第2話 手のひらをかえす(性的描写有り)

 梨華の出勤は朝の10時。比較的遅いのは接客業というその職種ゆえだ。

 チーフとして働くこのコーヒーショップは、ランチタイムめがけて開店する。営業時間は朝10時半~夜の七時半で、他のチェーン店に比べれば短い方だろう。

 しかし住宅地という場所柄もあってか、早朝深夜の営業は割に合わないくらい客が入らない。一時期は早朝の七時くらいから店を開けたことがあったが、客足はあまり伸びなかったのだ。

「チーフ、清掃と消毒終わりました。」

「ありがとう。ショーケースの中身チェックしたら開店する。自動ドア稼働にしてきてくれる?」

「はい。」

 店内には、梨華とバイトの女の子が二人ほどしかいない。

 小さな店舗なのでそれほど人件費をかけられなかった。正直、利益が出ているのかどうかあやしいが、店のオーナーは土地のオーナーでもあるので家賃と言う出費がない。だからどうにか経営が成り立っているのだろうと推測している。

 バイトの女の子に見えないように、後ろをむいてこっそり欠伸をした。

 毎朝五時に起きて子供とダンナの弁当を作っている。昼近いこの時間になると、眠気が襲ってくるのだ。

 しかし、昼前はまだいい。客が増え忙しいので居眠りが出るほどではない。

 問題は昼過ぎの三時前後。ランチの客が減って自分もまかないを食べた直後あたりが一番危険だ。立ったままでも寝られるレベルの眠気が襲う。

 買物をして帰宅したら夕食の準備と洗濯物の整理が待っている。休んでいる時間は無い。

 働く主婦はそのくらい忙しいのだ。

「いらっしゃいませ。」

 入店してきた客に声を掛けメニューを手渡す。

 ちょうど、頼人くらいの年頃のサラリーマンだろうか。ぶっきらぼうに、コーヒーとサンドイッチを注文した。

「畏まりました。少々お待ちください。」

 あと一時間もしたら、頼人も梨華の作った弁当を食べるのだろう。

 職種は違えど共働きの梨華と頼人。頼人は家事を全くしないというわけではないが、基本的に家の事は梨華がやっている。

 ダンナは疲れないんだろうか。

 子供二人に夕食を食わせ入浴させ寝かしつければ、梨華は立ち上がれないほどにくたくただ。息子たちが中学生になった今だにそうである。

 仕事が終わった後に、よその女と遊んでくる頼人が理解できない。

 注文の品を運んでテーブルの上に置きながら、この客ももしかしたら浮気でもしてるのだろうか。などと、まったく無関係なサラリーマンに冷めた視線を向けてしまう。



 

 手慣れた様子でうつ伏せの彼女に毛布を掛けてやると、ベッドから立ち上がりそのままバスルームへ向かう。全裸のままだ。着替えはバスルームの脱衣所に置きっぱなしだからだった。シャワーの水音が聞こえてくると、杏奈は毛布の中で身を縮めた。

 いつものことである。

 頼人は情事の直後、風呂へ行ってしまう。甘いピロートークも事後の気怠い雰囲気も添い寝も何も無い。

 これが中々に堪えるのだ。

 不倫の関係だから仕方がないとわかっていても、済んだら手のひらを返したようにベッドから降りて身体を洗い流しに行ってしまう頼人は余りにも冷たい。

『俺、身体目当てだけど。それでもいい?』

 最初に体の関係を結ぶ時、はっきりとそう聞かれた。

 以前から頼人に片思いしていた杏奈は、それでもいいと言ってしまったのだ。

『奥さんいるけどそれでもいい?』ではなかった。

 最低な男だなと思うのに、別れられないのはやっぱり好きだからなのだろう。

 好きだと告白して、プレゼントを渡したり、食事に誘ったりして、猛アピールした。既婚者だと知っていたけれど、気持ちを押さえられなかった。バカだったと後悔している。しているのに、この関係を清算しようと思えないのは。

 きっと頼人は自分と別れても、次を探すだけなのだろう。それならせめて自分の身体で繋ぎめておきたい。杏奈はせめてそう思う他なかった。 

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