第6話 やけ酒の武闘家


「俺の何がいけないというのだ……!」



 今日も俺は一人酒場で飲んだくれていた。

 ここは開拓村の酒場で、数か月前まで俺たちが滞在していた場所だ。

 当時はここを拠点にして危険な魔物を狩っていた。

 かなり発展したようで村というより町と言っていい規模だろう。

 酒の種類もだいぶ増えているし。



「旦那ぁ、少し飲みすぎじゃねえですかい?」



 目線を上げて声の主を見ると、店主だった。

 彼は心配そうな表情で俺の目の前に水の入った器を差し出す。

 店主の気遣いに、ザンやルクスと飲み会をしていた時の事を思い出した。

 当時もよく酒のつまみをサービスしてくれたものだ。



 他にも俺がイスに座るときだけ、イスにクッションを置いてくれた。

 あの時は店主のサービス精神に感心したものだった。

 のちに生尻でイスに座って欲しくなかっただけだと知ったが。



「ふっ。まだまだ飲めるさ。そうだな、酒樽を一つ丸ごといいか?」


「旦那、仕入れが大変なんでそいつは勘弁してくださいよ」


「冗談だ」



 困り顔の店主に俺は金貨を放り投げる。

 店主はきょとんとした顔で金貨を見つめる。



「旦那、お代にしては多すぎじゃありませんかね?」


「迷惑料込みだ。受け取ってくれ」



 店主は俺のために早めに店じまいしてくれたのだ。

 元勇者パーティの者が飲んだくれているなど外聞が悪い。

 このくらいはしてやらねばなるまい。



「そういうことなら! いやぁ、金貨なんて久々に見ましたぜ!」



 店主は金貨に嬉しそうに頬ずりする。

 気持ちは分からなくもない。

 なにせ金貨を使用するのは貴族や大商人くらいのものだからだ。

 俺も初めて金貨を見たときはテンションが上がったのを覚えている。

 平民は日常生活で大銅貨と銅貨の2種類しか使わない。

 中には銀貨すら見ないで一生を終える者も多いと聞く。



 嬉しそうな店主だったが急にハッとした顔になる。

 どうかしたのだろうか。



「旦那、なんかこの金貨あったかいんですが。これ、どこにしまってたんで?」


「む? ふんどしの中だが?」



 店主の顔から表情が消えた。

 どうやら俺のふんどしが汚いと思ったようだ。

 俺は毎日ふんどしを洗濯しているというのに。



 まあでも、店主の懸念も分からなくはない。

 長期の依頼を受けた冒険者は、荷物を減らすために着替えを最小限しかもっていかない者が多い。

 そう、彼らは下着を何日も変えないのだ。

 なんと不衛生なことか。嘆かわしい。

 こういう者がいるから冒険者全体が変な目で見られるのだ!



「安心しろ。俺は毎日ふんどしを変えているからきれいだ」


「そ、そうですかい……」



 ぎこちない笑顔で店主はそっとテーブルに金貨を置いた。

 それと同時に酒場に扉が開く音がした。

 入ってきたのは小太りの男だ。



「む? 店主よ。知り合いか?」


「ええ、酒を扱う商人の方でさぁ」



 酒商人はまっすぐにこちらに向かってきた。

 今日はこの村に泊まるのだろうか?

 もうじき日が暮れる。

 この辺りは俺たち勇者パーティの活動で危険な魔物は狩りつくしたはずだが、それでも魔物がいないわけではない。

 夜の移動は非常に危険な行為だ。



「やぁ、どうも。どうしましたか? 次に来るはまだ先だと聞いていましたが?」


「いえ、気になる噂を聞いたので……」


「気になる噂ですかい? あっ、そうだ。この金貨で仕入れをお願いしたいのですが」



 店主はテーブルの金貨を指さす。

 会話を続けようとしていた酒商人の目が金貨に釘付けになる。

 彼も金貨の魅力には逆らえなかったらしい。

 酒商人は壊れ物を扱うようにそっと金貨を拾い上げた。

 そして愛する人を見つめるような視線でうっとりと金貨を眺める

 そんな金貨より俺の肉体美の方が美しいと思うのだが・・。



「いいですねぇ、金貨は」



 店主は金貨に頬ずりする酒商人を気の毒な目で見つめていた。

 そんなに手放したかったのだろうか?

 俺のふんどしが汚いと思われていたようで少しショックだ。



「おっと! 話がそれましたな。先ほど兵士たちが避難民を連れて逃げていくのが見えましてな。何か事情を知っていたら教えてほしくてきたのですが……」


「なんだと?」



 兵士が避難民を?

 開拓中の村々には兵士が駐在する決まりになっている。

 彼らが村を放棄したなら理由はただ一つ。

 兵士たちの手に負えない魔物が出たということだ。

 これは俺の出番かもしれない。

 俺が腰を浮かせた時だった。



「全員避難しろ! 魔物の大軍勢が襲ってきている!」



 叫びが酒場に飛び込んできた。

 俺は慌てて酒場の外に飛び出す。

 外では数人の兵士が村中を駆け回っていた。

 彼らは喉を破る程の声量で叫び続けている。



「魔物の大群は万を超えている!

 今は勇者様たちが押さえ込んでいる! みんなは今すぐ逃げろ!」


「なんと!?」



 さすがのルクス達でも俺や聖女のいない状態では万を越える軍勢は倒せない。

 下手をしたら死ぬ可能性もある。



「行くしかあるまい!」


「旦那? ケンカしてたんじゃ?」



 遅れて酒場を飛び出した店主が口を開く。

 彼は貴重品を詰め込んだ皮の袋を大事そうに抱えていた。

 さすが開拓村の住民だ。

 このくらいは出来ないとこの場所では生きられない



「俺たちは仲間だ。たかがケンカ一つで揺らぐような脆い絆ではない!」



 店主にそう叫ぶと俺は開拓村を飛び出した。

 待っていろよ、ルクス! ザン! マナ!

 





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