第10話

臨時収入を得てから1時間くらい歩いて、ようやく冒険者の街トレッジについた。

  トレッジはその領地内にダンジョンを三つも抱えているため、ダンジョン攻略のために集まってきた冒険者達で常に賑わっており、冒険者達に装備や食料を売りにきた商人達も各々の店を展開しているため経済的に豊かな街なのだ。

  オイラは少年時代にたまに妹を連れてきては妹が好きだったケーキを買ってやったりしたものだ。

  あと商売なんかもしたりした。主に靴磨きや屋根の修理、下水道処理などの誰もやりたがらない低賃金な仕事だ。

  それでも手に入る金は村の賃金とは比較にならないほど多かった。



  トレッジの関門で関守にちょっした入場料を払うと、身分証なしのほぼフリーパスで街の中に入れた。

  これは、管理が杜撰とかではなくトレッジが冒険者の街ゆえの方針だろう。

  トレッジには様々な冒険者が集まってくることはさっき言った。

  その中には当然身分、身元などが不明瞭な輩が少なからずいる。

  冒険者とはもともと一攫千金を狙った荒くれ者の職業だったからな。今は違うらしいけど。

  そんな奴らが大半の冒険者にいちいち身分証明を課していたらきりが無いし、街の発展の妨げにもなり得る。

 

 

  街はすごい賑わいだった。

  目抜き通りは沢山の人達で賑わっていて三歩歩いたら誰かと肩がぶつかり、汗が雨のようになって降り注ぐ。

  ていうか誰もオイラの目隠しについて気にならないようだ。

  自分で言うのもなんだけど街中で目隠ししながら歩いてる男を見れば普通引くだろう。

  まぁ、冒険者って個性的なやつ多いらしいからオイラも田舎から出てきたちょっと痛いやつくらいにしか思われていないのかもな。



  オイラは懐かしくもあり、嬉しくもある賑やかな宵街の喧騒に耳を浸していると何やら美味そうな匂いが微かに鼻を突いた。

  匂いがした方に行ってみると、どうやら露店で林檎が売られているようだ。

  林檎はオイラの目でも感じ取れるくらい新鮮な赤色で、瑞々しい香りが辺り一面を覆っている。

 


  オイラが物珍しげに露店のを見ていると店番をしていたおばちゃんが話しかけてきた。

  「そこのお兄さん、お一つどうだい?ウチの林檎は他のと違ってダンジョンの近くにある森で栽培してるんだよ。含有する魔力量が桁違いだから味は一級品さ。それに酔い止めにも二日酔いにも効くんだよ。」

 

  おばちゃんの声には当たり前だけど蔑みや剣呑さがこれっぽっちも無くてオイラは思わず舞い上がってしまった。

  「じゃあ二つ貰うぜおばちゃん。」


  「はいよ、絶林檎二つで3,000ジュエルだよ。」


  オイラは盗賊から貰った袋からそれを支払った。

  普通の林檎の相場からしたら相当高い。10倍くらいする。

 

  「なぁ、おばちゃん。ここら辺で安くて飯が美味い店知らないか?」

  ここら辺も大分街並みが変わってるっぽいしそもそも昔のことは、ほとんど記憶に無いので情報収集しておく。

  「そうだねぇ。だったら帽子の妖精亭がオススメだよ。この道をまっすぐ行って三つ目の角を右に曲がればすぐ着くよ。」

  おばちゃんはそう言って比較的人混みが少ない道を指差した。

  オイラはおばちゃんに礼を言ってその場を後にした。


 

  示された道を行きつつ袋からガサガサと林檎を一つ取り出し齧る。

  美味い。口の中に広がる蜜のジューシーな甘みに鼻を突き抜ける爽やかな森林の薫風。

  噛めば噛むほど林檎の中から果汁が溢れ出し、それを飲み込むと一瞬で体の細胞ひとつひとつに染み渡るようだ。

  なんだこれ。うっま。

  オイラは語彙力を喪失し、1個目の林檎をほぼ噛まず、貪るように飲み込んだ。

  そして、寝る前に食おうと、とっておくはずだった二つ目の林檎にも手が伸び口が独立した一種の生命体のように動き気づけば咀嚼し腹に収めていた。

  あーあ。もう終わっちまった。こんなんならもっと沢山買っとくんだったな。

  オイラは名残惜しそうに手についた果汁を舐めとったあと辺りを見渡してみるといつのまにか目当ての酒場に到着していた。

 

  ほう、ここが帽子の妖精亭か。

  質素なレンガ造りの二階建ての店で、入り口にはとんがり帽の周りを舞う二匹の妖精の看板が取り付けられていた。

  壁は何色だろうか?入り口から漏れ出る眩い光で全く色がかき乱されている。

  まぁ、いっか。

 

  オイラははやる気持ちを抑えつつ比較的冷静を装って酒場に足を踏み入れた。

  酒場の中は大勢の人で賑わっていた。

  おそらく大半は冒険者だろう。

  まだ、完全に落ちきっていない血の匂いや鉄の匂いが微かではあるが運ばれている料理の匂いと共に運ばれてくる。

  内装は木をメインとしたアンティークが雑に並んでいるだけだった。

  おそらく森をイメージしてるんだろうけどここの店主は相当大雑把な性格なのか、雰囲気すら微塵も感じられなかった。

  奥の厨房では女の子達が甲斐甲斐しく働いている。

 

  ちょうど空いている席に腰を下ろし、メニューを手に取る。

  うん、やっぱ文字自体は見えねぇけど手書きだからインクの匂いで読める。

  さて、何にしようかな。

  だが、ここで問題発生だ。メニューは読めるんだがメニューがわからない。何だ?ハンバーグとかオムライスとかカレーとか。聞いたことないぞ。いつ考案されたんだ?

 

  背中からはジロジロと不躾な視線をいくつも感じる。

  馴染みの冒険者たちが見慣れぬ新参者のオイラを奇異な目で見ているのだろう。

  もしくは単純にその状態で文字読めてるのか?という好奇心かもしれない。

 

  「何かお困りですか?」

  オイラがメニューと正面からにらめっこしていると一人の店員が話しかけてきた。

  初雪のように美しく白い髪を後ろに束ね、長く尖った耳とキリッと引き締まった目つきが特徴的な女性だった。

  街で歩いていると誰もが視線を共にするだろう。それほどに女は美しかった。

  年はオイラよりも少し上くらいか。

 

  「いや、久しぶりに街に出てみれば見たこともないメニューが沢山追加されててどれを食べようか悩んでたんですよ。イッヒヒ、お恥ずかしい。あ、そうだ。何かオススメはあります?とびっきり美味いやつ。」

 

  「オススメですか?そうですねぇ。ならばお子様ランチなんてどうですか。ハンバーグやオムライススパゲティ、デザートにはパフェが付きますよ。」

 

  お子様ランチ?か。響きからしてガキの食いもんっぽいがお相手さんに悪気はなさそうだ。ただの純粋な好意で言ってるのだろう。

  周りの冒険者たちは小馬鹿にするようにこちらのやり取りを聞いてニヤニヤと笑っているが。

 

  「じゃあそれをいただくとしますかね。あ、あとアエール大ジョキで。」

 

  「はい、承りました。」

  女店員はそう言って返事をすると厨房の方へと消えていった。

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