第5話【無理ゲーの中ボスは無敵ですか?】

 東京に入ろうとする者を次々と殺していくプレイヤーキラーと呼ぶべき番人の姿がそこにはあった。ネットで見てきた様々なプレイヤーは東京へ到着していない。


 有名な実況者やそこそこ強いとネットで噂になったプレイヤーですら、東京に到着する手前で出現する中ボスと呼ばれる化け物達に殺されている。


 負ける理由はいくつか存在する。


 ロベルトが中ボスに近づいた瞬間――肉で出来た巨大な壁が橋の両側に出現し、逃げ道が塞がれた。肉の壁からは、呻き声と叫び声が混ざり合ったようにいろいろなプレイヤーキャラクター達が取り込まれていた。


 見ていて気持ちの良い物ではない。


 そしてこの肉の壁に入れるプレイヤーは必ずソロ狩りをしなくてはならない。2名以上のプレイヤーが入ることが出来ない。


 そして東京に入るための入り口は複数存在するため、それぞれ違う種類の中ボスがプレイヤーキャラクターの前に現れる。つまり初見プレイが必須……


 さらに場所も最悪だ。建造物や隠れる場所がどこにもない、開けたただの一本道……ハメ技に期待することも出来ない。


 無意識に視線が鋭さを増し、キャラクターと一体になる感覚。今なら気持ちいと言いながら、ロボットに乗れる気分だ……


「いける」


 ロベルトの水色の髪が左右に揺れ、ひらひらと白衣が舞う。


 アグレストと呼ばれる化け物からそこそこの距離を取りながらAK-47Ⅱ型を乱射し、円を描くように動き回る。


 銃声音とアグレストの皮膚や肉が弾けて血が噴き出す演出。しかしアグレストは、動く気配すら見せずにその場で立ち尽くしていた。


「バグか? 全く動かないぞ?」


 バグならラッキーだが、期待していない。数秒後には変化の無かったアグレストが初めてアクションを起こす。


 右腕の皮膚が裂けてブチブチと筋細胞が千切れるような音と、巨大化を始める右腕。そして人間5人分ぐらいのサイズに仕上がった右腕を振り上げると同時に、シンヤは複数のパターンを瞬時に判断して打開策を導き出さなければならない。


・右腕を地面に叩き付けた瞬間に一定時間のスタン状態になるパターン

・右腕が振り下ろされると同時に腕がロベルトまで伸びるパターン

・地面に叩きつけた瞬間に橋が壊れるパターン


 その全てのパターンを頭の中で考えながら、打開策を導き出すのに1秒も使っていられない。今までやって来たいろいろな敵キャラのパターンを思い出し、最善の一手を打つ。


「攻撃の瞬間――緊急回避で橋の端っこまで逃げる」


 アグレストが巨大化した右腕を地面に叩きつけた瞬間、ロベルトは橋の壁際に飛び込み、緊急回避を行った。


 しかしアグレストはシンヤの予想を裏切り、地面に叩きつけられた右腕の衝撃で空高く跳躍して、ディスプレイ画面から姿を消した。


「――はぁ~~!?」


 姿を消したアグレストに動揺し、急いでカメラワークを空へと向ける。初めて戦う中ボスに緊張しているのか、ロベルトとカメラ視点が重なって何も見えない。


 さらに動揺したシンヤは状況を立て直すために、緊急回避を行う。それと同時にアグレストが地面へと落下し、そこには巨大なクレーターが出来ていた。


 ロベルトのHPが半分以上削られ、レッドゾーンに突入する。レア防具を付けていなければ、即死だったのは確実だ。


 心拍数が跳ね上がり、極度の緊張感で鼻血が出る。ポタポタと着ている服に血が付着しているが、シンヤがそれに気づく事は無かった。


 カメラワークを戻してすぐさま距離を取り、銃を乱射する。


 緊急回避を行ったにも関わらずダメージが入った理由は直ぐに分かった。


 シンヤは橋が壊れる可能性を視野に入れ、フィールドの端に避難した。その後アグレストが跳躍し、シンヤはカメラワークに焦って壁に向かって緊急回避を行っていた。


 その場をほとんど動かず、ギリギリ直撃をずらした程度……


「……クソ!? 初心者かよ。――緊張しすぎだぞ……」


 手先の震えがやばい……緊張感がどのゲームでも味わうことが出来ないレベル。データが消えるってこんなに恐ろしい事なんだな、と実感させられる。


 そしてアグレストが先程と同じように右腕を巨大化させて振り上げた。


「来るか……?」


 先ほどと全く同じモーション……間違えなく跳躍する。ロベルトは跳躍するまでの間、銃を乱射し続けていた。


 そしてアグレストが跳躍する。


「多分キャラクターの真上に落ちてくるはず……そこで緊急回避すれば問題ない」


 ロベルトに影がかかり、どのタイミングでアグレストが落下してくるのかが何となくだが理解できた。アグレストが地面に落下するタイミングとロベルトが緊急回避するタイミングが上手い事噛み合い、ダメージは受けていない。


 そしてさらに銃を乱射する……


「これ、ワンパターンだな……いけるんじゃない?」


 しかしそれから2時間程経過するが、一向にアグレストは倒れない。


「――……?」


 ――もしかしてこれ、倒せない様に出来てる?


 シンヤはこの時、このゲームはクリアできない様になっているんじゃないかと、疑い始めていた。アグレストはさっきから全く同じ攻撃を繰り返しているだけ、それに攻撃と攻撃の間で必ず止まる。


 普通こういった中ボスはHPが0に近づくにつれて攻撃パターンが多彩になっていくもの……何の変化も無いという事は、ダメージ自体が入っていないのか?


「分からん……」


 それからシンヤはいろいろと試しながら3時間以上アグレストを倒せずに、銃を乱射し続けていた。流石に緊張感が常にある状態での長時間プレイは疲れる……眠気がシンヤを襲う。ディスプレイ画面の明かりが目に痛みを与え始めた。


 そして何よりこの場所には電話ボックスが存在しない為、ゲームをやめられない。


「マジで。無理……絶対これ、倒せない様に出来てる……」

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