第12話 middle battle 7 ~少年の心の色~

 ある夕暮れの日の出来事だった。


――初めてゴールを決めたあの日の夕暮れ……。


 蹴ったボールがキーパーの横をすり抜けて入ったのが嬉しくて、何度も何度も飛び跳ねた。


 興奮しながら背中に飛びついてきた親友の横顔が視界に飛び込んでくる。

 

 まるで自分の事のように喜んでくれる彼に、思わず胸が熱くなった。


――お前がいいパスを回してくれたからだよ。


 試合の帰り道、親友と二人で川沿いの土手を歩いていた。


――そんな事ねぇよ。ゴールを決めたのはお前だろ。


 オレンジの陽の光が反射して、水面がとても眩しかったのを覚えている。


――初ゴール、おめでとな。

――……ん、ありがと。


 面と向かって祝われると恥ずかしいもんだ、と思いながら鼻の下を擦る。


 鼻の奥の塩っぱさを紛らわすために、強めに擦っていたのも覚えていた。


――なぁ……良かったら、今度俺と試合やらない? 一対一で。


 クラス一サッカーの上手い親友からのその誘いは、彼にとっては願ってもない事だった。


――けど、俺サッカー始めたばっかりだし、お前に勝てっこないよ。

――いや~? お前すげーセンスあるから、俺なんてすぐ追い抜いちまうかも。


 全身に夕陽を浴びながら、前を歩いていた親友は振り返って小指を突き出す。


――約束、な。


 そのオレンジ色に染まったその小指をまじまじと見つめるが、すぐに小指を絡めた。


――あぁ、約束だ。


 自分の小指も親友の笑顔も、オレンジ色に染まっていた。


 

「……ん? うぅ……」


 心の色が少年の胸に戻ると、意識を失っていた少年がゆっくりと目を開けそうになる。


『皆んな、この子が起きる前に変身を解くミド!』


 商店街の修復を終えて帰ってきたミドルンが、慌てて3人に声をかける。


「は、はいっ」

「おっとそうだった」


 3人はピンブローチを掲げると、虹色の光に包まれながら一瞬で学校の制服姿に戻っていった。


「…………あれ? ここは……?」


 目を覚ました少年が身体を起こし、辺りを見渡す。


「何で俺、商店街に……? さっきまで体育の授業だったのに……」


 少年は校庭でサッカーの授業をしていたまでは覚えているのだが、具合が悪くなったその先が、靄がかかったように思い出せなかった。


「少し悪い夢を見ていたんですよ」

「悪い夢? え……夢見ながらここまで来ちゃったって事!?」


 しずくが優しく声をかけるが、夢遊病になってしまったのかと少年は一抹の恐怖を覚えた。


「大丈夫、大丈夫。あたしもよくあるから」


 ルチルが適当にフォローするが、能天気なルチルが言っても何のフォローにもならなかった。


「でも夢の中で……誰かに助けてもらった気がする」

「……それは、良かったですね」


 それを聞いたしずくはふっと目を細める。


「――お友達とは、きっとまた会えますよ」


 しずくの言葉に少年はハッと顔を上げた。


 彼女はどうして自分の悩みを知っているのか、と少年は一瞬疑問に思うが、それよりも先に口から本音が零れる。


「そうかな……? ホントに、そう思う!? だってあいつが行っちゃったの、外国だし……」


 その覆されない事実を思い出し、少年は再び項垂れる。


 だが、その小さな肩にしずくは優しく触れた。


「頑張れば、叶わない事なんて絶対に無いです」

「そうですわ。あなたがお友達の事を大切に思っているのなら、きっとまた会えますわ」


 しずくの後ろに立っていたるりも、少年に声をかける。


「そうかなぁ……夢遊病のお姉ちゃんも、そう思う?」


 誰が夢遊病のお姉ちゃんだ、と口が滑りそうになるが、ルチルは腕を組みながら考えるポーズをする。


「ん~、君が頑張んなきゃ何も変わらないけど……頑張れば、出来る事はきっとあると思うよ」


 頑張れば、と少年はルチルの言葉を繰り返す。


「こういうのはね……しぶとく諦めない事が一番大事」


 だが、自身の言葉にルチルは何故か一瞬胸がざわついた。


――あれ…………? 


「流石ルチルさん。私もそう思います」

「そうですわね」

「えっ? へ、へへへ~」


 しずくとるりの声ですぐに我に返ったルチルは、一瞬だけ過った不安を隠すように頭を掻く。


「本当に大切な友達だったんだ。だから……だから俺、頑張るっ!」


 決意を新たにした目の前の少年に、しずくはやんわりと微笑んだ。


「あなたがそう思っているように、きっとお友達もそう思っていると思います」


 自分を認めてくれた親友の約束に応えるために、少年はもっと上手くならなければいけないと心に決めた。


「あいつとまたサッカーやる時まで、もっと上手くなるんだ!」

「そうですね」

「その意気ですわ」


 心からのエールを送る二人に少年は向き直ると、ぺこりと頭を下げた。


「今朝は……動物イジメて、ごめんなさい」

「もうイジメちゃダメだよ?」


 今朝の出来事を改めて謝る少年に、ルチルは何故かドヤ顔で言う。


 それをこっそり聞いていたミドルンは『どの口が言うミド!』とつい口走りそうになるが、また少年の前に出てきては面倒な事になると思い、上空で踏み止まっていた。


「友達は、いつまで経っても友達です。ね、そうでしょう? るりさん、ルチルさん」

「そうですわね」

「……うんっ」


 3人の反応に少年はやっと笑顔になると元気に頷いた。


「ありがとっ、お姉ちゃんたちっ!」


 すっかり元気になった少年はいつの間にか足元に落ちていたサッカーボールを拾い上げると、小学校へと駆けて行った。


 少年を見送った3人の頭上から、ミドルンがふよふよと帰って来る。


『……いつも終わり際は、不思議と皆んないい事言うミドね』


 ヌリツブーセとの戦いが終わった後は、何となくそうなる法則を感じているミドルンだった。


「もうそんな事言ってミドルンさん。そうやって茶化すから、ルチルさんにイジメられるんですよ」

『や、やめるミド~』


 しずくの忠告にミドルンがギクリとする。


 隣にいたルチルの目は、まるで猫のようにぎらりと光っていた。


『そんな事より、今は“にじのうつわ”ミド!』

「あ、話をずらした」

「あ、ずらした」

「ずらしましたわね」


 プリズムガール3人組から総ツッコミを入れられるが、ミドルンは気を取り直してわざとらしく咳払いする。


『“にじのうつわ”についてミドルンはよく分からないけど、絶対それは大切なものって偉大なる妖精の長老が言ってたミド! だから、皆んな調べて欲しいミド~』

「何だか随分ぼんやりしているんですのね」

「そうですね。すんごくふんわりした情報ですね」


 情報量が足りなさ過ぎてもはやお手上げ状態のミドルンだったが、3人は構わず追い打ちをかける。


「ふんわりしすぎてて全然分からないよ。もうちょっと何か情報ちょうだいよ」


 ルチルは突然ミドルンの短い両足を掴むと、ミドルンを逆さに振り出した。


『あ~やめるミド~! やめるミド~! ミドルンは、ミドルンは神社のおみくじじゃないミド~!』

「ほらほら~何か情報持ってるんでしょ?」

『持ってないミド! 頭に血が上るミド~!』

「ルチルさん、流石にそれは可哀想ですよ!」

『ルチルは、もうちょっと妖精に敬意を払うミド! ミドルンは誇り高き妖精“エメラルディオ・ミドルーン”なんだミド~!』

「無駄にカッコいい本名で腹立つな~ホントに」


 喚くミドルンを逆さに振りながら、ルチルはさっきの事を思い出していた。


――諦めない事が一番大事、か……。


 自分の口から出た言葉なのに、何故こうも引っかかるのか。

 

 何故それを言った直後――女の子の泣き叫ぶ顔が、脳裏を過ったのだろうか。

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