第26話   疲弊する辺境

 オルギム解放戦線の仮装巡洋艦は、追撃してきたコンコルディアに広範囲に燃焼弾をばら撒く弾頭を使用した。この苦し紛れの一発がコンコルディアの周辺に着弾。コンコルディアは高温にさらされ放熱板がオーバーヒートに陥りジェネレータが緊急停止し動力を失った。予備電源に切り替え何とか動力を確保したが通常の三分の一の出力しか得られなかった。この不利な状況に撤退を試みるが一部、通信、センサー類も使用不能に陥った中、オルギム解放戦線の追撃が始まった。




 コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴは次々と入ってくる報告に指示を返す作業に追われていた。


 「α1追撃してきます。距離を正確に測れません」


 「推定で構わん。チャートに出せ。とにかくレールキャノンの射線に入るな」


 「艦長。探査衛星とのリンクが切れました。ここからは推測航法になります」


 「目隠し運転か。訓練通りにやれ。計器の状態は」


 「オールグリーンであります」


 「よし。航海長。航路設定。本隊の推定位置に向かうぞ」


 「アイサー」


 ロンバッハ少佐の指揮する第54戦隊本隊がこちらに向かっているはず。合流さえできれば返り討ちにできる。ここは逃げの一手だ。


 「艦長。艦の後方に機雷を敷設しましょう。α1が変針すれば距離を稼げます」


 ドルフィン大尉の上申を吟味する。


 「逃走のセオリーだな。しかし。魚雷発射管の緊急冷却が発生したのだぞ。機雷の放出扉を開いて大丈夫か。そもそも開くのか。どうだ」


 カルロに問われたオペレータは困った顔をする。


 「実際に開放してみないと何とも」


 コンコルディアの外殻は高温状態のままだ。扉を開いて機雷を放出するのはいいが、外殻の温度に機雷が誤作動しないか。開けた扉は閉めることができるのか。答えられる者はいなかった。


 「開いて機雷を放出できたとして、万が一扉が閉まらず、さらに運悪く乱流が発生したら航行速度は亜光速帯にまで減速するぞ」


 「確かにその可能性がありました。失礼しました」


 「いや。何か手を考えるのが貴様の仕事だ。他の手を考えよう」


 カルロは笑った。何も考えずに上官の指示だけ待っているようでは突撃艦乗りは務まらない。


 「それなら艦長。ウィングを最大に展開するのはどうでしょう。ウィングなら乱流も発生しませんし。放熱板の代りとして冷却効果が得られるかもしれません」


 コンコルディアの両舷には可変式の安定翼が装備されている。これを広げて船体の表面積を稼いで冷却効果を高め、一秒でも早くジェネレータを再始動する作戦だ。


 「よし。採用。ウィング展開。最大値」


 「アイサー。ウィング展開」


 燃焼弾の影響か多少のもたつきを見せたがコンコルディアは無事ウィングを展開していく。カルロ達が大きいと言っていたメンフィスの偽装船のウィング式コンテナも船体比でいえばコンコルディアのそれよりは小さかった。


 「展開完了」


 「外殻の温度はどうだ。下がりそうか」


 「広げたばかりですからね。直ぐには効果は出ません」


 「効果が確認出来たら報告せよ」


 「アイサー」




 解放戦線は全力で連邦艦を追跡する。


 「連邦艦、徐々に減速している。きっと推進系にダメージが入ったんだ」


 コンコルディアの動きを観測していた船員が頭目に報告する。


 「いいぞ。二番艦の敵討ちだ。良く狙え」


 「まだ射程に入ってません」


 先ほどと違い逃げるコンコルディアを後ろから撃つのだ射程限界で砲撃すると命中は覚束ない。


 「そうか。他に射程の長い弾は無いか」


 頭目は何もしないでただ追いかけることに焦りを覚えた。当たらなくてもいいからとりあえず弾を撃ちたい。正規の訓練を受けたことのない民兵は不安と恐怖を紛らわせるために発砲するのはよくあることだ。


 「えっ。弾によって射程って変わるんですか。キャノンの出力で決まるんじゃ」


 「なら出力を上げればいいだろう」


 「そんなことしたら速度が落ちる。やめたほうが」


 ただでさえエネルギーを消費するレールキャノンにさらにエネルギーを回せば確実に速度が低下する。部下からの指摘に憮然とする頭目であった。




 「小官、いえイントルーダのみで先行ですか」


 イントルーダ艦長。アルトリア・ド・エルベリウスは戦隊次席指揮官のロンバッハ少佐からの指示に内心首をかしげる。


 「お願いするわね」


 「了解です。直ちに」


 敬礼の後に通信が切れる。


 「燃料補給が終了次第、本艦は単独行動に移る」


 「アイサー。しかし、艦長。よろしいのですか。隊を二つに分けるのは戦力の逐次投入になります。最悪、各個に撃破されるリスクが」


 「そうですね」


 アルトリアは腕を組んだ。副長の指摘は的を得ている。現地の状況が不明の場合にあえて戦力を分ける意味がない。一隻と二隻に分けて増援に向かうより三隻同時に向かう方が理にかなっている。


 「本艦のみ軍用燃料の手当てがついたから無駄にしたくないのでしょう。オルギムは敵地ではありませんが不測の事態が起こる可能性もあります。我々が先発することでコンコルディアへの援護になるとお考えなのでしょう」


 アルトリアは自分に言い聞かせるように言った。


 「なるほど」


 イントルーダは補給を終えると、他二隻の補給を待たずに先行した。




 ムーアのモニターにはイントルーダにつづいてラケッチが補給船に近寄っていく映像が映し出されている。


 「イントルーダで良かったのですか」


 ティーカップを手にしていたロンバッハは副長の顔を見返した。


 「いえ。イントルーダではなく我々が先行してもよろしかったのでは。オルギムに向かうだけでしたら戦隊指揮もいらないでしょう」


 ロンバッハの心情からしてアルトリア少佐ではなく自身で駆け付けたかったはずだ。実際にリボニアの時は随伴艦を残して先行した。


 「効率の問題です」


 「効率ですか。確かにイントルーダから補給する予定でしたが」


 「違う」


 「と、言いますと」


 副長は上官のぶっきらぼうな物言いには慣れている。


 「アルトリア艦長のほうが何も考えずに急行してくれるでしょう。速さが全て」


 「なっ、なるほど」


 ロンバッハのアルトリアに対する意外な評価に戸惑った。つまり自分では先行することに迷いが生じるということか。


 「何も起きていなければそれで結構。戦力を分けたことに対しては本職が司令に注意されて終わる。しかし、現地で戦闘が発生していれば」


 ロンバッハはティーカップを受け皿に戻した。


 「司令と次席が先頭に立っているのは望ましくない。どちらかは後方にいないと」


 カップの中の紅茶は冷めていた。


 「部下を使うことを覚えてほしいものね」


 ロンバッハの独り言を副長は聞かなかったことにした。どうやらこの捜査を司令自ら行った事にご立腹のようだ。




 「艦長。外殻の温度が下がり始めました」


 「ウィングの効果が出たか」


 朗報にカルロは笑顔になる。


 「正確には分かりませんが、可能性は高いかと」


 「何でも構わん。温度が下がれば。ジェネレータの再起動は」


 「せめて400度を下回らないと厳しいですな」


 「そうか。α1は」


 「変化なし。こちらを指向したまま接近中」


 「次は対艦用の砲弾が飛んでくるぞ。どのタイミングで回避行動に出るかだが」


 カルロはこめかみを掻く。まさか解放戦線の連中がまたも同じ砲弾を撃つつもりとは考えなかった。致命傷にならない燃焼弾ではなくとどめを刺せる貫徹弾だろうと考えるカルロ、命中自体が困難であるためとにかく砲弾を当てたい解放戦線、両者の認識の違いであった。


 ただもう一度燃焼弾を浴びるさらに被害は積みあがる。解放戦線の判断も間違ってはいなかった。特にセンサーと通信設備に大きな障害が発生するだろう。


 「センサーの回復状況は」


 「半分といったところです。温度が下がれば残りを再起動かけれます」


 「逃げるにも反撃するにも目が見えんことにはなんとも」


 コンコルディアは時折進路を変えながら逃走するが、速度差はいかんともしがたくレールキャノンに捕らえられた。




 「艦長。IFFに反応。コンコルディアです」


 イントルーダは巡航速度でこちらに向かっているコンコルディアを探知した。ロンバッハの想定通りイントルーダは戦闘速度一歩手前の高速でオルギムに向かって進んでいた。


 「よかった。何事もなかったようですね」


 安堵の表情を浮かべアルトリアは腰のサーベルに手を当てる。


 「コンコルディア変針。方位220」


 突然進路を変えるコンコルディア。


 「どうして変針するのです。こちらに気づいていないのか。コンコルディアに繋ぎなさい」


 「アイサー。こちら第54戦隊所属、イントルーダ。コンコルディア応答してください」


 オペレータの呼びかけに返答はなかった。


 「艦長。コンコルディアは攻撃を受け損傷してい」


 「最大戦速。第一戦闘態勢発令。コンコルディアを援護する」


 副長は自身の懸念を最後まで言わせてもらえなかった。


 「ジェネレータ出力最大。いや120%まで回せ」


 「120%でありますか」


 「そうだ。限界まで加速しろ」


 獲物を見つけた猛禽類の様にイントルーダは加速を開始した。


 「後方に敵性勢力がいるはずだ。索敵を厳にせよ。雷撃戦用意。一番二番に10式。三番四番に囮魚雷」


 次々と発せられる指令に一気に慌ただしくなるイントルーダの艦橋。


 「ロンバッハ艦長の判断は正しかった」


 アルトリアの瞳が光った。


 「魚雷発射管。一番から四番まで発射準備よし」


 「コンコルディアの両舷に囮魚雷発射」


 「艦長。しかし。それは」


 コンコルディアに警告も与えず魚雷を発射するのはいくら何でも無茶である。コンコルディアに当たる可能性は低いが、さらに混乱する可能性が高い。


 「疾く従え」


 蒼い両眼を光らせて古風な言い回しで命令した。


 「アイサー。三番、四番にデータ入力。コンコルディア両舷を指向」


 アルトリアの剣幕に気圧された。


 「三番、四番発射」


 艦艇用の欺瞞情報を振りまく囮魚雷が発射された。これでコンコルディアを狙っている敵は混乱するだろう。




 コンコルディアの探知能力が低下したセンサーが警告音を発した。


 「方位141 高速で接近する物体。数2。距離600」


 距離600はほぼ至近だ。突然の報告に一瞬頭が真っ白になり反射的に転舵しようとした。


 「進路変更。401 いや。取り消す。取り消しだ。進路そのまま。そのまま進め」


 カルロの命令に思わず操舵手が振り返る。


 「艦長。回避行動を」


 ドルフィン大尉の悲鳴のような進言が来るが無視した。


 「敵は前にはいない。前から来るのは味方だ」 


 カルロの絞り足すよな言葉に皆我に返った。


 「しかし。確証が」


 「魚雷ならどの道、間に合わん」


 艦橋に声にならない悲鳴が上がる。


 「物体とすれ違います。環境データ確認。囮魚雷。味方です。我が軍の34式囮魚雷です」


 「善し善し。味方だ。増援が来たぞ」


 地獄から天国とはこのことか、コンコルディアの内部は歓声に包まれた。




 一方、解放戦線は大変だった。突然目標が三か所に増えたのだ。いろいろと高価な装備を整えた船ではあったが囮魚雷を判別するほどの能力はなかった。


 「なんだ。いきなり的が増えたぞ。どうなってる。仲間か」


 「狙いがつけられない。どうすれば」 


 「くそ。射程圏内だ。いいから撃て。焼き払え」


 とりあえず砲撃。目標の選定も曖昧なまま発射された弾頭はコンコルディアの後方で炸裂した。


 「やったか」


 「わからん。わからんが、もういいだろう逃げよう」


 「そうだな。進路変更」


 突然のイレギュラーに憶病風に吹かれたが遅かった。




 「敵性勢力と認める。一番、二番発射」


 イントルーダから連邦軍が誇る10式量子反応魚雷が2本発射された。


 転舵中の仮装巡洋艦は船尾のジェネレータ付近に被弾。そのまま爆沈した。




 「助かった」


 カルロは放心したように呟く。


 ようやく助けに来た友軍の正体が判明する。


 「IFF確認。イントルーダです」


 「くそ。あのじゃじゃ馬か。味方ごと沈めるつもりか」


 まだ息が荒い。


 「艦長。イントルーダです」


 「繋げ」


 モニターいっぱいにアルトリア艦長が映る。


 「ご無事ですか。司令」


 その声には心底心配していた様子が窺えた。


 「ああ。全員、無事だ。支援に感謝する。アルトリア艦長」


 「いえ。当然のことをしたまでであります。それに感謝はロンバッハ艦長に願います。ロンバッハ艦長が本艦の単独先行を命じられました」


 「そうか。ロンバッハ艦長が。ともかく貴官とイントルーダ乗り組みにコンコルディア全乗り組みより感謝を」


 カルロは威儀を正して敬礼した。


 「光栄であります」


 アルトリアは笑顔で敬礼を返した。


 こうしてコンコルディアの武器密輸の摘発作戦は終了した。






 「そうか。二隻とも沈んだか。いや。構わん。一つ二つ失敗するのは織り込み済みだ。メンフィスが文句だと。そうか。適当に換金してやれ。まだ、やってもらうことがある。適当に機嫌を取っておけ」


 ナビリアより遠く離れた星域のラウンジで男が報告を受けていた。


 「くだらない作戦だ。いいかげんにしてもらいたいな」


 男は通信を終えるとウィスキーの注がれたグラスを回す。


 「成功の美酒とはいかんが、まるっきり失敗でもないしな。12年ぐらいが丁度いいか」


 独り言を呟いた後一気に飲み干した。


 「お客様、同じ銘柄の16年もご用意できますが、飲み比べて見られては」


 男の飲みっぷりを見ていたバーテンが近づいてきた。


 「ああ。いや。結構です。これで十分美味しかったですよ」


 男はそういうとバーテンにチップを渡し笑いながら席を立つ。




 「バルバリーゴ艦長。ご協力感謝します。この度は我々の情報不足でご迷惑をおかけしました」


 ニコライ・ロマロノフ捜査官は面目なさそうに頭を下げた。


 「いやいや。こちらもご迷惑をおかけした。酒武器取締局の皆さんを戦場に巻き込んでしまって、ご容赦いただきたい」


 「いえ。普段の職場も戦場の隣みたいなものですし、それに軍にいたころを思い出しました」


 「それは、嫌なことを思い出させてしまいましたかな」


 カルロがおどけて見せるとニコライは肩をすくめて見せた。


 「それと、ご報告が。うちの方で突撃艦の燃料費全額出すことになりました。今回は燃料のことでもご迷惑を」


 「それは助かります。あの状況であなた方だけでオルギムに向かっていても摘発は難しかったでしょう。テロリストに危険な兵器が渡らずに済んだのですから無理をしたかいがあったものです」


 「おっしゃる通りです」


 「軍はいつでも協力を惜しみませんよ」


 「感謝いたします。今後このようなことが起こらないように上に予算を増やしてもらいましょう」


 「それは、武器の摘発より難しい作戦ですな」


 「全くです」


 二人は笑いあった後握手をした。




 カルロは司令部の片隅に設けられた展望台に足を向ける。不便な場所に設置されたため普段から人気が少ない。その不人気な展望台の片隅でロンバッハが黙って惑星クースの夜景を見ていた。


 「すまなかった」


 後ろ姿に声をかけたが答えはない。


 カルロが背後に近づくと、勢いよく振り返り銀の髪が揺れた。


 「何を謝っているの」


 挑みかかるように真っすぐに目を見る。


 「心配をかけたな」


 「心配なんかしていないわ。あなたは勝手に戦って、勝手に勝つのでしょうね。そして、勝手に死ぬのだわ」


 ロンバッハはそう言うと自分が殴られたような表情になる。


 「お前を待つべきだった」


 「本気で言っているのかしら」


 「本気で言っている」


 「信じられないわ。毎回、毎回後先考えずに突撃してばかり。馬鹿なの」


 「面目ない」


 「アルトリア艦長に感謝なさい。彼女がいなければ今頃は」


 「そうだな。感謝している。乗組員が助かったのは彼女のおかげだ」


 「そうよ、だから」


 「それ以上にお前に感謝している」


 カルロはアデレシアを抱きしめた。


 「私がいなかったら、何回死んだか数えましょうか」


 カルロの腕の中でくぐもった声になった。


 「勘弁してくれ」


 「私の知らないところで勝手に死なないで。約束したでしょ」


 「ああ。約束した」


 「なら。守りなさい」




                    続く

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