午前三時の小さな冒険~贈与士ミアの贈与録(ギフト・ブローシュア)~

螢音 芳

第1話 ある遭遇

 夢うつつから目を覚まして、ふ、と瞼を開くと、暗い室内の中でくりくりした目と視線があった。

 ひくり、と一瞬驚きの声が喉元まで出かかったところを、ぎりぎりこらえる。


「また起きてんのかよ」


 責めるように言うと、向かいのベッドで横になっているそいつは、さっと布団の中にもぐりこむ。

 数秒待っても返事はない。会話拒否を全身で示すその様子に、気分が萎えてくる。

 一か月前にこの孤児院にやってきた6歳の新入り、ヒューイはいつもこんな調子だった。話しかけても答えないし、こちらのことを見てる割にはいざ視線が合うと逃げてしまう。

 姉ちゃんからは、この院の中でもマクは年長組に突入するから、って相部屋にされた上に面倒よろしくって言われたけれども、このまま仲良くなるなんて想像できない。このまま半年経っても変わらないんじゃないかと思ってしまう。

 視線を外してヒューイの寝ているベッドの向こうの窓の外を見れば、街灯の明かりがまったく灯ってない、完全な夜の闇が広がっていた。

 外の光景とヒューイが起きている事実から、3時ごろだと予測する。


 (う、お腹が痛い)


 ちらりと、隣を見る。相変わらず布団がかたつむりのように丸まっているが、ヒューイも同じはずだ。

 嫌だけど、すっっっっごく不本意だけど、年長組として声はかけねばなるまい。


「なあ」

「……」

「おい」

「……」

「俺、今から一階行くけど、お前も一緒に行かないか? 二人なら怖くないだろ?」

「……いかない」


 短い言葉とともに、丸まっていた布団がさらに、ぎゅっ、と収縮した。

 ああ、そうかい。

 またこの調子だと、我慢してお腹痛くして熱を出すかもな。けど、本人がこの調子ならしょうがないだろう。

 やれやれと部屋をでて、暗がりの廊下を歩き、トイレのある1階へと階段を降りていく。


(この時間に起きるのも、行きたくないのもわかるけど、あんなに拒否しなくたっていいのに)


 姉ちゃんから聞かされた、ここに来るまでのヒューイの経緯いきさつを思い出しながら、つい心の中で不満に思う。こうして声をかけ続けているのだから少しぐらいは心を開いてくれたっていいんじゃないだろうか。

 階段を降りて、玄関とつながったリビング兼ダイニングルームにたどり着く。

 みんなで食事するための木製の大きめのテーブルと並んだ椅子、箱に片づけられたおもちゃと、整頓された本棚。昼間は台風でも来たのか、というぐらい散乱して荒れる部屋だけど、柱時計のかちっかちっという規則的な音しかしない暗い室内は、昼間のにぎやかさとの違いもあって、とても不気味だ。

 背筋に寒気を感じ、それに合わせてお腹も痛くなってくる。


(も、もう11だし? 働きにでないといけなくなるかもしれないし? こんなの、怖くない、怖くない)


 言い聞かせながらさっさと部屋を通り抜けようとした。


 ぎっ。


 木製の扉がきしむ音に、足がぴたりと止まる。

 長年この孤児院で過ごしてきた自分の耳が、その軋む音は建付けの悪い玄関の扉のものだと聞き分けてしまう。

 かちり、とかけられているはずの鍵が開く音。

 ありえない、そう思いながら後ろをゆっくりと振り向く。

 すると、外套をかぶった、細身の黒い影が開いた扉から覗いた。


「うわあああああああっーーー!」



 こんなに大きい声が自分でもでるのか、というほどの絶叫が孤児院全体に響き渡った。

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