黄金卿の章—— 起死回生 其の②

――夢を見ていた。

 

それはオレが覚えているはずのない昔の夢だ。

まだオレが『神の右腕アガートラム』と呼ばれていた頃の


友がいた。何者にも代えられない親友と呼べる友が。

幾度なく共に苦難を乗り越えてきた戦友だった。

唯一、オレの背中を預けられる。そんな男だった。


恋人がいた。オレの抱える特殊体質に畏怖も羨望もしない変わった女だった。

彼女の前でだけは英雄気取りの愚者ではなく、大層な肩書なんてない、ただのオレ自身でいられた。そんな彼女を誰よりも愛していた。


仲間がいた。オレと一緒に戦えるのが光栄だとみな口を揃えて嬉しそうに話していた。そして、そんな彼らと肩を並べて戦えることをオレは誰よりも誇りに思っていた。


だからこそ――信じられなかった。


オレの背中を貫いているこの剣が。そして、目の前で下卑た笑みを浮かべる親友と彼女の顔。そして、同じ顔をして周りを囲む死線を共にしたかつての仲間達。


まだ状況を飲み込めていないオレに対して彼らは言った。

オレの役目はもう終わったと。

そして、オレの右腕は奴等の目の前で……———




*** *** ***




「……ッやめろォォぉォッ!!!」


怒号の様な叫びと共に、ザッシュの意識は覚醒した。



「……ヒィッ、ほ、ホントに目、目が覚め……た。――リーダー!鉄腕が目を覚ましたよ」


傍らで、短い悲鳴が聞こえた。幼い少年のものだ。そして、ほどなくして彼に連れられてやって来たのは、右目に傷を負ったザッシュよりも二回りは年を経ている初老の大男だった。


「やぁ。目が覚めたようだな。 気分はどうだ?」



「――ぼちぼちと言ったところさ。ところで此処は何処だ?それはあんたは?」


 ザッシュの問いかけに、男は誤魔化すように頭をポリポリと掻きながら説明した。


「此処はレジスタンスの隠れ家だよ。申し遅れたね、僕はダビッド。一応レジスタンスのリーダーを努めている。よろしく頼むーーところで」


視線が真っ直ぐザッシュ――正確にはその右腕——に向けられる。

その視線に次は自分の番だと判断した彼は、ベッドに腰かけるとボロボロになった右腕を弄りながら応える。


「――ザッシュだ。錆剣ラストブラットって言った方が分かるか?」


ザッシュの名乗りに、ダビッドは「やはりそうか」と一人溢すと、神妙な顔つきをはじめた。


「……ほう、こいつは驚いた。かの悪名高い『錆剣ラストブラット』が何故こんなところにと言いたいところだが、これも女神サレスの思召しかもしれんな……先の惨状を見たところ、あんたは黄金卿と敵対していると見受けられるが、違うか?」


「そうだとしたらどうするんだ? 回りくどい言い方はよせ。オレは好まん」


 右腕の調整を終えたザッシュはその重い体を起こすと、肩で息をしながら立ち上がった。

 腕組みをしたまま壁に寄りかかり、不遜な態度を取るザッシュにダビッドは一度深く溜息をすると、本題を切り出した。


「俺たちに協力してくれないか、ザッシュ。黄金卿を地に引き摺り下ろす為に」



「――悪いが、断る。これは俺の――俺だけの戦いだ。他者の干渉を受ける気も助ける気もない」


長い静寂を先に破ったのはザッシュだった。


「……そう言うだろうと思ったよ。だが、何もメリットが無いわけじゃない。お互いにな」


 そう言うとダビッドは、神妙な面持ちで告げると、コートの内ポケットから1枚の写真を取り出した。そこに写った物を目にしたザッシュは言葉を失った。


 淡い緑光が照らすカプセルの中で悠々と浮かんでいる。それは、何処か見覚えのあるものだった。小麦色をした肉の塊。予期せぬファントムペインがザッシュを襲う。金属と肉の接合部分が――僅かに熱を持つ。


そこに映し出されたのは、まぎれもない、彼の――ザッシュ・ヴァインの右腕だった。

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