第10話 五分に祈る(お題『あと五分』)

 ――もうすぐ駅。あと五分!


 それは彼女から届いた最後のメッセージ。

 あの日から、彼女の時間は一秒も進んでいない。



 *



 つきあってまる二年。


 おれも彼女も仕事が忙しい時期で、ひさしぶりのデートだった。

 ぼんやりと、ふたりの将来を考えはじめていた時期でもあった。


 退勤後のデートで、よく待ちあわせにつかっていたカフェ。どちらかが仕事でおくれても、ゆっくり落ちついてすごせる店だった。彼女の足で、駅から約五分。


 おそらく電車がつく直前、先に到着していたおれにメッセージを送って、それからドアがひらいた瞬間、彼女は飛びだすようにホームに降り立ったのだろう。はやる気持ちをおさえようとしてもおさえきれないような、はつらつとしたその表情まで目に浮かぶようだ。


 だが彼女は、自分の足で駅を出ることができなかった。


 目撃者の話によると、その男はほとんど突き飛ばすように通行人をかきわけていったらしい。まだつかまっていないため、真相はわからない。よほど急いでいたのか、それともわざとだったのか。もっとも、たとえ理由が判明したところで納得などできるはずがないのだけど。


 男のせいで転んでケガをした人間が何人かいた。しかし階段をおりるところだった彼女は、ただのケガではすまなかった。



 *



 あれから四か月。彼女の『あと五分』は止まったままだ。

 だからおれは、面会時間がおわるまえの五分間にがんをかける。


 彼女の意識が戻るように。

 彼女の時間が動くように。


 肉親でもないおれにできることなんて、たかが知れている。こうして見舞いにきて話しかけるのがせいぜいだ。あとはもう、祈るしかない。

 

 彼女の声がまた聞けるのなら。

 彼女の笑顔がまた見られるのなら。


 神でも仏でも、悪魔でもかまわない。


 彼女のひんやりとした手をそっと両手で握りしめ、祈りをささげる。


 全身全霊で五分間。

 ただ、ひたすらに、祈る。


 どうか。どうか。おれと彼女の時間が、もう一度かさなりますように。


 彼女が目をさますまで。

 彼女の五分が動きだすまで。

 おれは、祈りつづける。



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