第30話   銀河帝国式 裏口の叩き方

 銀河帝国。正式には銀河帝国デュランベルジェ王朝。銀河中心部に向かって広大な領域を支配し、人類の全人口の30%を占める人類史上最大の勢力を持つ超国家である。

 

 初めは人類銀河連邦というなの民主制の国家であったが、相次ぐ内乱と政治闘争に疲弊した人々は、一人の男に希望を託した。その名をアーベン・デュランベルジェ。狐の知恵と獅子の心、そしてイヌワシの目線を持つと言われた男であった。彼は混乱する銀河連邦では問題を解決できないと結論づけ、偉大な指導者による独裁制こそがこの混乱を収める唯一の方法だとした。幾つかの合法的な方法と数えきれない非合法な方法で力をつけ、彼を支持する人々と共にクーデーターを起こし銀河連邦を乗っ取った。

 その権力は以降、彼の子孫に受け継がれ、孫のマルスラン・デュランベルジェの代になり銀河帝国を建国。その初代皇帝となったのだった。

 いくつかの分裂と内乱の末、さらに体制を強化した帝国はその支配を完全なものとするため拡張政策を取っていた。

 人類共生統合連邦はもともと人類銀河連邦から分離した国々が、この帝国からの圧力に対抗するために結成された組織であった。

 銀河帝国としては連邦の支配領域は本来帝国の一部であり統治の対象だ。連邦としては自分たちは人類銀河連邦の正統な後継者であると自認している。この勢力が相いれないのも無理はなかった。

 以降。百年に渡り連邦と帝国は干戈を交える間柄になっていた。

 その戦いが新たな展開を迎えることとなったのだ。


 アウストレシア星系に突如、所属不明の艦隊が出現した。

 整然と隊列を組み、その威容から素人にも軍艦と見て取れるものだった。

 この艦隊の侵入に最初に気づいたのはアウストレシア星系の中規模国フェルナガ連合の国境警備隊であった。


 「接近中の艦艇に告げる。所属を明らかにし直ちに進路を変更せよ。貴艦はフェルナガ連合の領海を侵犯している。繰り返す」

 小さなパトロール艇が大艦隊に向けて必死に警告通信を繰り返す。フェルナガ連合の国境警備隊の職務への忠実さは敬服に値するが、問題の艦隊は彼らの警告に一切答えず通過していく。

 国境警備隊よりの緊急伝によりフェルナガ連合の指導者たちは夜中にかかわらず緊急招集される羽目となった。

 「どこの艦隊だ。規模と進路は」

 首相が補佐官に噛みつくように尋ねる。

 「現在確認中です」

 騒然とする閣議室に入室した連絡武官が何事かを国防長官にささやきファイルを手渡す。

 「首相。追加の情報です。不明艦隊の所属と規模、進路が判明いたしました」

 「どこの船ですか」

 「国境警備隊が不明艦の艦首旗を確認。赤地に黒の双頭の鷲です」

 国防長官の報告に首相は言葉を失う。

 「銀河帝国の紋章です。帝国軍の侵入です。帝国軍は推定一個艦隊。現在イーレハ方面に向かって進行中」

 フェルナガ連合は帝国にも連邦にも与しない中立政策を取っていたが、独立不羈と言えるほどの力はなく、帝国からは連邦に加盟しなければ見逃してもらえ、連邦としても無理をしてでも加盟させたいほどの魅力もないような国であった。

 「帝国の一個艦隊・・・・・・・・我が艦隊は」

 首相が喘ぐように尋ねた。フェルナガ連合の場合、艦隊と言っても帝国、連邦の基準で言えば分遣艦隊程度の規模である。帝国軍の一個艦隊相手では時間稼ぎにしかならない。

 「首都防衛艦隊が緊急展開中です。24時間以内に配備が完了いたします」

 「帝国から通告は」

 無駄と知りつつ一応確認する。

 「現在確認されておりません」

 外務長官が沈痛な面持ちで首を振る。

 「至急。大使を呼び出しなさい」

 「わかりました。折衝は私が」

 外務長官が席を立ち首相が頷く。

 「今後の進路はどうなっています」

 「このままの進路を維持しますと、間もなく我が国の領海を抜けます」

 国防長官は手渡されたファイルを確認する。

 「我が国を抜ける。どういうことです」

 「イーレハ方面に進むとなるとすぐに連邦領に侵入することになります」

 「連邦領?我が国への侵攻ではないということですか」

 「現段階では判断できません。進路を変更する可能性もあります。ですが両国の関係を加味いたしますと連邦領への侵攻の可能性が高まりました」

 国防長官の推測に首相は幾分落ち着きを取り戻した。

 「連邦領への侵攻ですか。彼らには悪いが今はそうあってほしいですね」

 「どのように対処いたしますか」

 「どのように対処」

 首相がオウム返しに答える。帝国の艦隊に対して何ができるのか。

 「無害通行だといたしましても我が国の主権を侵犯する行為です。形だけでも迎撃することを視野に入れるべきかと」

 国防長官の意見は国家主権の観点からはもっともなものだったが、受け入れがたい意見でもあった。

 「彼らが進路を変えた場合は考えましょう。このまま通り抜けるのであれば今は様子を見ましょう」

 フェルナガ連合としても帝国と連邦の争いに巻き込まれるのは御免だった。

 「帝国には厳重に抗議する。艦隊の配備はそのままお願いします」

 「了解いたしました」

 「この件は帝国の正式な発言を聞くまでは機密扱いとします。情報管理を徹底してください」

 「了解いたしました。ですが情報統制は事が事ですので24時間が限界とお考え下さい」

 補佐官の言葉に首相は黙って頷いた。

 圧倒的に国力の劣るフェルナガ連合は帝国に道扱いされることを受け入れざるを得なかった。


 フェルナガ連合を震撼させた帝国艦隊は悠々と無人の野を進軍する。

 「フェルナガ連合の小型艇が接近してきます。排除いたしますか」

 帝国軍エーベルノルト級戦艦、二番艦ブリュンスタットの艦長は上官へ伺い立てる。

 「放っておけ。我が帝国艦隊が小国のパトロールをいたぶってどうする」

 艦長席よりも高い位置に設置されたエリアに痩身の軍人立つ。

 「通信封鎖中でなければ、彼らには称賛と挨拶を送りたいぐらいだ。小舟で我が艦隊の行く手を遮ろうなど並の勇気ではできない」

 銀河帝国軍第17艦隊司令官兼、アウストレシア侵攻軍司令官。ミハエル・ケッセルリンク中将はほほ笑んだ。

 「彼らには悪いが、ここは黙って通してもらう」

 懸命に職務を果たすフェルナガのパトロール艇をしり目に帝国艦隊は連邦領を目指して進む。

 「先発の第1捜索隊より入電「予定ポイントに艦影なし」以上です」

 「到着次第、設営隊は予定通り作業にかかれ」

 「第7輸送隊、フェルナガ領に侵入開始します」

 「予定より3ポイントの遅れ。後続への影響はありません」

 「航路マーカを再度確認せよ。輸送隊の進路の確保が最優先だ」

 ケッセルリンクの周りの参謀たちは続々と入る報告を処理していく。

 完璧に統率された動きにケッセルリンクは満足するのだった。


 帝国艦隊のフェルナガ侵攻は連邦のアウストレシア方面軍も知るところとなった。連邦軍はかねてからの防衛計画にのっとり動員を開始。帝国領に最も近いオスロ方面に緊張が走った。カルロの予想通り、連邦側は帝国の侵入を早い段階で掴んでいた。効果的な迎撃を行うため帝国軍が橋頭保として活用しそうなオスロ方面の有人惑星にはあらかじめ防衛部隊を差し向けていた。

 だが。

 「帝国軍の侵入経路はイーレハ宙域と推定されます」

 「イーレハ?足がかりになる惑星も航路もないはずだが」

 イーレハ宙域は放出エネルギーの変化が激しい偏光星が多く、空間が安定していない。人口も希薄で重要度が低かった。

 連邦軍の予想は外れた。

 「オスロ方面の加盟国防衛に振り分けた部隊の再結集を行う。少々危険だが各惑星は加盟国の自衛戦力を持って行う」

 「捜索範囲をさらに拡大する。別動隊の動きに注意」

 アウストレシア方面軍は用意していた本隊をイーレハ宙域に向けて動かしたかったが、前衛と後衛の連携に遅れが出たため。同宙域での迎撃戦が出来なかった。


 連邦軍の防衛線の裏をついた帝国軍はイーレハ宙域で前線基地の建設に入った。

 次々とコンテナ船が到着し大量の物資を吐き出すと、その物資を無数の作業アーマが振り分けていく。物資を梱包していたコンテナも建設資材の一つとして基地に据え付けられていく。

 「防衛装備は後回しだ。燃料補給施設の建設を最優先せよ」

 「太陽風の計測を厳とせよ。僅から兆候も見逃すな。下手をすると基地ごと流されかねない」

 「防御フィールド用のジェネレータ到着いたしました。待機場所を知らせてください」

  帝国軍の設営隊が急ピッチで設備の拡充を行う。

 「第4駆逐隊。補給が完了次第、前進を再開せよ」

 「こちら、第4駆逐隊。補給船が見当たらない。位置を知らせ」

 「了解。038補給船を向かわせる。現在地で待機せよ」

 帝国軍は前進基地の完成を待たずに前進を再開すべく前倒しで補給を行った。

 「提督。先鋒を務める第203ランツ・クルッツェンより報告。「前進準備よし」以上であります」

 「素晴らしい。可能な限り前進せよ」

 ケッセルリンク中将は指揮杖を振り下ろす。

 命令を受け。20隻の戦隊が加速に入る。帝国軍は連邦の足並みがそろう前に前進を再開した。

 

 チッタゴンとミトラとの国境での小競り合いを監視していた、カルロ達ナビリア方面軍からの派遣部隊にも帝国軍襲来の方が入った。

 「現時刻を持って、我々派遣部隊はアウストレシア方面軍の指揮下に入り、第13航空打撃群と呼称する。全艦。発進用意」

 カシマ大佐からの命令にすべての将兵が本来の任務がなんなのか理解した。

 彼らの頭からはチッタゴンとミトラのいざこざなど消し飛んだ。

 「艦長。イラストリアより入電「第54突撃水雷戦隊はイーレハに向け直ちに前進せよ」以上です」

 突撃艦コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴ少佐は迷うことなく指示を出す。

 「了解。第54戦隊、全艦に発令。半速前進。進路548 目標イーレハ」

 「アイサー。半速前進。進路548」

 戦隊旗艦コンコルディアを先頭にムーア、ラケッチ、イントルーダの4隻が第13航空打撃群の先陣を切った。  

 「なにかあるとは覚悟しておりましたが帝国軍との交戦でありますか。自分、帝国軍との交戦は初めてであります」

 コンコルディアの副長ドルフィン大尉は緊張した面持ちでチャートを操作する。

 「訓練通りやればいい。帝国軍と言っても手が三本あるわけでもなし」

 「艦長は、その、帝国軍とは」

 「ある」

 カルロはにやりと笑って見せた。

 「そうですか。安心しました」

 表情のほぐれたドルフィン大尉を横目に見ながらカルロは先日のロンバッハとのやり取りを思い出した。


 「帝国の侵攻?アウストレシア星域に」

 カルロの想像にロンバッハは首を傾げた。

 「この星域は帝国に隣接していないわよ。侵攻自体は不可能ではないけれど、距離が開いている上に拠点もない。無理があるような気がするけど」

 「拠点がないなら作ればいい。彼らにはその能力がある」

 「そうね。能力はあるけど。それを実行するかどうかは別の問題でしょう。トリニダーゴ戦線で大規模な攻勢があれば、その助攻として意義はあるでしょうけどね」

 「信じられないか」

 カルロは意地悪な質問をする。

 「そうは言わないけれど。現状ではどちらともいえない。というのが正直な感想ね」

 ロンバッハが言いにくそうに答えた。

 「私もだ」

 「はい?」

 「私も半信半疑だ。だから皆には言えない。想像に想像を重ねたような話だからな。勘だよ。勘。話半分に聞いてくれ」

 「いいでしょう。それで、どうするの」

 「妄想で部隊を動かせるわけないだろう。実際に想像が当たっていたとしても現段階ではこれ以上手の打ちようがない。乗組員を疲弊させないようにするぐらいか」

 カルロは今行っている監視任務の手抜きを宣言した。

 「そうではないわ。帝国と真正面から戦うのよ。怖気づいたのでは。出来るの」

 ロンバッハの挑発に苦笑いを浮かべた。

 「それこそ愚問だろうに。貴官はどうなんだ」

 「義務を果たすわ」

 「義務ね。まぁ、お前さんにはそうなんだろうな」

 「そうよ」

 「お互い、五体満足で帰れるようにしよう」

 ロンバッハの両肩に手を置く。

 「勝利ではなく生存を優先するのね」

 カルロの瞳を真っすぐに見つめる。

 「生きて帰ることは大勝利に勝ると思うね」

 「口ではそういう癖に、敵とみると犬みたいに突っ込んでいくの控えなさい」

 「それが突撃艦乗りだ」 

 カルロの返答にロンバッハは彼の横っ腹を割と本気でこずくのだった。

  

 アウストレシア方面軍はイーレハに近く主要航路の集中する惑星レボルグを拠点とし、艦隊をイーレハに向けて前進することにした。

 惑星レボルグに集められた艦艇は約200隻、これはアウストレシア方面軍の保有する戦闘艦の約40%にも及ぶ。この艦艇で帝国軍の進撃速度を落とし、後方で編成されている予備戦力と中央から派遣される親衛艦隊で撃退する作戦である。

 そのためには防衛行動を円滑にするための縦深性を確保しなければならない。

 人口希薄なイーレハは戦闘に好都合だ。

 アウストレシア方面軍の前衛部隊2個水雷戦隊24隻はできうる限りの速さで前進したのだが。

 「前方より、艦艇多数。帝国軍前衛部隊と思われます」

 予測のはるか手前でほぼ同数の帝国軍と遭遇した。

 「第一戦闘配備。接触までの時間と帝国軍の規模を解析しろ」

 指揮官は内心の動揺を隠し指示を出す。

 

 「感あり。高速で接近中。連邦軍です」

 「フォーメーションΔ発令。突撃用意」

 第203ランツ・クルッツェン指揮官、ベルカ・ヘルムート中佐は連邦軍とは違い一切の動揺はなかった。

 それまで分散して航行していた帝国軍は連邦軍を発見すとると同時に一つに集結した。

 得意の遠距離雷撃戦を展開しようとする連邦軍に対して帝国軍はデコイをばら撒きながら素早く突撃態勢を取る。

 40基を超える魚雷が帝国軍に襲い掛かった。

 「対抗雷撃開始」

 囮に加え迎撃魚雷が発射される。その激しい弾幕に連邦軍の魚雷は撃ち落とされた。雷撃の至近弾により3隻が脱落したが帝国軍は速度を落とさなかった。

 効果的な雷撃が行えなかった連邦軍も横隊から密集隊形へと移行しようとした。

 「遅いのだよ。全艦突撃。ディケファロス・アドラー(双頭の鷲)に栄光あれ」

 ヘルムート中佐は高らかに宣言すると右手を振り下ろした。

 両軍ともに速度を重視した小型艦を中心とした編制であったが、駆逐艦主体の連邦軍に対して帝国軍は偵察型巡洋艦を旗艦とし多数の突撃艦を配備した重突撃水雷戦隊であった。

 勝負は、ほぼ一瞬というほどの短時間でついた。

 帝国軍は連邦軍が陣形を整える前に、隊列の中央を食い破る。至近距離から主砲弾と短距離魚雷を叩きこむと高速で離脱。

 この時点で連邦軍は3隻撃沈、5隻大破の大損害を受ける。指揮系統は破壊され部隊が散り散りになった。帝国軍は3隻が中破判定。目を疑いたくなるようなワンサイドゲーム。

 ここで帝国軍が反転してくれば前衛部隊は文字通り全滅していただろう。しかし、帝国軍はもう用はないとばかりに前進を再開。残存の前衛部隊は敵の進撃路を避けながら離脱を図った。 

 その後、帝国軍の第二陣と遭遇した不運な2隻を含め連邦軍は初戦で10隻の艦艇を含む2個水雷戦隊を喪失した。


 帝国軍は補給拠点とそれを守る縦深性を確保し、イーレハ宙域に橋頭保を築くことに成功したのだった。

 

                             続く

 

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