第23話 スーツケース

 買ったときは大きすぎたかと思ったけれど、こうして大人の女の身体がすっぽりおさまってしまうと、なんだかよくわからなくなってくる。

 いくら手足を折りたたんでいるとはいえ、ごく平均的な体型の成人女性がよくこんな小さいもの(スーツケース)におさまるな——と正反対のことを思ったりしているくらいだ。

 人ひとりを収納できるスーツケースは大きいのか小さいのか。人間がはいるということは、その人間の人生もまるごとスーツケースのなかに閉じこめてしまうことに……なったらおもしろいかもしれない。人生を運ぶスーツケースなんてどうだろう。


「ねー、そろそろ出ていーい?」

「ちょっと待って、なんかひらめきそうなの」


 生まれたてのアイデアは繊細だ。ほんの一瞬、集中が切れたすきにモワモワとしたイメージはモワモワとしたまま消えてしまった。


「もう。死体がしゃべっちゃダメじゃない」

「なによう。人がせっかく協力してあげてるのにー」


 文句をいいながらもスーツケースのなかで身体をまるめたままのルームメイトを見ていると、なんだか胸の奥がざわざわと波立ってくる。


「……あんたさ、ほどほどにしておきなさいよ」


 人のものを奪うことが生きがいのようなこのルームメイトは、いつ本物の死体になっても不思議ではないような気がする。


村木むらきさん、結局婚約解消したんでしょ」

「みたいだねー」

「また他人ごとみたいに。あんたホントいつか殺されるよ」

「んー、そのときは弥恵やえさんが犯人つかまえてね」

「はあ?」

「よくあるじゃん。作家が探偵役になるミステリー」

「あんたねえ……」

「ねー、もう出ていいでしょ? 地味にツラいんだけど、この体勢」

「まだ。もう少しそのままでいて」

「ええぇ……」


 私は、身のうちに決して満たされない飢餓感を抱えているこのルームメイトが嫌いではない。むしろ、彼女が見せてくれる人間の暗部はとても興味深い。

 人のものを奪っては捨てる彼女も、それを小説のネタにする私もロクなものではないと思うけれど、だからといって心をいれかえるつもりもない。

 スーツケース一個ぶんの人生。

 きっと彼女はこれからも奪いつづけるだろうし、私は他人をネタにつかいつづけるだろう。たとえ、行き着く先が地獄でも。


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