第11話   ニルド奪還作戦 掃海戦

 ニルド公国がタシケント共和国に武力侵攻を受けて2年が過ぎようとしていた。


 元々、ニルド公国は隣国のタシケントとの関係が強かったが、現公爵オスコーン3世が即位すると、連邦の傘下に入った。


 これによりニルドに所有していたタシケントの資産は、連邦の資本に侵食されていく。タシケントの心情が悪化する中、オスコーン3世の弟セム侯爵は、兄の地位を奪うべく策動した。


 オスコーン3世が病に倒れると、親タシケントの勢力を糾合しクーデーターを決行した。クーデーターは成功し兄を拘束。実権を掌握したセム侯爵は、連邦からの脱退を表明する。


 連邦という勢力は加盟は比較的簡単だが、一度加盟すると、脱退するには、大きな経済的賠償を要求する。小国のニルドに支払い能力は無く、セム侯爵は、連邦の権益をタシケントに売り渡すことにより、タシケントからの軍事援助を引き出した。クーデーターから一ヵ月後、タシケントはニルドに艦隊を派遣。残存する連邦軍は武装解除を余儀なくされた。


 これにより、外交問題として一応静観していた連邦軍は、中央委員会に変わりニルド問題の対処に当たると宣言。ニルドに艦隊を派遣を決定する。しかし、ナビリア星域は連邦にとっては重要度の低い辺境星域。他の戦線が荒れたことにより、迅速に対応することが出来なかった。


 だが、主戦線であるトリニダーゴ方面の安定を受け、ついに動き出した。




 「カルロ・バルバリーゴ少佐。第54突撃戦隊、指揮官に任命する」


 「謹んで、拝命いたします」


 ナビリア方面軍司令官、タウンゼン提督より辞令と戦隊旗を受取る。


 戦隊旗は白枠に青地、中央に盾を構え左を向いたワルキューレ、盾にはヒナギクが描かれていた。白枠に青地は連邦、左向きのワルキューレは突撃艦を表し、盾は方面軍、ヒナギクはナビリアを表す。


 これより、コンコルディアのマストにはこの旗がはためく。戦隊指揮艦としての名誉を表す旗だった。


 晴れて第54突撃戦隊は臨時編成から正規編成に昇格した。


 敬礼するカルロの背後には、彼の指揮下に入る3人の突撃艦長が控える。


 黒髪、長身のナイジェル・カトゥルーリャ少佐。


 中央、親衛艦隊より移動した、アルトリア・ド・エルべリウス少佐。


 そして、臨時編成時より54戦隊に在籍し54戦隊の次席指揮官となった、アデレシア・ラ・ロンバッハ少佐。


 「バルバリーゴ少佐。司令部は54突撃戦隊に期待すること大である。新鋭突撃艦の実力を、この戦いで発揮せよ」


 「アイサー。必ずやご期待に沿います」


 結成式はつつがなく終了した。




 「ようやく、臨時編成から正規の編成になったな」


 「揉めずに司令に昇格とは、予想外でしたね」


 ドルフィン大尉がコーヒーを手渡す。


 「臨時編成からそのまま昇格したのだ、順当だろう」


 不満げに、コーヒーを受け取った。


 「順当といえばそうですが、色々やらかしましたからね。土壇場でロンバッハ艦長とか、最悪、外部からの就任も、有り得たかもしれませんよ」


 「なるほど、有り得ない話ではないな」


 「おや。怒らないのですか」


 「やらかしたのは事実だからな」


 余裕があるのか、鼻で笑って見せた。


 「貴様も昇格したのだ。判っているな」


 ドルフィンの新しい、階級章を指す。


 「アイサー。艦長が戦隊指揮に専念できるよう精励いたします」


 「頼むぞ。普段はこれまで通り、私が指揮するが、水雷戦隊の指揮下にない戦闘になると、戦隊指揮に集中するからな」


 連邦軍の編成では4~6隻の突撃艦や駆逐艦が小戦隊を形成し、その小戦隊が2~3個の集まって水雷戦隊を形成する。水雷戦隊は軽巡洋艦が旗艦を勤めることが多い。第54突撃戦隊はこのなかの小戦隊に分類される。


 簡単に言うと、水雷戦隊に所属すれば、指揮は軽巡洋艦艦長、もしくは専門に配置された水雷戦隊司令が行い。独立配置になればカルロが行なうということだ。


 そして、ナビリアでは常設の水雷戦隊は2個しかない。残りは状況によって臨時に編成される。


 第54戦隊は今のところ、独立配置であった。


 ドルフィン大尉の責任は重い。


 「艦長。時間です」


 「よろしい。半速前進。第54戦隊出航せよ」


 「アイサー。半速前進。前進信号を出せ」


 コンコルディアが動き出した。




 ニルド開放作戦は、タシケント側も予測しており、ニルドに向かう航路には多数の機雷が敷設されていた。


 艦隊の針路を切り開くため、掃海部隊が投入される。第54戦隊はこの掃海部隊の護衛が割り当てられた。


 「掃海機、発進します」


 ジェネレーターと推進装置を、取り付けただけの小惑星が一斉に動き出した。その数70ほど。


 「二日しか時間が無い。手早くやるぞ」


 機雷には大きく分けて二種類ある。デブリのフリをして惰性で漂う浮遊機雷と、船舶の発生するエネルギーを探知して寄ってくる自動機雷である。


 掃海艦は小惑星に装置を取り付け、囮として機雷原に突っ込ませ、その後ろを付いていく。囮の放出するエネルギーに引き寄せられる自動機雷を探知して砲撃を加える。この時に掃海艦だけでは手が足りないので、護衛のコンコルディアも手を貸していた。


 「左舷、自動機雷を探知」


 「対空砲、迎撃せよ」


 ドルフィン大尉の指示で、コンコルディアの対空砲が火を噴いた。


 「目標に着弾」


 「反応が無くなるまで、撃ち続けろ」


 機雷は構造上、銃撃では爆発することは無いので、破壊の確認が難しい。とにかく撃ちまくって蜂の巣にして、無力化するしかない。


 「囮。08番で、爆発確認。浮遊機雷です」


 「デブリの発生状況は」


 前を行く囮に、たまたま浮遊機雷が当たったようだ。


 「確認中。08番損傷。しかし、大きなデブリの発生は確認できません」


 掃海任務では、機雷を吹き飛ばせばいい、という訳ではない。機雷を除去した結果。航路がデブリだらけになりました。では意味が無い。探知が簡単な自動機雷は、砲撃で潰し、探知困難な浮遊機雷は囮にぶつけた後、デブリを除去しなくてはならない。


 カルロは報告を聞きながら、ドルフィン大尉に艦の指揮を任せ、広く展開した掃海部隊に目を配らせる。


 現状、タシケント側からの妨害は無いが、何時いつ出てくるか判らない、充分に警戒したい。




 「指定ポイントに達しました」


 機雷原を抜けた。


 「よし。各艦、周囲の索敵に専念せよ。囮の準備が出来次第。引き返すぞ」 


 「アイサー」


 宙域にもよるが掃海作業には時間が掛かる。


 航路に掃海機を大量に投入し、自動機雷を起動させ、浮遊機雷を轢いていけば済むように思われがちであるが、敷設側も時間と損害を稼ぐべく、知恵を絞る。


 自動機雷は、IFF(敵味方識別装置)に反応の無い、船舶を検知しても、何回かは起動せずやり過ごし、掃海が終わったころを見計らって、動き出したりする。単純な浮遊機雷は適当に軌道変更し、掃海を終わらせたルートに入り込んだりした。


 そのため、掃海任務は、同じ場所を何度も念入りに行き来し、安全を確保しなければならない。地味で苦労の多い任務だ。


 「副長。全体の排除数は」


 「お待ちください」


 ドルフィン大尉は、オペレーターと確認する。


 「自動機雷12浮遊機雷3 計15になります」


 「一度目はこんなものか」


 「休眠している機雷の数が、相当数存在しますね」


 事前の予想では2000個近い機雷が、敷設されているはずだ。


 「そうだな。だが、艦隊は待ってはくれない。期日までに、出来るだけ安全を確保する」


 「アイサー」




 この日は4往復し、計281個の機雷を除去し、一度引き上げることにした。


 「本日は、皆ご苦労。明日も引き続き、任務に励んでくれ」


 「了解」


 作戦室のモニター越しに敬礼すると、ナイジェル艦長とアルトリア艦長は画面から消えた。


 「どうでしたか」


 一人残った、ロンバッハが声を掛ける。


 「あの二人か」


 ロンバッハは頷くうなず。


 「特に問題は無かったな。二人ともきっちり機雷に反応していたし、危ないシーンも無かった。まぁ。これだけ準備していれば当然ともいえるが」


 最前線で行なう、強行掃海とは訳が違う。


 「セオリーですと。明日には妨害が入るかと」


 「そうだな」


 タシケント側も連邦が掃海を開始したことは、掴んでいるだろう。動きがあれば、いよいよ。54戦隊としての初戦闘となる。


 「機雷原の中での戦闘になるかもしれませんね」


 「足の踏み場には気をつけるよ」


 「そうですね。では」


 カルロの軽口がお気に召さなかったのか、ロンバッハは敬礼して消えた。


 「怒らせてしまったかな」


 誰もいない、作戦室で一人呟く。




 「全艦。発進準備完了」


 「よろしい。直ちに発進せよ」


 タシケントのニルド駐留艦隊は、前哨戦として掃海部隊の捕捉撃滅のために、10隻の駆逐艦を進発した。


 「掃海を出来るだけ妨害し、時間を稼ぐ」


 「アイサー」


 「一日二日ではたいした数は除去できまい。機雷原の中で踊ってもらうとするか」


 指揮官はほくそ笑んだ。




 「探査衛星Ω22より受信。フィーザに感あり。方位144距離27セパーク。数は複数。詳細は不明です」


 「掃海中止。第一戦闘態勢。司令部に知らせよ」


 二日目の掃海が半ばに入った頃に現れた。


 「当初の予定通り。掃海艦は一隻を残し退避。第54戦隊集結せよ」


 コンコルディアは船団の先頭に踊り出た。


 掃海艦は次々と船首を翻し、安全圏を目指す。


 カルロの手元には、囮の小惑星64個と、これをコントロールする掃海艦一隻、そして4隻のエスペラント級突撃艦が残った。


 「さて。敵の規模を把握するか」


 幸い、自動機雷を探知するため、いつもより多い探査衛星が、辺りにばら撒かれている。ここから情報を探ろう。


 「妨害が、きついですが敵艦、数は10~12隻ですね」


 「一個水雷戦隊か。艦種はわかるか」


 「大型艦ではありません。駆逐艦か突撃艦でしょう」


 衛星からの情報を読み解く。


 「まずは、我々だけでお出迎えだ。全艦、第一戦速。針路163」


 「アイサー。全艦。第一戦速。針路163」


 コンコルディアを先頭にムーア、ラケッチ、イントルーダの順に続いた。




 その頃タシケント軍でも。


 「連邦軍。補足しました。掃海部隊です」


 「数は」


 「70隻以上です」


 「護衛部隊は判るか」


 「解析します。時間をください」


 「急げよ」


 指揮官は軍帽を被りなおす。


 両者は急速に距離を縮めた。




 「安全エリアから飛び出すなよ。四方から機雷が来るぞ」


 54戦隊は、二日掛けてクリアリングした安全エリアを突き進む。


 掃海したとはいえ安全エリアは、機雷原に空けたトンネルのようなものだ。機動には大きな制限が掛かる。


 「射程に入り次第。全力雷撃」


 「アイサー。魚雷戦準備。1番から4番、データ入力」




 「敵艦。艦種判明しました。エスペラント級突撃艦4隻です」


 オペレーターの報告に眉を歪めた。


 「確か。先日、ニルドの防衛ラインを、突破したのもエスペラント級だったな」


 彼は直接見たわけではなかったが、ニルドの衛星軌道で、曲芸飛行して見せたバカがいたらしい。


 その姿は、軍だけではなく、付近に居た民間人にも目撃され、多数の映像が出回った。


 「我が軍を愚弄した艦か」


 カルロの威力偵察はタシケントに恥をかかせたらしい。


 「部隊を二つに分ける。6番艦以降は逃げ出した掃海艦を追う素振りを見せろ。残りは本艦と共にやつらを釣り上げるぞ」


 タシケントは部隊を二つに分けた。




 「敵艦。二手に分かれます」


 「面白くないな」


 カルロはシートに腰掛けた。


 「どうされますか」


 タシケント軍は機雷原の中から出る気は無く、別働隊で逃げている掃海艦を叩くつもりだろう。


 「突っ込むにしても、まだ早いな」


 チャートに表示されるタシケント軍を睨みつけた。


 今突撃すると、敵艦は分進を止めて集結してしまう。時間をかけて充分な距離が出てから突撃すると、掃海艦に無駄な損害が出る。


 見極めの難しいところだ。


 両軍は牽制をしながら少しずつ移動した。




 「動かないか。このままでは時間を稼がれるか」


 タシケントの指揮官は、連邦を吊り上げることを諦めた。


 「第二分隊は、連邦の突撃艦と掃海艦の間に侵入せよ。我々はこのまま正面からアプローチする」


 二方向から挟み撃ちにすることにした。




 「動いたか。もう少し悩んでくれても良かったのに」


 タシケントの動きは、こちらの分断を狙っているようだ。


 「どうしますか」


 「戻るぞ。進路変更586 第一戦速」


 後方を遮断される訳には行かない。囮部隊と合流する。


 タシケントとカルロの牽制合戦に業を煮やしたものが現れる。


 「艦長。ラケッチより入電」


 「繋げ」


 モニターにナイジェル艦長が現れる。


 「司令。意見具申しても、よろしいでしょうか」


 「もちろんだ」


 「このまま、もじもじしても、始まりません。小官が敵、前衛を釣り出します。任せてください」


 「ラケッチ。一艦でか」


 「はい」


 カルロがしばらく固まるとさらに。


 「艦長。イントルーダから入電」


 「またか。繋げ」


 現れたアルトリア艦長も似たようなことを具申してきた。


 突撃艦乗りというのは大体、血の気の多い連中が多いが、こいつら多すぎじゃないか。カルロは自分を棚に上げた。


 「貴官らの敢闘精神には敬意を表すが、一人で突っ込んでも、むざむざ・・・・・・・・・・・そうだな。やってもらおうか」


 話している途中で気が変わった。


 「おおっ。で。どちらが」


 ナイジェル艦長が露骨に喜ぶ。


 「二人でた」


 カルロは端的に答えた。




 「敵艦。二隻突出してきます」


 タシケントの司令は首を傾げる。


 「二隻だと。残りは」


 「動きありません。密集したままです」


 「物は何だ」


 「艦種、特定。エスペラントです」


 「我々の真似というわけか。いいだろう。乗ってやる。第一分隊前進。第二分隊は足止めだ。このまま踏み潰せ」


 タシケントの駆逐艦5隻が前進を開始した。




 「艦長。敵艦、反応あり。前進してきます」


 「いいぞ。そのまま来い。来い。来い」


 ナイジェル艦長は笑顔を絶やさない。


 「このまま、魚雷の射程まで前進しろ」 


 「アイサー」


 「意外に話のわかる、司令のようたぞ。バルバリーゴ少佐は」


 「そうなんですか」


 ラケッチの副長が尋ねる。


 「断ってくると、思っていたのだが、あっさり了承された。だか、イントルーダと共同とはな」




 「このまま前進します」


 アルトリア艦長は言葉数が少ない。


 「アイサー」


 「僚艦に我らの力を示すのです」


 そのまま、チャートを凝視していた。


 先日、ロンバッハ艦長と言い争いになりかけたが、もちろんあの程度で、翻すような安い信念は持ち合わせてはいない。勝利のために命をかけるのは連邦軍軍人として当然のことだ。


 「力を示すのです」


 二度目の言葉は呟きとして消えた。




 「そうだ。そのコースで、動かしてくれ。出力?もちろん最大だ」


 カルロは残った掃海艦と話をつける。


 「結局。いつも通りになってしまったわね」


 ロンバッハは呆れたように言う。


 「すまんな。初めてということで、大目に見てくれ」


 「小官は、構いませんが、あの二人がどう受取るか」


 「それも。すまんとしか言いようが無いな。では、作戦開始」


 「了解」




 「後続の連邦軍が動きました」


 「来たか。数は」


 「約70全艦です」


 「いいだろう。第二分隊に阻止させろ。ほとんどが囮の小惑星だ。適当に魚雷を食らわせて、身動き取れないようにしろ。それで充分だ」


 「アイサー」


 タシケントの第二分隊は、指示されたとおり、行く手を遮ろうとしたが、連邦の動きがおかしいことに気がついた。


 「なんだ。こいつら。機雷原に突っ込むつもりか」




 囮たちは掃海の済んでいない宙域に突入していく。


 当然。自動機雷は囮目掛けて飛んできた。これまでは掃海艦と第54戦隊が迎撃していた自動機雷が、次々に突き刺さる。


 「14、62、50、03被弾。さらに。18、29」


 目まぐるしく上がってくるデータに、オペレーターが狂ったようにまくし立てる。


 「いちいち。報告しなくていい。全部被弾しても構わん」


 「アッ、アイサー」


 コンコルディアとムーアの周囲に配置された、囮は無数のデブリを撒き散らしながら、盛大に被弾していく。




 カルロ達の針路を妨害する予定だった第二分隊は、自分たちの側配から後方にかけて通過しようとする、小惑星群にとまどった。


 「阻止雷撃だ」


 第二分隊は移動を阻止すべく雷撃を行なったが、意味が無かった。タシケントの魚雷は撒き散らされるデブリに阻まれ、途中で爆発するか、制御不能になった。


 そして、タシケントの雷撃を確認したコンコルディアとムーアは、デブリの中から、ひょっこり顔を出して、雷撃してくる。


 「8番10番、被弾」


 タシケントの第二分隊に損害が出た。


 「なぜ、あのデブリの中から雷撃できる」


 第二分隊を任された、6番艦艦長が叫ぶ。一見、不可能かつ理不尽に見えるが、それは側面を通過されているタシケント側から見たらの話だった。


 コンコルディアから見れば、自分たちと同じ方向に動いている小惑星の隙間から、デブリの無い空間にいる第二分隊を狙って撃つのだから、難しくはあっても不可能ではなかった。 


 もちろん、細かい破片は、コンコルディアにガンガン当たる。


 「こりゃ。外板は傷だらけですな」


 機関長がぼやいた。


 「傷は男の勲章だ」


 「コンコルディアは女性ですよ」


 カルロの発言に機関長は突っ込む。


 機関長の発言は少し違い、コンコルディアが女性というより、連邦で使用される言語では、船は女性名詞のため、例え軍艦であっても女性扱いするのが一般的であった。




 第二分隊の混乱は、第一分隊にも伝わった。


 「どうなっている」 


 「小惑星群の中に隠れた突撃艦より雷撃を受けた模様。一隻大破。一隻は撃沈されました」


 「ふざけた真似を。合流する前に、前の二隻を片付けろ」


 第一分隊は遮二無二に前進を開始し、連邦軍の合流を阻止しようとした。




 「これは、無理に突撃する必要ないね」


 ナイジェル艦長は、距離を取る為に後退した。


 「司令と合流してから、突撃します」 


 アルトリア艦長もこれに続いた。




 前進から一転、距離を取り出した連邦軍。このままでは、駆逐艦5対突撃艦4になる。性質上同数の駆逐艦では突撃艦に分が悪い。最悪全滅もあり得る。タシケントはついに奥の手をつかう。


 「待機状態の自動機雷を全てアクティブにせよ」


 休眠していた一千個以上の機雷たちが目を覚ます。


 「あの。小惑星群ごと、粉砕しろ」


 これまで以上の自動機雷が、囮に食らいつく。


 一千個全てではないが、付近の機雷たちは、次から次へと襲い掛かり、たまねぎの皮を剥く様に、小惑星群がやせ細っていく。


 僅かな時間で、囮の小惑星は破片になってしまった。




 「第二分隊は早く態勢を立て直して、背後に回りこめ、後二隻だけだ」


 再び突撃を開始した連邦軍に止めをさすべく、紡錘陣形を取る。


 それでも、一隻は損害が出るか。前哨戦で突撃艦4隻と駆逐艦3隻のトレードオフなら上出来か。いや当初は圧倒的に有利な状況ではなかっただろうか、もう少し慎重に動くべきだった。しかし、それでは逃げられてしまう、もしくは敵の増援が到着してしまうだろう。


 タシケントの司令官は頭の中で、ぐるぐると考えを巡らせていた。


 「艦長。急速に接近する物体あり。数8魚雷と思われます」


 上ずった声で報告が上がる。


 「方位を知らせ」


 基本を忘れたオペレーターを怒鳴りつけたが、報告を聞いて一瞬固まる。


 「針路変更312.対抗雷撃戦用意。準備でき次第発射。打ち落とせ」


 それは、何もいないはずの側面からの雷撃だった。


 「あの。攻撃の中、生きていたのか」




  第一分隊が雷撃を受ける少し前。


 「無音航行よし。このまま惰性で前進します」


 「左舷。自動機雷通過」


 「無茶苦茶する指揮官だ」


 後方で断続的な爆発を確認する。


 「一歩遅ければ、すり潰されていました」


 ドルフィン大尉は青い顔で答えた。


 コンコルディアとムーアは機雷の総攻撃が始まると、近づく機雷を落としながら、最大戦速まで加速した。囮との距離が取れると、推進装置を切り、無音航行と呼ばれるエネルギーを使わない航法に切り替えた。これで自動機雷に探知されにくくなる。


 「浮遊機雷に当たらないことを祈りましょう」


 「そうだな。そればっかりは、運だ」


 カルロの声も流石に硬かった。


 宇宙空間では、特別なことが無い限り、減速しない二隻の突撃艦はそのまま惰性で進む。そして、タシケント軍の側面に出た。




 「着弾2 大破確実です」 


 報告に歓声が上がる。


 「ラケッチとイントルーダに追撃させろ」


 「アイサー」


 第二分隊を警戒しながら命ずる。


 4隻の駆逐艦を失ったタシケント軍は撤退を開始した。


 ラケッチとイントルーダの執拗な追撃により、一隻をさらに撃沈し、この戦いでタシケントは計5隻失うこととなった。


 こうして、ニルド奪還作戦の前哨戦は連邦の勝利に終わった。




 「結果論だが、掃海も進んでよかった」


 カルロは、司令部のラウンジでビール片手に胸を張る。


 戦い後半にタシケントが発動した自動機雷のアクティブ化により、多くの機雷が除去できた。


 「ニルド開放の前哨戦としては、完璧でしたね」


 ロンバッハは白ワイン片手に、全面的に同意した。


 「我々、第54突撃戦隊のデビュー戦としてもな」


 ビールを勢いよくあおる。


 「しかし。当初の任務は、完全に失敗しましたよ」


 澄ましたままワインを口に含む。


 「それを言うな。悲しくなるだろう」


 無慈悲な結論が突きつけられテーブルに突っ伏した。


 カルロが使用した70個の小惑星は、自動機雷のによる徹底的な攻撃を受け、その破片は航路全体に飛び散り、障害物として散乱していた。二日で航路を確保せよという命令は、完全に遂行不能となった。


 「あんな馬鹿げた、機雷の飽和攻撃なんぞ、予想できるか。本職の責任ではない」


 また、ビールをあおる。


 「そうでしょうね。ですから、司令部も我々に片付けろとは言わずに、片づけを手伝え、と言ったのでしょう」


 「なぁ。俺、何か指揮を間違えたか」


 おっさんの涙目は気持ち悪い。


 「いいえ。指揮は間違えていません」


 「そうだよな。最善を尽くした。ちゃんと全員生きて帰ってきた。立派だ」


 頷くカルロに。


 「あなたが最善を尽くすと、どうして周りが迷惑するのかしら、不思議ね。生きていることが迷惑なのかしら」


 「酷い」


 二人とも、酔いが回ったのか、会話が取り留めの無い内容に変わっていく。


 「いやいや。バルバリーゴ艦長は良くやったと思いますよ。私も現場の手伝いに行ってきましたけど、凄い量の破片ですよね、除去には後3日は掛かるんじゃないですか」


 こちらもビール片手にご機嫌のクアンエイシ中尉が、ロンバッハに抱き付きながら止めを刺す。


 「大体。私たち機動部隊がバックアップ待機してたんだから、到着するまで時間稼ぎすれば良いのに、自分たちだけで片付けようだなんて、張り切りすぎです。ねぇ。アディー」


 「少し。離れてほしいのだけど、暑苦しい」


 「良いじゃん。アディー。ああっ。アディーていっつも良い匂いするよね。何、使ってたっけ」


 「あなたと、同じよ。一緒に買ったでしょ」


 「そうだっけ。あははっ」


 「酔っ払い」


 「俺は悪くない」


 「鬱陶しい」


 同じテーブルでナイジェルとアルトリアは三人の絡みを見ていた。


 「今回は、しょうがないさ。君もそう思うだろ」


 「そうですね。素晴らしい戦果だと思います」


 アルトリアの瞳は爛々と輝いて、泣き言をほざいているカルロに注がれていた。




                                      続く


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