the Man From the Dead Lands

黒桃太郎

プロローグ

モスクワ モスクワ

グラスを壁に投げつけろ

ロシアは美しい国だ


モスクワ モスクワ

お前の魂は偉大だ

モスクワの夜は大騒ぎだ


 時刻は深夜2時、いくつかの技術的特異点シンギュラリティの果て、複雑怪奇にしたモスクワ摩天楼。その路地裏、地元の者以外は知らないだろうし、近寄ろないであろう酒場で男が四人、木製のテーブルを囲み、時代遅れの紙製のトランプでポーカーに興じていた。一人は生身の男。他の三人は機械の身体をしていた。

 22世紀になっても人類は滅亡していなかった。いくつかのパラダイムシフトが起こり、いくつかのテクノロジーがその前途にあるものを駆逐したが、使用者の趣味か、あるいは使用者自身が時代についていけない骨董品になったのか、旧式の形のまま残っているものもあった。それは木製のテーブルであったり、紙製のトランプであったりした。

 明け方まで雨だそうだ。機械ドロイドの男の誰かがそう言った。たった一人の生身の体を持つ男が、瓶に入った真っ青な合成アルコール飲料を空になった自分のグラスに注ぎ、一口飲んでから答えた。それはこのゲームに対する比喩表現か?それとも単に天気予報なのか?男は左手でグラスを持ちながら右手で自分の手札をにらみつけている。両方だな。対面に座る機械ドロイドの男がそう言った。

 男たちの他に客はいなかった。風が安物の合成樹脂製の扉をたたく音と、バーテンの、これまた機械の体の男が洗い終わったグラスを磨く音のみが聞こえていた。

 

 「レイズ」

 生身の男の対面に座る男がそう宣言すると、目薬を差すようにして装着した視覚デバイスグラストラックにはそいつが設定した掛け金レイズ額が表示される。両側に座る二人の男は、どちらからともなく、自分の手札をテーブルに伏せ、降りダウンの意志を示した。

 「アンタはどうする?俺の出した額を見てもまだ勝負するかい?」

 生身の男がグラスを飲み干す。合成アルコールブルームーンはテクノロジーのおかげで氷がなくても冷えたままだ。

 「ブラフだな。手が弱い奴ほどペラペラよく喋る。コール」

 機械の男の機械の目が、対面の生身の男の目をとらえる。機械なので瞬きをすることはない。

 「神に感謝を。ストレートだ」

 機械の男が自分の手札を先に見せた。声色には感情が込められているが、機械なので表情に感情が表れることはない。生身の男はそれを受け、にやりと笑って自分の手札を見せた。

 「残念。機械に神はいない。フルハウスだ」

 機械の男は、その目から、キュルキュルと小さい駆動音を立てながらテーブルを見つめ首をかしげる。左右の男たちは腕を組み黙っている。生身の男はグラスの中身を飲み干し、ジャケットを羽織りながら立ち上がった。

 「本格的にブリザードが来る前に帰るぜ。俺に払う額は表示されてるよな?期限は一週間だ。ここの金はサービスで払っといてやるよ。バーテン」

 バーカウンターからは何の反応も返ってこない。

 「あれ?」

 男がバーテンの方を向こうとしたとき視界の端で対面の男が、機械の左腕を普段使い用の腕の形から、仕込んだガトリング砲に変形させるのを捉えた。

 上半身を思い切り捻り、屈ませて地面に手をつく。その反動を使って足でテーブルを蹴り上げる。中身の入ってない瓶やグラス、カードが舞い上がる。男はドロイドたちが怯んだのを確認し、再び体をひねり、上半身を起こしながら腰のホルスターから拳銃を取り出して左右の男たちの額を打ち抜いた。

 対面の男がガトリングをぶっ放す。放たれた銃弾が皮膚に突き刺さる前に、生身の男はジャケットの内ポケットに仕込んだ携帯用シールドを起動することができた。薄い電磁の膜に銃弾は弾かれていく。

 「俺を殺したところで口座アカウントは開けられねえぞ」

 銃弾を斜めの角度で弾きながら男は言う。個人携帯用のシールドでは弾丸を正面から受け止めるのは多少の危険を伴うのだ。

 「方法はいくらでもある。なめやがって、テメエにも賞金はついてるんだぞ、銀狼!」

 ガトリングを撃ちながら距離を詰め、機械の右腕をふるうと、腕は瞬時に変形し、今度は仕込み刀が現れる。ガトリングあらため刀のドロイドが突き放った右腕は、しかし生身の体に突き刺さらなかった。生身の男、銀狼と呼ばれた男は、上半身を横にそらし、刀を躱し、そのまま右腕をつかみ一本背負いで地面にたたきつけた。投げられた側がショックから回復し、立ち上がろうとした時には、すでにその額に銃をつきつけていた。

 「戦う相手の力量を見誤るな。それがモスクワで生きる上での掟だったはずだぜ」

 二発の弾丸が機械の男の額に叩き込まれる。二度撃ちダブルタップ機械ドロイド相手には常識であった。

 刹那、男の耳に警報音が流れ、視覚デバイスに警察が来るまでの時間が表示される。これはGPSや通信記録から警察の位置情報を解析し、視覚デバイスに情報を教えてくれるアプリケーションであるが、そういった情報を勝手に取得するのは当然違法であるので、このアプリも使っている男も犯罪行為を行っていることになる。

 「やべえ。早く行かねえと」

 軍はあと3分で来る。男は店の出入り口を開け、外の大雨に一瞬ひるみながらも、大急ぎで外の闇の中へと駆け出して行った。



 22世紀になっても人類は滅亡していなかった。人々はテクノロジーと融合していき、更なる利便性を求めた者たちは体の一部、あるいはその全てを機械生命体への模倣へと置き換え、彼らと同じ機械人、すなわちドロイドとして生きることを選んだ。

 人間の進化に合わせ、社会も変わっていった。法や秩序と呼ばれるものは人間の体や心のありようが変わるにつれ、それに合わせるように適合していった。しかし、テクノロジーの進化から、非有機的な肉体を手に入れ、言葉の壁を超え、人種による差異をなくした人間にとっては、いつしか社会そのものさえも必要なくなっていった。究極の自由主義の達成。それは法やルールの形骸化を意味した。今では国や共同体といった単位はかなりの数を減らし、最低限の法律だけが残る形となった。

 だが、そんな人間達にも何も変わらないものがあった。獰猛さ、凶暴性、そして欲望。モスクワには野蛮なやつらSAVAGEが集まった。金や女や汚れ仕事をもとめて。そしてモスクワもそいつらを受け入れた。かくしてモスクワは世界中から賞金稼ぎどもの集まる街になったというわけだ。

 モスクワは眠らない街だ。何時だろうとどこかの角で誰かが何かを起こし、警察がすっ飛んでくる。秒単位で賞金首の懸賞金が変動し、それを狙って新たな賞金首が現れる。多くの人にとってモスクワは地獄だ。だが、それと同時ににとっては楽園でもあった。

 奴らは歌を唄う。このクソッタレの街に敬意を表して。こんな時代になっても、命のやり取りでしか金を生み出せない自分たちを哀れんで。


モスクワ モスクワ

お前の魂は偉大だ

モスクワの夜は大騒ぎだ


モスクワ モスクワ

さあ来い、お前も踊ろう

その命が壊れるまで

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