第32話   航空打撃群  1

 突如、フェルナガ連合との国境線を突破してきた帝国軍。

 帝国領に近いオスロ方面を警戒していた連邦の防衛網の裏をかいた動きをする。

 不便と考えられていたイーレハ宙域になんの抵抗も受けることなく展開した。

 不意を突かれた形の連邦軍は敵の橋頭保が完成する前に打撃を与えるべく足の速い水雷戦隊を差し向けた。

 帝国軍をイーレハ宙域にくぎ付けにできればむしろ戦いやすい。

 しかし、帝国軍はそれ以上の速さで前進。火力の差を生かして一撃で前衛部隊を突破した。

 連邦軍が事態の把握に努めている間にも、帝国は戦力を増強。

 連邦軍の前線拠点になってしまった惑星レボルグの前面に布陣する態勢を見せた。

 惑星レボルグはアウストレシアにおける連邦加盟国の中でも主要な位置を占め物流、通信、金融などのライフラインの結節点当たる重要な惑星。

 この拠点を抜かれると連邦軍は迎撃作戦の根本が崩れてしまう。なんとしても防衛しなくてはならなかった。

  

 アウストレシア方面軍から第13航空打撃群に対して惑星レボルグへの増援の命令が下る。

 「合流せよか。ここからね」

 命令を受けだイラストリア艦長カシマ大佐は嫌な顔をした。

 「仕方ねぇ。作戦はお蔵入りだ」

 彼の率いる第13航空打撃群は帝国に予想されていない員数外の戦力のはずだ。これを利用してカシマ大佐は帝国軍後方への迂回進撃を構想していたのだ。

 「一撃だけでも入れれば、楽できるのによぅ」

 構築されたばかりの敵策源地に一撃を加えれば物資の運搬が滞るであろう。何より攻撃された帝国軍が対応することによって正面への圧力が低下する。

 しかし初戦の敗北はこの構想を実現させるだけの余裕を連邦軍から失わせていた。

 「合流するなら完全な形にしてからにしたいが、そうもいかんか」

 この時点ではベツサリオン大佐の用意したナビリアからの増援部隊は合流していない。だが、事態は急を要する。のんびり合流を待っているわけにもいかない。  

 「目標変更。惑星レボルグへ向かうぞ」

 カシマ大佐は進路を変えた。


 進路を変えて二日後。

 惑星レボルグまでまだ一週間以上かかる宙域で帝国軍と遭遇した。

 「パープル・スリーより、入電。「我、敵艦見ゆ、小型艦6隻。一個戦隊規模」以上です」

 部隊を先行する偵察機からの通報。

 「直ちにスクランブル発進。艦隊防空につけ。全飛行中隊は発進準備。対艦戦闘を想定しろ。各艦に通達」

 サイレンとともに電磁カタパルトに接続されていたスクランブル待機中のスペンサーが次々に発進していく。

 その様は発進というよりか発射に近いものであった。

 彼らは先行して索敵と防空を行う。

 「かなり広く展開してやがるな。本隊を守る外苑の部隊か。偵察用の部隊か。いずれにしても叩くか」

 指示を出し終わりチャートを睨んでいたカシマ大佐は腕を組む。

 「第54戦隊より入電。前進許可を求めています」

 「なんだと。気の早いこって。いいだろう。許可する。敵の規模を掴んで来い」

 カシマ大佐はカルロの好きにさせることにした。

 空母という兵器の運用は厄介だ。艦載機はパワーユニットの出力が弱いため脚が遅く、また航続距離が短い。敵艦と交戦するためにはある程度接近しなくてはならなかった。だが接近すると別の問題が発生する。

 それは打たれ弱さである。装甲は戦艦並みに強化されているが腹に艦載機を抱え込んでいるためどうしても大型化し旋回力は軍用艦の中でも最も鈍い。

 近づかなければ攻撃できないし。近づきすぎて攻撃を受けると一隻で一個戦隊以上の損害になってしまう。この微妙な距離感で戦うのだ。

 空母に随伴する護衛部隊はこの距離を稼ぐためにいる。

 それには第13航空打撃群の中でも最速の足を持つ第54戦隊はうってつけの部隊であった。

 「手前の役割わかってんじゃねぇか」

 カシマ大佐は満足そうに頷いた。

 

 「司令部より入電。「前進を許可する。追って飛行中隊を差し向ける」以上です」

 第54戦隊司令。カルロ・バルバリーゴ少佐は副長のドルフィン大尉からの報告に手を打つ。

 「話が早くて助かる。スペンサーとの共同戦闘だ。敵味方の識別を厳とせよ」

 「アイサー」

 カシマ大佐の感想とは違い、カルロ達突撃水雷戦隊に所属する者たちは先陣を切ることが自らに与えられた特権と考えている節がある。

 義務というより権利。

 義務を果たすことより権利を行使することの方が気分がいい。

 「二隻編隊だ。コンコルディアとラケッチ、ムーアとイントルーダで行く」

 次々と発進するスペンサーの後を追って、4隻の突撃艦が空母打撃群に先駆けて増速した。

 

 帝国軍も連邦軍の偵察機を確認。厳重な警戒態勢を取っていた。

 駆逐艦6隻から編成された帝国軍第4駆逐隊は接近してくる艦影を探知した。

 「シュティッテンに反応あり。艦影2 方位694 方位、速度から連邦軍と判定します」

 「全艦回頭694 敵艦を駆逐せよ」

 帝国軍は探知した目標に向かって一斉に回頭を開始した。

 彼らの任務は惑星レボルグの周辺宙域に浸透して一般船舶の航行を妨害し、集結しようとする連邦軍を排除することであった。

 彼らにとって初の獲物だった。

 

 「敵艦回頭。我が方に指向する模様」

 こちらを少数と見たのだろう。帝国軍は一斉に進路をコンコルディアに向けた。

 「釣れたかな。進路修正972」

 もちろんこのまま突っ込むはずもなく、カルロは艦を反転させ逃走に移る。

 2隻の突撃艦を6隻の駆逐艦が追いかけだした。

 「敵艦発砲しました」

 射程距離一杯で始まった砲撃がコンコルディアを掠める。

 「速度はこちらが優勢だな」

 コンコルディアとラケッチが回避運動を行い帝国軍を引っ張り上げる。その背後を突くようにさらに2隻の突撃艦が現れた。


 「最大戦速」

 突撃艦ムーアの艦長ロンバッハ少佐は不機嫌そうに命じた。

 「最大戦速ヨーソロー」

 この手の囮役を使う罠猟と呼ばれる戦術で彼女の艦が囮になることは少ない。

 囮役をバルバリーゴ艦長がかたくなに手放さないのだ。

 「魚雷発射管。1番から4番まで装填。弾種10式」

 「アイサー。全発射管に10式装填」

 カルロの気持ちも理解できるし、そうではないと頭ではわかっているが信用されていないような気分になってしまう。

 自分が戦隊司令だったらどうするだろうか、コンコルディアを囮として使うだろうか。

 「使わないわね」

 それは信用しているとかしていないとかは関係なかった。

 自分勝手な結論に落ち着いて苦笑いを浮かべる。

 そこで自分を殺して最善な選択として囮をさせれるのが優れた軍人ならば、自分は無能な軍人というわけだ。

 「艦長。何か」

 ロンバッハの独り言に副長が反応する。

 「いぇ。何でもありません」

 頭から雑念を追い払うように頭を振ると銀髪が揺れた。

 「敵艦。捕捉6 射程内です」

 「全門斉射」

 ロンバッハが命じると4本の量子反応魚雷が発射された。続いて随伴艦のイントルーダからも同数の魚雷が発射された。

 計8本の魚雷が帝国軍に襲い掛かった。

 

 「高速で接近する物体8 魚雷です」

 「対抗雷撃戦。デコイ発射」

 囮魚雷を発射し欺瞞装置が作動した。

 「さらに艦影を確認。数2」

 「6対4か、友軍に援護要請」

 現在、不利というほどではないが念のために対処しておくべきだ。

 戦争はスポーツではない辛勝より圧勝こそが望ましい。

 第4駆逐隊の要請を受け、付近を航行していた帝国軍第2巡洋戦隊所属の重巡洋艦2隻と護衛についている駆逐艦6隻が合流するべく進路を変えた。


 背後からの雷撃に成功したムーアとイントルーダであったが、デコイと分厚い対空弾幕に出迎えられる。

 「2番3番、ロスト。魚雷全弾迎撃されました」

 副長の報告にロンバッハは頷く。

 「進路そのまま。接近戦闘用意」

 「アイサー。進路そのまま。接近戦用意」

 コンコルディアを追跡する駆逐隊の後ろを取っていることには変わりがない。このまま乱戦に持ち込む。

 ムーアとイントルーダは艦首の主砲を連射。最後尾の駆逐艦に攻撃を集中する。

 一方。コンコルディアとラケッチは逃げ回っていた。


 「機雷投下」 

 進路を妨害するために機雷を送り出す。

 「ロックオン警報。コード42アラート」

 「ランダム回避だ。第三砲塔は砲撃を継続せよ」

 近づこうとする駆逐艦を後部の砲塔で弾幕を張り妨害する

 必死の努力の甲斐あってか何とか時間を稼ぐことができそうだった。

 カルロも4隻で6隻を撃滅しようとは初めから考えていない。

 「まだか。頼むぞ」

 「IFFに反応。友軍機です。166飛行中隊。数16」

 カルロの祈りが通じたのか、編隊を組んだスペンサーが現れた。

 「166飛行中隊だと。よしよし。後はよろしく中尉殿」

 普段自分に噛みついてくる彼女をカルロは割と気に入っていた。

 

 艦載機用のフィーサで攻撃目標を認識したクアン・エイシ中尉は無意識に唇をなめる。

 「コンコルディアの位置を確認。後ろがムーアか」

 もしこれの位置が逆さまであれば彼女はカルロの胸ぐらをつかんで営倉に放り込まれていただろう。

 しかも絶対に後悔しない自信がある。

 スペンサーが彼女のヘッドアップモニターに攻撃位置についたことを知らせた。

 「ロゼッタリーダーより各機。敵艦捕捉。攻撃を開始せよ gogogo 」

 クアン・エイシ中尉はスペンサーを一気にロールさせ部下たちに合図を送る。

 素早く2機編隊に分かれ4機が周囲を警戒。残り12機が帝国軍艦列の横っ腹に一気に突入した。


 「シュッティテンに反応。複数が急速接近してきます。質量から小型艇。いや。機動兵器です。艦載機と思われます。数16」

 「防御円陣を組む。司令部に打電。敵艦載機と遭遇。付近に航空母艦あり。来援を乞う」

 帝国軍としては想定外の宙域で空母艦載機に遭遇してしまった。

 「対空弾幕。全門斉射だ。先頭を狙え」

 対空砲の阻止弾幕と近接防空ミサイルが発射される。

 

 駆逐艦から激しい対空弾幕が展開されるが、スペンサー隊は躊躇することなく距離を詰める。

 突入した12機には対艦攻撃用のSEEDミサイルが一機当たり12発搭載している。

 「lock on fox one fox one」

 クアン・エイシ中尉は愛機に攻撃命令を出した。

 それに続き、部下たちも攻撃を開始した。

144発同時発射。敵防衛網を飽和させる。

 濃密な対空弾幕を潜り抜けたミサイルが帝国駆逐艦に突き刺さる。

 「目標に命中。直撃弾4、至近弾多数。敵艦3隻に損害を与えた」

 機動兵器が搭載できるミサイルは数で押すので迎撃されにくいが小型のため威力が弱い。この時点では帝国軍に損傷を与えはしたが撃沈までには至らなかった。

 スペンサー隊は一気に艦列を横切る。

 「ロゼッタリーダーより各機。ダメージレポート」

 クアン・エイシは部下の状況を確認する。

 「ロゼッタ04ロスト。敵ミサイルの直撃です。残念ながら」

 「そうか。他には」

 スペンサーの損害は撃墜1不明2の3機であった。

 「補給に戻るぞ」

 一撃を与えたスペンサー隊は編隊を組みなおし離脱した。

 

 6対2が4になり、それでも優位が崩れなかった帝国軍は機動兵器の襲来で一気に形勢は逆転したことを悟った。

 「進路変更772 撤退する。防御円陣を崩すな。二撃目が来るぞ」

 付近に空母がいるなら襲い掛かってくるのが16機だけとは考えにくい。さらなる襲撃があるだろう。

 「後方の突撃艦。砲撃しながら接近中」

 逃走に移ったことを見て取った突撃艦が食らいついてくるが相手をしている余裕はない。

 「牽制射撃。離脱を優先する」

 こうなっては、友軍と合流するしか手はない。

 

 「すさまじい突破力ですね」

 スペンサー隊の突破を目の当たりにしたムーアの副長が呆れたように呟く。

 「友軍の献身を無駄にするな。突撃を継続」

 ロンバッハは断固突撃続けた。

 「艦列より脱落する艦あり。数2隻です」

 「手心を加えれる身の上ではありません。沈めなさい」

 「アイサー」

 ムーアとイントルーダはスペンサーの攻撃で速度が低下し、艦列から脱落した艦に砲撃を加える。

 帝国軍は損傷艦を守ろうとムーアとイントルーダに攻撃を集中するが、放火を巧みにかいくぐり砲撃。共同で2隻の駆逐艦を屠った。


 逃げていく帝国艦を追撃するため、カルロは戦隊の合流を急がせる。

 コンコルディアの周りにムーア、ラケッチ、イントルーダが集結した。

 「隊列を整えろ。誘導ビーコンは継続しているな」

 「ビーコン正常に稼働中。115・173・131飛行中隊。こちらに向かって接近中です」

 「よろしい。符丁を絶やすな」

 突撃態勢を維持したまま。コンコルディアは追跡する。

 「フィーサに新たな反応。帝国艦艇です。数7ないし8」

 これで敵艦は合計で12隻か。いや。まだ、増えるかもしれない。

 「増援か、連携のよろしいことで」

 「帝国軍は広範囲に展開しているようですね」

 「主力をレボルグに抑え込んで両端から包み込んで包囲殲滅か。教科書通りの用兵しやがって」

 チャートを睨みながら帝国軍の展開領域から彼らの作戦を予想する。

 カルロの口調には羨望の色合いが浮かんでいた。一体どれだけの軍人が教科書通りに戦闘できるのだろうか。それは稀有なことだ。

 「飛行隊と共に後一撃加える。それが済んだらさっさと離脱だ」

 艦艇数は負けているが、機動兵器では圧倒しているはずだ。

 うまく立ち回れば敵への損害は上積みできるだろう。

 こうして両軍は急速にその距離を縮めるのであった。


                         続く

 

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