第3話『幼馴染パンツ』

「助けてくれてありがとう……でも、そのせいでこんな大怪我……」


「気にするな。傷は男の勲章くんしょうっていうんだぜ」


「でも……それじゃ、私の気がすまない。なにかお礼をしたいの」


「お礼ね。それなら、さっきのシズの剥いてくれたリンゴでチャラだ」


「もう……っ」


(ヨシッ!)


「それにしても……何で、わたしなんかを命がけで守ってくれたの?」



 うーん、どう答えたものか。


 正直、誤魔化す方法はいくらでもある。

 というか、根が素直だからシズは何言っても信じるだろう。


 だけど、今回の一件のように素性を隠しながらの

 活動だと助けるのが難しい場面もあるかもしれない。


 それに五条院は影山の一族が勝手に守っているだけで、

 国の保護対象からは外れている、

 影山家が五条院家を守る理由は今は無くなっているのだ。



(まぁ。ぶっちゃけ、俺にはそんな事情、関係ないけどな)



 これも何かの機会だ。

 信じてくれるかは分からないが、告白しよう。



「それは、俺がお前のボディーガードだからだ」


「クロが……私のボディーガード?」



 この『クロ』という、アダ名はシズが付けたものだ。

 影山 鴉という姓名、影山もからすも、

 どっちも黒っぽいという事でシズが幼稚園の頃につけたアダ名だ。


 そう親しみをこめて呼んでくれるのは幼馴染のシズだけで、

 クラスメートからは特にひねり無く『影山くん』と呼ばれている。


 まぁ、クラスメートと積極的に関わらない、

 ぼっちだから仕方ないのだが若干の距離感は感じる。


 俺をアダ名で呼んでくれるのは俺の幼馴染くらいだ。



「本当のことだ。シズを守るのが影山家の長男、俺の使命だ」


「でも、五条院家はいまは一般市民、保護対象からは外れているわ」


 答えづらい質問が来たな……。

 よし、ここは『使命』でゴリ押ししよう。


「使命だからね。古くから続いてきた使命だからさ。使命は大事だろ?」


「うん。そうね、使命……使命ならしかたないわね」


「使命、つまり運命みたいなものだからしかたないよな」


 我ながら意味の分からないことを言っているが、

 シズは何を悟ったのか、神妙な表情で納得している。


 俺の話のどの辺りに説得力があったのか、謎だ。


 シズの言う通り、一般市民になった五条院家を守る義務はない。

 本来は親父の代で影山家はお役目御免の予定だったのだ。


 俺がシズを守っているのは、

 単純に俺がシズを見守っていたいというだけの理由なのだが、

 さすがにその本音を幼馴染に言う度胸はない。



「かっこいい! クロって、とっても凄い人だったのね!」


「ふひっ」


 やべっ、思わず変な声が漏れちまった。


「ねー。いろいろ任務とかのこと教えなさいよ」


「……極秘任務なのでな。ここから先はシズ相手でも言えない」


 極秘任務、便利な言葉である。

 実際は誰から命令を受けてはいない。


 おそらく、親父の代までは何らかの密命みたいなのもあったのだろう。

 だが、少なくとも俺の代になってからは一度も聞いた事がない。


 俺の親父はブラック企業労働者として忍者とも五条家関係ちとも一般企業で、

 土日も働いている。かーちゃんはスマホゲーのツムツムを頑張っている。


 親父の代までの努力を無にしたくないという気持ちも無いわけではないが、

 俺がシズを見守っているのは、つまるところ、単純に俺がしたいからだ。


「そういえば、思えば思い当たるフシがたくさんあるわ」


「……例えば?」


「中学の頃から洗濯前のパンツがよく無くなるの、あれもクロが?」


「――そうだ。守秘義務があるから、誰からの命かは言えないが」


「それじゃぁ……お風呂場でたまに視線を感じたのも、あれもクロ?」


「――密命だ。さるお方からの命なので、その理由は言えないがな」


「ありがとう。本当に、ありがとう。クロはずっと静かに見守ってくれていたのね」



 すまん、シズ。


 いまのは全部ウソだ。俺が、えっちなだけだ。

 恨むなら、俺の第二次性徴を恨んでくれ。


 なぜか目の前のシズは俺の言葉を聞き、

 緑色の宝石のような瞳から一雫の涙を流しながら、

 うんうんと頷いている。


 いやさ……ここは特に感動的な場面ではないと思うのだが、

 俺の言葉の何かがシズの心の琴線に触れたようだ。


 女心はわからないなぁ……。



「ふひっ……礼にはおよばない。それにしても、俺はなんで生きているんだ?」


「クロが学ランの内ポケットに忍ばせていた私のパンツ3枚がクッションになって、心臓の周りの大事な血管をスレスレのところで避けていたみたいなのよ」



(すげぇな幼馴染パンツ……俺は、幼馴染パンツに命を救われたのか)



「やはりな。こういう事もあるだろうと隠し持っていたのだ。全部、計算通りだ」


「さすが、わたしの救世主クロ。ヤバいっ!……クロ、かっこよぎるっ!!」



 そういってシズは尊敬の眼差しを込めた目で、

 俺を見つめながら俺の手を握って言うのであった。



「これからもずっと、一生わたしのことを見守ってね、クロ」

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