閑話 田中くんと佐藤さん

 俺には好きな人がいる。でも、その子は俺の親友の空牙くうごと付き合っている。俺は二人のことを見守るしかできない。きっとこれは俺への罰なんだ……

 

 昔、俺はイタズラで友達の携帯で嘘告白をした。そいつは目立たないタイプだったから、正直振られると思っていた。だから振られた後に、

 

 『告白したのは本当は田中たなかでした!』

 

 みたいなノリで話す機会を作ろうとした。でも返ってきたのは、

 

 『嬉しい、私もずっと好きだった!こちらこそお願いします。』

 

 という成功の知らせだった。嫉妬と苛立ちで俺は吐きそうだった。

 空牙は朝比奈さんのこと好きなんだろうか。

二人は付き合うのだろうか。

俺はそんなことばかりを考えていた。


 俺は次の日の学校で空牙をからかってみたが、焦る素振りも見せないので、上手くいってないんだと思った。

あわよくば付け入る隙があるのではないのか。

そんなことまで考えていた。でも、それは間違いだった。

 その日の放課後、屋上から朝比奈さんの叫び声が聞こえた。俺はすぐにでも駆けつけたかったが、先生との面談があったので我慢するしかなかった。俺は面談を終え、走って屋上に向かった。扉を開けようとした時、俺の体は凍りついたように動けなくなった。

 

「……なんだよこれ」

 

 朝比奈と空牙がキスをしていたのだ。二人の愛を証明するかのように何度も何度も。

 

「くそっ、こんなの勝ち目ないじゃないか……」

 

 俺はその場に崩れ落ちた。同時に頬から雫がこぼれ落ちた。勝手に嘘告白をした自分が苛立って仕方なかった。なんであの時……考えれば考えるほど自分が惨めになっていくのを感じた。俺は蹲ってたくさん泣いた。涙は止まる気配がなかった。

 

「あ、あの、田中たなかくん」

 

「……誰だよ」

 

「は、はじめまして!隣のクラスの佐藤さとうあかねです!」

 

 黒髪ロングでとても小さい体型。顔は小学生なのかと思うくらいの童顔だった。

 

「何か用かよ」

 

 俺は涙を手で拭って、ぶっきらぼうに言った。

 

「……田中くんは朝比奈さんが好きなんですよね?」

 

「はぁ……?佐藤さんに何か関係ある?」

 

 諦めようと頑張っていたのに佐藤はぶり返すようなことを言ってきた。ものすごく苛ついたので、強い口調になってしまった。

 

「えっと、私、田中くんが好きなの!だから、落ち込んでいる田中くんを見てたら辛くて……」

 

 そう言って佐藤さんは泣きだした。申し訳ないことをしてしまった。

 

「ごめん……朝比奈さんのことは好きだったよ」

 

「そうだよね……ずっと見てたからわかるの。いつも田中くんの視線の先には朝比奈がいたから」

 

「そ、そうなのか」

 

 俺はそんなに見ていたのか。もしかしたら石田にもバレていたかもしれない。空牙はあほだから全く気づいてなかったけど。

 

「どうして泣いてたの?」

 

「まぁ、簡単に言うと失恋した」

 

「……そっかぁ。私じゃ代わりになれないかな?」

 

「え……?」

 

「や、やっぱ無理だよね。私、朝比奈さんみたいに可愛くないし。でも、田中くんには笑っていて欲しいな」

 

 佐藤さんはそう言って頑張って笑う。それを見たらさらに涙が出てきた。

 

「どうしたの?もしかして私変なこと言った?」

 

「……ありがとう。ちょっと元気出た。けど、今は泣きたい」

 

 佐藤さんは俺の頭を撫でてくれた。とても暖かくて優しい手だった。

 

「泣きたいだけ泣いていいよ。私も田中くんが少しでも元気になってくれたなら、ここに来たかいがあったよ」

 

「佐藤さん、もし良かったら友達から始めてくれないかな……?」

 

「喜んで!今日から友達ね!」

 

「うん。佐藤さんは優しいね」

 

「全然優しくないから!私が優しいのは田中くんだけだから……」

 

「そ、そうか」

 

「……うん」

 

 しばらく沈黙が続いた。でも、気まずさはなくてむしろ心地よかった。

 

「そろそろ帰ろうかな」

 

「そ、そうだね!」

 

「家まで送っていくよ」

 

「そんな、悪いよ」

 

「いいのいいの。夜に女の子を一人には出来ないからね」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 そう言って一緒に立ち上がり、階段を降りた。

 

「てか、佐藤さん俺のどこが好きなの?」


俺は、ふと気になったことを聞いてみた。

 

「そ、そんなこと聞きますか!」

 

「別に、教えてくれなくてもいいけどー?」

 

「うぅ、田中くんのいじわる!友達思いなとこも好きだけど、やっぱり笑顔が素敵なところかなぁ」

 

 佐藤さんはボンッと顔を赤らめる。自分から聞いたのだが、いざ正面から言われると恥ずかしい。

 

「俺の事よく見てくれてたんだな」

 

「と、当然です!田中くんはいつも朝比奈さんを見てたけど!」

 

 今度は腕を組みながらムスッとしていた。喜怒哀楽が激しい。俺はそんなところが可愛いと思った。

 

「好きな人ってついつい見ちゃうじゃん?」

 

「でも……もう朝比奈さんは見ないんでしょ?」

 

「……あぁ、これからは違う人を見るのもありかもな」

 

「ちょっと、違う人って誰ですかぁ!」

 

「さぁ、誰でしょうか」

 

「むぅ」

 

「わー、怒った怒った。あ、佐藤さんブラ透けてるよ」

 

「え、ちょっと見な――」

 

「うっそー」

 

「もぉーーーー!田中くんのばか!」

 

 俺はいつの間にか笑っていた。佐藤さんも楽しそうだった。

 

「じゃあ、私ここだから」

 

「そうか」

 

「ありがとう。じゃあまた明日」

 

「また明日」

 

 佐藤さんが扉を閉めるのを確認してから歩き出した。俺はこの日失恋をした。でも、後ろは見ない。前を向いて歩いていく。佐藤さんとの出会いのように、これからも楽しいことがはあるはずだがら。

 

 ありがとう朝比奈、そしてさようなら。空牙も頑張れよ。俺も頑張るから。そんなことを考えていると後ろから声が聞こえてきた。

 

「田中くん好きー!」

 

 そう言って窓から手を振っている佐藤さんがいた。

 

「佐藤のばーか」

 

 俺は佐藤さんには聞こえない声で呟き、手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る