化け物バックパッカー、喫茶店で味わう。

オロボ46

ハトが羽ばたいた時、目の前にいた化け物の少女は味わった。

 





 ふるっふーほっほー


 ふるっふーほっほー


 藍色の空、ほとんどの人間が寝静まっている早朝。

 なにかの鳴き声が、一定のリズムで響き渡る。


 ふるっふーほっほー


 ふるっふーほっほー


 鳴き声は、人気のない路地裏にまで聞こえてきた。


 その路地裏に、うずくまる人の影がある。黒いローブを身にまとっている人の影は、何かの鳴き声に起こされるように顔を上げ、腕を伸ばした。


「……ン……アア……」


 あくびをしながら腕を上にあげると、首も空の方向を向く。

 その勢いで、頭のフードが降りて、顔が見えた。




 肌は影のように黒く、上半身まで伸びた髪。その顔には青い触覚が、本来は眼球が収まるべき場所から生えている。まぶたを閉じると触覚は引っ込み、開くとでてくる。

 体を見ると女性のような体形をしているが、鋭くとがった爪が異様さを出している。“変異体”と呼ばれる、化け物だ。




 変異体はフードが下りていることに気づくと、すぐに被りなおした。

 そして立ち上がり、朝の散歩に出かけるかのように歩き始めた。


 その背中には、黒いバックパックが背負われていた。






 ビルが建ち並ぶ街に、ひっそりとたたずむ建物。その看板には、喫茶店【化物】と書かれている。

 その喫茶店の前を通りかかった変異体は、ガラスごしから店内をのぞいた。


 店員と思われる男性が、カウンターの向こう側でなにかをしていた。

 男性は頬についている赤いものをティッシュで拭き取ると、カウンターに『本日のおすすめ・トマトケチャップのきいたオムライス』と書かれたメニュースタンドを置いた。


 変異体は首をかしげながら、その場を後にした。






 次に変異体が訪れたのは、小さな公園だった。

 公園に設置されていた時計の短針は4を少しだけ通りすぎたところを指しているおり、人影は変異体以外みかけない。

 かわりに公園を支配していたのは……


 ふるっふーほーほー


 ふるっふーほーほー


 ハトの群れだ。


 変異体はフードの中で口元をゆるめ、触覚を足元を通ろうとしているハトに向ける。人間でいう、見つめるという行動か。

 次に変異体は、足元を通過したハトに近づこうと足を動かした。それに気づいたハトは捕まえられるなという本能が働き、足を速める。

 その様子を見た変異体は「フフッ」と、まるでハトの反応に楽しんでいるような小さな少女のように笑い、歩くスピードを速めた。


 バサバサバサッ


「キャッ!!」


 突然、ハトは羽ばたいた。

 変異体はそれに驚き、尻餅をついた。その頭をハトは横切り、電柱の上へ避難する。

「……!」

 立ち上がった変異体は電柱の上のハトに触覚を向けた後、近くにあったベンチに座った。






 時計の短針が、9を示した。


 それと同時に、ひとりの老人が公園にたどり着いた。

 若者が好みそうな服装をしたその老人は膝に手をつき、地面に向かって荒い息をはいていた。走ってきたのだろうか?

 老人は顔を上げると、公園の中を見渡した。

 そのころになると、人を見かけるようになっていた。平日なのか、子供の姿は少なかったが、散歩などで休憩に来ている者や景色を楽しんでいる者などがほとんどだろう。


 それにしても、この老人、顔が怖い。見渡すしぐさが不審者に見えてもおかしくない。


 老人は、ベンチに座っている変異体の姿を見つけると、彼女に近づいた。

 その背中には、変異体の背負っているバックパックとほぼ同じものを背負っていた。違いといえば、老人のほうが新品のように奇麗であることだ。


「“タビアゲハ”……ふうふう……またせて……ふうふう……すまない……」

 再び膝に手をつく老人の呼びかけに、タビアゲハと呼ばれた変異体が反応するのに数秒の間があった。

「アレ? “坂春サカハル”サン……イツモヨリモ早起キ……」

「早起きどころじゃあないぞ……むしろ俺は寝坊して、走って来たんだからな」

 その言葉を聞いて、タビアゲハは時計の方を向いて、口に手を当てた。

「モウ……コンナ時間!?」

「……その反応だと、何かに夢中だったようだな。いったい何を見ていたんだ?」

 坂春と呼ばれた老人がたずねると、タビアゲハはある方向を指さした。


 そこには、公園内を歩き回るハトの群れがいた。


「……そんなに面白いか?」

 眉を潜める坂春に、タビアゲハは口元だけでほほえみ、うなずいた。

「ウン。ミンナ、アチコチ動イテイルケド、何カ規則性ガアリソウデ……ナカナカ飽キナイノ」

「普通は気にしないものだけどな……」

 呆れる坂春を無視して、タビアゲハはハトの観察を再開した。






 しばらくして、坂春とタビアゲハは公園を立ち去り、街中を歩き始めた。

 立ち並ぶビルに、タビアゲハは触覚をあちこちと動かす。無論、フードを被っているため、人々にその姿を見られることはなかった。多少は不気味に思われたが。


「ふああ……あああ……」

 坂春は大きなあくびを出すと、その目から涙があふれ出る。

「坂春サン……眠イノ?」

 周囲の他人に聞こえない程度の大きさでタビアゲハはたずねた。

「ああ……昨日はプログの編集で、つい深夜のテンションで書きまくったからな……結局寝る直前に我に返って削除したが、確か2時ぐらいの時か?」

「シンヤノテンションッテナアニ?」

「それは……」

 首をかしげるタビアゲハからの質問に、坂春は答えようと口を開けたが、すぐに首をふった。

「そんなことより、どこかでコーヒーを飲みたいんだが……朝食もまだ取っていないからな……喫茶店があればちょうどいいんだが」

 その言葉を聞いたタビアゲハは、何かを思い出したように立ち止まり、「ウーン」と首をひねった。

「キッサテン……モシカシテ……」

「ん? 何かあるのか?」

 坂春も立ち止まってタビアゲハを見て、期待を寄せる目線を送った。

「喫茶店ッテ書カレテイルオ店、サッキ見カケタ」


 グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥルゥルゥゥゥゥゥゥ


 その瞬間、坂春の腹の音が鳴り響く。

「……その喫茶店は、どこにあるんだ?」

 タビアゲハは場所を思いだそうと数回首をひねると、手のひらに拳をのせた。

「確カ……サッキノ公園ノ近ク」

「……」


 ふたりのバックパッカーは来た道を戻っていった。

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