5. 魔法の天才

 燈夜とレオンは式が始まるまでの間、式場で会話しながら時間を潰していた。


「しかし凄いなここは。中身までまんま城なのか」


「まあここは元々王様との謁見の間だったみたいだからな。特にそう感じる場所かもしれないな」


 燈夜達が座るこの式場は、まだ王城として使われていた時代の謁見の間がそのまま利用されていた。

 そのためここは観光地にもなっていた。


 しかし普段は一般には解放されておらず、学園が休日の日のみ自由に出入り出来るようになっている。


「にしてもよく試験通ったな。高等科からの入学ってなると、結構点数取らないとダメだっただろ?」


「……試験なんて受けてないぞ?」


「てことは推薦枠か? そりゃすげえや」


 燈夜は不思議に思い、レオンから本来の入学の仕方も含めて話を聞くことにした。



 ルノロア魔法学園では、基本的に高等科から入る人間、中等科から上がってくる人間どちらも同じ試験を受けることになっていた。


 ただし、前者には後者よりも合格ラインが厳しく設定されていた。

 これは高等科から入ってくる人間が、授業について行けなくなってしまう事を防ぐためである。


 それとは別に推薦枠と呼ばれる、特殊な入学方法がルノロア魔法学園には設けられていた。

 これはイーステミスから一部の人間に渡される権利で、これを受け取った人間は誰か一人を無条件で入学させることが出来る、というものだった。


 この権利を渡される人間は魔法技能に優れた者や、魔法研究で功績を上げた者などが多い。


 この制度は現在の学園長が就任してから、彼の要望で設けられたものだった。

 試験の結果に囚われず、学園に優秀な人材を招く事によって魔法を発展させることを目的としており、国王との話し合いのもとで作り出された。



 燈夜はそれらの話を聞き、相変わらず底知れない存在である恩人を思い浮かべると同時に、その貴重な推薦枠を自分なんかに適当に使った彼女に呆れていた。


 しかし燈夜は自分が魔法技能、魔法知識共に平均よりも劣っているはずであることを改めて思い出した。

 魔法の専門的な教育が始まるのは中学からであり、彼はその時期を全てユリーシャと過ごしていたからだ。


 そもそも魔法技能に関してはまず魔法が使えないのだから、学園側から期待されるであろう、推薦枠という特別な形で入学することに対し、彼の背筋に冷たいものが走る。


「なぁレオン、俺魔法関係はからっきしなんだが……」


「え、まじ? お前なんでここ来たの?」


 燈夜はレオンにここに来るまでの経緯を説明する。

 すると彼は同情するように燈夜の肩を叩いた。


「まぁ、なんだ。

 最初の方は復習がほとんどだろうし、そこで頑張れ」


 他に頼る相手が居ない燈夜は、縋るようにレオンに助けを求める。


「出来れば少しでもいいから勉強を教えてくれないか?」


「あーそれは無理だ。俺はこう見えてもテストの点数がかなり悪い」


 果たして彼は、他人からどういう風に見られていると思っているのか。

 少なくとも燈夜の瞳には、彼が頭が良い人間としては出会ったときから映っていなかった。


 かといって悪いようにも見えていなかったので、レオンの想像は半分は当たっていると言えなくもなかった。


「でも実技の方ならそれなりに得意だぞ。

 そっちで良ければ教えれるがどうする?」


 燈夜はレオンの提案に一瞬怯んだ。


 しかし、レオンとは長い付き合いになると思い、燈夜は自身の致命的な問題を伝えるべきだと考えた。


 燈夜は周りに聞こえないよう、小声でレオンに秘密を打ち明けた。


「……実は俺……魔法が使えないんだ」


「なんだお前もか? 二人揃って魔獣病とは、珍しい兄妹も居たもんだな」


 燈夜は予想に反して驚かなかった彼の反応と、想定外の返答に自分の方が驚き、絶句してしまう。

 妹が他人に魔獣病の事を話していたことは彼にとってそれだけ衝撃的な事だった。


「……琴音が魔獣病だってこと知ってるんだな」


「まぁ魔法研究分野の部活だし、自然に知った感じだな」


「そういえば同じ部活って言ってたな。

 ん? でもお前勉強が苦手なんじゃ?」


「まぁなんだ、そこはあまり触れないでくれ」


 レオンは燈夜から目をそらして言葉を濁す。

 燈夜は理由が気になったが、何かを自分から話したくないという気持ちは痛いほど知っているため、深く聞き出すような真似はしなかった。


「あとレオン、俺の場合は病気じゃない。単に俺自身の気持ちの問題なんだ」


「それって精神面ってことか?

 つっても、魔法なんて呼び出せば勝手に出てくるもんだしなぁ……」


 レオンは燈夜の症状に心当たりがないか考えているのか、天井を見上げながら唸る。


 しかしそこで、式の開始を告げるチャイムが鳴ってしまう。


「おっと、もう時間か。まぁこの話はそのうちするか。さーて、どんなもんかな……」


 そう言うとレオンは、ニヤニヤしながら辺りをゆっくり見渡し始めた。

 そんな友人の怪しい挙動を不審に思い、燈夜は彼に声を掛ける。



「おい、何やってんだ?」


 すると一転、レオンは真剣な眼差しで燈夜の目を見る。

 これから重大な事を告げるのではないか、そう感じさせるオーラを彼は放っていた。


 燈夜は思わずつばを飲み込むと、居住まいを正して彼の目を見つめ返す。


「よく考えてみろ。ここに座ってる奴らは、全員これから一緒に過ごす"仲間"だ」


「ああ、そうだな」


「こうして全員が集まる機会も多くはない」


「まあこれだけの生徒数だしそうだろうな」


「まだ分からないか?」


 はたして彼が最初に見せた怪しい表情と、今の真面目な口調の話だけで何が分かるというのか。

 燈夜には彼が何を伝えたいのかが分からず、単刀直入に聞いた。


「もう式が始まるんだ。手短に教えてくれ」


「可愛い女の子を探していた」


 燈夜はレオンを視界から外すと前を向いて姿勢を正す。


「あ、おい無視すん『誰だ、まだ喋ってる奴は!』――すいません……」


 燈夜は教員に怒鳴られた彼の友人だと周囲に勘違いされないよう、彼を完全に意識の外に追いやっていた。



----



 燈夜にとって驚きの連続だったイーステミスでの出来事と比べ、式の内容は至って普通であった。

 学園長の祝辞から始まり在校生の魔法を用いたパフォーマンス、生徒会からの簡単な学則の説明。


 やがて燈夜がウトウトし始め、瞼が閉じるかと思われた時、式は次の内容へと移った。


「では最後に新入生の言葉に移ります。

 新入生主席代表、水無月みなづき 桜嘉おうか


「はい」


 透き通るような女の子の声。

 燈夜は無意識にその声がした方向、右斜め前へと視線を向ける。



 彼女がいた。


 腰まで伸びた美しい黒――


 故郷の風景を連想させる淡い桜色の瞳――


 活発さを感じさせる、けれども落ち着いた表情――



 水無月 桜嘉は燈夜が心を奪われたあの少女だった。


「なんだ燈夜もちゃっかりしてんじゃん」


 横からレオンが小声で冷やかしてくるが、燈夜には言葉を返す余裕がなかった。

 レオンは彼のそんな様子など気にも留めずに続ける。


「にしても大きいなぁ」


 燈夜はただ何も考えず、無意識に答えを返していた。


「あぁ、すごく大きい……」


「燈夜はああいう大きい子が好みなのか?」


「あーいや、なんでもない」


 冷静になった彼は、自分が言ってはいけない事を口にしてしまった事に気づき適当に誤魔化す。

 ことは絶対に気づかれてはいけないと、ユリーシャに言いつけられていたからだ。



 燈夜は演台へと歩いていく彼女を、その乱れのない美しい魔力に見惚れていた。


 今まで燈夜が魔力は誰しも若干の小波のようなものが混ざっていた。

 しかし彼女の魔力にはそれが無く、彼女を包む魔力は美しく揺らめいていた。


 結局桜嘉の新入生の言葉は燈夜の耳には入っていなかった。


 やがて彼女が口を閉じ、自身の席へと戻ると燈夜の思考に音が戻る。


「あれが新入生の代表、主席なのか」


「容姿も主席ってか? いやぁ凄かった」


「なに言ってんだお前」


「おいおい、燈夜だって胸の話してただろ?」


 燈夜は彼が何を言っているのか分からず、先程までの会話をいまさら振り返る。


 次に燈夜はため息を吐くと、周りがすでに退場を始めている事に気づいた。


「お前らしくてなんか安心したよ」


「なんか馬鹿にされてないか?」


 燈夜はそれ以上言葉を交わすことはせず、着席していた列の退場が始まり出したためそれに続いた。

 レオンも燈夜に対して愚痴りながら歩き出す。


 燈夜が式場を出る際、振り返って桜嘉がいた場所を改めて見ると、彼女も丁度歩きだすところだった。

 すると彼女が振り向きこちらに顔を向ける。


 燈夜と桜嘉の視線が交差する。


 目が合った。燈夜がそう感じた時、レオンに声を掛けられそこで思考が途切れた。


「おい聞いてたかー? 燈夜ー?」


「悪い、聞いてなかった」


 燈夜はレオンに視線を戻すと、彼にもう一度言うよう頼んだ。


「だから、あの金髪の子メチャクチャ可愛くねって話」


「レオン、お前なんでここに来たの?」


「青春、かな――」


 燈夜は式場とレオンを後にした。

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