精霊装者と精霊契約

  ヘカーテと名乗った美女は大盾の精霊姫と確かに名乗った。『暴食の大盾』の意味はよく分からないが……彼女は自身を間違いなく精霊と名乗り、しかも大盾の精霊が自分の所に来た理由はそれすなわち……


「まさか……カリンちゃんは武具の精霊に見染められた精霊装者せいれいそうしゃとはねぇ〜……」


精霊装者。それは、武具の精霊に見染められた冒険者が、その武具の精霊と契約を交わす事で、精霊武具を手にして戦う者を精霊装者と呼んでいる。

  武具の精霊達が職業選びに力を貸しているのは精霊装者を探す為でもあったりする。武具の精霊にとって、冒険者の武具として共に戦うのは本懐であり誇りでもある。だが、誰でもいいという訳ではなく、武具の精霊がこの人なら一生仕えると思った人を直感的に選択するのである。


「ちょっ!?待ってください!?1年間冒険者活動してましたけど、そんな兆候は一切なかったですし……急にそんな事言われても……」


「うぐっ……!?それは……!?その……こちら側の不手際が色々ありまして……」


本来、武具の精霊は職業選びの際に認めた相手の元にすぐに現れるのだが、ヘカーテもカリンが冒険者登録した時にこの人だ!と思ってすぐにカリンを選んでカリンの元に駆けつけようとしたのだが……


「大盾の精霊の転移魔法陣が壊れてるのに気づかずに……」


大盾使いの不遇職と言われ、選ぶ人がいないのもあって、大盾の精霊の転移魔法陣は長らく使われていなかった為、全くメンテナンスをしていなかった。故に、故障しているのに気づかず、ヘカーテはカリンのいる地よりかなり離れた場所まで転移させられてしまったのだ。


「ま……まさか……そんな事が……」


「あら?でも、武具の精霊は見染めた相手の気配は追えるはずよね?こんなに時間がかかるかしら?」


「あぅ……!?それは……!?そのぉ……!?」


先程まで堂々とした姿とは対照的に、真っ赤になって恥ずかしそうに言い淀むヘカーテに、カリンはふとある事実が浮かび上がる。


「もしかして……ヘカーテさん……方向音痴……?」


「ち……!?違うんです……!?ご主人様……!?慣れない土地で分からない事が多かっただけなんです……!!?」


ヘカーテは必死に言い訳を述べているが、これはもうすでに認めているようなものだ。カリンはあえて触れない事にした。


「あの……本当にヘカーテさんは……武具の精霊なんでしょうか……?」


確かに、人離れした美しい容姿を持つヘカーテは、精霊と言われてもなんら違和感はないのだが、やはり自分のようなステータスがオール0の者が、武具の精霊に見染められたなんて、カリンには信じる事が出来なかった。


「つまり私が武具の精霊である証拠を見せろという事でしょうか?」


「うっ……!?その……疑う訳じゃないんですが……なにぶん精霊装者を身近で見た事がないですから、武具の精霊も見た事ないですし……」


武具の精霊に選ばれるのはそうそうない事なので、武具の精霊を見た人や選ばれた人の方が少ないぐらいである。なので、ヘカーテが本当に武具の精霊かなんてカリンに分かるはずがない。


「ふ〜む……困りましたねぇ〜……証拠を見せろと言われても、証拠を見せるには私とご主人様が精霊契約せいれいけいやくを交わすしかありませんし」


「精霊契約?」


「簡単に説明するなら、カリンちゃんがヘカーテさんの主になって精霊装者になるって事よ」


ファナの付け加えられた説明にカリンはギョッとする。確かに、それは証明になるが、仮に本当にヘカーテが武具の精霊だった場合は、今後カリンが死ねまでヘカーテは自分に仕える武具になる事を意味しているのである。1人の精霊の人生を台無しにするかもしれず躊躇するカリンだが


「問題ないんじゃないかしら?カリンちゃんには全くデメリットがない話だし。むしろ、それを望んでヘカーテさんはやって来たのよね」


「はい!それはもちろん!」


ヘカーテはそれはもうとびっきりの笑顔で頷く。そこには、一切の負の感情や迷いがなく、本当にカリンの武具になろうという意志しかなかった。


「……本当に……私なんかでいいんでしょうか……?」


「もちろん!むしろ、ご主人様がいいんです!」


「……わかりました。それじゃあ、これからよろしくお願いします」


「あぁ……!?はい!では早速!ご主人様の気が変わらない内にさっさと済ませてしまいましょう!!」


ヘカーテはそう言うと、カリンの右手を素早くとり、目を瞑って何かの呪文を唱える。呪文の内容はカリンには分からない言語だったが、最後の文言だけはカリンにも聞き取れた。


『我、暴食の大盾ヘカーテ。この者を主とし、一生を捧ぐ事を誓う』


それはまるで、結婚式の誓いの言葉のようで、カリンは思わず真っ赤になるが、変化はすぐに起こり、カリンの右手が淡い光に包まれ、カリンは思わず目を瞑った。

  カリンが恐る恐る目を開けた時、カリンの右手を包んでいた光は消えていたが、右手の甲に銀色で描かれた大盾の紋章が浮かび上がっていた。自分の右手を見てポカンとするカリン。


「これで精霊契約は完了です。これからよろしくお願いしますね。ご主人様♡」


ヘカーテは誰をも魅了する笑顔をカリンに向けてそう言った。

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