幕間6

 光陰矢の如し。

 瞬く間に一週間が過ぎ、いよいよ明日が学園祭当日を迎える。

 講堂にて本番前の最後の練習を行い、文化研究部の面々は確かな手応えを感じていた。皆、程よい緊張感に引き締まった良い表情をしている。

 文化研究部の初期メンバー三人の提案で、早めに解散し、各自体を休める運びとなった。

 当日に必要な衣装や小道具の確認を済ませた後、部室を施錠する。

「夜更かし厳禁。風邪を引かないように温かくして、早めに寝ろよ」

「オカンか、お前は」

 クロガネの忠告に、新倉のツッコミが入る。

 生徒たちが各々の帰路に着き、クロガネ、美優、新倉の三人は揃って探偵事務所に向かう。

 西に沈む夕日が赤く、街を夕焼け色に染め上げる。

 天気予報でも、明日は晴れるとのことだ。

「いよいよ明日ですね」

 誰に言うともなく、美優がそう漏らすと、

「そうだな、明日で終わりだ」

 新倉が同意して頷き、

「この一ヶ月、よく生きてたな、俺……」

 クロガネが感慨深げに呟いた。

「明日には死ぬかもしれんがな」

「やめてくれない? お前が言うと本当に洒落にならないから、やめてくれない?」

 ボソッと言った新倉に、クロガネは震える。

「……ありがとうな」

 不意に新倉が礼を言ったので、機巧探偵の二人は少し驚いた。

「急にどうした?」

「いや、今回の依頼を持ち掛けてこなかったら、次にお前と剣を交える機会がないと思っていた。この一ヶ月、充実した毎日だったよ。学生たちとの交流も、存外に悪くなかった」

 そう言う新倉の表情は実に晴れやかだ。

「あと、飯と宿も提供してくれたしな」

「そうだな。雑用をしっかりこなしてくれたことに関しては、俺も感謝してる。あとは家賃を払ってくれれば、何も言うことはない」

 言ってるじゃないか、と苦笑する新倉。

「払おうか?」

「いや、今回はサービスしてやるよ。何だかんだお前が来てくれたお陰で、こちらも助かったわけだしな」

「同感です。本当に、ありがとうございます」

 微笑む機巧探偵たちを、どこか感慨深げに見つめる新倉。

「黒沢といい、美優殿といい、本当にお前たちは――っ」

 突如として、PIDの着信音が新倉の言葉を遮る。

 立ち止まり、懐からPIDを取り出した新倉は、目を鋭くさせた。

「……すまない、緊急の連絡が入った。先に行っててくれ」

 返事を待たずに背を向け、新倉は二人から離れていく。

「行こう、邪魔しちゃ悪い」

「はい」

 クロガネと美優は、新倉と反対の方向へ歩いて行く。



 ***



 足早に二人から距離を取った新倉は立ち止まり、周囲に人気がないことを確認してPIDを通話モードにする。

「……新倉だ」

『――やぁ、休暇は楽しんでいるかな?』

 横長のホロディスプレイに、見覚えのある男の顔が映る。

 一ヶ月ほど前、『仕事』のサポートをしてくれた某ビジネスホテルの清掃員――〈デルタゼロ/ドールメーカー〉のアンドロイド端末だ。

「何のようだ?」

『――先日、君が請け負った仕事は憶えているかな? ゴミ虫どものデータベースを漁っていたら、市内に潜伏している害虫の巣を見つけてね。これから駆除しに行くよ』

「…………」

 普段ならば二つ返事で現場に急行するが、この時ばかりは僅かに逡巡する。

 これから任務に赴けば、学園祭に間に合わない可能性もありえるのだ。

「そこは、警察に任せておけば良いのでは?」

 気付けば、自分でも意外に思えることを言っていた。

 案の定、相手も驚いたような顔を作る。

『――おや? 君らしくない発言だな。明日は嵐か?』

「予報では快晴だ」

 学園祭は雨天決行だが、仮に延期となれば、自分も黒沢も仕事の都合上、演劇に参加できない恐れがある。

「いま休暇中だ。俺一人が居なくとも、他の連中で充分だろう」

『――そうも言ってられない状況なんだよ。ていうかコレ、緊急回線だよ?』

「というと?」

『――まず一つ目、これはゼロナンバー案件だ。調査の結果、警察では太刀打ち出来ない戦力を敵が保有している可能性が高いと出た。世間的にも、無駄な犠牲を出すわけにはいかないだろう。

 ――次に二つ目』

 矢継ぎ早に相手は続ける。事態はよほど切迫しているようだ。

『――害虫どもの巣が、市内八箇所と割と多い。なので、ゼロナンバーを手分けして投入し、同時に奇襲を仕掛ける手筈となっている。そこで三つ目』

「肝心の、投入可能なゼロナンバーの数が少ない。要は人手不足であると?」

『――正解』

 新倉は空を仰ぐ。何もこのタイミングで……。

「……少し前に、ご当主が全員招集すると言ってなかったか?」

 A to Z――本来、二六名で構成されるゼロナンバーは現在、離脱や殉職などで空席が四つある。総勢二二名の内、まだ全員が招集できていない上に、戦闘に特化した者は更に数が限られる。

『――すぐには全員集められないでしょうよ。各自現地での手続きや都合もあるだろうし』

「俺達に『ド』が付くブラックなことをやらせているのに、そこら辺はホワイトだよな、ウチのボス」

『――そりゃあ、仕事が仕事だからね。可能な限り、当局に目を付けられないようにしないと。

 ――間もなく、そちらに着くよ』

 遠くからエンジン音が近付いてくる。かなりの大型車だ。

 目の前で黒い多目的動力車両、ウニモグが停車する。

 PIDをしまい、ドアを開けて広い後部座席に乗り込むと、そこには先客が居た。

「久しぶリ、エイハチ」

 褐色肌の少女、ナディアである。

 彼女は黒い戦闘服にタクティカルベストとブーツを着込み、光学照準器やサプレッサーなどを搭載したライフルを手にしていた。

 AI制御の自動運転で、ウニモグは走り出す。

「……どうしてナディアが?」

「――二人一組ツーマンセルさ。彼女とは何度も組んでいるし、意外でもないだろ?」

 ナディアの背後で機材をいじっていたデルタゼロ(が操るアンドロイド端末)が、振り向きもせずに言った。

「ああ、組むのは構わない。だが、こいつは狙撃手で前線は専門外の筈だ」

 シートに腰掛け、どこか怒った様子で新倉は言った。

 見れば、彼女が手にしている銃は普段から愛用しているスナイパーライフルではなく、アサルトライフルだ。超長距離からの狙撃ではなく、前線での制圧も視野に入れた装備である。

「――今回の作戦は、奇襲による確実な制圧を目標としている。君一人で現場にいる敵を全て無力化するなど無理があるだろ。人手が足りない以上、彼女にも出て貰うしかない」

 ちなみに、デルタゼロは後方支援――脱出と通信によるサポート担当のため、頭数にカウントしていない。

「――それと、今のゼロナンバーで、彼女の面倒は君にしか見れないだろ」

「…………」

 嫌な意味で、一番説得力のある理由だ。

 同じゼロナンバーとはいえ、まだ十三歳の少女を危険な任務に連れて行くのだ。

 こういう時、黒沢の存在がとても頼もしかったと常々思う。

 ABS――〈アサシン〉と〈ブレイド〉と〈スナイパー〉。

 かつて『最強チーム』と呼ばれたゼロナンバーの三人。

 全盛期の力を振るうには、一人欠けている。

「……まぁいい」

 腹を括った新倉は、シートの下にあった細長いケースを引っ張り出し、蓋を開けて中身を取り出す。

 それは、メカメカしくてゴツイこしらえが目を引く、近代的な刀だ。

 鯉口を切り、逆手で高周波ブレードを僅かに抜いて鈍色にびいろの刀身を改める。

「即行で片付けて、すぐに帰らせて貰う」

「――何か大事な予定でも詰めていたのかい、〈ブレイド〉?」

 デルタゼロは作業していた手を止め、その機械仕掛けの義眼を新倉に向けた。

「……ああ」

 キン、と涼やかな音と共に刀を納め、

「大事な用事がある」

 おごそかに、〈ブラボーゼロ/ブレイド〉はそう答えた。

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