に逆らわず重心を落として人形たちの刃を紙一重で躱すと、地面に転がりながら距離を取り、とある一点を狙って最後の一発を発砲した。


 ――直後、世界が元の速さを取り戻す。


 獲物を取り逃がした人形たちは紙袋の山に突っ込んだ。その鋭利な刃が袋を引き裂き、大量の小麦粉が零れ落ちる。


 ――倉庫内の電源が落ちた。


 銃撃によって分電盤が破壊され、倉庫内は暗闇に包まれる。

 すぐさま立ち上がって周囲を警戒する人形たち。一連の動作で零れた小麦粉が更に散乱して宙に漂い、複眼に付着する。暗闇に加え、頭からモロに小麦粉を被ったため暗視機能が充分に働かず、人形たちの視力が半分封じられた状態となる。

 どこからか、金属製のピンを抜くような音が聞こえ、足元に球体状の何かが転がって来たのを確認。

 それが手榴弾だと認識した瞬間、光が爆ぜた。

 人形たちの視界が真っ白に染まり、次の瞬間にはブツリと、ブラックアウトした。



 轟音と共に、倉庫の一つが突然爆発した。

「また派手にやったものだ……」

 吹き飛んだ倉庫を遠目から眺めていた新倉は、小走りで近付いて来るクロガネに気付く。スーツのあちこちが汚れているが、無傷のようだ。

「お互い、無事だったようだな」

「ああ、創意工夫の勝利だ」

 周辺には破壊されたオートマタの残骸と、無残な死体と、運よく生き延びて昏倒している黒服たちが死屍累々と転がっている。

「どんな工夫を凝らしたら、爆発なんか起きるんだ?」

 新倉が変わり果てた倉庫を顎でしゃくる。

「あの倉庫には、大量の小麦粉が置いてあった」

「なるほど、把握した」

 しれっと言ったクロガネに、新倉は肩を竦める。

 粉塵爆発。

 限られた空間内で大気中に漂う高密度の粉末と、僅かな火種で起こる爆発現象だ。爆心地に居たオートマタは、まとめて木っ端微塵だろう。

「しかし、オートマタによる口封じ……【黄昏】も随分と周到で用心深い」

「お陰で生き証人が半分以上殺された。この分だと、他の潜伏場所も似たような状況だろう」

 他のゼロナンバーの安否が気になるが、通信が回復しない限りは何とも言えない。

「死人が出てしまった以上、警察の聴取に捕まったら演劇どころの話ではないな」

「撤収するか?」

「ああ、事後処理は全部出嶋……デルタゼロに任せよう」

「口八丁手八丁はお手の物だからな、あいつは――ッ、何だ?」

 突然の地響きに、二人は周囲を警戒する

「地震、じゃないな。何かが、こっちに近付いてくる」

 まるでブルドーザーのような大型重機が迫り来る圧迫感を覚える。

 そこに、突如としてウニモグが猛スピードで現れ、荒々しいターンを決めてクロガネと新倉のすぐ目の前で急停止。

「クロッ! エイハチッ!」

 バックドアを開け、血相を変えたナディアが現れる。

「危ないだろッ!? 俺達を轢き殺す気かッ!?」

「早く乗っテ! すぐに逃げよウ!」

 クロガネの抗議を無視して、乗車を促すナディア。

 直後、倉庫の一つを吹き飛ばし、中から大型の重機――否、キャタピラが備わった台座の上に、人型の上半身が付いた重武装の大型オートマタが出現した。

 それを見たクロガネと新倉は慌てて乗車し、ドアを閉める間も惜しいとばかりにウニモグが急発進する。

「何だアレッ!? ガンタ〇クかッ!?」

「エセ仮面ラ〇ダーの次はガ〇タンクか。悪趣味なデザインでなければ、どちらも子供に人気だな」

 驚愕するクロガネに、冷静な新倉。二人ともどこか余裕だ。

「――どうやら先程の通信妨害は、こちらの増援を呼ばせないと同時に、あのデカブツの起動を悟らせないためだったようだね」

 出嶋がキーボード端末に高速タイピングしながらそう言った。無人で走るウニモグの制御AIを調整しているのだろう。心なしかウニモグのスピードが上がり、車体の振動が僅かに抑えられた気がする。

「追い掛けてくル! どうすル!?」

 アスファルト削りながら、人型戦車の大型オートマタがウニモグを追跡する。

 そして、両腕に搭載したガトリングガンの銃口を向けると、その束ねられた銃身が回転した。

「ドアを閉めろッ!」

 クロガネの鋭い声に、出嶋が遠隔操作でバックドアを閉めた。

 直後、轟音と共に吐き出された大量の銃弾が、ウニモグのすぐ後ろの地面を刺し穿つ。着弾の度に破片を撒き散らして大きな弾痕を量産し、大量の空薬莢が音を立てて地面を跳ねる。

 ガガガガガガンッ! と何発かウニモグに被弾するが、銃弾が車内にまで貫通することはなかった。

「――ハッハー! 僕の車も先端科学の結晶だ! ボディもガラスもタイヤも、大口径ライフル弾ですら貫通できない完☆全☆防☆弾☆仕様ッ! 安心したまえ! ロケットランチャーでもない限り、破壊されな――ッ!?」

 ウニモグのすぐ横で爆発が起き、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた出嶋は凍り付いた。爆風に煽られ、車体が激しく揺れる。

「……今、ロケラン撃ってきたな」

「説明は死亡フラグだとよく聞くが、本当だったらしい」

「何とかしろヨ、このクズ」

 ABSの冷たい視線が出嶋に突き刺さる。特にナディアが辛辣だ。

 その間もガトリングとロケットランチャーの弾幕が雨あられと撃ち込まれるが、辛うじて致命傷は避けている。だが時間の問題だ。

 ロケットの直撃は勿論のこと、弾切れになれば、そのぶん大型オートマタの総重量が軽くなり、スピードも上がる。追い付かれれば、あの巨体と質量に圧し潰されてしまうだろう。

「――公道に出よう」

 出嶋の提案に、「正気か?」とクロガネが目の色を変える。

「民間人を巻き込む気か?」

「――このまま倉庫街を逃げ回っても、路面が瓦礫の山ではいずれ追い付かれる」

 いくら不整地走破能力があるウニモグとはいえ、大型キャタピラと大出力エンジンを備えた大型オートマタを振り切るのは困難だ。

「――それにこの場に留まれば、生き証人たちが巻き添えを喰らう。【黄昏】の情報を聞き出す前に死なれたら困る」

 任務か? 市民の安全か?

 両者を天秤にかけ、出嶋は前者を選んだ。確かに【黄昏】の手掛かりが得られれば、世界中でテロ活動を行っている【パラベラム】の尻尾を掴むことが出来るかもしれない。

 現役のゼロナンバーである新倉とナディアも、任務を選ぶだろう。彼らの雇い主は【パラベラム】討伐を掲げている。

 そして、クロガネの選択は――

「……解った、公道に出よう」

 新倉とナディアは意外そうにかつての同僚を見た。元暗殺者だったとはいえ、現役時代の彼は、無関係な人間を巻き添えにする手段だけは絶対に避けていたのだ。

「美優、聞こえているな?」

 突然、クロガネはここには居ない筈の探偵助手に声を掛ける。

 すると、

『はい、聞こえています』

 当然のように相手が応答してきた。

 車内に設置された通信端末のスピーカーから突然介入してきた第三者の声に、ナディアは驚愕して目を見開く。美優とは一度会っただけの彼女は、その能力の全容を知らない。

「交通管理システムに侵入して、こちらの進行上にある信号を青にしろ。可能な限り、一般車を巻き込むな」

『了解、二秒ください…………交通管理システムを完全に掌握しました。同時に、進行予定のルート付近に居る一般車のAIも制御下に置きました。私の意思で、皆さんから遠ざけることが可能です』

「よくやった」

「――なるほど、その手があったかっ」

 感心した出嶋は、ウニモグの進行ルートに変更を加える。

「――ウニモグを最寄りの高速道路に向かわせる。そこなら、歩行者は居ない」

「美優」

『交通情報とAI自動車に接続アクセス……完了。現在、目標の高速道路上下線を利用している一般車を、一般道路に下ろします』

「よし」

 まさに阿吽の呼吸だ。

 機巧探偵の一体感と信頼感を目の当たりにしたナディアは、仏頂面で口をへの字にしている。

 そんな彼女を見た新倉は、

(この件が片付いたら、恐らく黒沢は修羅場だろうな)

 謎の確信を抱いた。

「――行くよ!」

 ほぼ壊滅的な打撃を被った倉庫街から飛び出し、ウニモグは大型オートマタを引き連れて公道を爆走した。

 まさに爆走だ。アクセル全開で走るウニモグのすぐ近くで、ロケットが着弾して爆発しているのだから。

「――何かこの状況、ファ〇ナルファ〇タジーⅦのチェイスシーンに似てるな! BGMにクレ〇ジーモー〇ーサイ〇ルを流したいくらいだ!」

 最高に「ハイ!」ってやつになった出嶋が、クレイジーなことを言う。

「バカ言ってないで、もっとスピード上げろ! さっきから後ろでドカドカ撃たれてんだ!」

「――解っているとも! しっかり掴まれ! くれぐれも舌を噛むなよ!」

 その時、車内のスピーカーから臨場感あふれるBGMが流れてくる。

「いや本当に流さんで良いからッ! 美優か!? 止め(ガリッ)――ッ、~~~~!」

 突然、口元を押さえてうずくまるクロガネ。猛スピードで蛇行し、爆風の煽りを受けて激しく揺れる車内で喋っていたら、舌を噛んでしまうのも当然である。

「……大丈夫か?」

 心配する新倉に、涙目で何度も頷く主人公。

『交戦中の大型オートマタについて報告です』

 美優の報告にBGMが止まり、シリアスな雰囲気が戻ってくる。

『クロガネさんの多機能眼鏡や巡回していた警備用ドローンから得た映像を元に、世界中の軍事データベースに侵入して類似機種の照合をした結果、該当機種はゼロ。完全にデータのない新型機という結論に至りました』

「つまり、何も解らないト?」

 ナディアが苛立った声を上げる。

『あのオートマタはゲリラ的に開発された急造機のようで、参考になる資料がないんです。性能自体は現行の軍用オートマタの劣化版だと考えてください』

「あれで劣化版なのか?」新倉が困惑する。

『はい。各部品の製造元がアメリカ、中国、ロシアと、規格が統一されていないのです。中にはカーム化成などで造られた日本製の部品もあります』

「――捜査の目を眩ますため、各パーツは世界各国で密造し、それらを寄せ集めて造ったのか。随分と大規模な組織のようだな、【黄昏】は」

『また、使用している武装のほぼ全てが、各軍の正式採用の座から降りた旧式です。こちらは恐らくブラックマー闇市ケットや密輸などで入手したのでしょう』

「あのデカブツ、ハッキングで止められないか?」

 何とか立ち直ったクロガネが訊ねる。

『すぐには無理です。防壁が何重にも張り巡らせてあって、突破するのに時間が掛かります。私も現場そちらに居れば、だいぶ違ったのでしょうが』

「――どうやらAI周りだけは、しっかり金を懸けていたようだね」

 そして手足など代替可能なパーツは、現地調達と改修を前提にした仕様なのだろう。その実用性重視の設計思想は、軍用兵器に通じるものがある。【黄昏】には優秀な軍事関係者が居るのかもしれない。

「難しい話はイイ。弱点はないノ?」とナディア。

『一撃でバラバラに破壊できる武器がないのであれば、AIを破壊するか、制御ユニットを破壊するかの二択になります』

「――AIは後で調べられるかもしれないから、制御ユニット破壊の方向で」

 出嶋がそう言うと、美優は車内に設置されたマイクロプロジェクターを起動し、ホロディスプレイを展開。大型オートマタの立体図面が投影される。

『暫定的に、このオートマタは戦車タンク型と呼称します。戦車型の胸の中央部分に制御ユニットがありますが、その上を分厚いセラミックス複合装甲が三重に覆っているため、まずは装甲を剥がす必要があります』

 戦車型の図面、その胸部が赤く点滅し、次いで簡易的な断面図が展開。解り易くて攻略の段取りが捗る。

『そちらに口径40ミリ、薬莢長46ミリのグレネード弾はありますか?』

 美優の質問に、対戦車榴弾HEATをリボルビンググレネードランチャーにせっせと装填しているナディアを見ながら、

「……あるな」

 とクロガネが答えた。

『試算の結果、同一箇所に五発撃ち込めば装甲が剥がれる筈です。そのあと剥き出しになった制御ユニットを破壊すれば、止まる筈です』

 一点突破。シンプルで実に良い。

「ついでに訊くけど、AIはどこにある? 頭か?」

『はい、頭部にありますね。ただこちらは制御ユニット以上に強固な装甲で守られています。それとサイズ的な問題で、クロガネさんの「破械の左手」は届かないかと』

 クロガネの義手には『破械の左手』と呼ばれる小型の電磁パルスEMP発生装置が内蔵されている。最大出力の射程距離が約二〇センチ以内、つまりゼロ距離でなければ威力が発揮できないという弱点があるが、これまでに数々のオートマタを破壊してきた実績がある。

 ただ、戦車型のような大型相手だと分厚い装甲に阻まれ、『破械の左手』がAIにまで届かないらしい。単純にパワーとリーチが足りないのだ。

「その時は俺がやろう」

 高周波ブレードを手に、新倉が代行を申し出た。重武装のオートマタに、刀が届く間合いまで接近するリスクが伴うが、今更の話である。

「――いずれにせよ」

 一際激しく車体が揺れ、出嶋は一旦言葉を切った。

 戦車型の激しい猛攻に、作戦会議の間もずっと揺れっぱなしだ。

 この場に車酔いになりやすい者が誰一人いないことに、出嶋は密かに安堵していた。愛車を嘔吐物で汚されるのは、流石に勘弁願いたい。

「――まずは、あの弾幕をどうにかしないとね」



 ***


 とある交差点。優先道路の信号が青になったまま切り替わる様子がない。

 いつまでも進まない渋滞に、至る所で痺れを切らしたクラクションが鳴り響く中。

 突然、信号待ちしていた全車が順番に向きを変え、逆方向に離れていく。

「ちょ、何だいきなり……!?」

 運転手たちは慌てて自動運転モードから手動に切り替えようとするも、主の意志に反してAI自動車たちはその場から離れようとする。

「何なんだよ……ん?」

 戸惑う運転手たちは、地響きと爆発音と共に近付いてくる『何か』に気付き、振り向くと。


 猛スピードで先行する黒い大型車両に、無数の銃弾やロケットを撃ち込みながら追跡する人型戦車が、バイパスを通過して行った。


 遠ざかっていく爆音と土煙が晴れた先には、見るも無残に破壊され、荒れ果てた道路だけが残される。

「……まさか……助けて、くれたのか?」

 運転手の一人が、呆然と愛車のハンドルを見つめる。

「……ありがとよ」

 ポンとハンドルの中央を軽く叩くと、どこか誇らしげに、短いクラクションが鳴った。



 ***


 たまたま歩道を歩いていた通行人は、遠くから聞こえる破壊音と、近付いてくる戦車型のシルエットに驚き、慌ててその場を離れた。

 直後、ウニモグを追走する戦車型が猛スピードで通り過ぎる。

 その様子を、PIDの高精度カメラで撮影する一般人たち。


『やばいやばいやばい! 死ぬかと思った! 何あれ?』

『なんかヤバイの通り過ぎた! ワロタwww』

『まるで映画みたい!』


 危機感もなく、非日常的なワンシーンに遭遇した彼らは、まるで他人事のように撮影した画像や動画をSNSに投稿していた。



 ***


 手回ししていたとはいえ、民間人の死傷者を一人も出さずに済んだのは幸運だった。

 料金所のETCバーを突破し、一般道路から高速道路に進入する。

 後方を確認すると、案の定、巨体な戦車型は料金所ゲートを丸ごと破壊して追い掛けて来た。

「……今更だけど、道路や公共物の修理代って誰が出すんだ?」

 突然、クロガネが誰に言うともなく訊ねる。借金苦の真っ只中にいる貧乏探偵は、戦々恐々だ。

「――公共物だから、市か国が出すでしょ? 我らがボスも、慈善事業の一環として何割か出してくれるって。多分ね」

 本当はテロリスト共に全額弁償して貰いたいけど、と出嶋は言った。

 現在、時速二百キロオーバーで走行中。

 高速道路は果てしなく一直線に続いている。

 歩行者も居ない。

 美優の手回しで他の車もない。勿論、対向車も皆無だ。

 お膳立ては整った。遠慮も容赦も要らない。


「――さぁ、反撃の時間ペイバックタイムだ。諸君、派手に行こう」


 車の天井サンルーフを開放した出嶋が、閃光手榴弾スタングレネードをポイポイと外に放り投げる。

「――まずはフェイズ1」

 追跡する戦車型の目の前で強烈な閃光が迸り、僅かな時間だが戦車の視覚センサーが真っ白に染まる。

 その隙に、ウニモグのスピードを緩めて車間距離を僅かながらに詰めると、出嶋に肩車されてサンルーフから身を乗り出したナディアが、巨大なライフルを構えた。

 GM6リンクス、またの名をゲパード。

 一発が万年筆ほどの大きさがある強力な弾丸を撃ち出す、ハンガリー製の対物ライフルだ。

 ナディアは、銃身の下に備えたバイポッドを展開し、天井の上に設置。

 手慣れた動作で素早くスコープの倍率を調整し、肩口に銃床をしっかり当てて銃本体を固定し、安全装置を外す。

「……変なことしたラ、ぶっ殺すからナ」

「――はいはい」

 スコープから目を離さず、肩車をしている出嶋に釘を刺すナディア。

 引き金に指を添え、息を吸って、止める。

 ――戦車型の視覚センサーが復旧したようだ。

 距離が近いためロケットランチャーではなく、両腕に装備したガトリングガンを、ナディアに向ける。

(――遅いヨ!)

 大胆不敵な思考と共に引き金を絞り、轟音と共に撃ち出された弾丸は、右のガトリングガンの機関部を貫いた。

 ウニモグのバックモニターと同期していた美優は、その様子を確認すると、走る速度を維持したまま、車体を僅かにスライドさせる。

 スコープの中央に、左ガトリングガンが重なった。

(――もらっタ!)

 二発目を発射。強烈な反動は、肩車しているアンドロイド端末出嶋の体重と体幹でカバーした。

 二発目も狙い過たずガトリングガンの機関部に命中し、大量の弾幕を張る攻防一体の厄介な武器は、完全に沈黙する。

 ――フェイズ1、達成。


 時速二百キロ近くで走行中の車から行った、超精密な狙撃技術。

 最年少ゼロナンバーの少女、ナディア――〈シエラゼロ/スナイパー〉の名は伊達ではない。


 ウニモグは再び加速し、戦車型から距離を取る。

 破壊されたガトリングガンを破棄パージした戦車型は、全身の各所に備え付けられたロケットランチャーを展開し、一斉発射した。

「クロッ!」

「応ッ!」

 ナディアの声に、ウニモグのバックドアを全開にしたクロガネは、両手でしっかり拳銃をホールドして構える。


 ――『生存の引き金』を発動。世界が色褪せ、時間の流れが緩やかになる。

 じれったく思えるくらい、ゆっくりと飛来してくるロケットに狙いを定め、実弾入りのグロックを連射。

 能力発動限界は僅か二秒。

 その二秒間に、ウニモグに迫るロケットは次々と撃ち落とされた。

 やがて限界時間を迎え、『生存の引き金』の効力が切れる。


 ――世界に色が挿し、時間の流れが元に戻る。


 ウニモグに肉薄するロケットが、二発健在。

 フェイズ2では、ナディアがランチャー本体を破壊し、発射されたロケットの対処はクロガネが行う手筈となっている。

 咄嗟の判断で拳銃を捨て、スリングで吊るしていたセミオートショットガンに切り替える。

 そして、大まかにロケットを狙って発砲。広範囲にバラ撒かれた散弾が、ロケットを撃墜。続けて二発目も撃ち落とす。

 ナディアの方も、ランチャー本体の破壊に成功したようだ。

 ――フェイズ2、完遂。


「新倉ッ!」

「心得た!」

 クロガネが下がると、リボルビンググレネードランチャーを構えた新倉が前に出た。武器を失った目標の胸部装甲を剥がし、その奥にある制御ユニットを破壊する。

 それがフェイズ3。

「銃は俺の趣味ではないが、今回は特別だ……!」

 グレネードを発射。栓が抜けるような音と共に撃ち出された榴弾は、狙い通り戦車型の胸部に吸い込まれようにして命中し、爆発する。

 爆炎に包まれた戦車型に向けて、新倉は立て続けにグレネードを連射する。

 シリンダーが回転し、装填された六発もの対戦車榴弾HEATは全弾命中した。

「――やったか?」

 出嶋がそう言った直後、煙が流れて目標を視認。

 戦車型の胸部装甲は大きく歪み、黒く焦げ付いているものの未だ健在だ。ただし、両腕は肘から先が消失していた。

『二発目以降のグレネードを、両腕でガードしていたようです。制御ユニットはおろか、装甲は未だ健在です』

 冷静な口調で、正確な報告をする美優。

「オメェがフラグ臭ェこと言うからダ!」

「――僕のせいかい!?」

 憤慨したナディアが、出嶋の肩から降りて彼の脚を蹴った。

「ッ! 何か仕掛けて来るぞ!」クロガネが全員に警戒を促す。

 戦車型は破壊された両腕を肩からパージすると、背中のバックパックが中央から左右に分離して両肩にそれぞれ接続する。

『――ッ、逃げてッ!』

 美優の警告よりも早く、戦車型の両肩に追加された装置から、先端に鉤状のフックが付いたワイヤーが無数に飛び出した。

 美優の遠隔操作が間に合い、閉じたバックドアが盾となってワイヤーが車内に侵入することだけは防いだ。

 だが、それも一瞬のこと。

 凄まじい力でワイヤーを牽引し、バックドアが丸ごと引き剥がされた。

「――僕の車がッ!?」悲痛な悲鳴を上げる出嶋。

 再び無数のワイヤーが伸び、車内に居る者達を蹂躙しようとする。

「させるかッ!」

 先頭に立った新倉が、高周波ブレードを縦横無尽に振るい、ワイヤー群を斬り払った。

 その一方、開いていたサンルーフから侵入した別のワイヤー群が、まるで意思を持ったかのように不規則な軌道を描き、新倉を背後から刺し貫かんと強襲する。

 銃声。

 クロガネが放った散弾が、新倉を狙うワイヤーをまとめて引き裂いた。

「――何て危険な真似を!? 車内にある爆発物にでも当たったらどうする!?」

 出嶋が怒鳴り付ける。

「すまん! 説教はあとで!」

 そうこう言ってる間に、ワイヤーはウニモグの周囲にも巻き付き、凄まじい力で締め上げた。

 防弾性のボディとガラスが音を立てて歪み、ワイヤーを巻き取りながら戦車型が急接近。ついにウニモグのリアバンパーに激突し、密着した。

 そして、急ブレーキを掛けてウニモグごと減速し、やがて両者は停止する。

「クソ……ッ!」

 激突の衝撃で転倒した一同は、すぐさま体勢を立て直そうとすると、

『――搭載サレタ火器ガ全テ破壊サレマシタ』

 すぐ目の前にある戦車型から抑揚のない機械音声が発せられ、思わず動きを止める。

『――最終攻撃プラン実行――安全装置解除――――60――59――58――』

 突然の事態に、全員凍り付く。

「今、自爆っテ……」呆然とするナディア。

「このッ!」

 新倉は高周波ブレードを、制御ユニット目掛けて突き刺す。

 だが、胸部装甲に突き立てた刀身は、全体の半分で止まった。

「これは……!?」

『バッテリー切れです』

 戸惑う新倉に、美優が答える。

『バッテリー切れで高周波振動の出力が低下したため、必然的に切れ味も落ちたんです』

 刀身半分では制御ユニットまで届かないのか、自爆のカウントダウンが止まらない。


『――残リ40秒――39――38――』


 無情な機械音声が、死神の足音のように聞こえる。

「予備のバッテリーは?」

 クロガネの問いに、出嶋がとある一点を指差す。その先には、ズタズタに引き裂かれた予備のバッテリーが転がっていた。ショットガンの流れ弾が当たってしまったらしい。

「……新倉、ちょっとそこどいて」

 クロガネは役立たずと化した高周波ブレードを見据え、距離を取る。

 助走から力強く踏み込んだ右足を軸にして、左拳を大きく振り被り、腰を回転。全体重を乗せた鉄拳を――

「ふんッ!」

 全力で刀の柄頭に叩き付けた。

 車内を震わせる程の轟音が響き渡り、外部からの推進力を得た高周波ブレードは更にその刃を進ませ、より深く制御ユニットを刺し貫く。

 カウントダウンは……


『――27――26――25――』


 まだ止まらない!

「クロッ!」

 ナディアの声に、クロガネは即座にその場を離れて耳を塞ぎ、口を半開きにした。

 ナディアは対物ライフルの銃口を高周波ブレードの柄頭にゼロ距離で突き付けると、躊躇わずに引き金を絞った。

 狭い車内で、爆発にも等しい銃声が炸裂した。

 着弾の衝撃で、高周波振動の源であるゴツイ造りの柄が粉砕され、刀身は先程よりも深々と、それこそ鍔元近くまで突き刺さっている。

 カウントダウンは……

 

『――19――18――』


 ここまでやっても、まだ止まらない! 

「……先にドアを切断して、退路を確保すべきだった。すまない、俺の判断ミスだ……」

 覚悟を決めた新倉が、潔く謝る。

「まだダ、もう一度、同じ所を撃てバ……弾切レ……予備弾倉、どこやったケ……?」

 震える手で、空になった弾倉を外し、あちこちに視線を彷徨わせるナディア。

「――この個体もここまでか……」

 分身となる端末が沢山あるからか、生の未練も死の恐怖もない出嶋が軽い口調で呟く。とりあえず、お前だけは地獄に堕ちろ。 


『――残リ10秒――8――』


「諦めるのが早すぎるな」

 どこか呆れたクロガネの声に、一同は顔を上げた。


『――6――5――』


「俺達にはもう一人」


『――3――2――』


「仲間が居るだろ?」


『――1――…………ありがとうございます、クロガネさん。私を信じてくれて』


 武骨な機械音声が美優の声に変換され、クロガネ以外の全員が驚き、息を呑む。

「相棒を信じるのは、当前だ」

 そう言って、クロガネは肩を竦める。

 残り一秒という際どいタイミングで、彼女は戦車型のAIを支配下に置くことに成功したのだ。

『ワイヤーを肩部ブロックごとパージします』

 空気が抜けるような音と共に、何か重い物が音を立てて路上に落ちる。

 同時に、ウニモグを拘束してたワイヤーが僅かに緩んだ。

『離れます。注意してください』

 ゆっくりと、どこかぎこちない動作で、半壊した戦車型は後退した。

 障害が取り除かれ、破壊されて風通しが良くなったバックドアから、クロガネ達は路上に降り立つ。念のため、大破したウニモグと戦車型から充分に距離を取った。


 ……いつの間にか、夜が明けていた。


 冷たく清々しい空気に朝霧が静かに漂い、小鳥のさえずりが聞こえる。

 まるで、悪い夢から覚めたような気分だ。

「――クロガネ、いつから美優がハッキングに成功すると解っていたんだい?」

 興味本位で出嶋がそう訊ねた。同じことを考えていたのか、新倉とナディアも興味深い視線を向けてくる。

「いつからというか……切羽詰まった危機的状況で、途中から美優が何も言わなくなっただろ? もうすぐAIの防壁を突破できそうだから、そっちに集中しているんだろうなーって、思っただけさ」

「……それだけか?」と新倉。

「それだけだ」と頷くクロガネ。

 一同は呆れ、沈黙する。

「――まったく……最高のコンビだよ、君達は」

 苦笑する出嶋。

「同感だ」

 新倉も頷き、

「…………」

 どこか不機嫌そうに、口をへの字にして黙り込むナディア。

『伏せてください!』

 突然、全員のPIDから切羽詰まった警告が発せられる。

 えっ、と伏せる間もなく、上空から飛来してきた『何か』が戦車型に直撃して爆発四散した。近くにあったウニモグも巻き込まれ、車内に残された火器が誘爆し、更に爆発が重なる。

 一同は思わず身を竦め、顔を庇った。充分に距離を取っていたため、爆発や破片などの飛来物による被害は受けなかったが、

「――僕の車ァアアアアアアアッ!?」

 頭を抱えた出嶋が、先程よりも悲痛な悲鳴を上げた。

「……何が起きた?」

 クロガネの問いに、PIDと同期した美優が答える。

『南西五キロ先を巡回していた警備用のドローンが何者かに乗っ取られました。そして大量の爆発物を取り付けられた後、高高度からの垂直降下による特攻を仕掛けたんです。目的は恐らく』

「証拠の隠滅か、やられたな……」

「ああ、敵も中々やる」

 新倉も感心した様子で同意する。自爆が失敗した時の保険まで用意していたとは、敵ながら見事な手際だ。

『報告。倉庫街に居た黒服の生存者は、全員警察に拘束・連行されました』

「そうか、ありがとう」

 美優を労いつつ、クロガネは溜息をついた。

 所詮は下っ端、ロクな情報も持ち合わせていないだろう。あのバッタ怪人と戦車型は大破・全壊・爆散してしまった。残骸から何か得られるようなものがあれば良いが、正直望み薄だろう。命懸けで戦ったにしては、割に合わない仕事だった。

 だが、誰一人として犠牲を出さずに済んだことは、喜ぶべきだろう。

 もっとも――

「――僕の、ウニモグ……」

 呆然と両膝を着いてうなだれている出嶋を除けばの話だが。

 元々高価なウニモグを特殊部隊仕様に改造した上に、様々なハイテク機材や武器を積んでいたのだ。被害総額は日本円で億は下らないだろう。

『時にクロガネさん』

「何だ?」

 美優の声に、懐からPIDを取り出す。


『現在の時刻は、〇六一七です』


 クロガネの顔から、血の気が引く。新倉も似たような表情だった。

『最寄りの料金所付近に、無人タクシーを手配しました』

「でかした! すぐに向かう! ごめん、ナディア! また会おう!」

「えッ、クロ!?」

 慌ててその場を後にしたクロガネに、ナディアは戸惑う。

デルタゼロ出嶋は任せた。俺達はこれから別任務に向かう」

「ハ? 待っテ、別任務って何?」

「あとで話す! 頼んだ!」

 クロガネの後を追って、新倉も駆け出した。

「エイハチまで……一体、どういうことだヨ……」

 表情を消し、光ない暗い瞳で二人の背中を見送るナディア。

 美優もPIDとの接続を切ったのだろう、彼女の問いに答えない。

「……オイ、どういうことだヨ?」

 怒気を帯びた声で、恐らく事情を知っていると踏んだ出嶋に訊ねるも、

「――うぅ……2号ぅ……」

 愛車が廃車になって、それどころではないようだ。

「……どういうことだヨッ!?」

 空を見上げてナディアは叫んだ。その叫びは荒れ果てた路上に虚しく響き渡る。

 少女の胸の内に暗雲が広がる一方で、頭上にはどこまでも綺麗な青空が広がっていた。

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