第3話 出会い③


「おいおい、トーマス……! この子たちは?」


 村の門で警備兵を務めるアイザックが、呆れた様子で訊ねてくる。周囲には彼の部下である警備兵たちも様子を見に集まっていた。


「あの壊れた納屋があるだろう、そこで倒れていてな。……まだ幼いし、放ってはおけんだろう」

「この子たちには水と林檎メーラをあげたんですけど、お兄さんの方が……」

「身分証は……。持ってはなさそうだしなぁ。こっちの坊主は……、酷いな……。痣だらけじゃねぇか」

「この子たちをカーティスに診てもらおうと思う。まぁ、問題があればオレが責任を持つしかないな」


 そう言って、自分の膝に座り鎧を着たアイザックをキラキラした目で見上げるハルトとユウマを撫でる。

 麻布の上で横になる泥だらけの少年は、まだ意識が戻らないようだ。


「おじさん、へいたいさん、ですか? かっこいぃ、です……!」

「かっこぃー!」


 自分を見て興奮気味の幼子に気を良くしたらしく、ビシッと敬礼をするアイザックにきゃっきゃとはしゃぎ、小さい手で敬礼を真似る二人はとても可愛らしい。


「まぁ、心配するようなことはないと思うがな。念のため、診せたら報告だけしてくれ」

「わかった。感謝する」

「おチビちゃん、またな!」

「はぁい!」

「あぃ!」

「カーター。すまないが、カーティスの所まで乗せて行ってくれないか?」

「なに当たり前のこと言ってるんですか~! 最初からそのつもりです! 安心してくださいよ~!」


 当然だというように、にこやかに返事をするカーターに安堵の息を漏らす。

 荷馬車に揺られながら、村の通りをキョロキョロ忙しなく眺める二人の頭を撫で、そっと声を掛けた。


「いまから君たちと、君たちのお兄さんを医者に診てもらう。怪我や病気がないか確認するから、騒がずにちゃんと大人しくするんだぞ?」

「おいしゃさん、いったら、おにぃちゃんげんきに、なりますか?」

「にぃに、いたぃのなおりゅ?」


 不安そうにうかがう二人を安心させようと、ぎゅっと抱き寄せ「大丈夫、元気になる」とあやす様に背中を撫でる。

 出会ったばかりなのに、なぜだかこの子たちにはずっと笑顔でいてほしい、と柄にもなく思ってしまう。






*****






「……ん~、脱水と栄養失調だね。あと全身の内出血が酷い。念の為、この子はしばらく診療所こちらで様子を見よう。この二人もお兄さんに比べたらマシだけど、同年代の子と比べるとだいぶ小さいね……。メーラを食べたんだよね? お腹が痛くなったり、気持ち悪くなったりしなかったかな?」


 そう幼い二人に優しく問いかけるのは、この村で唯一の医師・カーティス。

 一見すると線が細く弱々しく見えるが、子供や老人には優しく接し、言うことを聞かない子供のままでかくなったような男には容赦なく罵声を浴びせ、仕舞いには治癒魔法ヒールなしに酒をかけ傷口を縫うという暴挙に出る。

 大胆で村民に恐れ……、いや、信頼されている男でもある……。


「めぇ……?」


 カーティスの問いに、ハルトは小首を傾げた。そして困った様に眉を下げ、こちらを上目遣いで見上げてくる。


「あぁ、おじさんと馬車に乗って食べたろう? 甘くてシャリシャリした果物だよ」

「……あ! あれ、とっても、おぃしかった! また、たべたぃ、です!」

「ゆぅくんも! たべちゃぃ!」

「そうか。今度はもっと甘いのを食べような」


 そう言って二人の頭を撫でると、「うん!」と嬉しそうに頷き、花が綻んだような可愛らしい笑みを浮かべた。


「メーラは水分が多くて食べやすいから、胃にもちょうどいいね。良い判断だ」

「……いや、メーラを食べさせろと言ったのはカーターだ。オレはいつも干し肉くらいしか持ってないからな」

「ハハ! カーターか! さすがだな、干し肉じゃなくてよかった!」


 笑いながらも、未だに意識のない少年に治癒ヒールをかける彼には本当に頭が下がる。



 この国に光属性である聖魔法を使える者は滅多に存在しない。

 ましてや完全治癒が出来る“聖女”などという存在は、今や伝説として残っているだけだ。

 

 治癒が使える者は、程度の差こそあれ大概は王都に居を構える。

 ただカーティスは違う。自分の力では完全に治癒することは出来ないと、薬学や針など医療という名の付くものを貪欲に学んでいる。その姿は尊敬に値するだろう。彼が王城で勤めていても、何ら不思議ではない。

 そんな彼がなぜこの村にいるのかは聞いたことはないが、この村を気に入っているのだけはオレでも分かる。


「……う~ん。何だかいつもより、利きが悪い気がするんだよね……」


 カーティスはそう言いながら大きく息を吐き、疲労したのであろう己の肩を軽く揉み始める。


「全身の痣なんかは時間が経てば回復するだろうけど、僕には内臓の損傷や切断された手足なんかは治せないからね。かなり殴打の痕はあったけど、骨にも異常はないし……。あとは彼が目が覚めてから、薬で様子を見よう」

「すまない、助かった」

「患者を治すのが僕の仕事だよ。だけどまぁ……、トーマスに感謝されるのも、悪くはないね!」


 腕を組み、大袈裟にふんぞり返るカーティスを見て苦笑する。すると、いつの間にか小さな手がカーティスの白衣の裾を不安気に握り締めていた。


「せんせぇ……。おにぃちゃん、なおりますか……?」

「いっちゅもおとしゃん、ゆぅくんたちたたくの……。でもね、にぃにかばってくれるの。もぅいたぃたぃちなぃ?」


 子供たちの問いに、一瞬カーティスと目を合わせ固まってしまう。

 短い時間しか過ごしていないが、話を聞くだけでどんな父親かは想像できる。

 もし目の前にいたならば、オレはきっと殴ってしまうだろうな。まぁ、子供たちには見せないが。


「うん、大丈夫だよ。君たちのお兄ちゃんはスゴイね。目が覚めたら、早く元気になるように助けてあげてね? 身体を動かすとまだ痛いと思うから」

「はぃ! ぼく、おてつだぃ、します!」

「ゆぅくんも!」

「はぁ~~~っっ!! かわいいねぇ~~~!!!」



 ……うん。尊敬する男だが、子供には大層あまいと付け加えておこう。



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