第24話   武器取引

 惑星オルギムは辺境のナビリアを象徴するような惑星だ。


 そもそもどこかの国の植民惑星として入植がスタートしたが経営に失敗。とりあえず独立させて再建するはずが内部抗争でさらに混乱。人口は流出し残ったのは本国から見捨てられた独立政府の残骸と何から解放するのか不明な解放軍と名乗るテロリスト集団であった。


 そのテロリスト集団。オルギム解放戦線は完全制圧のための武器を必要としていた。その武器が近づいていた。




 連邦の検閲を受けて5日、メンフィスはようやく目的地に到着した。


 「さて、ここからが本番だ。金を受け取るまでは気を抜けない」


 輸送船の操舵室で武器商人のメンフィスは両頬を叩いた。


 武器取引は基本的に現金もしくは現物決済。ローンもカードも小切手もダメ。電子決済なにそれ。払うから渡す。渡すから払う。いつでも単純明朗会計だ。


 「合図を確認したこれより接近する」


 船長の言葉に頷く。


 「取引が成功したらボーナスを奮発してくれ。今回は手が込んでいたからな」


 船員に指示を出しながら船長がおどけて見せる。


 「成功したら全員、嫌というほど飲ませてやる」


 特にボーナスは考えていなかったが、とりあえず飲ませておけば文句は出ないのが船乗りだ。


 「いいだろう。あんたの財布が抜けるまで飲んでやる」


 案の定。船長は機嫌よく動き出した。


 合図を出しながら、取引相手の船が近づいてきた。




 接舷した船から多数が乗船し作業に取り掛かる。


 「ブツを確認させてもらう」


 「もちろん。その後しっかり払ってもらう」


 いかにもギャングの頭目といった風体の男がメンフィスを睨みつける。メンフィスの取引相手の半分は大体こんな感じの奴らだ。


 「たまにはきちっとした紳士と取引したいな」


 独り言を呟くが、それは違うと思いなおした。この業界、一見紳士な男ほど用心しなければならない。必ず裏があるからだ。その点、ギャングのような連中は見たまんまというか要求がストレートなので裏を読む必要がない。不愉快だが単純な奴らだ。


 ウィングに偽装したコンテナには船外作業員がとりつき分離作業を開始する。それとは別に船中にテロリストが散らばり作業している。


 「芋はどうする」


 メンフイスは部下に怒鳴りつける頭目に尋ねた。


 「後だ」


 「引き取ってくれたら、何でもいいさ。今更持って帰れないからな」


 「代金には含まれていないだろうな。余分なものを買う気はない」


 ケチで貧乏な連中だ。


 「了承している。食料足りてないのだろう。人道支援だ」


 メンフィスの持ち込んだ穀物は書類上NPOの人道支援物資ということになっていた。




 「艦長。例の船を確認しました」


 ドルフィン大尉の報告に艦長席で軍帽を顔に乗せて転寝していたカルロは身を起こした。コンコルディアはその速度を生かして先回りし惑星オルギムの公転軌道上から複数の監視衛星を飛ばして監視していた。


 「想定よりずいぶん早いな。状況は」


 「単独のようです。曳航コンテナも見当たりません」


 カルロの想定では武器を詰め込んだコンテナを引っ張ってくるはずだった。


 「積み替えにしても到着が早い。別の場所に物資を集積していた線は消えたか。もう一隻どこかにいるのか。周辺の警戒を厳にせよ」


 「アイサー」


 「まさか、本当にナメクジと芋だけ持ってきたわけではあるまい」


 カルロはニコライに向かって笑った。


 「はい。艦長。あれが囮ならわざわざメンフィスが乗り込むとは思えません」


 「武器商人というのも大変な商売だな。仕事とはいえこんな辺鄙で危険な場所まで来なくてはならない。取引が失敗したら無事に帰れるのかね」


 「危険に見合う利益があります。原価の5倍から10倍になる取引です。一回の取引で大きな利益を出します」


 「ハイリスク・ハイリターンか。安定第一の我々公務員とは真逆だな」


 「全くです。うらやましい限りです」


 ニコライにカルロの皮肉が通じた。


 最前線で戦う戦闘部隊のカルロと他国で潜入捜査を行う捜査官、死亡率はどちらが高いのだろう。




 


 「確認が取れたようなら、取引と行こう。こちらはご要望通りの商品を運んできたのだから」


 メンフィスは念入りにチェックする解放戦線に少し焦れてきた。


 「いいだろう」


 頭目は部下に合図を送ると。トランクが出てきた。


 メンフィスが目の前に差し出されたトランクを開くと、青い液体の入ったアンプルが大量に詰め込まれていた。


 「なんだこれは」


 嫌な予感に包まれるが確認しないわけにもいかない。


 「グミリアティゼだ。600セット用意した」


 頭目の言葉は満足できるものではなかった。


 「だから、なんなんだこれは」


 「知らんのか、グミル貝から抽出した原液だ」


 「そんなことは聞いていない。誰がクスリで払えと言った」


 メンフイスに支払われたのは麻薬の詰め合わせだった。どうやらこれが連中の資金源のようだ。


 「出すところに出せば200万セテリウスにはなる。貴様に損はないだろう」


 それは事実だった。グミリアティゼは高濃度に圧縮された麻薬で使用時には一千倍に希釈して投与する。このトランク一つで一財産だ。


 しかし、


 「どうやって換金するんだ。私はクスリの売人じゃない。こんなもので払われても困るんだ。キャッシュか金塊払ってくれ」


 怒鳴り声をあげたメンフィスに解放戦線のメンバーが銃を構える。


 「あいにく持ち合わせがない」


 頭目は悪びれもせずに答える。


 「どうしてもそれで嫌なら別のものを用意しよう」


 「今度は何だ」


 どうせろくな物ではないだろう。


 「人だ」


 頭目の言葉にさすがの武器商人もあきれて一瞬声が出なかった。


 「誰がクスリの下を行けといった。奴隷商なんぞ、まっぴらだ」


 こいつら下で何をやっているんだ。オルギムはどうやら地獄のようだ。


 「だからグミリアティゼだ。それともキャンセルするか」


 開き直った頭目と突き付けられた銃を見てメンフィスは気を落ち着けようと深呼吸する。ここで決裂すると転売先がない。いや有るかもしれんが見つけるのに苦労する。グレンとの取引も不履行になったら契約金を返すことにもなりかねない。そんなことになっては破産の一歩手前だ。それに基本的には武器の代金はグレンから支払われている。ここでこの、くそったれから、くそったれのクスリを受け取っても足が出ることはない。だが期待していたボーナスがこんなものでは気分が悪い。よし。これはグレンに押し付けて追加で支払わせよう。


 そう切り替えることにした。


 「いいだろう。取引成立だ」


 メンフィスの言葉に頭目は鼻で笑った。


 二人は握手をしなかった。


 メンフィスは乱暴にトランクを閉じると足早に出て行った。取引は成立した後はおさらばするだけだ。




 メンフィスの船にテロリストと思しき船が接触して6時間。カルロたちも連中が何をしているか把握できた。


 「やはり輸送船のウィングを取り外しているようです。曳航用でしょうか、船が出てきました」


 映像データを解析していたドルフィン大尉が報告する。


 「それが取引のブツか。差し詰めウィング型のコンテナか。手の込んだまねを」


 「道理で不自然に大きなウィングなわけですね」


 「あれなら我々の検閲も逃れられますね。このことは司令部に報告しないと」


 「やはり検閲には専用の機材と人員がいるな。我々ではほとんどザルで意味をなしていないぞ」


 コンコルディアの面々が納得している間。ニコライの表情は冴えなかった。


 「しかし、想定より作業が早いな。下まで持っていかれると我々では手が出せない。友軍の位置は」


 「はい。現状。本艦の探知範囲には到達しておりませんので正確な位置は分かりませんが、推定でこの宙域を航行中です」


 航海長がチャートを指し示す。


 「遠いな。足の遅い民間の補給船と行動しているから仕方ないが」


 ロンバッハの率いる第54戦隊の到着前に行動を起こすのは危険であった。


 「ロマロノフ捜査官。この後はどうするべきかね」


 「はい。艦長。連邦の規定では臨検し、武器を確認ののち逮捕、押収ということになりますが、ここは連邦の勢力圏外ですので、国際海上法の適応が妥当となります。国際法上、警察権を所持している、この場合私か艦長ですがどちらかが不法な武器取引と認定すれば警告の後破壊が可能です。ただ建前上この宙域はオルギム政府の管轄ではありますから外交問題になる可能性はあります。しかし、彼らにその能力がない以上、国際海上法を優先させても支障ないでしょう。抗議があったとしてもただの言葉で終わらせることができます」


 弱小国の面子と自身の利益を天秤にかけた時、弱小国を尊重するほど連邦は甘くない。


 ロマロノフの言葉に頷き副長に指令を発した。


 「よろしい。現状、臨検は不可能だ。友軍との合流を待ちたいところだが、地表に降下されれば捕捉もできない。これより行動に移る。警告の後コンテナを破壊する。第一種戦闘態勢発令」


 「アイサー。第一種戦闘態勢。各員持ち場につけ」


 コンコルディア艦内に警告音とランプが点灯する。


 「敵性勢力の最終確認を行え」


 「執行該当船舶1 テロリスト所有と思しき船舶1 小型艇5 脅威度極めて低いと判断いたします」


 「敵性勢力の増援を警戒。該当船舶に警告通信用意。増速一杯。最大戦速まで加速せよ」


 ロンバッハの到着前だが今の敵戦力であれば攻撃後、安全に離脱できるだろう。時間を与えると地表に物資を降下されてしまう。カルロは攻撃を決断した。




 コンコルディアは惑星オルギムの公転軌道から衛星軌道に舵を切る。


 警告通信を発信。返事を待つ必要などない。警告したことが大事なのだ。そのまま攻撃軸線に輸送船より切り離されたコンテナに標準を合わせた。


 「主砲。斉射3連。てっ」


 艦首の主砲が火を噴いた。


 小型艇に曳航されていたコンテナにほぼ全弾命中。爆発した。


 「全弾命中を確認。目標。破壊しました」


 「よろしい。直ちに当該宙域から離脱する。進路変更569」


 「アイサー。進路変更569」


 「艦長。フィーザに感あり。目標船舶に動きがあります。目標船舶の加速を確認」


 「逃走か。好きにさせろ」


 泡を食った輸送船が逃げ出したのだろう。今回はメンフィスの逮捕までは望んでいない。テロリストに武器が渡らなかっただけで目的達成だ。そのまま離脱進路を維持する。


 「これはなんだ。スペクトル解析をそちらでもしてくれ」


 「了解。データを回してくれ」


 「どうした。何か変化か。報告しろ」


 ドルフィン大尉がオペレータたちのやり取りに声をかけた。


 「推定ですが、目標が2つに分かれました。いや。違います。目標が3つに分離しています」


 「なんだと」


 カルロは眉をひそめた。




 「くっそ。一体なんだ」


 突然の衝撃に背中を壁にたたきつけられメンフィスは毒づく。トランクを抱え操舵室に飛び込んだ。


 「分離だ。さっさと接続を切れ」


 操舵室では船長が顔を真っ赤にして叫んでいた。


 「船長。どうしたんだ」


 「連邦だ。連邦の連中、俺たちつけてやがった。コンテナが攻撃された。取引は終わったんだ。逃げるぞ」


 興奮して叫ぶ船長は手を振り回して船員に指示をだしていた。


 「分離の準備が出来ました」


 「よし。やれ」


 「分離って。おい。ちょっと待て」


 メンフィスの制止もむなしく船長は品物を分離した。




 船体と船体を繋ぐ支柱が次々とパージされていく。この事態にテロリスト側も気づいた。


 「司令船からの分離シークエンスだ。パージされるぞ」


 「やめさせろ。ここで分離したら偽装の意味がない」


 艦橋で頭目が叫ぶ。


 「駄目だ。こちらからのコントロールを受け付けない」


 「運び屋どもがパニックになったか。全員配置につけ。ジェネレーター点火。最大出力だ」


 「いきなりですかい」


 停止状態のジェネレーターをいきなり最大出力にすると最悪爆発する危険がある。


 「死にたくなかったら従え。とにかく最大出力だ」


 だが他に選択肢がなかった。


 「わかりました」


 船員はジェネレーターの出力レバーを最大値に上げた。




 「目標。3つに分離したまま加速しています」


 「脱出艇にしても変だな。大きさは」


 「中型の物体2 小型の物体1です」


 「バルバリーゴ艦長。恐らく分離した船が今回の取引の本命です。コンテナも偽装物資だったんです」


 ニコライの申告にカルロは目をむいた。


 「本命。船がか」


 「はい。今回の取引額からして偽装コンテナ分だけでは足りません。船自体が商品だったのです。恐らく重武装を施した船です」


 「重武装を施した船舶だと。それではまるで仮装巡洋艦じゃないか」


 「はい」


 「なんてこった」


 それが本当なら目の前に重武装の仮装巡洋艦二隻現れたことになる。双胴船の輸送船ではなく二隻の仮装巡洋艦を連結し偽装したコンテナを括り付けた代物。


 カルロはここで判断に迷った。引き返して仮装巡洋艦を叩くべきか、そのまま離脱してロンバッハと合流すべきか。冷静に判断すれば離脱すべきであったが、機関長の報告で判断が鈍った。


 「艦長。中型船にジェネレーター3基分の出力。かなりの速度がでる可能性があります」


 「わかっとる。本艦と比べてどうだ」


 「全力では本艦が断然優速ですが、現在民生用の燃料で航行中です。最大出力90%が限界です」


 機関長の声には非難の色がにじんでいた。


 「加えて報告します。全力航行の場合、友軍と合流前に燃料不足になる可能性もあります」


 航海長が追い打ちの報告を上げる。メンフィスを先回りするために速度を出したのが裏目に出た。ここまでの航海で燃料を消費している上にコンコルディアのジェネレーターは最大出力で回すと燃料をドカ食いする。逃げている最中にガス欠になれば後は言うまでもない。


 「最大出力で離脱できるか不明なのだな。進路変更472.迎撃する」


 「アイサー。進路変更472」


 コンコルディアは再び旋回した。


 「敵艦をα1とα2に指定。α1の頭を押さえる。速度を稼がれる前に叩くぞ」


 カルロは攻撃を決定した。




 「連邦のやつら戻ってきた」


 「やはり見逃してはくれないか。レールキャノンの用意しろ」


 頭目も抗戦を決意した。


 「でも、試し打ちもしてないんですぜ。いきなり撃てと言われても出来るかどうか」


 「ぐちゃぐちゃ言ってないで準備しろ。真空に放り出すぞ」


 「了解」


 この段階でオルギム解放戦線とカルロはお互いに相手を逃さないだろうと誤解していた。


 オルギム解放戦線としては試運転もしていない船で連邦の突撃艦と戦う意思はなく、離脱したかったが連邦軍の反転によりその望みは潰えた。カルロとしても燃料の事情により追撃されると命はない。やられる前にやるしかなかった。


 こうしてお互いに不利な戦いが始まった。




                 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る