第5話 出会い⑤


 結論から言うと、オレの心配は無用なものだったらしい。

 

 先程オリビアが子供たちの身体をぬるま湯で拭い終わり、いまは目の前でキャベツキャベジとトマトの入ったスープを冷ましながら食べさせているところだ。

 子供たちはおいしいおいしいと、嬉しそうに食べている。


 なんでも先に帰ったカーターが、この子たちを連れて帰るかもしれないとオリビアに伝えてくれたそうだ。

 それを聞いて、子供たちの胃に優しいスープを作って待っていたと……。

 できる妻と隣人を持って、オレは幸せだ。


「ねぇ、トーマス? ハルトちゃんとユウマちゃんの服や食器を買いに行きたいんだけど……。お兄さんが目を覚ましてからの方がいいかしら? どう思う?」


 ユウマの口を拭いながら、オリビアがそう訊ねてくる。

 もうすでに、可愛くて仕方がないとその表情が物語っているようだ。


「いや、先に二人の物を用意しよう。この子たちの兄の分も、目が覚めてからまた買いに行けばいいしな」

「そうね! じゃあ今日は疲れてると思うから、明日この子たちの物を買いに行きましょうか!」

「おかぃもの、ですか?」

「そうよ~! 明日はハルトちゃんとユウマちゃんのお洋服と食器を揃えましょうね! お兄さんの分は目が覚めてから一緒に買いに行きましょう!」

「おにぃちゃんの、およぅふく、ぼろぼろ……。あたらしぃの、うれしぃ! です!」

「ゆぅくんも! うれちぃ! ありあと、ばぁば!」

「あっ! ぼくも、うれしぃ! です! おばぁちゃん、ありがと、ござぃます!」

「うぅ……っ」


 そう呻りながら胸を押さえうずくまるオリビアを見て、カーティスの言った“似たもの夫婦”という言葉を思い出す。

 やはり長年連れ添うと、同じような思考になるんだろうか……?


 子供たちは食べたら眠くなったらしく、いまはベッドでスヤスヤと眠っている。

 そうだ、この子たちのベッドも買わないとな。


「トーマス、この子たちの事情はカーターくんから聞いたんだけど……。お兄さんの方は酷い痣があったって……。大丈夫なの……?」

「あぁ……。カーティスが言うには、脱水と栄養失調らしい。全身の痣は治癒魔法ヒールを掛けてくれていたよ。利きが悪いと言っていたがな……。あとは目が覚めてから、食事と運動で様子を見るそうだ」

「可哀そうに……。見つけたときは泥だらけだったんでしょう? 土砂崩れなんて、この辺りでは聞いたことないわよね……? しかもあんな幼い子たちを連れて……」


 そうなのだ。この付近で災害が起きれば、周辺の村にすぐ連絡が来る。

 しかしそんな報告は、冒険者ギルドやアイザックの勤める警備兵たちでさえも一切知らなかった。

 この子たちは一体どこから来たのか。子供の足で辿り着けるような距離なのか。考えれば考えるほど、謎ばかりが深まっていく。

 そして父親も一緒に土砂に埋もれたらしいが、この子たちが生きている、ということは父親の生存も有り得るということだ。もし探しに来たとしても、渡すつもりは毛頭ない。

 なんとか隠しきれればいいんだがと、心の底から願うばかりだ。



「そういえば、明日は店はどうするんだ?」


 妻のオリビアは、この村に来てからしばらくして家の一部を改装し、小さな食事処を開いている。

 以前は昼時から日が沈んでも営業していたが、昔負傷した足が悪化してからは昼時だけ店を開けるようになった。

 夜はギルドの酒場兼食堂があるから、酒飲みは誰も困らないというのがオリビアの考えらしい。


「明日から少しの間、お休みにするわ。あの子たちのお兄さんも、目が覚めたからと言って万全なわけじゃないでしょう? 身体が慣れるまで一緒に過ごそうと思うの」


 いいでしょう? と、先に言われてしまった。妻の思いやりがありがたい。

 あなたも疲れてるんだから、身体を拭いて今夜は早く寝ましょうと、オリビアと二人でスープとパンを食べ就寝することにした。

 


 今夜はベッドが狭く感じるが、心が満たされる。

 そんな温かい気持ちで眠りについた。


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