第28話   縄張り争い

 人類共生統合連邦は大小合わせて二百数十か国で構成された大きな寄り合い所帯である。


 経済力の強い国、弱い国。人口の多い国、少ない国。多くの有人惑星を統治する国。単一惑星のみの国。其のあり様は様々であった。


 連邦は仲の良い国同士が連携したのではなく外敵から身を守るために利害を乗り越えて増殖した組織。中には相いれない国同士もある。




 「加盟国の領海線監視でありますか」


 第54突撃水雷戦隊司令兼突撃艦コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴ少佐が参謀本部、第一戦略室室長ベッサリオン大佐から受け取っと指令書には、最近急速に険悪になった連邦加盟二か国の監視任務が命じられていた。


 「監視とついでに演習だ」


 「なるほど」


 相槌を打ちながら指令書を確認するが途中で手が止まる。


 「大佐。この監視対象に聞き覚えがないのですが、どこですか」


 「当然だろうな。該当宙域はアウストレシア星系にある」


 アウストレシア星系はナビリアのお隣の星域だ。


 「アウストレシア方面軍の管轄でしょう。なんでまたウチに」


 「向こうは向こうで手が回らんらしい。正式な応援要請に基づいた任務だ。この任務の旗艦は航空機動母艦イラストリアが務める。貴様ら54戦隊はその指揮下に入る」


 文句はないだろうなと言外に睨んでくる。そんなに不平屋に見えるのだろうか。


 「拝命いたしました。粉骨砕身する覚悟であります」


 殊勝に敬礼して見せた。


 カルロが部屋を出ていくのを確認するとベッサリオンは上官のヘルクヴイスト少将に報告を上げる。


 「増援部隊の編制。完了したしました」


ヘルクヴイスト少将は転送されたデータを一瞥した。


 「規模はどれぐらいになった」


 「目立たない規模とのことでしたので、空母一隻を含む6個飛行中隊、その護衛用の防空駆逐艦4隻を含む2個護衛戦隊、最後に1個突撃水雷戦隊。計17隻。一個航空戦隊相当になります」


 「巡洋艦クラスの配備が欲しかったが贅沢は言えないようですね。補給部隊は」


 「目下編制中であります」


 「そうか。確認した」


 ベッサリオンの元に承認の知らせが届く。


 「増援規模はこれでよろしいのでしょうか。少々規模が小さかったのではと危惧しております」


 「先にも言ったように現段階ではあまり目立った動きはできない。ナビリアの状況も改善したとはいいがたい。これが最大限です」


 ベッサリオンの懸念にヘルクヴイストはかぶりを振った。


 「最悪。全面衝突ということも」


 「有りえるだろう。最悪の事態に備えた後発の編制も急ぐように」


 「アイサー」


 報告を終えるとベッサリオンはシガーケースに手を伸ばしかけるが止めた。最近本数が増えている気がする。代わりにため息を一つつくのだった。




 時を置かずベッサリオンの編制した応援部隊が司令部のある惑星クースからアウストレシア星系に向かって発進した。


 発進後カルロ達第54突撃水雷戦隊の面々は空母イラストリアで作戦についてのミーティングを行うこととなった。


 「まず初めに今回の監視対象についてご説明いたします」


 アウストレシア方面軍からの派遣将校が立つ。


 「今回監視する境界線はチッタゴン自由同盟とミトラ共和国との間にあります。両国共に連邦の加盟国でありまして位置は」


 会議室中央にアウストレシア星系の立体図が展開され問題の二か国が点滅している。支配している領域は両国とも小さく、大国同士の諍いではなさそうだった。


 「ことの発端はチッタゴンの有力者が遺言書で自身の土地の一部をミトラ教に寄進したことに始まります。ミトラ教についてはお手元の資料をご覧ください」


 カルロは手元の資料に目を落とす。ミトラ共和国はその名の通りミトラ教徒たちによって建国された国のようだ。


 「遺言により土地の所有権がミトラ教に移りますとミトラ共和国がこの地の領有を宣言。その後ミトラ教が教会を建設しようとしました」


 この説明辺りで出席者の頭の上にクエスチョンマークが点灯しだす。


 譲り受けた土地の領有宣言?


 「この宣言を受けたチッタゴンは教会の建設許可を出さないと表明します」


 質問したいがとりあえず説明を最後まで聞こう。


 「ミトラ教側は「建設にチッタゴンの許可を必要としない」と、教会の建設を強行しようとしまして、現地でチッタゴン側と諍いになりました。それが日に日にエスカレートしまして現在この土地を中心に両国がにらみ合っております。その場所がこちらになります」


 中央の星系図が拡大され両国の境界線が表示された。


 「星域ポイントで言うとJF2251HHxc1に存在するアステロイドベルトが問題の場所になります。一番大きな天体でも直径1000ほどしかありません。便宜上この最大の天体の名前からルノン3Tと呼称させていただきます。ルノン3T周辺では常時200隻。多い時には300隻の艦艇がお互いに牽制しています。船体同士の接触事故も起きております」


 想像以上の数の多さにどよめきが起きた。


 「ただ、多くは小型艇でありまして、そこに数隻の中型船舶が混じっているだけであります」


 それにしても大した数だ。よほど大事な場所らしい。


 「まず、なぜミトラ共和国がミトラ教に寄進された土地を自領だと言い出したかについてですが」


 そうだ。まずそれが聞きたい。土地の所有者が教団のものになっても、寄進された土地はあくまでもチッタゴン領のはずだ。


 「ミトラ共和国は政教一致の国であります。基本的に教団と共和国は同一の存在でありまして、解釈にもよりますがミトラ教の所有物はミトラ共和国の所有物でもあります。またチッタゴン自由連合は大小さまざまな地主の集合体でありまして、土地の所有権はあくまでも個人に帰する制度であります。ただ基本的にということでありまして、これも状況により変わりまもす。チッタゴン側は今回の事例は国防上当てはまらないと主張しております」


 「国防上ね」


 ブリーフィングルームに笑いが広がる。彼らの国を守っているのは主に我々、連邦軍だという自負が笑いにつながったのだ。


 それ以降も連絡将校の説明が続くのだったが、聞けば聞くほどわからないことが増えていく。だんだん作戦の説明を聞くというよりは家庭裁判所で陪審員にでもなった気分になる。


 つまりどういう事だってばよ。




 一通りの説明が終わり質問タイムが始まる。作戦への質問より状況への質問が多いのは致し方ないことだった。


 「境界線で揉めているのは理解した。聞いている限りではどちらに理があるのかは理解できなかったが、このような状況であれば連邦の加盟国同士、国際連邦裁判所で評決してもらえばいいのではないのかね。なぜそうしない」


 質問者に連絡将校は困った顔をする。


 「おっしゃる通りなのではありますが、両国ともこの問題を裁判所に提訴しておりません。裁判にならなければ評決の下しようがありません」


 なるほど、両国ともに「ルノンの所有権は明確に自国領であるので国境問題は存在していない」というスタンスか。よく聞く話だ。 


 「具体的に両国にはどのような利益があるのですか」


 違う士官が質問する。


 「利益と言いますと」


 「200隻もの動員が行われているということは、このアステロイドベルトに何かしらの利益。例えば資源があるのでしょう」


 ああ。なるほど希少金属が出るのか、それはもめるな。一人で納得しかけたカルロの感想は即座に否定された。


 「いえ。特にはそのような報告はありません。補足いたしますとこのような宙域でもありますので航路も付近にはありません」


 「では、何を争っているのですか。資源もない航路もない岩石群の所有権をそこまでして争う理由が分かりません」


 「合理的な理由で争っているわけではないということだ。あえて言えば気分か」


 それまで黙って聞いていた空母イラストリアの艦長カシマ大佐がバッサリと言った。


 「気分でありますか」


 「もしくは感情か。仲の悪い隣国同士ではよくあることだ。元々険悪な関係なのだろう。その二か国は」


 「はい」


 カシマ大佐の指摘に連絡将校は頷いた。


 「さて。諸君。チッタゴンとミトラがこれ以上エスカレートしないように監視、警告するのが我々の任務だ。作戦自体は難しくないだろうがくれぐれも事故の無いように努めてくれ。以上で連絡会を終了する」


 カシマ大佐は顎で副官に合図を送る。


 「起立。敬礼」


 これ以上の議論を無駄と見たのか話を終わらせた。




 「なんだかよくわかんない任務だね」


 「そうね」


 カルロの目の前で航空隊のクアン・エイシ中尉がロンバッハ少佐と並んで食事をしている。階級は違えどとても仲の良い二人であった。連絡会終了後にせっかくなので空母イラストリアで食事をすることとなった。


 「アディー。どうかな。美味しい」


 「ええ。美味しいわ。やっぱり大型艦はキッチンもいいものが付いているのね」


 突撃艦はその大きさから調理場が小さい。そして、艦長から兵卒に至るまで同じものを食べるが大型艦ともなれば話が違う。食事の内容はもとより場所も士官と下士官以下で明確に分けられており、しかも士官クラスは料理の注文ができるのだ。


 ロンバッハの返答にクアン・エイシは我が事のようにその大きな胸を張る。


 「でしょ。今回は補給もイラストリアでやるんでしょ」


 「ええ。当分は補給艦が来ないらしいから、イラストリアから補給することになりそうね」


 イラストリアに限らず航空母艦はその巨体を生かして小型艦に燃料補給を行う能力を有していた。


 「だったら、補給の時は一緒にご飯を食べよ」


 「そうね、毎回というわけにもいかないでしょうけど、都合がつけばね」


 「どうして、毎回では駄目なの。いいじゃん」


 「ほかのクルーも順番に使わせてあげたいから毎回は無理よ」


 「そっか。残念。でもやっぱりアディーは優しいね」


 いや、他の艦長もそうだからね。ロンバッハ艦長だけが優しいわけではないからね。カルロは話を聞きながらポテトを突っつく。


 「普通よ」


 楽しそうに会話する二人を若干の疎外感を含めて眺めていた。


 「なんですか。バルバリーゴ少佐」


 視線に気づいたクアン・エイシがジト目で睨んでくる。邪魔するなと目で語っていた。


 「なんでもないぞ」


 いかん。恨みがましい視線になったか。


 「嫌いなトマトが気になったのでしょう」


 ロンバッハがクスリと笑う。


 「子供か」


 「司令はトマト嫌いなんですか」


 隣の席のアルトリア少佐がカルロを覗き込むように見上げた。


 「大丈夫だ。食べれる」


 「嫌いなことは否定しないんですね」


 「別に嫌いというわけではない。昔グラタンに入っていたのがショックだっただけだ」


 「どうでもいいです」


 クアン・エイシがそっけなく言う。


 「トマトが嫌いなんてもったいないね。生でも加熱してもうまいのに」


 ナイジェル少佐までカルロをいじりだす。


 「いやいや。トマトソースを使った料理も好きだから。食べれるから」


 「だから、その情報どうでもいいです」


 賑やかに昼食を取ったのだった。




 監視部隊が問題の宙域に展開する。


 不思議なことに監視を引き継ぐはずのアウストレシア方面軍は護衛駆逐艦一隻のみであった。


 戦隊旗艦のイラストリアを中心に輪形陣を取る。カルロの第54戦隊は外苑部に配備された。


 「話には聞いていましたが、大変な数ですね」


 ドルフィン大尉の感想に頷く。


 コンコルディアのモニターには小惑星ルノンを中心に無数の小型船が群がっている光景が映し出されていた。


 「データ照会を開始しろ。とりあえず、どちらがチッタゴンでどちらがミトラか分かる程度のざっくりしたものでいい」


 「アイサー。アウストレシア方面軍からのデータと照合いたします」




 早速。照会を開始したが、これがなかなか難航した。


 元々の提供されたデータがいい加減で数も不十分であった。


 「新しい艇を捕捉しました。FT13に分類します」


 他の艦から回ってくる情報を分類し共有していく作業が延々と続いた。事前の説明通り小型艇が中心の構成のために航行距離と滞在時間が短い。そのため宙域への出入りが激しい。両国合わせて1000隻以上動員しているらしかった。


 「飽きずによくやれるな。小型艇といえどもこれだけ動員したらかなりの金額になるだろうに」


 監視態勢に入って一週間。カルロは艦長席でコーヒー片手にモニターに映る航跡を眺める。


 チッタゴン、ミトラ双方のパトロール艇から作業船そして民間船舶まで多種多彩な船が日によって増減するが大体200隻前後が行き交う。


 「チッタゴンとミトラは金持ちなのか」


 「両国と単一惑星国家の割に裕福そうですよ」


 カルロの疑問にドルフィン大尉が答えた。


 「チッタゴンは農業に適した惑星らしく大規模農場が数多くあるそうです。ここでとれる米はアウストレシアでは有名なブランドのようですね」


 「ブランド米ね。普段食べてるのと、どう違うのか興味あるな」


 「一方。ミトラ共和国ですが、宗教国家と言っても狂信的なところはなく部品加工業が盛んなようですね。自前の船は建造する工業力があります」


 「意外だな。宗教国家っていうから変な修行ばかりやっているのかと思ったぞ」


 「それ。外で言わんでくださいよ。一般情報で見る限りどちらもそれなりに余裕のある国家ですね」


 「懐が温かいなら、なおさら仲良くやればいいものを。資源もない。農業もできない小惑星巡って争わんでも」


 「それができないんですね」


 ドルフィン大尉が苦笑いをした。


 「艦長。両国の通信解析が終了しました。再生しますか」


 オペレータの報告にカルロは嫌な顔をした。


 「再生なんぞしなくていい。ライブラリーに放り込んでおけ。本国の暇な分析官にでも解析させろ」


 一度。両国の通信を傍受したが、お互いに自らの主張を繰り返すだけで、話にならない。語彙と文法が進んだ子供の喧嘩だ。


 カルロのみならずコンコルディアのクルーを一様に疲れさせるだけであった。




 監視任務の間には小規模な演習も行う。両国がにらみ合っている横で見せつけるように行うのがみそだ。


 カルロ達第54戦隊はイラストリアを目標に突撃していく。




 「方位954、反応3 敵機です」


 今回の相手はイラストリアから発艦した機動兵器スペンサーだ。


 「対空砲用意。射程に入り次第撃ちまくれ」


 「アイサー」


 「艦長。減速願います。この先は大きなデブリが多数遊弋しています」


 航海長がチャートのデータを解析する。


 「追いつかれないか」


 ただでさえ速度を控えめにしているのにこれ以上減速するといい的だ。


 「このまま進むのは危険です」


 微小隕石程度であれば表面に展開したパルスフィールドで弾き飛ばせるが、大きくなると装甲板にダメージが出る。さらに巨大になるとこれはもう砲弾と変わらない。


 「やむを得ない。減速一速」


 「アイサー。減速します」


 「こんな場所では機動兵器の独壇場だな。弾幕で落とすしか手がないぞ」


 「さらに反応が増えました。合計で7」


 「僚艦との距離に注意しろ。はぐれたやつから狙われるぞ」


 効果的な弾幕を形成するため配下の突撃艦と簡易的なコンバットボックスを形成する。


 「敵機。攻撃を開始します」


 「デコイ用意。合図とともに発射するぞ」


 実際には発砲しないが、実戦形式の訓練を続けるのだった。




                 続く

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