事例B: 男子高校生と女子高校生のケース


「あー、あったあった。これか」


「こんなところにあったんだ。……よく知ってたね」


「まぁな」


 通っている高校のブレザーに身を包んだ石久保いしくぼ拓磨たくま大和田おおわだ直美なおみが、それぞれの自宅からほど近いところにある証明写真のマシンに近寄っていく。

 直美に対して自慢気に言う拓磨ではあったが、もちろんしっかりと下調べをした結果だった。

 少し色気づいたというか、いかにもな雰囲気で髪をイジっているものの、やるべきところはしっかりとやる子らしい。


「なんか、新機種らしいな」


「プリ機じゃあるまいし」


 直美が鋭くツッコミを入れるが、不満げに眉間にシワを寄せた拓磨が機械の側面、文字があれこれと書かれているところを指差した。


「あ、ほんとだ」


「な?」


「そこでドヤ顔されんの、ちょいムカつく」


 実際、そこには『NEW!』と派手に装飾がされていた。

 本当に新型機種らしかった。


「何がどう新しいんだろうな。っつーか、何この色。やばくね? なんつーの?」


「いいよ、そんなの。さっさと撮っちゃお」


「はいはい」


「あ、そうだ。あとで履歴書の書き方教えてね」


「えー」


「何が不満なのよ」


 いろいろと返答が面倒になったのか、拓磨は黙ってブースの中に入って仕切りになるカーテンを閉めた。

 拓磨としては余計な仕事が増えたと考えたのだろうから無理はないが、むすっとした顔をした直美が外に残されたのは言うまでもない。


 ほどなくして、拓磨がカーテンと筐体の隙間から顔を出した。

 試着の真っ最中かのような見た目に、直美は少し笑う。


「……なんだよ」


「なんでもないわよ。それで? どしたの?」


「何かさ。設定いじれたりするんだけどさ」


「え? どんな?」


 勢いよくカーテンを開けて、拓磨が指差したタッチパネルを見る。


 ある意味当然というか、直美が食いついたのは『美白効果』と目を大きくする効果の部分だった。


「わ、何コレ。めっちゃ盛れんじゃん!」


「な。わりとすごくてビビる」


「えー、これオモシロ。ほぼアプリじゃん。ちょっとテンション上がる」


 拓磨の方のテンションを軽く上回っているのか、直美は画面にの方に身を乗り出すようにしてタッチパネルを操作し始めた。

 しばらくそうしていると、不意にその手が止まった


「え、ちょ。……は? 何この設定」


「ん?」


 直美が指差したところを見れば、そこには『若々しく or 大人っぽく』の文字。

 内容を確認するが早いか、自信満々な様相で直美が指をさす。


「やっぱ『オトナっぽく』でしょ、これは」


「え、俺も?」


「そりゃそうでしょ」


 何を言ってるの、当然でしょ、みたいな顔をして直美は言う。

 口に出さなくてもその表情だけで充分に解る。

 元来勝ち気そうな眉がさらにつり上がった。


「まずは実験台になってよ」


「俺が?」


「他に誰が?」


「いないけども」


 大方いつも通りと言える『当然でしょ』と言うような表情で、もう一度答えが返って来た。


「まあ、いいか。実際、ちょっと面白そうだしな」


「でしょ?」


 それでも、悪い気はしなかった。

 その指示通りに設定を『大人っぽく』側に調整して、拓磨はしばらくの間フラッシュの光を全身に受け続けた。







 ブースから出てしばらくすると、何やら機械内部が騒がしくなる。

 排熱口からも容赦なく熱風が吐き出されている。

 割と不安になってくるような動作音が少しずつ静かになってきた頃合いで、ようやく写真が出てくる。


「お、出てきた」


「見せてー!」


「あ、コラ!」


 わずかに早く直美の方が、出てきた写真を取り出し口からもぎ取った。

 拓磨は一瞬の出足の遅れを悔やむが、呆然と手の中の写真を見る直美の顔を見てそれどころではなくなってしまった。


「……え?」


「ん? どうした?」


「いや、ちょっと……。や、意味わかんない。これ、見て」


「ん? ……はぁ?」


 思わず拓磨も変な声を出してしまった。


 直美から突き出された写真の真ん中に写っているのは、間違いなく自分だった。


 問題は、自分の顔の、少し下の方。



 ――赤ちゃんが、写っている。



 写真の中にいる自分――のような男性は、その赤ん坊をしっかりと抱きかかえながら、ファインダー越しにこちらを笑顔で見つめていた。


「え、なにこれ。どーゆーことこれ。オトナっぽくとかいう次元じゃねえだろ」


「たしかに」


 直美の方まで何となく神妙な反応を返している。

 あまりにも予想外の衝撃的な展開に、思考がついてこられなかったらしい。


「まさか、『オトナっぽく』じゃなくて、『オトナ』の自分が撮れる……とか?」


「いやいやいや。それこそ、まさかでしょ。SFチックなことってあるか?」


 いくらなんでもそんなことはないだろう、なんて思ってはいるが、それでも直美の言うことにも一理あった。


「じゃあ、あたしもやってみよーっと」


「え、マジで?」


 勇者かよ、などと拓磨が付け足そうとするよりも早く、直美はブースの中に滑り込んでいった。

 料金投入を早々に終えて、操作パネルを軽快に操作する音が聞こえてくる。

 解りきっているようなことをまた訊くのもウザがられるだろうと思った拓磨は、黙って機械にもたれかかる。


「ねえねえ」


「ん?」


 間もなくして、ブースから声がした。


「数字、何にした?」


「数字って?」


「あの、『オトナっぽく』レベル的なヤツ」


「……ああ」


 せめて主語を寄越せ、と思いつつ、自分の設定を思い出そうとしてみる。ふと気が付けば、写真といっしょに出てきた領収書のようなモノに設定が書かれていた。


「『10』だな」


「おっけー、さんきゅー」


 恐らく彼女もその設定にするのだろう。

 間もなくしてブースからフラッシュの光が数回溢れてきた。








「あたしもだった……」


 しばらくしてから出て来た写真をふたりで取り出すとほぼ同時。

 直美が呆然としたように呟いた。


 同じと言うのは、写っているその様子のことだ。


 間違いなくそこに写されているのは自分。

 着ている服装も同じ。

 メイクの仕方なのか、顔の雰囲気は今より少しばかり落ち着いている印象があった。


 が、そんなことは瑣末トリヴィアル


 やはり問題なのは、自分の顔の、少し下の方。


 ――赤ちゃんが、写っている。


 写真の中にいる自分は、その赤ん坊をしっかりと抱きかかえながら、ファインダー越しにこちらを笑顔で見つめていた。


「これさぁ、マジに『大人の自分』が写せてる説、ない?」


「……うー」


「実はあの『10』って、十年後とか」


「うー……ん」


 うん、とも言えなかったが、否定もできず、拓磨はなんともいい加減な返答をした。

 写真を見つめながら考えをまとようとしてみるが、なかなかまとまらない。

 というか、あまりにも非現実すぎてまとめられるような気がしない。

 学校で出されるレポート課題の方がまだまとめやすいようにも思えてしまった。


 十年後と言えば、自分は二十歳代半ば。

 アラサーの領域に入ったあたり。

 その頃には誰かと結婚して、子供ができたくらい。

 そうならばいいのに、なんてことを思っていると。


「……あれ?」


 改めて互いの写真を見比べてみて、拓磨には気が付くことがあったらしい。


「っていうか、さ。これ」


「え?」


 自分の手の中の写真と、直美の手の中の写真。


 そのふたつを――――具体的には写っている赤ん坊の顔を交互に指差した。


「この子……」


「……あ、え? ウソ? ウソでしょ?」


 直美にも伝わったらしい。


「同じ顔じゃね?」「同じ顔じゃない?」


 写真の中の赤ん坊を見つめ、同時に言いながら顔をあげたふたりは、そこでさらに見つめ合った。




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