第2話   護送船団

 ナビリア星域は辺境である。

 点在する居住惑星を繋ぐ交易路の警備は、航路警備局ではなく軍の仕事であった。多くの勢力が複雑に入り組み、敵対勢力の正規軍から、中央星域では考えられない重武装の海賊集団が蛮旋しているこの星域では、軽武装の航路警備局では歯が立たなかった。

 惑星アスタリオンに向けて、戦略物資を満載した輸送船24隻と、護衛の突撃艦4隻からなる護送船団が組まれた。


 「効率が悪い」

 突撃艦コンコルディアの艦長、カルロ・バルバリーゴ少佐は主語も無く、そもそも誰に向かって言っているのかも判らない言葉を発した。

 「艦長。何がでありますか」

 唐突な独り言にもにも一応反応しなければならないのが、副長の仕事だとドルフィン中尉は、最近気付いた。

 「この任務だ。船団護衛に突撃艦なんぞ役に立つのか。護衛型駆逐艦の仕事だろが」

 「仕方ありませんよ。手持ちの駆逐艦が無いって言うじゃありませんか。ローテーションに余裕のある我々が代わりをやるしか」

 「行程が3日も伸びるがな」

 突撃艦は高速、高火力と大型艦にも引けを取らないが、長く低速で動くのが苦手である。小型の船体故に搭載燃料が少なく、高出力ジェネレーターは燃費が悪かった。そうなると燃料補給のためにステーションを梯子することになり、行程が伸びた。これが艦隊であれば随伴している補給艦がら、燃料の供給を受けられるが、駆逐艦ですら足りないのに補給艦に余裕は無い。というのが司令部からのお達しであった。

 「艦長。機嫌悪いですな」

 機関長がドルフィン中尉に囁く。

 「今回の作戦で、前々から申請していた休暇を取り消されたらしい」

 「それは、それは。しかし、我々にあたらないでほしいですな」

 「まったくだ。だが、それだけでもないがな」

 「あれ、ですか」

 「あれだね」

 ドルフィン中尉と機関長の視線の先には、ドルフィン中尉の副長席に腰掛けた男がいた。軍艦に不似合いな、仕立てのよい服装の男は、文字通りふんぞり返っていた。

 「バルバリーゴ艦長殿。ああ、艦隊では殿はいらないのでしたな」

 「何でしょう、ソンネン委員」

 形だけは丁重にカルロは答える。

 「突撃艦というのは、ずいぶん足が遅いのですね。予定より3日も余分に掛かるとは」

 「初日に説明しましたが、アスタリオンへは直接迎えません。途中で補給を」

 「ああっ。そうでしたね。足が遅いのではなく、短いのでしたね」

 ソンネンはカルロの話を遮った。その通りなのだが、一々癇に障る話し方をする。


 理由があった。このソンネン委員は今回の護送船団に便乗してきた中央政府の役人である。当初はコンコルディアではなく、女性艦長が指揮する随伴艦のムーアへの乗船を希望した。しかし、ムーア艦長ロンバッハ少佐は一分の隙の無い笑顔で。

 「委員ともあろう立場の方は、随伴艦ではなく、艦隊旗艦である、コンコルディアへ乗船するべきです。司令官のバルバリーゴ艦長もそう申しております。ご安心ください。緊急時には本艦が盾となり、コンコルディアを護衛いたします。バルバリーゴ艦長は大変優秀な船乗りです。彼の能力と委員の安全は、本職が責任を持って保障いたします。それとも私の判断に疑義がおありでしょうか。そうですか、それではカルロ・バルバリーゴ艦長には、私から伝えておきます。良い旅を」

 この話をロンバッハから聞いたとき、カルロは「言ってもないことを、捏造するな、いつコンコルディアが艦隊旗艦になった。めんどくさい小役人を押し付けるな。」などと、言いたいことがあったが、この段階ではどうにもならないと理解した。


 その後、ロンバッハの言ったとおり護衛船団の指揮艦に指定された。

 ソンネン委員は、カルロによってムーアへの乗船を妨害されたと考えていた。

 ロンバッハにすげなく断られた、ソンネン委員が居住性の良い、輸送船に移ると言い出すかと、期待したが、コンコルディアに乗船することとなった。しかも、居住ブロックとは別に艦橋にも席を用意しろと言い出す始末。これは軍の船乗りの間では良く聞く話で、提督でも気分を味わいたいのか、艦橋に席をほしがる役人は多い。

 おとなしく座っていてくれれば、ドルフィン中尉がシートを奪われるだけで話は済むのだが、定期連絡と称して、軍の通信回線を使用させろと要求したり、船団の針路について口出ししてくる。自分がいかに軍に貢献して影響力があるか、あとは子供のように、軍歴の詮索と、艦艇について独自の見解を披露してくださる。コンコルディアの艦橋では、皆うんざりしていた。

 カルロは今後、同様の事態が巡ってくれは、ロンバッハの真似をしようと心に誓った。


 アスタリオンまで24時間を切った頃、事態は劇的に変化した。それまで外部の輸送船団を写していたモニターがアスタリオン周辺のチャートに切り変わる。

 「フィーザに感あり。複数の物体が船団に接近中」

 オペレーターの切迫した声色が、ただの隕石ではないことを告げていた。

 「解析急げ。全艦臨戦態勢」

 「全艦、臨戦態勢。アイサー」

 警報が鳴り響き、照明が戦闘状態に切り替わった。

 「艦長。質量とベクトルから船舶と思われます。数7 IFFに反応なし」

 「呼びかけろ。所属と目的だ」

 「アイサー」

 「艦長。どうしたのですか。敵艦ですか」

 事態の変化についていけない、ソンネン委員は周りを伺う。

 「輸送指揮船に通達。針路変更338 護衛各艦は本艦に続け」

 護送船団には針路を変更させ、外殻に展開していた突撃艦をコンコルディアに集結させる。

 「艦長。前方の船舶より停船命令です」

 「停船命令だと。どこの馬鹿だ」

 「どうやら、海賊のようです。積荷を置いて失せろ。だそうです」

 「第一級戦闘態勢発令。アスタリオン防衛隊に救援要請。我2014護送船団。ポイント50W6111にて、私略船団と遭遇。これより迎撃する。船団護衛のための援護を求む。以上だ」

 「海賊?。我々は軍なのだぞ。ありえん」

 ソンネン委員の疑問は、もっともだ。通常海賊行為を行うものは、軍の艦艇は襲わない。割に合わないからだ

 「海賊船団。広範囲に展開します」

 「紡錘陣形。船団の頭を抑えようとしている船から排除する」

 海賊船団に向けて突撃艦4隻が密集隊形で突撃する。。

 コンコルディアの右舷を同系艦のムーア。左舷をエスペラント級より二世代前のアオイ級突撃艦、カエデとシラサギが続く。アオイ級が二世代前であろうと、通常船舶に無理やり武装を施した海賊船など、速度、火力において物の数ではない。2隻も沈めれば残りは壊走するだろう。

 

 「艦長。まもなく魚雷の射程圏内に入ります」

 ドルフィン中尉の報告に首を振った。

 「無用だ。主砲のみで片がつく」

 コンコルディアに搭載されている、10式量子反応魚雷は大型戦列艦を撃沈できる威力を有している。海賊船など至近弾で轟沈するだろ。しかし、問題もある。主砲弾に比べ量子反応魚雷は大変高価である。最近、カルロは、一度の戦闘での魚雷発射記録を更新してしまった。補給担当官は真顔で、我が軍始まって以来の快挙だと、皮肉をのたもうた。どれほどの記録かというと、コンコルディアの全魚雷を撃ちつくしても、まだ足りない量である。

 しばらく報告書の作成に頭を痛めた。成果が上がったからいいようなものだが、成果が無ければ譴責処分ではすまないだろう。

 それを見ていたため、この時ドルフィン中尉も強く進言しなかった。これが過ちであった。


 突撃艦の主砲の射程はるか手前で、海賊が先手を取った。

 「敵船。発砲。距離12セパーク」

 「何っ。しまった。進路変更1059」

 「針路変更1059アイ」

 コンコルディアの変針に合わせて随伴艦も追随するが、シラサギのみ一呼吸遅れた。

 「シラサギ被弾。長距離射撃です」

 砲撃の損傷で減速したシラサギは、コンコルディアに追従できない。

 「全艦、乱数回避軌道を開始せよ。解析急げ。どいつが撃った」

 「目標α1 及びβ3の砲撃です」

 「艦長。この距離からの、この弾速。大型のプラズマレールキャノンでは」

 ドルフィン中尉の憶測に頷く。

 「全艦、雷撃戦用意。各艦任意に反撃せよ。一番2番目標α1 3番4番目標β3」

 「雷撃戦。アイサー。目標諸元、入力」

 当初のプランは崩壊し、なりふり構わぬ全力攻撃に移る。

 「敵艦。さらに発砲」

 「おのれ、仮装巡洋艦か、聞いていないぞ。情報部のくそったれ」

 重火器を搭載した、大型の通常船舶を仮装巡洋艦と呼ぶ。弱小国や海賊集団などが装備しているが、滅多にお目にかかれるものではない。まして量子反応魚雷と同等の射程を持つ大型のプラズマレールキャノンを装備している海賊集団など聞いたことも無い。

 「1番から4番まで雷撃準備完了」

 「てっー」

 必殺の量子反応魚雷が飛び出す。随伴艦ムーアから4本、カエデから2本の魚雷が続く。計10本の魚雷が海賊船団に向かう。

 「シラサギに着弾2 シラサギ爆発。轟沈です」

 初撃で大きなダーメージを受けたシラサギは、回避機動が取れなかった。

 「艦長。どういうことだ。説明しろ」

 ソンネン委員か目をむいて叫ぶ。

 「だまれ。聞いたとおりだ」

 「艦長。方位864に新たな反応。数8」

 「敵。増援と判断。正面を第一、増援を第二に指定する」

 「敵艦。発砲」

 「位置が分かれば、そうそう当たるものではない。このまま距離を詰める」

 海賊船からの断続的な砲撃を回避しつつ、前進する。


 「魚雷。着弾、今。目標α1に命中。続いてα2 β3にも命中。撃沈確実です」

 「おおっ。やったか」

 はしゃぐソンネン委員を横目で見つつ、カルロも笑顔をみせた。

 海賊船のジェネレーターを直撃したのか、巨大なエネルギー反応がチャートに映し出された。最大の脅威であったプラズマレールキャノン搭載船の撃沈は大きい。

 「残敵掃討は後回しだ。増援に対処する。全艦回頭、針路864」

 一瞬で半数が食われた、正面の海賊船団はまともな行動は出来ない。無視しても害は無いと判断する。

 「全艦、雷撃戦用意」

 「全艦、雷撃戦用意。アイサー」

 随伴艦との情報連結を確認し、第二集団の全海賊船をロックオンした。

 「艦長。第一集団の海賊船団、本艦に向かって指向中です」

 戦意を喪失したと思われた、残存船の意外な機動に舌打ちする。

 「しぶとい。だが第二を優先して叩く」

 ここは速度を生かして、各個に撃破する。第一集団を引き離し、第二集団に向けて加速する。

 細かい軌道修正後に第二集団を正面に捕らえた。

 「敵船。発砲。レールキャノンです」

 「なっ。何隻いるんだ。乱数回避」

 ありえない数のプラズマレールキャノンに動揺するが、悲劇はここからだった。後方に置いてきた海賊第一集団が、コンコルディアの真後ろに付けた。

 「艦長。敵船。さらに発砲。第一集団からです」

 「はぁ。レールキャノンは全て潰しただろうが。どういうことだ」

 先に沈めた2隻以外にも、レールキャノン搭載船があったのか。ではなぜ初撃で発砲しなかったのだ。

 カルロは憤慨するが、無慈悲に前後からのレールキャノンの一斉射を浴びる。どちらか一方であれば回避できたが、第二集団の砲撃の後に修正して、第一集団が発砲。さらにそこから修正して第二集団と、レールキャノンの釣瓶打ちを浴びた。とても海賊とは思えない練度の高さだ。

 「カエデ被弾。戦列を離れます」

 あまりの事態に、ソンネンは声も出せずシートにしがみついた。

 「敵船。補足。魚雷発射用意よし」

 「てっー。急速転進。針路」

 「ムーア。被弾」

 「くそ。針路691 ムーアは雷撃したか」

 「確認します。大丈夫です。雷跡8」

 「輸送船団の脱出までの時間を稼ぐ。射線が切れ次第、再度突撃する」

 「おい。なにを言ってる。脱出しろ」

 本物の狂人を見たという風にソンネンは、カルロの決定に、食って掛かる。

 「ムーア爆散。轟沈です」

 唯一、残っていた、随伴艦を失う。

 「艦長。降伏しよう。頼む。降伏してくれ」

 ソンネンの精神は限界を迎え絶叫した。そんなソンネンを睨み付け一言。

 「我が軍は、海賊などに降伏などしない」

 「敵船。発砲。着弾コースです」

 そこで、ソンネン委員の意識は飛んだ。


 「ですから、この場合は・・・・・・・とするのが」

 「早々と突撃・・・・・・・・・・いや。そうなると」

 「密集せずに・・・・として・・・・・平行に」

 「しかし、ありえん・・・・・・・・仮装」

 誰かの話し声がする。ソンネンは意識を取り戻した。艦橋は通常状態の照明に戻っており、先ほどの緊迫感が消えていた。

 「お気づきになりましたか。ソンネン委員」

 タオルを差し出すドルフィン中尉の顔と、タオルの交互に視線を走らせる。

 「中尉。これはいったい。海賊はどうした、脱出できたのかね」

 「その、委員。言いにくいのですが、先ほどのは、仮想訓練であります」

 「くっ訓練」

 思考が追いつかない、ソンネンは鸚鵡返しに答えた。

 「見たまえ」

 カルロはメインモニターを指差す。そこには離脱したはずの輸送船団と、沈んだはずのムーアが写っていた。

 「定時訓練だ。艦の行程表に書いてあっただろう。朝の訓示でも伝えたはずだが」

 「委員。お疲れさまでした。お部屋に戻られたほうがよろしいでしょう。後、10時間ほどでアスタリオンに到着いたします」

 ねちねちと、いびるカルロに危機感を抱いた、ドルフィン中尉が気を利かせた。ふらつく足取りでソンネン委員は艦橋を後にした。


 「艦長。中央の委員に良かったのですか」

 ドルフィン中尉の顔には、とばっちりを受けてはたまらないと書いてある。

 「心配するな。あらかじめ艦隊指令部と委員会の許可を受けている。全て合法かつ、予定通りだ」

 カルロは自慢げに笑う。

 「しかし。見事に撃沈されてしまった」

 「全滅するだけの戦力との事でしたので。艦長の要望通り」

 「プラズマレールガンの集中砲火など戦列艦でもしのげないぞ。」

 何を今更と、ドルフィン中尉は訓練の報告書を読み上げる。

 「我が方は突撃艦3隻轟沈。1隻撃破、の全滅。海賊船はレールキャノン搭載艦4隻撃沈。通常艦6隻撃沈。こちらも全滅判定ですね。無茶な突撃の割には良かったのでは、これなら大半の輸送船は安全宙域まで退避できるでしょう」

 「艦長。ムーアより通信です」

 「繋げ」

 メインモニターにロンバッハ少佐が映し出される。 

 「バルバリーゴ艦長。先ほどソンネン委員より要請があり、輸送船に移りたいとの事ですが、どうなっているのですか」

 コンコルディアの艦橋は、一斉に笑いに包まれた。

 カルロは目丸くしてドルフィン中尉と顔を見合わせた。

 「やりすぎたかな」

 「いやいや。一生物ののトラウマですよ」

 そう言って、二人で笑いあった。

 置いてけぼりの、ロンバッハ少佐は首を傾げた。

 コンコルディアが指揮する護送船団は、無事アスタリオンに到着した。


 この後ソンネン委員は、頑なに軍の移動手段を拒んだという。 

 

 

                                             続く

 

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