アルセーヌ編 第一章 出会い
第一節 目覚め
今、青く高い空の上から一筋の透明な光が舞い降りてきた。
ああ、あの人が今、この箱庭の世界に舞い降りたのですね。
かつて寄り添い、これから出会う愛しいあの人が。
あの人と繋がり、輝き出す宝石たちの物語がここから綴られるのです。
・・・・・・
ふと目が覚めると、視界は真っ暗だった。
あれ?
おかしいな?
俺って、どこにいるんだっけ?
何の気無しに、無意識に起き上がろうとした。
しかし、何かに頭が突っかえて起き上がることができない。
え?
あれ?
どういうこと?
落ち着け、考えるんだ。
ええと、最後の記憶で何をやってたんだっけ?
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
無理矢理、何度も深呼吸を繰り返して、とりあえず落ち着いた。
まず、気分は悪くないので、泥酔して留置場に入れられたわけではなさそうだ。
次は、南米には行ってたな。
でも、治安の悪いとこには行ってないので、拉致されたわけでもないようだ。
あとは、何だ?
ちょっとずつ何かが。
……ああ、思い出した。
俺は、スタイルはいいが頭の残念な女神からの頼みで異世界の管理者になるために、今、異世界に転移したんだったっけ。
確か、魂の力が足りないと途中で燃え尽きるって話だったが。
うーん?
今意識があるからその線はなさそうだ。
そういえば、こっちの世界で、魂のなくなった人間、多分死んだ人間の中に魂が移るって話だったよな。
ということは、転移っていうよりは、憑依になるのかな?
ん?
待てよ。
……てことは、俺、今棺桶か何かに入ってるっていうことか!
ああ、だから真っ暗で動けないんだな。
なるほど、納得。
って、いや。
え?
嘘でしょ?
もしかして、俺、地面にもう、埋められてないよね?
ニューゲームで、生き埋めで速攻のゲームオーバー?
ちょ、勘弁してくれよ!
あのバカ駄女神!
何やらかしてんの!?
俺、まさかの無駄死に?
何だったの、あの前振り?
俺は、半狂乱になって、棺桶の蓋?を必死に叩いた。
自分でも何を叫んでいるのかわからない雄叫びと、縮こまった体勢で手を動かし続けた。
実際、すでに埋められていたら、誰も気づかないし、力ずくで出ることは無理だ。
確か、アメリカかどっかのTV番組の内容で、映画の主人公が地面に埋められた棺桶から殴って蓋を壊し、手で土を掘って復活するっていう場面を本当にできるかどうか試すという実験だった気がする。
結果は、どうあがいても、上から降ってくる土に次々と埋もれて動けないということだった。
それでも俺は諦めず(というより冷静に考えられないだけだが)あがき続けた。
不意に視界が明るくなり、目が眩んで手が止まった。
目をゆっくりと開けてはみたが、実際にはそれほどは明るくなく、薄暗いと言ってもいいような部屋の中だった。
そして、体を起こして周りを見渡してみた。
顔がくっつきそうになるぐらいの距離で、ヒゲ面のおっさんと目が合った。
「ぬうおっ!?」
なんてこった!
寝起きに気持ち悪いものを見ちまったぜ!
拒絶反応を起こすぐらい、後ろへ体が仰け反った。
神父らしきおっさんも同じように後ろに仰け反り、尻餅をついた。
腰が抜けたのか、起き上がれず、ひいひい言いながら青い顔をして体を小刻みに震わせている。
「ひゃああああ!?」
その後ろでは、シスターらしきおばちゃんが甲高い声で悲鳴を上げてしまった。
そのせいで、神父らしきオッサンもさらにパニックになって悲鳴を上げた。
どうやら、部屋内は一気に混乱の渦に巻き込まれてしまったようだ。
相手が先に冷静さを失ってしまうと、逆にこっちは冷静になるようだ。
俺は、部屋を見回してみた。
どうやら、薄暗いのは霊安室か何かの中だかららしい。
色々と教会の道具が置かれているが、俺にはよくわからないし、特に関係もなさそうだ。
棺桶の中には、手の平に収まる小さい金属のプレートが落ちている。
よく見ると、
人の名前などが色々と書いてある。
アルセーヌ・ド・シュヴァリエ
多分、これが俺の名前だろう。
駄女神のくれた言語能力のおかげで、よくわからないナメ○ク語みたいな文字にふりがなが浮かんで見える。
うん、良かった。
忘れずにしっかりと仕事してくれたみたいだ。
しっかし、シュヴァリエ=騎士か。
貴族っぽい名前だな。
うーん、俺みたいな小市民には似合わんな。
まあいいけど。
そう思えば、やたらと高そうな剣と盾が一緒に置いてあり、新品みたいに綺麗な鎧を着ている。
どこぞの貴族のボンボンなんだろうか?
と思っていると、外から階段を駆け下りているようなドタドタという音がしたら、ドアを激しく開け放つようにバーンという音がした。
「何事だ!」
そこに飛び込んできたのは、ペガサスみたいな白銀色の眩しいぐらいの光沢のある、明らかに素人の俺から見ても上質な鎧(聖衣?)を着た真面目そうな若い男だった。
歳のほどは、おそらく10代後半、短く刈り込んだ茶色がかった頭髪、かなりがっちりしてそうな体型(腹筋はバキバキの6パックだろう)で180センチぐらい、文武両道を謳う剣道部主将の学級委員長って感じだな。
そのくせ、ほりの深いラテン系のイケメンなのがちょっとムカつく。
よく見ると、瞳の色がほんのりとオレンジがかっているのがオシャレだ。
その男は俺を見ると、剣を抜き放ち構えながら俺を睨みつけた。
あ、これはヤバイ!
このままじゃ確実に斬られる?
ああ、どうしよう!
……そうだ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ! えっと、もしかして、兄貴か?」
これは、ただの当てずっぽうのただの勘だ。
合ってようが間違っていようが、まずは言葉を出すことが大事だ。
ここはファンタジー世界だから、黙っていたらゾンビと思われて、速攻で斬られるだろう。
下手に動いたら多分、悪霊が取り憑いていると思われてこれも斬られる。(俺自身取り憑いてるようなもんなんだが)
だが、そこまで的外れなことは言っていないと思う。
まずは、同じ貴族っぽい高価な鎧を着ていることだ。
いくらファンタジー世界だからとはいえ、こんなに上等な装備をできるやつはそんなにたくさんはいないはずだ。
次に、すぐにタイミングよく現れたということは近くにいた。
つまり、俺を見に来た身内だということ。
あとは、この体が若く、おそらくこの世界の成人したばかりの少年。
ヨーロッパはよく知らないが、この時代の日本は確か14歳で元服、つまり大人ということだ。
14歳より少しだけ年上の若者と考えれば、この体の兄貴だと推理できる。
と、偉そうに考えつつ間違ってても、その後適当なこと言って誤魔化せばいいさ。
相手の男は、今の言葉を考えているのか剣を構えたまま動かない。
少しの重い沈黙の後、ため息をつき、男は構えを解いて、剣を鞘にしまった。
「どうやら、悪運強く生き返ったようだな、アルセーヌ?」
男は、俺を見下ろしながら無表情に言葉を発した。
おおう!
本当に兄貴だったらしい。
俺の勘も捨てたもんじゃないと調子に乗りそうだ。
「え、聖騎士様!? そんな簡単に認めてもよろしいのですか? 悪霊か下手をしたら悪魔が乗り移っているのかも知れないのですよ!」
抜けていた腰が治ったのか、神父は警戒を解いた男に驚きの声を上げた。
うん、俺もそう思うよ、お兄さん。
あんたが俺の世界に来たら、すぐ詐欺に引っかかりますぜ?
「ふん! この私とて聖騎士の端くれだ。悪魔や悪霊の類は一目見ればすぐに分かる。それに、この愚弟の覇気のない顔、魚の死んだような目、これこそ、こいつが生まれた時から見ているから間違えようがない」
この男は、吐き捨てるように言った。
これには、基本的に温厚な俺ですらむかっ腹が立った。
これが、九死に一生を得た弟に対する兄貴の言葉か?
実際には本当に死んでいて、俺が乗り移って操っているだけの体なのに、知らないとはいえ死んじまった弟にそんな事言うのか?
「てめえ! ……のわ!?」
俺は、思いっ切り怒鳴り散らそうとして立ち上がろうとしたら、ずっと寝ていたせいか、それともこの体に鎧が重すぎるのか、棺桶の縁からそのまま床に転げ落ちた。
いてえ。
姿が変わっても、相変わらずやることが締まらねえや。
男は俺の腕を掴むと、軽々と片手で体を起き上がらせた。
すぐ近くで並んでみると、頭1つ分俺のほうが低い。
俺は、見上げて男を睨みつけた。
「……ふぅ。何か文句でも言いたいようだが、いつも言うようにお前の言うことなど所詮子供のわがままにすぎん」
身長差も相まって、男は威圧的に見下すように言っているように聞こえる。
さらに男は続けた。
「まあいい。これに懲りて、これからは家で大人しく父上の仕事を手伝うのだな。冒険者如きもまともにできないお前のような半端者でも、何かしらの仕事はあるはずだ。だが、まずは、泣き崩れてしまっている母上に無事を報告しなければな。聖騎士権限で聖教会の転移魔法陣をお前も一緒に使わせてやる。行くぞ」
と言って、男は俺の腕を掴んだまま出口に向かって歩き出した。
俺は、こう一方的に頭ごなしに言われるのは、昔から気に喰わない。
その手を振りほどいた。
「俺は、行かない」
この男のことは気に入らないし、言うことを聞く気もない。
確かに、この体の母親には気の毒だし申し訳ないと思う。
しかし、どこにあるのかわからないが、このまま実家に連れ戻されてしまったら、一生そのまま地元で暮らすハメになる気がする。
それでは女神の願いに対して何もできないだろう。
今は情報も何もない状態だが、とりあえずはこの男とは別行動する方が良いはずだ。
「貴様、何を言っている? 母上がどれだけ悲しんでいるのか分かっていないのか? 貴様はどこまで親不孝者なんだ!」
男は、血管が切れそうなほど顔を紅潮させながら怒鳴ってきた。
だが、俺もここで引くわけにはいかない。
「ああ、分かっているよ。だから俺はいない者として扱ってくれ」
「くっ、貴様!」
男は、俺の胸ぐらを掴んで殴ろうとして手を上げた。
しかし、その手は振り抜かれることなく止まり、上げた手をそのまま下ろした。
「……くそ! お前なんか殴る価値もない。私はもうお前とは縁を切る。今から私たちは赤の他人だ。いいか、二度と家には近づくな! その時は貴様を斬る!」
男は踵を返して出口から出ていった。
ドアを激しく締めた後、階段を強く踏み鳴らしながら上がっていく音が聞こえた。
その後、部屋は静寂に包まれ、残された神父らしきおっさんたちは気まずそうに佇んでいた。
俺自身、後味は悪いが、とりあえずはこれで良かったと思う。
これで何の気兼ねもなくこの体を使えるというものだ。
異世界に来たと思うと少しワクワクしてきた。
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